2021年8月1日日曜日

発明を営業秘密として特定する方法

発明を営業秘密とする場合には、当該発明の特定が必要です。例えば、図面やプログラムのソースコードは、多くはデジタルデータとして記述されているので、あらためて特定に関して意識する必要が無いかもしれません。
しかしながら、発明は技術思想であるため、何らかの形で第三者に理解できるように特定しないといけないでしょう。そもそも、発明を特定しないと秘密管理性、有用性、非公知性も客観的に判断することができません。なお、営業秘密が特定されていないとして棄却(原告敗訴)となった判例には例えば以下のようなものがあります(❝ ❞内は裁判所の判断です)。

(1)セルフィール事件 
  (大阪地裁令和2年3月26日判決 平30(ワ)6183号等)  
❝本件特許の特許公報記載のものを除くセルフィールの成分,成分の含有割合及びそのバランスであると主張するものの,その具体的内容は明らかにしない。この程度の特定では,当該情報の有用性その他「営業秘密」の要件の有無や,当該情報と原告が取得等したとされる情報との同一性等を判断することは不可能又は著しく困難である。❞
(2)小型USBフラッシュメモリ事件
  (知財高裁平成23年11月28日判決 平成23年(ネ)第10033号)
❝そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として、全てが組み合わさった情報とはどのような情報なのか不明であり、営業秘密としての特定性を欠くといわざるを得ない。❞
(3)錫合金組成事件
  (大阪地裁平成28年7月21日判決 平成26年(ワ)第11151号等)
❝原告らは、本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても、特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから、本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし、その場合には、営業秘密として保護されるべきは製造方法であって、容易に分析できる合金組成ではないから、原告らの上記主張は採用できない(なお、前記のとおり原告らは、本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。❞
上記(1)、(2)の事件は、原告が営業秘密であると主張する技術情報が何であるかが特定されていないと裁判所に判断された事件です。
一方で(3)の事件は原告が主張する技術的な効果は、原告が主張する技術情報では得られない効果であり、当該効果を主張するのであれば異なる技術情報(製造方法)を営業秘密として特定するべきであったと裁判所に判断されたものです。すなわち、原告は営業秘密として主張する技術情報を間違っており、本来守るべき技術情報を適切に特定できなかったことを示しています。


では、どのような方法で営業秘密を特定することが好ましいのでしょうか?
不正競争防止法では、営業秘密の特定方法については言及されていません。基本的には第三者(従業員等)が営業秘密であることを認識できるように特定できれば、どのような方法で特定されてもよいと思います。

しかしながら、発明を特定するのであれば、特許でいうところの請求の範囲と同じような形態で特定することが好ましいでしょう。その理由は、現在に至るまで発明を客観的に理解する方法として膨大な知見が得られている方法であり、また、特許侵害の裁判においてもその解釈手法は確立されているためです。
❝そこで、秘密保持契約締結前に自社が保有していた秘密情報のうち特に重要なものだけでも秘密保持契約の別紙において明確に定めておくことが考えられる。 これにより、自社の重要な情報を確実に秘密情報として特定できるとともに、上記リスクを回避することができる。なお、秘密保持契約の別紙において定義をする際には、弁理士に対して、特許請求の範囲を記載する要領で作成を依頼することも考えられよう。
なお、特許請求の範囲と同様の形態で営業秘密とする発明を特定するのであれば、上位概念から下位概念へ段階的に発明を特定することになります。
段階的な発明の特定は、単に営業秘密を特定するだけでなく、発明の重要度を関連付けることができるでしょう。すなわち、上位概念よりも下位概念の方が発明としてより具体的、換言すると実際に製品化する形態に近くなり、第三者による模倣がより容易になるでしょう。
そうであれば、例えば下記のように、営業活動等において先方に開示可能なランク付けにそのまま適用できるかと思います。
・項目1(請求項1)は顧客候補には開示可能。
・項目2(請求項2)は秘密保持契約締結後に開示可能。
・項目3(請求項3)は顧客にも開示不可。
これにより、顧客に開示してもよい技術情報、顧客であっても開示してはいけない技術情報が明確になり、技術情報の不要な開示を防止できるかと思います。

以上のように、発明を営業秘密として特定するためには、特許請求の範囲と同様に特定することが最も好ましいと思います。また、このことを弁理士の業務として広めることによって、弁理士の仕事の幅が確実に広がることになるでしょう。そのためには、弁理士も営業秘密に浮いてより深い理解が必要かと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年7月25日日曜日

特許出願件数と企業の研究開発費の推移

先日、特許庁から「特許行政年次報告書2021年版」が発表されました。
それによると、2020年の特許出願件数は288,472件であり、2019年の307,969件に比べて2万件弱減少しています。これはコロナ禍の影響であると思われ、特許出願をコストと考える側面も大きい現状では特許出願件数が減少することは容易に予想できたことです。

ここで下記のグラフは、近年における国内の特許出願件数と企業の研究開発費の推移を示したものです。

このように、国内の特許出願件数は、2001年をピークに減少傾向を示しており、2009年にはリーマンショックの影響により大きく減少し、2020年は上記のようにコロナ禍の影響により30万件を切ることとなりました。
日本企業の研究開発費もリーマンショックによりいったんは減少しましたが、2018年にはリーマンショックを超える金額にまで回復しています。しかしながら、日本企業の研究開発費も2020年には一時的には減少しているのでしょう。
研究開発費の減少は一時的なものになると思われますが、特許出願件数はどうでしょうか?2021年以降には回復するのでしょうか?

一方で、PCT国際出願件数は、2020年は前年に比べて減少しているものの国内の特許出願件数とは異なる動向を示しています。
下記グラフは、研究開発費、特許出願件数、PCT国際出願件数の1995年を基準とした増減率を示したグラフです。
このように、PCT国際出願件数は研究開発費や特許出願件数の増減とは関係なく、右肩上がりの増加傾向にあります。これは、そもそもPCT国際出願件数が少なかったという理由が大きいのかもしれませんが、国内の特許出願件数と比べて逆の増減を示していることは面白いかと思います。

ここで、国内の特許出願件数の減少をもってして、近年の日本の技術力が低下しているということを主張する人がいるようですが、もしそうであるならばPCT国際出願件数の増加はどのように考えるのでしょうか?本当に日本の技術力が低下しているのであれば、PCT国際出願件数が増加傾向とはなり得ないでしょう。

国内の特許出願件数が減少する一方でPCT国際出願件数が増加する理由は、やはり、国内の特許出願を行うか否かの精査が行われているからだと思います。すなわち、本当に必要な特許出願を行うという傾向の表れではないでしょうか?そこには、コスト意識もあるでしょうし、秘匿化の意識もあるでしょう。
一方で、PCT国際出願にかかる費用は国内の特許出願の比ではありません。このため、よりコスト意識は強くなるはずにもかかわらず増加傾向にあるということは、それだけ価値(技術的又はビジネス的な価値)のある発明が創出されていることを示唆しているとも考えられます。
とはいえ、特許出願はコストやその他の要因により行うか否かが決定されるので、特許出願件数によって日本の技術力を語ることは無意味ではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年7月11日日曜日

かっぱ寿司営業秘密事件

先日、かっぱ寿司を運営するカッパ・クリエイトの代表取締役(社長)が競合他社であるはま寿司の営業秘密を不正取得したとして刑事告訴される事件がありました。日本経済新聞社の報道によると、カッパ・クリエイトの社長は、元はま寿司の取締役であり、カッパ・クリエイトは2020年11月に顧問として迎え、副社長を経て今年の2月に社長に就任したとのことです。

❝当社の代表取締役個人(以下「対象者」といいます)に対して、株式会社はま寿司(以下「同社」といいます)より不正競争防止法に纏わる告訴がなされ、当該告訴に基づき、本年6月28 日、関係当局による捜査が行われました。
これを受け、当社として事実関係の把握に努めた結果、本事案の内容は、対象者が同社親会社を退職後、当社顧問となった 2020年11月から12月中旬の期間において、元同僚より、同社内で共有されていた「はま寿司」の日次売上データ等を数回に亘って個人的に送付を受けていたというものです。❞
大手回転寿司チェーン店の社長(元はま寿司の取締役)が営業秘密侵害で刑事告訴されたこの事件は、会社の知名度もありインパクトが強いです。しかしながら、取締役等の企業幹部が営業秘密侵害で刑事又は民事で訴えられるということは少なくありません。
やはり、取締役等は所属企業の営業秘密の多くにアクセスできる権限を持っている場合も多いでしょう。また、今回の事件のように元所属企業を退職した後でもそこで培った人間関係により元所属企業の人にある程度の影響力を与えることができる場合もあるでしょう。
このため、取締役等は営業秘密を容易に知り得、それを持ち出すことも比較的容易とも思えます。また、もしかしたら、会社の営業秘密を自身も自由に使用できる情報であると間違えた解釈をしている人もいるかもしれません。


今回の事件は、社長が自身ではま寿司の情報を取得したのではなく、退職後に元同僚から入手したということです。すなわち、はま寿司の営業秘密の不正取得には2人が関与していました。しかしながら、はま寿司は社長個人のみを刑事告訴しています。この理由はいくつか考えられます。
その一つは、営業秘密侵害には不正の利益を得る目的(図利目的)等が必要となりますが、元同僚にはこのような目的等が求められなかった可能性があります。図利目的等は、金銭を受け取ったり、自身が転職先等で開示や使用する、といったことです。しかしながら、元同僚がはま寿司の営業秘密をかっぱ寿司の社長に渡しただけであり、その見返り等を何も受け取っていなかったりしていたら、図利目的等が認められない”可能性”があります。ただし、このような場合であっても公序良俗又は信義則に反するとして、図利目的が認められるかもしれません。

もう一つは、図利目的等が認められたものの、温情で刑事告訴されなかった可能性もあります。営業秘密侵害は親告罪であるため、はま寿司が刑事告訴しなければ元従業員は罪に問われません。また、刑事告訴しない替わりに、元従業員がどの様な経緯で誰に営業秘密を渡していたか、というように捜査に協力することを求められたかもしれません。

しかしながら、元同僚は刑事告訴されなかったとしても、一般的には、はま寿司を退職することになるのでしょう。その場合、この元同僚が従業員であれば通常、就業規則には営業秘密を漏えいさせた場合には退職金の減額や不支給が定められているでしょうから、元同僚は退職金の減額又は不支給となるかもしれません。

このように、かっぱ寿司の社長は、元同僚を今回の事件に巻き込んだことにより、元同僚の人生を悪い方向に大きく変えてしまった可能性があります。今回の事件のように、退職者が元同僚等に営業秘密の持ち出しを依頼することがあるようです。そのような場合、元同僚等を犯罪者にする可能性があります。また、退職者から営業秘密の持ち出しを依頼された元同僚等は、毅然とした態度で断る必要があります。営業秘密の持ち出しは、窃盗罪よりも重い罪であり、犯罪行為であることを十分に認識しなければなりません。

また、就業規則は従業員を対象としたものであり、取締役等の役員を対象としていません。このため、就業規則に営業秘密漏えいに関する規定があったとしても、役員はその対象となりません。一般的に、役員には役員規定が定められているかと思いますが、従業員及び役員を対象とした秘密管理規定を別途定め、この秘密管理規定によって営業秘密漏えいに対する罰則規定を定めてもよいでしょう。

上記のような規定がはま寿司で設けられていたら、はま寿司はかっぱ寿司に転職した社長に対して営業秘密侵害により発生した損害と共に、又は損害が無くても、退職金の返還訴訟を提起できるでしょう。
実際、営業秘密侵害において元従業員に退職金の返還請求を行い、2000万円余りの返還が認められた裁判例(生産菌製造ノウハウ事件 東京地裁平成22年4月28日判決(平成18年(ワ)第29160号))もあります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信