2023年2月28日火曜日

かっぱ寿司営業秘密事件について

はま寿司の元取締役から転職したかっぱ寿司の元社長が、はま寿司の取引情報等の営業秘密を不正に持ち出して、かっぱ寿司で開示、使用したとして不正競争防止法違反(営業秘密侵害)で逮捕された事件について、初公判が始まっています。

この事件は、かっぱ寿司の元社長の公判と、かっぱ寿司の運営会社であるカッパ・クリエイト社及びかっぱ寿司の元商品部長との公判は分けて行われているようです。公判では、かっぱ寿司の元社長は営業秘密侵害について認めている一方で、運営会社及び商品部長は無罪を主張しているとのことです。

ここで、報道では有名企業の社長が取締役であった前職ライバル企業から営業秘密を不正に持ち出したとして、大きく報道されています。しかしながら、取締役等の役職者が営業秘密を不正に持ち出し、他社に転職したり、独立することはさほど珍しくはありません。従業員に比べて役職者は、営業秘密に対するアクセス権限も多く有しているでしょうし、転職先等で成果を挙げることに対するプレッシャーはより大きいでしょうから、役職者ほど営業秘密を不正に持ち出す可能性が高いことは容易に想像できます。

一方で、本事件で特徴的なことは、営業秘密の開示先企業及びその従業員(元商品部長)も罪に問われていることにあります。開示先企業が罪に問われることは、今回が初めてではありませんが、多くはありません。(過去には2000万円の罰金を科された企業もあります。)
また、開示先企業の従業員(元商品部長)が逮捕されることは過去にありましたが、私の知る限り不起訴となっています。仮に、開示先企業の従業員が有罪となれば、初めてのことかもしれません。


しかしながら、この元部長に関しては非常に気の毒に思います。元部長は、公判において 元社長からの指示であったと証言しているようで、これは偽らざる本心でしょう。
元社長からはま寿司の情報を渡され、この情報に基づいて資料を作成するように指示された場合、元部長はこれを断れるでしょうか。断るとしたら、「元社長の行為は営業秘密侵害であり、刑事告訴の対象となる。」とのように元部長は元社長に進言しなければなりません。果たして、不正競争防止法に詳しくないであろう人が、それを言えるでしょうか。また、言った場合にどのようになるでしょうか。このようなことを部下に言われたら、結果を早期に出したい元社長は不愉快に感じ、元部長を退職に追い込んだかもしれません。すくなくとも、元社長との関係性は悪化することが想像されます。
すなわち、起訴された元部長は実質的に選択肢が無かったとも思われます。仮に、元社長がかっぱ寿司に転職して来なければ、この元部長は逮捕・起訴されることもなく、今も何事もなくかっぱ寿司で働いていたことでしょう。

このようなことは、誰の身にも生じる可能性が有ります。すなわち、上司がライバル企業から転職してきて、このライバル企業の情報を渡された部下となる可能性が誰にでも有るということです。上司の指示通りにライバル企業の情報に基づいて仕事を行うと、営業秘密侵害罪で逮捕される可能性が有ります。一方、上司の指示を断ると、最悪、退職に追い込まれるかもしれません。このような部下は、どちらを選択しても悪い方にしか進めません。

このような事態を防ぐことができるのは、やはり自身が所属する企業しかありません。すなわち、転職してきた者に対して、前職企業等の営業秘密を持ち込ませないということです。これに対しては、例えば、入社時に営業秘密の不正な持ち込みは刑事罰又は民事的責任を負うことを説明しつつ、誓約書にサインを求めることが考えられます。
しかしながら、それでも営業秘密を持ち込む者がいるかもしれません。そのために、従業員自身が営業秘密の不正使用は違法であることを正しく認識し、仮に他社の営業秘密の持ち込みを発見した場合には、法務部門やコンプライアンス部門に報告し、当該営業秘密の使用を防止する枠組みを作るべきでしょう。
これにより、もし、ライバル企業から転職したきた上司が部下にライバル企業の営業秘密を開示した場合には、当該部下が法務部門等に報告することで、当該部下が営業秘密侵害となるような行為を行うことを未然に防止できます。

また、このような報告を受けた法務部門は、当該営業秘密が持ち出された事実を転職者の元所属先企業に報告すべきでしょう。これは、結果的に、自社が当該営業秘密を不正使用していないという主張をし易くなり、自社が刑事及び民事的責任を負うことの防止となり、自社を守ることになります。

営業秘密に対して、自社の営業秘密の漏えい対策を行う企業は多くありますが、他社から自社に営業秘密が持込まれることへの対策を行っている企業は多くないように思えます。
しかしながら、かっぱ寿司のような事態が生じている現在、営業秘密の不正な持ち込みに対する対応を行わないと、自社の従業員が不幸にも逮捕されたり、自社そのものが責任を問われる可能性が生じる可能性が有ります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年2月19日日曜日

訴訟で提出した営業秘密は不正行為となるのか?

訴訟において原告又は被告が相手方の営業秘密を証拠等として提出する場合があるかもしれません。このような行為は不正競争行為となるのでしょうか。

今回紹介する裁判例(東京地裁令和4年3月25日判決 事件番号:令3(ワ)11861号)は、別件訴訟において、被告が原告との打合せに際して提供を受けた書類を書証(別件書証)として提出した行為が、不正競争防止法上の不正競争行為等であるとして原告が訴訟を提起したものです。
別件書証には、新規開業資金シミュレーションと題する書面(本件シミュレーション)が含まれていました。そして、原告は別件訴訟において、本件シミュレーションの部分に記載された情報が不正競争防止法上の営業秘密に該当するとして、上記部分につき民事訴訟法92条1項の閲覧等制限の申立てを行っていました。
なお、別件訴訟は、原告が被告に対して解決金として70万円を支払う内容の調停が成立しています。

本件訴訟において原告は、下記①~⑤の不正行為であると主張していますが、結論からすると、裁判所はすべて認めませんでした。
①不正競争防止法上の営業秘密の不正な開示
②個人情報保護法上の目的外使用
③第三者提供の制限違反
④プライバシーの侵害
⑤本件業務委託上の守秘義務違反


まず、「①不正競争防止法上の営業秘密の不正な開示」について裁判所は下記のように判断しています。
❝ (1) 前記1(1)のとおり、別件訴訟においては、被告が委託業務を完了したか否かに関わる事情として、被告が原告に対して電気容量増設の必要性について説明したか否か等の当事者双方のやり取りの状況が問題とされていたところ、被告は、原告との一連のやり取りの経緯について主張した上で、原告から電気容量につき情報提供を受けた内容を含むものとして別件書証を提出したものと認められる(提出行為1)。そして、当事者双方のやり取りについて正確性を担保しつつ主張立証する観点からすると、被告が原告から情報提供を受けた内容に関する書証を提出することは、別件訴訟における訴訟活動として一定の必要性や合理性を有するものと認められる。
 (2) 原告は、提出行為1について、不正競争防止法上の営業秘密の不正な開示に当たると主張する。
 しかし、仮に別件書証に含まれる本件シミュレーションが不正競争防止法上の営業秘密に該当したとしても、上記(1)のとおり、提出行為1は、別件訴訟の追行のために行われたものであって、訴訟活動として一定の必要性や合理性が認められるから、被告に不正の利益を得る目的や原告に損害を加える目的があったとは認められない。
したがって、提出行為1が不正競争防止法上の営業秘密の不正な開示に当たるということはできない。❞

上記②,④,⑤についても、裁判所は同様に「別件訴訟の追行のために行われたものである」や「本件訴訟における訴訟活動として一定の必要性や合理性を有するもの」として不正開示を認めませんでした。

なお「③第三者提供の制限違反」について、原告は「被告が提出行為1に際して閲覧等制限の申立てをすべきであったのに、これを行わなかったことが被告の業務上の過失に当たる」とも主張しています。
これについて裁判所は、閲覧制限は、当事者の申立てにより裁判所が決定をすることができるとされるにとどまっており、攻撃防御方法の提出者が閲覧等制限の申立てをすべき義務を負うと解することはできない、として原告の主張を認めませんでした。

以上のような裁判所の判断は、当然かと思います。仮に、訴訟において相手方の営業秘密とされる情報を提出したことが「不正」となると、訴訟そのものを断念しなければならない可能性が生じます。

なお、過去の裁判例では、特許侵害訴訟で原告が提出した証拠(被告の営業秘密)について、原告による当該証拠の入手が「重大な過失」があったとして、特許侵害訴訟の被告が原告となり、特許侵害訴訟の原告を被告として営業秘密の不正取得であるとして提訴したものがありました(知財高裁平成30年1月15日判決 平成29年(ネ)第10076号)。
しかしながら、この訴訟において、原告は特許侵害訴訟で原告の営業秘密を開示した被告の行為に対して「不正な開示」とは主張していません。やはり、この原告も被告が特許侵害訴訟で原告の営業秘密を開示した行為は、不正な行為でないと考えていたからでしょう。

このように、他社の営業秘密であっても、それが自社(自身)の訴訟の追行のために行われたものである場合には、営業秘密の不正開示等とはならない可能性が高いと考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年2月8日水曜日

QRコードとPDFの知財戦略の共通性

前回までは、Adobeが開発したPDFの知財戦略について考えてみました。

また、以前にはデンソーが開発したQRコードの知財戦略についても知財戦略カスケードダウンに当てはめて考えています。

QRコードとPDFとは、説明するまでもなく、技術分野や市場が全く異なります。
しかしながら、新たなフォーマットの技術を広く普及させるための事業戦略・知財戦略は良く似通っているとも思えます。その類似点について述べてみようと思います。

まず、QRコードとPDFとはシステムとして考えた場合には処理の流れが以下のように同じとも思えます。

<生成装置>
・QRコード:QRコードの生成ソフト
・PDF:PDFファイルの生成ソフト
<生成物>
・QRコード
・PDFファイル
<読取装置>
・QRコードの読取装置
・PDFファイルの閲覧ソフト

QRコードを開発したデンソーは、QRコードそのもの(QRコードの生成)について特許権を有していまいたが、QRコードの生成については無償許諾しています。このため、デンソーは、生成ソフト及びQRコードそのものからは収益を得ることができません。
一方、デンソーは、読取装置に関する特許権を他社にライセンスしたものの、自社が技術的優位性を保つために画像処理技術に関しては秘匿化しています。

また、PDFについて、AdobeはPDFに関する特許権を有していましたが、PDFファイルの閲覧ソフト(Acrobat Reader)をエンドユーザに無償提供しています。このため、AdobeはPDFファイルそのものや閲覧ソフトから収益を得ることができません。
さらに、Adobeは、PDFファイルに関する仕様書であるPDF仕様書を無償公開しているので、他者はPDFファイルの生成ソフトを製造販売することができます。しかしながら、Adobeは他社に対してPDF仕様書に準拠することを要求しており、PDF仕様書を超えた優れた機能はAdobeしか実施できないようにすることで、自社の技術的優位性を保っています。


このように、QRコード、PDF共に、エンドユーザが使用して最も多量に生成されるQRコードとPDFファイルに対して基本的に権利行使の対象としておらず、これらから収益を得ていません。
一方で、QRコード、PDF共に、自社が収益を挙げることができる技術が何であるかを見定め、そこに知財を活かしています。すなわち、QRコードでは優れた画像認識機能を必要とする読取装置、PDFではPDFファイルの生成や編集等の様々な機能が付加される生成ソフトで収益を得ています。

また、QRコードは、読取装置に関する特許権の有償ライセンスを行うと共にノウハウの開示を行っています。これは、QRコードは画像認識により再現性高く読み取る必要があるものの、企業によっては読み取りに関する技術が不十分な可能性があります。このため、ノウハウ開示は、他社の読取装置の性能や品質が最低限に確保できるようにするという目的があります。仮に、QRコードを正しく読み取れないような他社製品が市場に出回ると、QRコードという技術の信頼性が大きく損なわれ、QRコードの普及を阻害することになるでしょう。

一方で、AdobeはPDF仕様書を無償(ライセンスフリー)で開示していますが、QRコードのようにノウハウの提供までは行っていないようです。PDF仕様書には、十分な情報開示がなされており、他社もPDF仕様書に基づいてPDF作成ソフトを製造することで当然に再現性の高くPDFを作成できるということなのでしょう。そもそも、PDF仕様書は無償開示されているので、さらにAdobeが他社にノウハウ提供を行うことは考えられないでしょう。

ここで、QRコードもPDFのようにQRコードの読取装置に関する仕様書を無償開示する一方で、仕様書に準拠しない読取装置を製造販売した他社に権利行使を行うという方策(知財戦略・戦術)を採用したらどうなっていたでしょうか。
仕様書の無償開放を行うと、上記のように他社に対してノウハウの提供を行うことを前提としません。このため、QRコードの開発当時である1990年代は今ほど画像認識技術が一般的ではないため、性能や品質が劣る読取装置が市場に出回る可能性が高いのではないでしょうか。従って、ノウハウの提供を行うという前提に立つと、QRコードの読取装置の特許権に関して有償でライセンスすることは、非常に理にかなっているように思えます。

しかしながら、仮に現在のように、ある程度高いレベルの画像認識技術を比較的容易に取得できる環境、さらにはスマホ等を用いることで取得した画像を認識できる環境においては、仕様書に読取装置の技術内容を記載することで特段のノウハウ提供をおこなうことなく、他社は性能や品質が十分な読取装置を製造できるのではないでしょうか。
すなわち、当該技術を取り巻く環境(又はビジネス環境)に応じても、当然に知財戦略・戦術は変わってくるということになります。すなわち、技術環境やビジネス環境を見誤ると、適切な知財戦略・戦術を選択できない可能性があります。

以上のように、QRコードやPDFと同様の新たなフォーマットの技術を開発した場合に、当該技術を普及させるためには、これらの知財戦略・戦術が参考になるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信