本ブログでも度々書いていますが、営業秘密(不正競争防止法2条6項)はそれが何であるか明確に特定される必要があります。
もし、営業秘密が特定されていないと訴訟を提起しても、裁判所において秘密管理性、有用性、及び非公知性の判断がなされないまま棄却されてしまします。
当然のことかと思われますが、このような判決は相当数存在します。
そもそも、技術情報が特定できなければ、それを秘密管理することもできないはずです。
営業秘密とされる情報は、どのような情報であればよいのでしょうか?
技術情報は例えば、生産方法、設計図、実験データ等が営業秘密となり得、営業情報は例えば、顧客名簿、販売マニュアル、仕入れ先リスト等が営業秘密となり得ます。
なお、技術者が雇用中に習得したものの、他の企業に勤務していても得られたであろう一般的知識や技能は、従業員の職業選択の自由を不当に制限することにもなり得ることから営業秘密とはなり得ません。
そして、営業秘密とされた情報は、一般的に、デジタルデータや紙媒体等に化体されるかと思われます。
では、営業秘密として特定される情報はデジタルデータや紙媒体でなければならないのでしょうか?決してそのようなことはなく、営業秘密とされる情報が化体したものとして、デジタルデータや紙媒体以外の物も裁判所は認めています。
例えば、生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決)では、コエンザイムQ10の生産菌に対して、それ自体が原告において秘密として管理されていた原告のコエンザイムQ10の製造に有用な技術上の情報であって、公然と知られていないものと認められるから、原告が保有する「営業秘密」に当たるものと認められると判断しています。
また、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)では、婦人靴の木型(本件オリジナル木型)に化体された靴の設計情報(形状・寸法)が営業秘密として認められています。
このように、特に技術情報に関しては、紙媒体やデジタルデータだけでなく、具体的な“物”を営業秘密としてもよいのです。
しかしながら、どのような情報を営業秘密として管理するかの選択は非常に重要です。
ここで、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)で裁判所は「原告らは,本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても,特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから,本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし,その場合には,営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではないから,原告らの上記主張は採用できない(なお,前記のとおり原告らは,本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。」(下線は筆者による)と判断しています。
錫合金組成事件では、錫合金(本件合金)の成分及び配合比率が営業秘密であると原告は主張していました。しかしながら、本件合金の成分及び配合比率は本件合金を使用した錫製品からリバースエンジニアリング可能であり、これにより非公知性を失っていると裁判所は判断しています。
すなわち、リバースエンジニアリングによって公知となる情報を秘密管理しても、営業秘密としては認められません。
そして、裁判所は「営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではない」との述べています。このことからすると、もし、製造方法を営業秘密としていたら、原告は勝訴した可能性もあったのではないでしょうか?ちなみに、本判決文では、原告が製造方法は営業秘密として主張していない、との文言が念を押すように複数個所に見られます。
特許出願では技術を多面的に見て様々な態様での特許取得を目指します。技術情報を営業秘密とする場合も同様であり、技術を多面的に見てどのような態様の技術情報を営業秘密として管理するのかを判断する必要があります。その判断を誤ると、裁判において勝てる営業秘密とはなり得ません。
また、リバースエンジニアリングによって公知となる技術は、営業秘密となり得ません。
であるならば、そのような技術を守りたいのであれば特許出願や意匠出願を行うべきでしょう。
<営業秘密関連ニュース>
2025年7月16日
・当社に関する一部報道について(日本生命保険相互会社)
・日本生命の出向社員、三菱UFJ銀行の情報持ち出し 営業部門に共有(日本経済新聞)
・日生社員、出向先情報持ち出し 三菱UFJ銀の社外秘資料、営業利用 「営業秘密の侵害」恐れ(朝日新聞)
・日本生命社長が謝罪 「逆流厳禁」で三菱UFJ銀の内部情報持ち出し(朝日新聞)
・日生社長が謝罪 情報無断持ち出し 三菱UFJ銀行に出向した社員(テレ朝NEWS)
・日本生命、朝日社長が謝罪 三菱UFJ出向者の情報漏洩で(日本経済新聞)
・情報流出 日生社長が謝罪 隠蔽は否定(読売新聞)
・内部情報を不正取得 日生社員、出向先銀行から(毎日新聞)
2025年7月15日
・銀行の「社外秘」資料持ち出し 日生社員、三菱UFJ出向(47NEWS)
・三菱UFJ銀の情報不正持ち出し 出向社員が社内で共有―日本生命(JIJI.COM)
・生保業界全体に波及の恐れも 日生社員の出向先での営業情報不正持ち出しで懸念拡大か(産経新聞)
・日本生命社員、出向先銀行から内部情報を不正持ち出し 内部で共有(毎日新聞)
・日本生命社員、三菱UFJ銀出向中に内部情報を流出…受け取った管理職が「逆流厳禁」として共有(読売新聞)
・日本生命の出向社員、三菱UFJ銀行の情報持ち出し 営業部門に共有(日本経済新聞)
2025年7月14日
・ソフトバンク元社員、有罪確定へ 5G営業秘密持ち出し(日本経済新聞)
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2025年7月15日
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・日本生命社員、出向先銀行から内部情報を不正持ち出し 内部で共有(毎日新聞)
・日本生命社員、三菱UFJ銀出向中に内部情報を流出…受け取った管理職が「逆流厳禁」として共有(読売新聞)
・日本生命の出向社員、三菱UFJ銀行の情報持ち出し 営業部門に共有(日本経済新聞)
2025年7月14日
・ソフトバンク元社員、有罪確定へ 5G営業秘密持ち出し(日本経済新聞)
2018年4月5日木曜日
2018年4月2日月曜日
技術情報や顧客情報等の情報漏えいに関する保険
世の中、色々な保険がありますね。
グーグルやヤフーで「営業秘密」で検索しているせいでしょうが、ブラウザに営業秘密に関する広告が表示されることがあります。
昨今、顧客情報等の漏えいは当たり前のように起こっていますから、このような保険もあって当然かと思います。
その保険は三井住友海上の「サイバープロテクター」というものです。
なお、このブログで当該保険をお勧めするわけではありません。
この保険の特徴には「外部起因・内部起因の事故を幅広くカバー サイバー攻撃のほか、使用人の犯罪リスクまでカバーします。」とあります。
さらに、代理店のホームページを見ると「個人情報のみならず、企業秘密となっている生産方法等、公然と知られていない特定の事業者に関する情報の漏えいも対象となります。」ともあり、技術情報が漏えいした場合も保険の対象になるようですね。
「保険料例」を見ると、損害賠償等の支払限度額が高いのか安いのか、これで十分なのかよく分かりません。損害額はケースバイケースでしょうから、何とも判断付きかねますよね。ちなみに、ベネッセの事件では顧客への補償だけで200億円を要したようです。ところで、三井住友海上も過去に顧客情報の漏えいがあったようです。
気になることは、この保険は情報漏えいの”被害企業”に対応したものであること。情報漏えいの“加害企業”に対応したものではないことです。
情報漏えいについては、転職者が前職企業の営業秘密を持ち出し、転職先企業で使用することが十分に考えられます。転職先企業において、転職者に対して前職企業の営業秘密等の使用を禁ずる教育を行ったとしても、転職者によっては成果を早く出すために前職企業の営業秘密を持ち出して使用する人も居るかもしれません。
その結果、転職者を受け入れた自社が前職企業に訴えられる可能性もあります。もし、転職者が持ち込んだ営業秘密を自社の製品に使用した場合には、当該製品の製造販売を停止する事態に陥る可能性もあります。
このように、意図せずに加害企業となっています可能性もあるため、”加害企業”を救済する保険があってもよいかと思いますが、今のところ需要が無いのでしょうね。
また、特許関係でも既に保険が販売されています。
例えば特許庁のホームページでは「海外知財訴訟費用保険 加入受付中!」と題して情報提供を行っています。
これは海外での知財訴訟リスクに対応したもののようですが、少し調べると国内の知財訴訟リスクに対応した保険である「国内知財訴訟費用保険」を損保ジャパン日本興亜で販売しています。
ここで、これらの知財訴訟リスクの保険は、上記情報漏えいの保険との大きな相違点があります。知財訴訟リスクの保険は、侵害者側、すなわち“加害企業”に対応したものであるということです。
面白いですね。
特許も営業秘密も共には知的財産のはずですが、一方は被害企業を救済するための保険、他方は加害企業を救済するための保険、救済される立場が逆です。
まあ、顧客情報等に関しては不正アクセス等による漏えいが多いため、“被害”に合う場合が想定し易いためかとも思われますが、上述のようにリスクという点では自社に営業秘密が流入して“加害企業”となるリスクもあります。特に技術情報に関しては、転職者からの流入だけでなく取引先からの開示もあります。取引先から開示された営業秘密は、自社で自由に使ってよいものではなく、不正に使用するとその責任を問われます。
しかしながら、営業秘密の流入リスクに関する認識は企業に十分浸透していないようです。その証拠に「営業秘密 流入」でネット検索をすると、このブログの記事がトップに現れます。このブログのアクセス数を考えると、如何に営業秘密の流入リスクの認識が薄いかを想像できます。
他方で、特許に関しては他社の特許権を侵害するリスクが説明するまでもなく広く認識されています。であるからこそ、上述のような保険に対するニーズが存在します。もし、営業秘密の流入に関する保険が販売されるようになれば、営業秘密の流入リスクが企業に深く浸透したことの証となるのではないでしょうか。
グーグルやヤフーで「営業秘密」で検索しているせいでしょうが、ブラウザに営業秘密に関する広告が表示されることがあります。
昨今、顧客情報等の漏えいは当たり前のように起こっていますから、このような保険もあって当然かと思います。
その保険は三井住友海上の「サイバープロテクター」というものです。
なお、このブログで当該保険をお勧めするわけではありません。
この保険の特徴には「外部起因・内部起因の事故を幅広くカバー サイバー攻撃のほか、使用人の犯罪リスクまでカバーします。」とあります。
さらに、代理店のホームページを見ると「個人情報のみならず、企業秘密となっている生産方法等、公然と知られていない特定の事業者に関する情報の漏えいも対象となります。」ともあり、技術情報が漏えいした場合も保険の対象になるようですね。
「保険料例」を見ると、損害賠償等の支払限度額が高いのか安いのか、これで十分なのかよく分かりません。損害額はケースバイケースでしょうから、何とも判断付きかねますよね。ちなみに、ベネッセの事件では顧客への補償だけで200億円を要したようです。ところで、三井住友海上も過去に顧客情報の漏えいがあったようです。
気になることは、この保険は情報漏えいの”被害企業”に対応したものであること。情報漏えいの“加害企業”に対応したものではないことです。
情報漏えいについては、転職者が前職企業の営業秘密を持ち出し、転職先企業で使用することが十分に考えられます。転職先企業において、転職者に対して前職企業の営業秘密等の使用を禁ずる教育を行ったとしても、転職者によっては成果を早く出すために前職企業の営業秘密を持ち出して使用する人も居るかもしれません。
その結果、転職者を受け入れた自社が前職企業に訴えられる可能性もあります。もし、転職者が持ち込んだ営業秘密を自社の製品に使用した場合には、当該製品の製造販売を停止する事態に陥る可能性もあります。
このように、意図せずに加害企業となっています可能性もあるため、”加害企業”を救済する保険があってもよいかと思いますが、今のところ需要が無いのでしょうね。
また、特許関係でも既に保険が販売されています。
例えば特許庁のホームページでは「海外知財訴訟費用保険 加入受付中!」と題して情報提供を行っています。
これは海外での知財訴訟リスクに対応したもののようですが、少し調べると国内の知財訴訟リスクに対応した保険である「国内知財訴訟費用保険」を損保ジャパン日本興亜で販売しています。
ここで、これらの知財訴訟リスクの保険は、上記情報漏えいの保険との大きな相違点があります。知財訴訟リスクの保険は、侵害者側、すなわち“加害企業”に対応したものであるということです。
面白いですね。
特許も営業秘密も共には知的財産のはずですが、一方は被害企業を救済するための保険、他方は加害企業を救済するための保険、救済される立場が逆です。
まあ、顧客情報等に関しては不正アクセス等による漏えいが多いため、“被害”に合う場合が想定し易いためかとも思われますが、上述のようにリスクという点では自社に営業秘密が流入して“加害企業”となるリスクもあります。特に技術情報に関しては、転職者からの流入だけでなく取引先からの開示もあります。取引先から開示された営業秘密は、自社で自由に使ってよいものではなく、不正に使用するとその責任を問われます。
しかしながら、営業秘密の流入リスクに関する認識は企業に十分浸透していないようです。その証拠に「営業秘密 流入」でネット検索をすると、このブログの記事がトップに現れます。このブログのアクセス数を考えると、如何に営業秘密の流入リスクの認識が薄いかを想像できます。
他方で、特許に関しては他社の特許権を侵害するリスクが説明するまでもなく広く認識されています。であるからこそ、上述のような保険に対するニーズが存在します。もし、営業秘密の流入に関する保険が販売されるようになれば、営業秘密の流入リスクが企業に深く浸透したことの証となるのではないでしょうか。
2018年3月29日木曜日
秘密とする技術情報の管理はどこの部署が行うべき?
近年、営業秘密等の秘密情報の管理規定(秘密管理規定)を設けている企業も増えてきているようです。まさに、今現在、秘密管理規定の作成作業を行っている企業もあるかと思います。
さて、秘密管理する技術情報はどこの部署がその管理を行うべきでしょうか?
これは非常に大きな問題かと思います。
そして、裁判で営業秘密と認められるように秘密情報を管理することは非常に手間がかかることだと思います。
なお、営業秘密の管理について重要な事の一つに、営業秘密の非公知性の判断基準時は当該情報の秘密管理の開始時ではなく、損害賠償請求に関しては不正行為が行われた時点であり、差し止め請求に関しては裁判における口頭弁論終結時である、ということがあります。
ここで、顧客情報等の営業情報は、取引先等に開示する場合はほとんどなく、また、他社が同様の情報を有していても自ら公開する可能性は低いと考えられ、秘密管理を行っていればその後、非公知性を失う可能性は低いかと思います。
一方で、技術情報に関しては、営業情報とは事情が異なります。技術情報は特許公報等で新たに公知となる情報が時と共に増加しますし、自社製品を販売した場合に自社製品がリバースエンジニアリングされることで非公知性が失われる可能性もあります。
すなわち、技術情報を営業秘密として管理する場合は、理想的には常に非公知性を失っていないかの検証を行う必要があります。これを怠ったり、既に非公知性が失われた情報であるにも関わらず、当該情報の漏えい等を主張して裁判を提起しても、勝てずに無駄なコストと労力を費やすことになり兼ねません。
また、非公知性を有する情報に公知の情報が混在して秘密管理されていると、下記参考過去ブログに記載したように、非公知性を有する情報もその営業秘密性が認められない可能性もあります。
このため、秘密管理した後に非公知性が失われた技術情報に関しては、積極的に秘密管理から除外する必要があるとも考えられます。
参考過去ブログ:技術情報を営業秘密とする場合に留意したい秘密管理措置
さらに、技術情報を営業秘密とする場合、本ブログで何度も記事にしているようにその有用性の判断は公知の技術を基準として判断される場合が多々あります。
ここまで書くと、お分かりかと思いますが、私としては技術情報を営業秘密として管理する場合には、特許等を扱う知財部が主体的に行うことが好ましいと考えます。営業秘密を法務部等の非技術系の部署で管理する企業もあるかと思いますが、上述のような技術情報の非公知性や有用性の判断を法務部で行うことは難しいのではないでしょうか?
特に、発明発掘の時点で、特許出願を行わずに営業秘密とすることが選択された技術情報に関しては、知財部以外で管理することは当該技術情報の文書化も含め、難しいのではないでしょうか。
一方で、営業情報等の非技術系の情報は、法務部で管理することが適していると考えます。営業情報までも知財部で管理することは、一般的な知財部の役割からして少々違うのかなと思います。
とはいいつつも、営業秘密は実際のビジネスで使われる場面が多いでしょう。
顧客情報はまさにその典型でしょう。そうすると、この顧客情報は例えば営業部でも管理され、営業部員にもアクセス権限が与えられ、閲覧だけでなく更新や追加も当然に行われることになります。
また、技術情報に関しては、開発や製造部門で使用するだけでなく、営業部門でも使用するかもしれません。営業部門で使用する場合とは、例えば、顧客に対して自社製品等の優位性を説明するために営業秘密としている技術情報を守秘義務契約を締結したうえで伝える可能性が考えられます。
そうすると、営業秘密はそれを使用する部門でも管理されることになり、法務部や知財部は管理対象の営業秘密について、どの部署がどのような情報を保持し、それに対するアクセスや使用の状態等を包括的に管理するということになるのでしょうか。
さらに、従業員が退職する際には、営業秘密が持ち出されていないかのチェックを早期に行う必要があります。これは、人事部やシステム管理部が主体的に行うことになるのでしょう。営業秘密の管理部門は、必要に応じて退職者のアクセス権限の有無を上記チェックを行う部門に知らせる必要があるかと思います。
このように、営業秘密の管理部門は、他の部門との横断的な協力関係がないと営業秘密を適切に管理することは難しいとも思われます。
さらに、技術情報に関しては、上述したように秘密管理を開始した後に非公知性が失われる可能性があります。非公知性を失った技術情報をそのまま秘密管理していると、秘密管理の形骸化をまねき、秘密管理している他の情報の営業秘密性に影響を与えるかもしれません。
このため、特に技術情報に関してはこのような認識を持ち、かつ対応できる部署が主体的にその管理を行うべきではないでしょうか?
さて、秘密管理する技術情報はどこの部署がその管理を行うべきでしょうか?
これは非常に大きな問題かと思います。
そして、裁判で営業秘密と認められるように秘密情報を管理することは非常に手間がかかることだと思います。
なお、営業秘密の管理について重要な事の一つに、営業秘密の非公知性の判断基準時は当該情報の秘密管理の開始時ではなく、損害賠償請求に関しては不正行為が行われた時点であり、差し止め請求に関しては裁判における口頭弁論終結時である、ということがあります。
ここで、顧客情報等の営業情報は、取引先等に開示する場合はほとんどなく、また、他社が同様の情報を有していても自ら公開する可能性は低いと考えられ、秘密管理を行っていればその後、非公知性を失う可能性は低いかと思います。
一方で、技術情報に関しては、営業情報とは事情が異なります。技術情報は特許公報等で新たに公知となる情報が時と共に増加しますし、自社製品を販売した場合に自社製品がリバースエンジニアリングされることで非公知性が失われる可能性もあります。
すなわち、技術情報を営業秘密として管理する場合は、理想的には常に非公知性を失っていないかの検証を行う必要があります。これを怠ったり、既に非公知性が失われた情報であるにも関わらず、当該情報の漏えい等を主張して裁判を提起しても、勝てずに無駄なコストと労力を費やすことになり兼ねません。
また、非公知性を有する情報に公知の情報が混在して秘密管理されていると、下記参考過去ブログに記載したように、非公知性を有する情報もその営業秘密性が認められない可能性もあります。
このため、秘密管理した後に非公知性が失われた技術情報に関しては、積極的に秘密管理から除外する必要があるとも考えられます。
参考過去ブログ:技術情報を営業秘密とする場合に留意したい秘密管理措置
さらに、技術情報を営業秘密とする場合、本ブログで何度も記事にしているようにその有用性の判断は公知の技術を基準として判断される場合が多々あります。
ここまで書くと、お分かりかと思いますが、私としては技術情報を営業秘密として管理する場合には、特許等を扱う知財部が主体的に行うことが好ましいと考えます。営業秘密を法務部等の非技術系の部署で管理する企業もあるかと思いますが、上述のような技術情報の非公知性や有用性の判断を法務部で行うことは難しいのではないでしょうか?
特に、発明発掘の時点で、特許出願を行わずに営業秘密とすることが選択された技術情報に関しては、知財部以外で管理することは当該技術情報の文書化も含め、難しいのではないでしょうか。
一方で、営業情報等の非技術系の情報は、法務部で管理することが適していると考えます。営業情報までも知財部で管理することは、一般的な知財部の役割からして少々違うのかなと思います。
とはいいつつも、営業秘密は実際のビジネスで使われる場面が多いでしょう。
顧客情報はまさにその典型でしょう。そうすると、この顧客情報は例えば営業部でも管理され、営業部員にもアクセス権限が与えられ、閲覧だけでなく更新や追加も当然に行われることになります。
また、技術情報に関しては、開発や製造部門で使用するだけでなく、営業部門でも使用するかもしれません。営業部門で使用する場合とは、例えば、顧客に対して自社製品等の優位性を説明するために営業秘密としている技術情報を守秘義務契約を締結したうえで伝える可能性が考えられます。
そうすると、営業秘密はそれを使用する部門でも管理されることになり、法務部や知財部は管理対象の営業秘密について、どの部署がどのような情報を保持し、それに対するアクセスや使用の状態等を包括的に管理するということになるのでしょうか。
さらに、従業員が退職する際には、営業秘密が持ち出されていないかのチェックを早期に行う必要があります。これは、人事部やシステム管理部が主体的に行うことになるのでしょう。営業秘密の管理部門は、必要に応じて退職者のアクセス権限の有無を上記チェックを行う部門に知らせる必要があるかと思います。
このように、営業秘密の管理部門は、他の部門との横断的な協力関係がないと営業秘密を適切に管理することは難しいとも思われます。
さらに、技術情報に関しては、上述したように秘密管理を開始した後に非公知性が失われる可能性があります。非公知性を失った技術情報をそのまま秘密管理していると、秘密管理の形骸化をまねき、秘密管理している他の情報の営業秘密性に影響を与えるかもしれません。
このため、特に技術情報に関してはこのような認識を持ち、かつ対応できる部署が主体的にその管理を行うべきではないでしょうか?
2018年3月26日月曜日
技術情報を取引先へ開示する場合の注意事項
技術系の企業において、自社独自の技術情報を取引先へ開示する場合は多々あるかと思います。この取引先とは、顧客企業であったり、下請け企業であったり、協力企業であったり様々でしょう。
そして、自社独自の技術情報を取引先へ開示することによって、当該技術情報が取引先から他社へ流出したり、取引先で許可なく使用されたりするリスクがあります。自社独自の技術情報を取引先へ開示する企業は、このようなリスクを回避するために、予め特許出願等を行うことで当該自社技術を守ったりします。
しかしながら、特許出願しても権利化が困難な技術やそもそも公開したくない技術は、特許出願を行うことなく、取引先へ開示されたりします。その際には、取引先との間で秘密保持契約を締結する場合が多いでしょう。
しかしながら、秘密保持契約を締結して安心できるわけでは全くありません。たとえ、秘密保持契約を締結したとしても、当該技術情報が取引先から漏えいすることは多々あります。
前回のブログで紹介した営業秘密使用差止等請求事件(東京地裁平成29年7月12日判決、知財高裁平成30年1月15日)もそのような事例の一つです。
参考過去ブログ:
・他社が秘密としている技術情報を入手した場合について(不競法2条1項8号)
・不競法2条1項8号に関する興味深い判例
個人的には、上記判決は非常に重要だと思っています。
まず、この判決で驚いたことは、「本件各文書のConfidentialの記載のみをもって,被控訴人において,本件各文書の取得に当たって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえない」という裁判所の判断です。この判断は、表現は異なるものの、地裁の判断を支持したものです。
すなわち、通常の営業活動で「マル秘」マーク等の秘密管理意思を伺わせるような記載がある他社の情報を取得したとしても、それだけをもってして取得企業は「重大な過失」を犯したことにはならないようです。
このことは、営業秘密保有企業にとっては当惑することかと思います。
何せ、上記判決に係る事件では、営業秘密とする各文書の開示先である取引会社と秘密保持契約を交わした上に、各文書に「Confidential」との記載をしているわけです。このため、原告企業は、当該文書を取得した他社(被告企業)が当該文書を不正開示行為されたものである考えることは当然であるとも思えます。
しかしながら、裁判所は「Confidential」との記載のみでは、当該文書を取得した他社は、その取得に「重大な過失」は無いとの判断です。
では、営業秘密保有企業は、どうすればよいのでしょうか?
営業秘密の開示先企業と秘密保持契約を交わしたところで、当該契約が守られる確証はありません。もし、当該営業秘密が開示先企業から漏えいしたとしても、現実的には、契約不履行を追及することは難しいかもしれません。特に、開示先企業が営業秘密保有企業の顧客である場合はなおさらです。
ここで、裁判所は「本件各文書のConfidentialの記載のみをもって」と述べています。では、「のみ」ではなかったらどうでしょうか?
例えば、「Confidential」と共に、「本文書は●●年●●月に秘密保持契約を締結したうえで、A社からB社へ開示された文書です。」とのような注意記載がされていたらどうでしょうか?
流石に、このような他社の文書を取得した企業は、上記判決でいうような「不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務がある」と言えるのではないでしょうか?
裏を返すと、ここまでの記載をしないと、営業秘密を取得した他社に対して「重大な過失」を問えないかもしれません。
しかしながら、このような注意記載をしたとしても、当該営業秘密を漏えいさせる者が当該記載を削除して、他社へ漏えいする可能性も考えられます。例えば、当該注意記載を余白部分に行った場合は、デジタルデータを加工することによって簡単に当該注意記載を消すことが可能かと思います。注意記載がない営業秘密を取得した他社は、やはり「重大な過失」はないとなるでしょう。
そのようなことを防ぐために、文書の内容に重なるように「透かし」によって上記注意記載を行い、当該記載を悪意を持って消去できないようにするべきではないでしょうか。
当該注意記載と文書の内容とが重なっていると、当該注意記載を消そうとする場合には、文書の内容の一部も消してしまう可能性が高いかと思います。また、文書の内容の一部を消さないように、当該注意記載を消すことはそれなりの手間がかかるでしょう。
本判決が出た以上、このような対応を行わないと営業秘密を取得した他社に対して、「重大な過失」を問えない可能性が高いかと思われます。
また、上記のような注意記載がなされた他社の文書等を取得した企業は、「不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務がある」ということになります。
もし、この「注意義務」を果たさない場合、当該企業は不正競争防止法2条1項8号違反で責任を問われる可能性が生じます。
従って、もし、上記注意記載のような表記のある他社の文書等を第三者から開示された場合、当該文書の取得をその場で断って取得しない等の対応が必要になるかと思います。
一方で、秘密管理意思を示すような記載すらない他社の情報については、それが重要な情報であっても、その取得は不正競争防止法2条1項8号でいうところの重大な過失があったと判断される可能性は低いかと思います。
このように、不正競争防止法2条1項8号における「重大な過失」について、今回の判決で指針のようなものは得られたかと思いますが、営業秘密の保有者の立場、他社の営業秘密の取得者の立場から考えさせられることが多々あるかと思います。
そして、自社独自の技術情報を取引先へ開示することによって、当該技術情報が取引先から他社へ流出したり、取引先で許可なく使用されたりするリスクがあります。自社独自の技術情報を取引先へ開示する企業は、このようなリスクを回避するために、予め特許出願等を行うことで当該自社技術を守ったりします。
しかしながら、特許出願しても権利化が困難な技術やそもそも公開したくない技術は、特許出願を行うことなく、取引先へ開示されたりします。その際には、取引先との間で秘密保持契約を締結する場合が多いでしょう。
しかしながら、秘密保持契約を締結して安心できるわけでは全くありません。たとえ、秘密保持契約を締結したとしても、当該技術情報が取引先から漏えいすることは多々あります。
前回のブログで紹介した営業秘密使用差止等請求事件(東京地裁平成29年7月12日判決、知財高裁平成30年1月15日)もそのような事例の一つです。
参考過去ブログ:
・他社が秘密としている技術情報を入手した場合について(不競法2条1項8号)
・不競法2条1項8号に関する興味深い判例
個人的には、上記判決は非常に重要だと思っています。
まず、この判決で驚いたことは、「本件各文書のConfidentialの記載のみをもって,被控訴人において,本件各文書の取得に当たって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえない」という裁判所の判断です。この判断は、表現は異なるものの、地裁の判断を支持したものです。
すなわち、通常の営業活動で「マル秘」マーク等の秘密管理意思を伺わせるような記載がある他社の情報を取得したとしても、それだけをもってして取得企業は「重大な過失」を犯したことにはならないようです。
このことは、営業秘密保有企業にとっては当惑することかと思います。
何せ、上記判決に係る事件では、営業秘密とする各文書の開示先である取引会社と秘密保持契約を交わした上に、各文書に「Confidential」との記載をしているわけです。このため、原告企業は、当該文書を取得した他社(被告企業)が当該文書を不正開示行為されたものである考えることは当然であるとも思えます。
しかしながら、裁判所は「Confidential」との記載のみでは、当該文書を取得した他社は、その取得に「重大な過失」は無いとの判断です。
では、営業秘密保有企業は、どうすればよいのでしょうか?
営業秘密の開示先企業と秘密保持契約を交わしたところで、当該契約が守られる確証はありません。もし、当該営業秘密が開示先企業から漏えいしたとしても、現実的には、契約不履行を追及することは難しいかもしれません。特に、開示先企業が営業秘密保有企業の顧客である場合はなおさらです。
ここで、裁判所は「本件各文書のConfidentialの記載のみをもって」と述べています。では、「のみ」ではなかったらどうでしょうか?
例えば、「Confidential」と共に、「本文書は●●年●●月に秘密保持契約を締結したうえで、A社からB社へ開示された文書です。」とのような注意記載がされていたらどうでしょうか?
流石に、このような他社の文書を取得した企業は、上記判決でいうような「不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務がある」と言えるのではないでしょうか?
裏を返すと、ここまでの記載をしないと、営業秘密を取得した他社に対して「重大な過失」を問えないかもしれません。
しかしながら、このような注意記載をしたとしても、当該営業秘密を漏えいさせる者が当該記載を削除して、他社へ漏えいする可能性も考えられます。例えば、当該注意記載を余白部分に行った場合は、デジタルデータを加工することによって簡単に当該注意記載を消すことが可能かと思います。注意記載がない営業秘密を取得した他社は、やはり「重大な過失」はないとなるでしょう。
そのようなことを防ぐために、文書の内容に重なるように「透かし」によって上記注意記載を行い、当該記載を悪意を持って消去できないようにするべきではないでしょうか。
当該注意記載と文書の内容とが重なっていると、当該注意記載を消そうとする場合には、文書の内容の一部も消してしまう可能性が高いかと思います。また、文書の内容の一部を消さないように、当該注意記載を消すことはそれなりの手間がかかるでしょう。
本判決が出た以上、このような対応を行わないと営業秘密を取得した他社に対して、「重大な過失」を問えない可能性が高いかと思われます。
また、上記のような注意記載がなされた他社の文書等を取得した企業は、「不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務がある」ということになります。
もし、この「注意義務」を果たさない場合、当該企業は不正競争防止法2条1項8号違反で責任を問われる可能性が生じます。
従って、もし、上記注意記載のような表記のある他社の文書等を第三者から開示された場合、当該文書の取得をその場で断って取得しない等の対応が必要になるかと思います。
一方で、秘密管理意思を示すような記載すらない他社の情報については、それが重要な情報であっても、その取得は不正競争防止法2条1項8号でいうところの重大な過失があったと判断される可能性は低いかと思います。
このように、不正競争防止法2条1項8号における「重大な過失」について、今回の判決で指針のようなものは得られたかと思いますが、営業秘密の保有者の立場、他社の営業秘密の取得者の立場から考えさせられることが多々あるかと思います。
2018年3月23日金曜日
他社が秘密としている技術情報を入手した場合について(不競法2条1項8号)
企業活動を行っていると、他社が秘密としている可能性のある情報を手に入れる場合があります。
そして、手に入れた他社の情報が営業秘密である場合、不正競争防止法2条1項8号違反となり、不正行為となる可能性があります。
その営業秘密について不正開示行為(・・・)であること若しくはその営業秘密について不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
実際に、不競法2条1項8号違反となる場合は、例えば他社からの転職者が転職企業で当該他社の営業秘密を開示し、当該転職企業が当該営業秘密を使用する場合です。
私は他社の営業秘密の流入は、他社の特許権の実施と同様に十分に注意を要することだと考えています。もし、流入した他社の営業秘密を使用等すると、不競法2条1項8号違反となり、損害賠償や使用の差し止めとなる可能性があるためです。
ところが、企業は、転職者による他社の営業秘密の持ち込みだけでなく、通常の企業活動によっても他社の営業秘密と思われる情報を入手する場合があります。
そのような事例を争った判例が、東京地裁平成29年7月12日判決の営業秘密使用差止等請求事件です。
参考過去ブログ:不競法2条1項8号に関する興味深い判例
本事件は、原告が台湾企業及び中国企業に対して「CONFIDENTIAL」との記載がある本件文書を秘密保持契約を締結して開示したにもかかわらず、被告が何らかの方法で当該本件文書を入手し、特許権侵害訴訟の証拠として提出したので、被告による本件文書の取得・使用は不競法2条1項8号違反であると原告が主張したものです。すなわち、本事件は、不競法2条1項7号違反等は伴わずに、不競法2条1項8号違反単独で争われています。
そして、本事件は、地裁判決において被告の行為は不競法2条1項8号違反ではないと裁判所によって判断されました。地裁判決の詳細は、上記過去ブログをご覧ください。
その後、原告が控訴することで本事件は知財高裁で争われ、その判決が平成30年1月15日になされました。結論から述べると、知財高裁でも一審が支持され、控訴人(一審原告)の敗訴となっております。
以下が知財高裁判決で私が重要と考える内容です。
知財高裁判決では、不競法2条1項8号における「重大な過失」を下記のように定義しています。
「不競法2条1項8号所定の「重大な過失」とは,取引上要求される注意義務を尽くせば,容易に不正開示行為等が判明するにもかかわらず,その義務に違反する場合をいうものと解すべきである。」
そして、上記「注意義務」について本知財高裁判決では、「被控訴人が,本件情報の記載された本件各文書を取得するに当たって,本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生することを根拠付ける要素の1つとなり得る。これに対し,本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる事実に該当すると解される。」(下線は筆者による)と述べています。
すなわち、秘密情報の保持企業を秘密保持企業とし、当該秘密情報を取得した企業を取得企業とすると、以下のようなことになると考えられます。
1.秘密情報の内容が、当該秘密情報の取得企業が自社の製品に取り入れるなどした場合に秘密保持企業に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは、取得企業に対して不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生する。
2.秘密情報が取得企業の通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる。
本事件は、上告の有無は今のところ不明ですが、これが確定するとこの知財高裁の判決は「重大な過失」に対する重要な規範になり得るかと思います。
さらに、本知財高裁判決において裁判所は「被控訴人が,本件各文書を取得するに当たり,本件各文書のConfidentialの記載以外に,本件各文書の保有者から,本件情報を秘密情報として扱うように指示されたり,秘密保持契約の締結を求められたり,あるいは,報酬や利益と引換えに本件各文書を得たなど,本件情報が秘密情報であることを疑うべき事実があったことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件各文書のConfidentialの記載のみをもって,被控訴人において,本件各文書の取得に当たって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえない」とも述べています。
すなわち、取得した他社の秘密情報に「Confidential」の記載があったとしても、それのみをもって、取得企業に当該秘密情報が不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き、取引上の注意義務を生じさせるものではない、と本知財高裁判決では判示されています。
この判断は、営業秘密が漏えいした企業にとって、相当厳しいものだと思えます。
さらに、上記「2.」に関して控訴人(原告)は、「被控訴人が本件各文書の入手ルートを明らかにできないと主張していることから,本件各文書が通常の営業活動によって取得されたものではないことは明らかである」とも主張しています。
これに対して、裁判所は「被控訴人が本件各文書の入手ルートを明らかにしないことをもって,本件各文書が通常の営業活動によって取得されたものではないことが推認されるとはいえない。」と判断しています。
このことは、他社の営業秘密を何らかの方法で取得した被告企業は、裁判においてその入手ルートを開示して積極的に当該営業秘密の取得が通常の営業活動によるものであることを主張立証する必要はないようです。当然ですが、入手ルートが通常の営業活動でないことは、原告側が立証しなければならず、このことは原告にとって非常に困難な事ではないでしょうか。
ちなみに、本知財高裁判決では、上記「1.」に関して「短尺ランプの本数については,仮に一定の有用性が認められるとしても,被控訴人に知られてしまうだけで控訴人が深刻な不利益を被る情報とまではいえず,控訴人の主張は採用できない。」と判断し、「1.」に関する注意義務の発生を認めていません。
以上のことから、本知財高裁判決をかみ砕くと、他社の秘密情報を取得した企業は、たとえ当該情報に秘密管理を示す簡便なマークが記されていても、当該秘密情報を自社が使用することで他社に深刻な不利益を生じさせないし、当該秘密情報が通常の営業活動で取得されたものであれば、「重大な過失により知らないで営業秘密を取得」したことにはならない、ということかと思われます。
本判決によって、他社の秘密情報を取得した企業にとっては、不競法2条1項8号の適用範囲がより明確になり、他社の秘密情報を取得が違法行為であるか否かの判断が行い易くなるかと思われます。
一方で、通常の営業活動によって営業秘密が他社に渡ってしまった場合、当該営業秘密の保持企業は、当該他社に対して不競法2条1項8号単独で違法行為であると主張しても、そのための要件が厳しく、違法行為の主張が認められ難いとも思えます。
そして、手に入れた他社の情報が営業秘密である場合、不正競争防止法2条1項8号違反となり、不正行為となる可能性があります。
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不正競争防止法2条1項8号
その営業秘密について不正開示行為(・・・)であること若しくはその営業秘密について不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
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実際に、不競法2条1項8号違反となる場合は、例えば他社からの転職者が転職企業で当該他社の営業秘密を開示し、当該転職企業が当該営業秘密を使用する場合です。
私は他社の営業秘密の流入は、他社の特許権の実施と同様に十分に注意を要することだと考えています。もし、流入した他社の営業秘密を使用等すると、不競法2条1項8号違反となり、損害賠償や使用の差し止めとなる可能性があるためです。
ところが、企業は、転職者による他社の営業秘密の持ち込みだけでなく、通常の企業活動によっても他社の営業秘密と思われる情報を入手する場合があります。
そのような事例を争った判例が、東京地裁平成29年7月12日判決の営業秘密使用差止等請求事件です。
参考過去ブログ:不競法2条1項8号に関する興味深い判例
本事件は、原告が台湾企業及び中国企業に対して「CONFIDENTIAL」との記載がある本件文書を秘密保持契約を締結して開示したにもかかわらず、被告が何らかの方法で当該本件文書を入手し、特許権侵害訴訟の証拠として提出したので、被告による本件文書の取得・使用は不競法2条1項8号違反であると原告が主張したものです。すなわち、本事件は、不競法2条1項7号違反等は伴わずに、不競法2条1項8号違反単独で争われています。
そして、本事件は、地裁判決において被告の行為は不競法2条1項8号違反ではないと裁判所によって判断されました。地裁判決の詳細は、上記過去ブログをご覧ください。
その後、原告が控訴することで本事件は知財高裁で争われ、その判決が平成30年1月15日になされました。結論から述べると、知財高裁でも一審が支持され、控訴人(一審原告)の敗訴となっております。
以下が知財高裁判決で私が重要と考える内容です。
知財高裁判決では、不競法2条1項8号における「重大な過失」を下記のように定義しています。
「不競法2条1項8号所定の「重大な過失」とは,取引上要求される注意義務を尽くせば,容易に不正開示行為等が判明するにもかかわらず,その義務に違反する場合をいうものと解すべきである。」
そして、上記「注意義務」について本知財高裁判決では、「被控訴人が,本件情報の記載された本件各文書を取得するに当たって,本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生することを根拠付ける要素の1つとなり得る。これに対し,本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる事実に該当すると解される。」(下線は筆者による)と述べています。
すなわち、秘密情報の保持企業を秘密保持企業とし、当該秘密情報を取得した企業を取得企業とすると、以下のようなことになると考えられます。
1.秘密情報の内容が、当該秘密情報の取得企業が自社の製品に取り入れるなどした場合に秘密保持企業に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは、取得企業に対して不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生する。
2.秘密情報が取得企業の通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる。
本事件は、上告の有無は今のところ不明ですが、これが確定するとこの知財高裁の判決は「重大な過失」に対する重要な規範になり得るかと思います。
さらに、本知財高裁判決において裁判所は「被控訴人が,本件各文書を取得するに当たり,本件各文書のConfidentialの記載以外に,本件各文書の保有者から,本件情報を秘密情報として扱うように指示されたり,秘密保持契約の締結を求められたり,あるいは,報酬や利益と引換えに本件各文書を得たなど,本件情報が秘密情報であることを疑うべき事実があったことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件各文書のConfidentialの記載のみをもって,被控訴人において,本件各文書の取得に当たって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえない」とも述べています。
すなわち、取得した他社の秘密情報に「Confidential」の記載があったとしても、それのみをもって、取得企業に当該秘密情報が不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き、取引上の注意義務を生じさせるものではない、と本知財高裁判決では判示されています。
この判断は、営業秘密が漏えいした企業にとって、相当厳しいものだと思えます。
さらに、上記「2.」に関して控訴人(原告)は、「被控訴人が本件各文書の入手ルートを明らかにできないと主張していることから,本件各文書が通常の営業活動によって取得されたものではないことは明らかである」とも主張しています。
これに対して、裁判所は「被控訴人が本件各文書の入手ルートを明らかにしないことをもって,本件各文書が通常の営業活動によって取得されたものではないことが推認されるとはいえない。」と判断しています。
このことは、他社の営業秘密を何らかの方法で取得した被告企業は、裁判においてその入手ルートを開示して積極的に当該営業秘密の取得が通常の営業活動によるものであることを主張立証する必要はないようです。当然ですが、入手ルートが通常の営業活動でないことは、原告側が立証しなければならず、このことは原告にとって非常に困難な事ではないでしょうか。
ちなみに、本知財高裁判決では、上記「1.」に関して「短尺ランプの本数については,仮に一定の有用性が認められるとしても,被控訴人に知られてしまうだけで控訴人が深刻な不利益を被る情報とまではいえず,控訴人の主張は採用できない。」と判断し、「1.」に関する注意義務の発生を認めていません。
以上のことから、本知財高裁判決をかみ砕くと、他社の秘密情報を取得した企業は、たとえ当該情報に秘密管理を示す簡便なマークが記されていても、当該秘密情報を自社が使用することで他社に深刻な不利益を生じさせないし、当該秘密情報が通常の営業活動で取得されたものであれば、「重大な過失により知らないで営業秘密を取得」したことにはならない、ということかと思われます。
本判決によって、他社の秘密情報を取得した企業にとっては、不競法2条1項8号の適用範囲がより明確になり、他社の秘密情報を取得が違法行為であるか否かの判断が行い易くなるかと思われます。
一方で、通常の営業活動によって営業秘密が他社に渡ってしまった場合、当該営業秘密の保持企業は、当該他社に対して不競法2条1項8号単独で違法行為であると主張しても、そのための要件が厳しく、違法行為の主張が認められ難いとも思えます。
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