2019年11月8日金曜日

ノウハウ(営業秘密)に対する企業の対価支払いとその帰属について。

営業秘密を規定している不正競争防止法には特許法第35条のような規定はありません。
そうであるならば、ノウハウを創作した発明者に対して企業は対価を支払わなくてもよいのでしょうか?

これに対する答えの参考となる裁判例として、知財高裁平成27年7月30日判決(平成26年(ネ)第10126号)があります。
この裁判例は、特許庁の「特許法第35条第6項の指針(ガイドライン)」における「指針に関するQ&A」のQ21でも紹介されています。
この判決では、下記のように判示されています。
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 (2)  独占的利益の有無について
使用者等は,職務発明について無償の法定通常実施権を有するから(特許法35条1項),相当対価の算定の基礎となる使用者等が受けるべき利益の額は,特許権を受ける権利を承継したことにより,他者を排除し,使用者等のみが当該特許権に係る発明を実施できるという利益,すなわち,独占的利益の額である。この独占的利益は,法律上のものに限らず,事実上のものも含まれるから,発明が特許権として成立しておらず,営業秘密又はノウハウとして保持されている場合であっても,生じ得る。
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この裁判例では、特許を受ける権利を企業が承継したのであれば、特許権を取得せず、営業秘密又はノウハウとして企業が保有した場合でも、発明者に対して対価を与えるべきであると解釈できます。上記「指針に関するQ&A」でもそのように回答しています。

なお、本件は、被控訴人の従業者であった控訴人が被控訴人に対し、職務発明である証券取引所コンピュータに対する電子注文の際の伝送レイテンシ(遅延時間)を縮小する方法等に関する発明(本件発明)について特許を受ける権利を被控訴人に承継させたことにつき,特許法35条3項に基づき,相当対価の請求等を行った者ですが、被控訴人が本件発明を実施していないとして、控訴人の請求は棄却されています。


一方で、企業が特許出願する意図が全くない発明に対しては発明者に対価を支払う必要はあるのでしょうか?
すなわち、当初から秘匿化が前提であり企業は特許を受ける権利の承継も不要と考えている場合や、そもそも今まで特許出願を行ったこともほとんどなく、特許権の取得という意識が皆無に等しい企業は、当該発明をした発明者には対価等を与えなくてもよいのでしょうか?

特許法35条は、特許を前提とした職務発明規定であり、秘匿化を前提とした職務発明規定ではありませんし、特許法35条を不正競争防止法で規定されている営業秘密に援用するというような条文もありません。
そうすると、上述のような秘匿化が前提の発明をした発明者に対して対価等を与えるとする規定は現状では存在しないでしょう。

一方で、特許法35条3項は、職務発明について契約等により使用者等(企業等)に特許を受ける権利を取得させることが定められているときには、その特許を受ける権利は使用者等に帰属することが規定されています。しかしながら、この規定は、特許を受ける権利を企業等に帰属させる規定であり、営業秘密やノウハウを企業等に帰属させる規定ではありません。

そして、不正競争防止法2条1項7号は下記のように規定しています。
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営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
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ここで、事業者(企業)そのものは発明を行わず、発明は従業員等である発明者が行うため、発明は発明者から事業者に示されるものです。そのように発明という情報の流れを理解した上で、上記7号を素直に解釈すると、発明者と事業者との関係では、当該発明者は事業者から営業秘密とする発明は示されません。
であるならば、当該発明者が、自身が行った発明を例えば転職先等で開示等しても、不正競争防止法2条1項7号違反にはなりません。

さらに、発明者に対して事業者が発明に対する対価も支払わず、発明者との間で発明に対する秘密保持契約も結んでいない状態で、発明者が転職先に発明を開示し、この転職先が当該発明を使用等した場合には転職先は不正競争防止法2条1項8号違反となるのでしょうか?

すなわち、事業者が発明者に対価も支払わず、秘密保持契約も結んでいないと状況において、当該事業者と共に当該発明者もその発明の正当な保有者とも考えられるかと思います。そうすると、当該発明者による転職先への発明の開示は正当な行為であるため、この発明を転職先が使用等しても、不正競争防止法2条1項8号違反にはならない可能性があるのではないでしょうか? 


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年11月1日金曜日

ー判例紹介ー ノウハウ管理と就業規則

今回は、就業規則の定めによるノウハウ(営業秘密)の漏えい防止について、前回までとは異なる別の裁判例を紹介します。

この裁判例は、東京地裁平成30年9月27日判決(平成28年(ワ)26919号 ・ 平成28(ワ)39345号)です。

本事件は、原告が経営するまつ毛サロン(原告店舗)で勤務していた被告A及びBが原告を退職した後に勤務しているまつ毛サロン(被告店舗)で、原告から示された営業秘密(本件ノウハウ)を不正に利益を得る目的で使用又は開示していることを理由として、原告が被告らに対し不正競争防止法2条1項7号及び3条1項に基づき上記ノウハウの使用又は開示の差止め等を求めたものです。

なお、原告が主張する本件ノウハウは、原告店舗で施術されるまつ毛パーマ、アイブロウ及びまつ毛エクステンションの技術に関する情報です。
そして、原告は、ノウハウに対する秘密管理性を以下のように主張しています。
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原告は,就業規則において,本件ノウハウを含む会社の業務上の機密を他に漏らしてはならず,会社の許可なくマニュアル類等の重要物の複製や持ち出しを行ってはならないことや,退職時に守秘義務等について明記した誓約書を提出することなどを定めており,実際に,原告は,従業員が退職する際には,当該従業員に,本件ノウハウを含む原告の機密情報を一切漏らさない旨を誓約させ,退職する従業員にも秘密保持義務を負わせている。 また,原告は,従業員に対し,顧客に施術内容を説明するときであっても本件ノウハウに言及しないよう指導していた。
さらに,本件ノウハウは,習得に長い時間と多大な労力を要するものであり,原告と競業他社との差別化を可能にする経営の根幹をなす情報である。このような本件ノウハウの性質からすれば,本件ノウハウが競業他社によって使用され,又は第三者に開示された場合に,原告に甚大な不利益が生じることは,本件ノウハウを知る者であれば当然認識している。実際に,原告は従業員を採用する際に,当該従業員に対し,原告において技術を取得して将来は他のサロンで施術をするなどといった目的を有していないことを確認しており,他のまつ毛サロンで本件ノウハウを使用又は開示することは許されない旨が従業員に明確に示されている。
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ここで、元従業員は、退職後であっても元所属企業の就業規則で定められている秘密保持義務を負うのか?という議論が一応あります。就業規則は、現従業員に対する規則であり、元従業員は退職後にはその義務を負うことはないという考えもあるためです。

これに対して、例えば、東京地裁平成28年12月26日判決(平成26年(ワ)22016号)で下記のように判示しているように、元従業員は退職後であっても就業規則で定められた秘密保持義務を負うという考えが一般的です。
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本件秘密保持義務条項は,原告を退職した後の秘密保持義務について明示的に規定していないが,原告を退職した後に同義務が効力を失うのでは同義務を設けた趣旨が没却されること,本件各文書が原告の従業員としての職務を行う目的で交付されており,その目的が終了した際には本件各文書に含まれる情報も含めて外部に漏えいしないことが当然に予定されていることからすると,本件秘密保持義務条項の合理的解釈により,被告は,原告を退職した後も原告に対し,本件秘密保持義務を負う。
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本事件に戻り、上記原告の主張に対して、裁判所は以下のように判断しました。
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原告が営業秘密であると主張する本件ノウハウは,原告で施術されるまつ毛パーマ,アイブロウ及びまつ毛エクステンションの技術に関する情報であるところ,原告においては,同技術が蓄積されていて,従業員に対して,その技術を幅広くトレーニング等で伝えていたことが認められる。しかしながら,上記(1)イ及びカのとおり,それらの技術について,秘密であることを示す文書はなかったし,従業員が特定の技術を示されてそれが秘密であると告げられていたものではなく,また,その技術の一部といえる本件で原告が営業秘密であると主張する本件ノウハウについて,網羅的に記載された書面はなく,従業員もそれが秘密であると告げられていなかった。 ・・・
以上によれば,本件ノウハウについて,原告において秘密として管理するための合理的な措置が講じられていたとは直ちには認められない。また,まつ毛パーマ等に関する技術については一般的なものも含めて様々なものがあることも考慮すると,上記のような状況下で,被告らにおいて,本件ノウハウについて,秘密として管理されていることを認識することができたとは認められない。
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すなわち、原告は、自社が営業秘密とする本件ノウハウを特定し、かつそれを従業員が認識できるような態様で秘密管理していなかったので、たとえ、就業規則に秘密保持義務の規定があったとしても、元従業員は当該本件ノウハウが秘密であると認識できなかったということです。

このような裁判所の判断は、珍しいものではなく、非常に多数あります。本ブログでも類似の裁判例はすでに紹介しているかと思います。

さらに、本事件では「まつ毛パーマ等に関する技術については一般的なものも含めて様々なものがあることも考慮すると」と裁判所は述べています。
確かに、本件ノウハウには、原告が主張するように競業他社との差別化を可能とするまつ毛パーマに関する非公知のノウハウ(独自技術)も含まれていた可能性もあります。
しかしながら、裁判所が述べているように、まつ毛パーマ等に関する技術は様々なものがあり、その多くが公知の技術でしょう。そうだとすると、非公知のノウハウを明確に特定して秘密管理を行わないと、従業員は当該技術が何となくノウハウだと感じても、明確にどの技術(工程)がノウハウであるかを認識できなくて当然かと思います。

このように、自社のノウハウを営業秘密であると主張するためには、当該ノウハウの特定を確実に行い、それを秘密管理しなければなりません。
大多数の企業には、就業規則があり、定型文のように秘密保持義務が規定されているかと思います。しかしながら、営業秘密の観点では、このような就業規則における秘密保持義務は秘密管理性に対する 補完又は補強とはなり得ても、情報の特定がなされ、合理的な態様で秘密管理が行われていないと営業秘密性は認められない可能性が相当高いと思われます。
営業秘密を主張するためには、営業秘密とする情報の特定と具体的な秘密管理が何よりも大事です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年10月27日日曜日

ー判例紹介ー 就業規則等における「秘密情報」と競業避止義務 その2

前回紹介した裁判例である知財高裁令和元年8月7日判決(平成31年(ネ)10016号)の続きです。

本事件は、東京都国分寺市内でまつげエクステサロンを営む控訴人が、元従業員である被控訴人が控訴人を退職後に同市内のまつげエクステサロンで就労したことは、被控訴人と控訴人の間の競業禁止の合意に反し、また、控訴人の営業秘密に当たる控訴人の顧客2名の施術履歴を取得したことは不正競争行為(不正競争防止法2条1項4号,5号又は8号)に当たる等と主張しているものです。

また、本事件において裁判所は、原告と被告とが入社時に合意した競業避止義務は「2年」という期間の制限、「秘密管理性を有する情報を利用した競業行為」という制限を有していることから合理的な内容であるとして認めました。

しかしながら、原告が秘密情報であると主張した「施術履歴」に対する秘密管理性(不正競争防止法2条6項で規定)は認められず、これにより、結果的に被告(被控訴人)の競業避止義務違反も認められませんでした。

ここで、原告企業の就業規則には下記規定がありました。
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第24条 社員が職務上,あるいは職務を遂行する上で知ることのできた情報は,業務の遂行のためのみに使用しなければならない。
2.社員は,在職中はもちろんのこと退職後であっても,前項の情報を他者に漏らしてはならない。この場合,口頭あるいは文書等のいかなる媒体であっても認めることはない。
3.本条でいう情報とは,従業員に関する情報(個人番号,特定個人情報を含む),顧客に関する情報,会社の営業上の情報,商品についての機密情報あるいは同僚等の個人の権利に属する情報の一切を指す。
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これに対して裁判所は、この就業規則に対して下記のように判断しています。
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 就業規則における「従業員に関する情報(個人番号,特定個人情報を含む),顧客に関する情報,会社の営業上の情報,商品についての機密情報あるいは同僚等の個人の権利に属する情報」との文言は,非常に広範で抽象的であり,このような包括的規定により具体的に施術履歴を秘密として指定したと解することはできない。
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このような就業規則における包括的すぎる内容では、何が秘密情報として特定しているかを従業員が認識できないため、それをもって秘密管理性を主張することは難しいと考えられます。


一方で原告は、原告店舗において顧客カルテが入っているファイルの背表紙にマル秘マークを付して、室内に防犯カメラも設置していました。

しかしながら、以下のことから、施術履歴に対する秘密管理性を裁判所は認めませんでした。 
(1)顧客カルテは従業員であれば誰でも閲覧することができた。 
(2)顧客カルテが入っているファイルの保管の際に施錠等の措置はとられていなかった。
(3)施術履歴の用紙にマル秘マークが付されていたかは明らかではない。 
(4)他に、施術履歴についての管理体制を裏付ける的確な証拠はない。

さらに、裁判所は下記の顧客カルテの運用によっても、その秘密管理性を認めませんでした。
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控訴人の一支店から他の支店に顧客を紹介することがあり,その際には,顧客に施術するなどの営業上の必要から,支店間で情報を共有するため,顧客カルテを撮影し,その画像を,私用のスマートフォンのLINEアプリを用いて従業員間で共有する取扱いが日常的に行われていた(弁論の全趣旨)。LINEアプリにより画像を共有すれば,サーバーに画像が保存されるほか,私用スマートフォンの端末にも画像が保存されるものであり,顧客カルテについての上記取扱いは,顧客カルテが秘密として管理されていなかったことを示すものといえる。
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このように、原告は、施術履歴が含まれる顧客カルテに対してマル秘マークを付し、防犯カメラも設置するという管理を行っていたにもかかわらず、その実際の運用の結果、顧客カルテに対する秘密管理性が認められない結果となっています。

個人的には、上記(1)~(3)は原告の企業規模から鑑みると、顧客カルテの秘密管理性に大きな影響を与えるものではないとも思えます。マル秘マークは顧客カルテの背表紙ではなく、表面に付したほうがよいでしょうが。
一方で、顧客カルテを撮影してLINEアプリを用いて従業員間で共有する取扱いを日常的に行っていたという運用は秘密管理性を否定する大きな要素となったのかと思います。

このようなLINEアプリ等のSNSを用いた秘密情報の情報共有は相当な注意を要するでしょう。近年、企業でも従業員間でLINEアプリ等のSNSによって様々な情報共有を行うことが多いようですが、公私混同が生じ、その結果、この裁判例のように企業が秘密情報であると主張してもその秘密管理性が認められない結果を招く可能性があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年10月18日金曜日

ー判例紹介ー 就業規則等における「秘密情報」と競業避止義務

企業における就業規則等に「秘密情報の漏洩禁止」とのような趣旨の項目があるかと思います。では、ここでいう「秘密情報」とは何でしょうか?
また、退職者に対して競合他社等に転職してほしくない、独立して競合他社になってほしくないとして、競業避止義務を負わせる企業もあるかと思います。
転職者に対する「秘密情報の漏えい防止」と「競業避止」、これは今後、転職が益々当然のこととなるビジネス環境にとって、企業における人事活動の新たな課題ではないでしょうか。
そして「秘密情報の漏えい防止」と「競業避止」はセットになる場合が多々あります。

ここで紹介する裁判例は、そのような「秘密情報の漏えい防止」と「競業避止」に絡んだ事件として非常に参考になると思われるものであり、知財高裁令和元年8月7日判決(平成31年(ネ)10016号)です。

本事件は、東京都国分寺市内でまつげエクステサロンを営む控訴人が、元従業員である被控訴人が控訴人を退職後に同市内のまつげエクステサロンで就労したことは、被控訴人と控訴人の間の競業禁止の合意に反し、また、控訴人の営業秘密に当たる控訴人の顧客2名の施術履歴を取得したことは不正競争行為(不正競争防止法2条1項4号,5号又は8号)に当たる等と主張しているものです。

ここで、控訴人の就業規則には、下記の規定があったとされています。
1.社員は、退職後も競業避止義務を守り、競争関係にある会社に就労してはならない。
2.社員は、退職または解雇後、同業他社への就職および役員への就任、その他形態を問わず同業他社の業務に携わり、または競合する事業を自ら営んではならない。

裁判所はこの規定に対して、「この定めは,退職する社員の地位に関わりなく,かつ無限定に競業制限を課するものであって,到底合理的な内容のものということはできないから,無効というほかはない。」と判断しています。

ちなみに、本判決では、競業避止義務が認められる場合を以下のように定義しています。この定義は、競業避止義務に対する一般的なものです。

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退職者に対する競業の制限(以下「競業制限」という。)は,退職者の職業選択の自由や営業の自由を制限するものであるから,個別の合意あるいは就業規則による定めがあり,かつその内容が,これによって守られるべき使用者の利益の内容・程度,退職者の在職時の地位,競業制限の範囲,代償措置の有無・内容等に照らし,合理的と認められる限り,許されるというべきである。
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そして本事件において裁判所は、「被控訴人が退職時に提出した「誓約・確認書」には、退職後2年間、国分寺市内の競合関係に立つ事業者に就職しないとの約束をすることはできない旨の被控訴人の留保文言が付されていたのであるから、これによって競業制限に関する合意が成立したということはできない。 」とも判断しています。


さらに、被控訴人と控訴人との間には、競業避止に関して入社時誓約書において下記のような合意をしていたとのことです。本事件では、これに基づいても争っています。

1.被控訴人は、退職後2年間は、在職中に知り得た秘密情報を利用して,国分寺市内において競業行為は行わないこと。
2.秘密情報とは,在籍中に従事した業務において知り得た控訴人が秘密として管理している経営上重要な情報(経営に関する情報,営業に関する情報,技術に関する情報…顧客に関する情報等で会社が指定した情報)であること。

ここで裁判所は「秘密情報」の意義について下記のように判断しています。
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上記入社時誓約書の記載によれば,入社時合意における「秘密情報」とは「秘密として管理」された情報であることを要することが理解できる。また,入社時誓約書の秘密情報に関連する規定は,その内容に照らし,不正競争防止法と同様に営業秘密の保護を目的とするものと解される。そして,入社時誓約書には「秘密として管理」の定義規定は存在せず,「秘密として管理」について同法の「秘密として管理」(2条6項)と異なる解釈をとるべき根拠も見当たらない。そうすると,入社時誓約書の「秘密として管理」は,同法の「秘密として管理」と同義であると解するのが相当である。
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そして、裁判所は、入社合意時における競業避止義務について、「2年という期間と国分寺市内という場所に限定した上で,秘密管理性を有する情報を利用した競業行為のみを制限するものと解されるから,職業選択の自由及び営業の自由を不当に制限するものではなく,その制限が合理性を欠くものであるということはできない。」として、入社時合意は被控訴人の職業選択の自由及び営業の自由を不当に制限するものであって無効であるという被控訴人の主張を認めませんでした。

すなわち本事件では、就業規則における競業避止義務は、無限定に競業制限を課するものであって合理的な内容ではないため認められなかった一方、入社時合意における競業避止義務は、「2年」という期間の制限、「秘密管理性を有する情報を利用した競業行為」という制限を有していることから合理的な内容であるとして認められたと解されます。

なお、ここでいう「秘密情報」は、「秘密として管理」されていれば良いようであり、不正競争防止法2条6項で定義されている「営業秘密」としての「有用性」及び「非公知性」は判断されておりません。
すなわち、ここでいう「秘密情報」は「営業秘密」ほどの要件を必要とはしないと解されます。しかしながら、競業避止義務の制限とされる「秘密情報」であるので、「有用性」は必然的に満たしているでしょうし、技術情報でなければ「非公知性」も満たした情報であるでしょう。
実際、本事件の秘密情報とされる顧客の「施術履歴」も顧客獲得に用いることもでき、かつ「施術履歴」は一般的に公知となるようなものではないので、営業秘密の要件でいうところの「有用性」と「非公知性」は有していると思われます。

しかしながら、本事件では、「施術履歴」に対する秘密管理は認められず、これにより、被控訴人(一審被告)の競業避止義務違反も認められませんでした。

長くなってきたので、この続きは次回に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年10月12日土曜日

ー判例紹介ー 営業秘密は管理している従業員にも帰属するのか?

特許法では特許を受ける権利等、その帰属が法的に定められていますが、営業秘密の帰属については不正競争防止法において定められていません。
営業秘密の帰属について争った裁判は多くはなく、本ブログでは下記の2件を紹介しています。

過去のブログ記事 
ー判例紹介ー 営業情報に係る営業秘密の帰属 ー判例紹介ー 
ー判例紹介ー 技術情報に係る営業秘密の帰属

今回紹介する営業秘密の帰属に関する裁判例は、知財高裁平成24年7月4日判決(平成23年(ネ)第10084号等、第一審:東京地裁平成23年11月8日判決 平21(ワ)24860号 )です。

この事件は、原告の営業社員であった被告A及び同Bが原告らの営業秘密である顧客情報を取得し、被告Aが原告を退職した後に設立した投資用マンションの賃貸管理等を業とする被告会社で、上記顧客情報を使用して原告らの顧客に連絡し、原告らの営業上の信用を害する虚偽の事実を告知するとともに,図利加害目的で賃貸管理の委託先を原告から被告に変更するよう勧誘して賃貸管理委託契約を締結したとするものです。

そして、原告の元従業員である被告は、「原告の従業員は原告から全ての営業先の連絡先を得ていたわけではなく、その営業活動も従業員独自の経済的負担においてされていたのであって、終身雇用制が崩壊したといわれる昨今、業務上知り得た取引先に関する情報が全て元勤務先に帰属すると解することは、職業選択の自由を著しく制限するものである。よって、原告の顧客情報は原告並びにその従業員であった被告の共有であると解するのが相当である。 」とのように主張しています。なお、原告の従業員の経済的負担は、一審判決文を確認すると、営業社員が営業活動に用いる携帯電話の料金等のようです。


これに対して、裁判所は以下のように判断しています。

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1審原告の従業員は,いずれも本件顧客情報の一部を1審原告の業務を遂行する上で取得したものである・・・。また,その業務遂行に当たって独自の経済的負担があったからといって,1審原告の従業員は,直ちに本件顧客情報の帰属主体となるものではないし,1審原告らの事業内容及びそこにおける本件顧客情報の重要性に照らすと,本件において1審原告の従業員が業務上知り得た情報が1審原告らのみに帰属したとしても,憲法の規定を踏まえた私法秩序に照らして1審原告の従業員の職業選択の自由を看過し難い程度に著しく制限するものとまでは評価できない。
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このように裁判所は、本件顧客情報は業務を追行する上で取得したものであるから、その帰属は原告にあるとしています。これに対しては、被告の経済的負担については考慮されませんでした。
また、被告が主張していた職業選択の自由を制限するという主張については、本件顧客情報が原告にとって重要であるとし、顧客情報が原告に帰属するとしても、被告の職業選択の自由を制限するとは評価できないとしています。

すなわち、従業員による顧客情報の取得は、所属企業の指示に基づく業務の一環として行っているものであり、所属企業にとっても非常に重要なものであるため、その帰属は所属企業にあるということでしょう。
そして、営業秘密が会社に帰属するか否かの判断の基準は、「業務上取得した情報」でしょうか。

一方で、特許権となり得る発明のような技術情報を営業秘密とする場合には、その帰属は会社だけでなく、当該発明を行った従業員にも帰属するという考えもあります。確かに発明は、従業員によって創出されたものであり、「業務上取得した情報」というには不適当であるとも思われます。

営業秘密は、不正競争防止法では技術情報と営業情報とでは特段の区別がなされていませんが、実態としては考え方が異なるものではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信