2020年12月6日日曜日

知財戦略カスケードダウン(他社の製品群・特許群を意識した知財戦術)

前回のブログ「知財戦略から知財戦術へ 三方一選択と知財戦略カスケードダウン」では、下記の知財戦略カスケードダウンを提案しました。



この知財戦略カスケードダウンには、さらに下記図のように他社の事業(製品群・特許群)の動向も加味することが考えられます。


この図では、他社の事業(製品群・特許群)の動向は知財戦術に加味されています。
なぜ知財戦略には加味されないのか?
知財戦略は、自社の事業を念頭に置き、他社の事業を念頭に置かないためです。もし、自社の事業と共に他社の事業をも知財戦略に加味すると、知財戦略そのものが発散し、自社の事業に適した知財戦略を構築することが難しくなるかと思います。
また、自社の事業戦略・戦術は他社の事業を少なからず意識しているものです。このため、知財戦略を構築する際には、あらためて他社の事業を加味する必要はないとも考えられます。

では、なぜ知財戦術に他社の事業(製品群・特許群)を加味するのでしょうか?
それは、知財戦術において、発明毎の三方一選択のうち、特許化を選択する場合の判断材料にするためです。
知財戦略において、秘匿化を主軸としたクローズ戦略を選択したとしても、全ての発明を秘匿化することは、いわゆる”特許戦争”において攻撃に使用する”弾”が少なくなる可能性があります。

例えば、秘匿化を主軸としたクローズ戦略(知財戦略)において、知財戦術ではコア技術を抽出して秘匿する一方、コア技術には該当しない発明(非コア技術)に対しては秘匿化又は権利化を検討します。
もし、非コア技術が、自社の事業で使用する発明であり、リバースエンジニアリングによっても他社が理解し難いものであれば、秘匿化することになるでしょう。

一方、開発の段階では、自社で使用する可能性が低い非コア技術も生まれます。このような非コア技術は、秘匿化してもよいのですが、他社の事業の動向を考慮して他社も使用する可能性があると判断したならば特許化します。その理由は、他社とのクロスライセン
スに用いるという目的のためです。このような特許化により、特許戦争で使用可能な”弾”をある程度確保します。

上記は、知財戦術で行う三方一選択の一例ですが、一番重要なことは秘匿化、特許化、公知技術化の何れを選択する場合でも明確な”目的”が必要であるということです。
特に特許化又は公知技術化を選択する場合には、その“目的”に留意する必要があると考えます。その理由は、特許化と公知技術化は技術を公開する行為であり、一度公開した技術は秘匿化することはできない不可逆的な行為であり、後戻りできないためです。

現状の特許出願には、発明者に対するノルマに代表されるように、事業の利益の最大化や企業価値の向上といった目的とは離れた基準で行われるものが少なからずあるかと思います。
ノルマを達成するための特許出願は、発明者の知財マインドを向上させるためには有効かと思います。しかしながら、インターネットや機械翻訳等の発達に伴い特許公開公報等からより容易に他社の技術を知り得ることができるようになった現在において、事業の利益の最大化や企業価値の向上といった目的のない技術の公開が果たして適切であるかは再考する必要があるかと思います。

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2020年11月29日日曜日

知財戦略から知財戦術へ 三方一選択と知財戦略カスケードダウン

前々回のブログ「発明の秘匿化、権利化、自由技術化の選択「三方一選択」」では、三方一選択により知財戦術という概念が生み出されると述べました。

ここで、戦略と戦術との関係ですが、戦略は戦術の上位にあたるものであり、森岡 毅 著「USJを劇的にかえたたった一つの考え方」角川書店 p.110によれば、戦略は「目的を達成するための資源配分の選択」とされ、戦術は「戦略を実行するためのより具体的なプラン」とあります。
また、同書のp.115には「戦略が組織上層から末端まで下方展開されていること、これを「戦略の「カスケード・ダウン」と言います。」と記載されています。これによれば、上位組織の「戦略・戦術」が下位組織の「目的」になると考えるようです。

このような考え方を知財に適用したものとして下記のような「知財戦略カスケード・ダウン」をここで提案します。


上記のように知財戦略カスケード・ダウンにおいて、知財は事業の下位にあたり、また、発明の出所は研究開発になりますので、知財は研究開発の下位にもあたります。

そして、知財戦略カスケード・ダウンでは、知財の戦略(目的)は事業の戦術に基づいて立案されます。これは、知財は常に事業の理解のもとにあるべき、という考えに基づいており、事業と離れた特許出願(出願件数のノルマや理由のない特許出願)は存在しません。
知財の戦略の具体例としては、事業の選出に基づいて事業による利益又は企業価値の向上を目的とし、事業に用いる技術情報の集合を権利化又は秘匿化等することを決定します。例えば、事業戦術においてオープン化又はクローズ化が決まっていれば、それが知財戦略となり得るでしょう。一方、事業戦術においてオープン・クローズが選択されていなくても、知財戦略としてその方針を選択することが考えられます。
なお、知財戦略では個々の発明(技術情報)について、権利化又は秘匿化等を決定(選択)するのではなく、大まかな方針を決定することになります。このことから、知財戦略は、事業戦術に基づいた大まかな三方一選択ともいえるでしょう。

また、事業に対する知財戦略を決定する段階では、具体的な発明はまだ創出されていないかもしれません。事業計画の初期段階に知財戦略を決定する場合には、当該事業計画(事業戦術)に応じてその後に創出される発明も多くあるでしょう。しかしながら、知財戦略は発明が創出される前に立案する必要があるかと思います。
もし、発明が創出された後に知財戦略を立案していたのであれば、必要な特許出願のタイミングが遅れる可能性があるでしょうし、知財戦略の立案が不十分な状態で発明者や研究開発部門に促されるまま、本来特許出願すべきでない発明を出願する可能性もあるでしょう。

そして、知財戦術では、研究開発の成果である個々の発明(発明届出書)に対して秘匿化、権利化、自由技術化の何れかを、知財戦略に基づいて選択(三方一選択)することとなります。すなわち、戦略で大まかな三方一選択が決定されるため、これに従って発明毎に三方一選択を行います。
しかしながら、発明によっては戦略で決定した三方一選択に沿わない技術もあります。例えば、知財戦略で秘匿化が選択された技術集合に機械構造に係る発明が含まれているとすると、製品化により当該機械構造が公知となると、当該発明は秘匿化できない可能性が有ります。
このような場合には、知財戦略の目的に従い、権利化又は自由技術化が選択されるでしょう。従って、知財戦略は、立案した戦略の目的は明確にする必要があり、知財戦術を立案する際には知財戦略のみならずその目的を常に念頭に置く必要があります。

以上が知財戦略カスケード・ダウンの概要です。
ここで、戦略戦術論でよく言われていることが、戦術よりも戦略が重要であるということです。上記説明でもわかるように、知財戦術による三方一選択はその上位である知財戦略に基づいて決定されます。このため、知財戦略が誤ったものであると、その下位である知財戦術も誤ったものになります。
従って、知財戦略カスケード・ダウンにおいても、知財戦略が非常に重要となります。さらに、誤った知財戦略を立案しないためには、事業(事業戦術)を十分に理解する必要があります。

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2020年11月15日日曜日

景気悪化に伴い特許出願件数が減る理由。知的財産<特許出願コストという現実

前回のブログでは「発明の秘匿化、権利化、自由技術化の選択「三方一選択」」と題して、知財=特許ではなく、発明を秘匿化(営業秘密)、権利化(特許化)、自由技術化の何れかを選択して知財とすることを述べました。なお、発明を管理するという視点からは、秘匿化、権利化、自由技術化、この三つの何れかしかないと考えています。

ここで、あらためて「特許」というものを考えてみました。
なぜ、発明を特許出願するのでしょうか?特許出願により技術を公開するというリスクがあるにもかかわらずにです。
それは特許出願して特許査定を得ることで、特許請求の範囲に記載の技術範囲に対する独占排他権を得ることが目的でしょう。

では、なぜ独占排他権を必要とするのでしょうか?
それは、当該技術を他者(他社)が使用できないようにし、自社のみが使用可能とし、その市場に対する優位性を高めるためでしょう。また、特許権を他社にライセンスすることでライセンス料を取得することも考えられます。
このような権利を得ることができるため、特許権は知的”財産”であると言われます。

しかしながら、現在コロナの影響で特許出願件数が減っています。また、過去にはリーマンショックのときにも特許出願件数が減少しました。このように景気の悪化と共に特許出願件数が減少することが起きるようです。すなわち、景気悪化に伴い特許出願を減少させるという経営判断です。
一見すると当たり前とも思えますが、これはなぜでしょうか?
上述のように特許権は企業にとって財産であるにもかかわらず、取得できるはずの特許権を取得しないという行為は、企業が自らその財産を減少させるという矛盾した行為とも思えます。


景気悪化に伴い特許出願件数が減る理由は、企業(経営層)が以下のように考えるからでしょう。
知的財産 < 特許出願コスト
すなわち、特許権によって得られる独占排他権が特許出願コストに見合わない場合(発明)があると考えている企業が多いのではないでしょうか。なお、ここでいう特許出願コストは主に特許事務所や特許庁へ支払う費用となります。

そうすると、常日頃行っている特許出願は何なのでしょうか?
企業にとってコストに見合わない特許出願を常に日頃から行っているとも考えられます。
このような視点からも、発明の管理を「秘匿化」、「権利化」、「自由技術化」の何れか一つから選択(三方一選択)することで、真に必要な特許出願を行うという行為に至ります。

換言すると、秘匿化や自由技術化よりも特許化のほうが財産的価値が高い場合に、発明を特許出願します。ここでいう財産的価値とは、独占排他権により得られる企業利益です。
また、同様に特許化や自由技術化よりも秘匿化の方が財産的価値が高い場合には、発明を秘匿化します。さらに、秘匿化や特許化よりも自由技術化の方が市場が拡大する等により企業利益が大きくなる場合には発明を自由技術化します。

ここで、特許出願は秘匿化及び自由技術化よりもコストがかかると経営層は考えるでしょう。しかしながら、上記のように、発明の管理は、秘匿化、権利化、自由技術化の何れかしかなく、このうち権利化(特許出願)が最も企業利益を大きくするのであれば、当然、権利化が選択されるでしょう。
そうであれば、「知的財産 > 特許出願コスト」となるので、たとえ経過が悪化しても特許出願を減らすという経営判断にはなり得ないでしょう。
このような視点からも三方一選択は、発明にする管理手法の考え方として適しているのではないでしょうか。

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2020年11月8日日曜日

発明の秘匿化、権利化、自由技術化の選択「三方一選択」

知財戦略といえば、発明の特許化を主としたものが一般的です。
もっというと、発明を特許出願することが前提となっており、「知財=特許」という考えが広まっているかと思います。
しかしながら、知財は特許等の権利化されものだけではありません。そこには、ノウハウの等の秘匿化された技術(営業秘密)も含まれています。また、開発した新規な技術を敢えて権利化もせず、秘匿化もせず、誰もが使用できる自由技術化することも考えられます。
すなわち、発明は、秘匿化、権利化、自由技術化の何れかが選択されるもの、三方一選択であると考えます。

では、これら秘匿化、権利化、自由技術化の選択は何に基づいて行うべきか?
それは、当該発明を使用する事業に基づいて選択するべきと考えます。
それを図案化したものが下記です。この選択は、発明、具体的には発明届け出毎に選択されます。
ところで、この三方一選択は時間の経過と共に変化すると考えます。
すなわち、発明は常に秘匿化が起点となると考えられますので、その秘匿化を起点として事業内容又は事業変化に伴い権利化が選択されたり、自由技術化が選択されます。
当然、秘匿化から権利化又は自由技術化への選択が自社による事業の開始前となる場合もあるでしょう(権利化の多くは事業の開始前に出願されるかと思います)。
また、事業内容(事業変化)によっては、権利化した発明を自由技術化する場合もあるでしょう。

この三方一選択は、特段新しい考えであるとは思いません。実際に、企業において発明毎にこのような選択がなされているでしょう。
しかしながら、三方一選択の思想としては、特許出願等の権利化ありきではないということを明確にしています。すなわち、秘匿化、権利化、自由技術化を等価と考え、事業内容に基づいて最も適切と思われる選択を行うということです。事業内容に基づいて選択とは、当該事業によって得られる利益の最大化又は事業による企業価値の最大化を念頭に置いて、秘匿化、権利化、自由技術化を選択するということです。

このように、三方一選択は、権利化ありきではないので、発明者毎に年1件以上の特許出願を行う等といった特許出願に対するノルマとは関係ないものになります。したがって、特許出願のノルマを達成することを目的とした出願、換言すると単に技術を公開するだけとなり得る出願は排除されることになるでしょう。

一方で、自由技術化も含めた選択となるので、知的財産戦略として取り得る術が増加することになります。そうすると、知財戦略ではなく、知財戦術という概念が生み出されることになります。

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2020年10月25日日曜日

情報の集合体に対する有用性判断

既知の情報は、営業秘密で言うところの非公知性を喪失しているため、営業秘密としては認められません。
一方で、既知の情報であってもそれが多数の集合体であれば、その集合体には非公知性と共に有用性が認められ営業秘密としての保護を受けられる可能性が有ります。その典型例が顧客情報でしょう。

しかしながら、分類、区別、加工等が行われていない単なる情報の集合体に対しては、営業秘密で言うところの有用性が認められない可能性が有ります。
例えば、東京地裁平成27年10月22日判決(平26(ワ)6372号)では、名刺帳の営業秘密性について、裁判所は以下のように判断しています。なお、本事件では、原告会社の元従業員が被告であり、この名刺帳を不正に持ち出したと原告会社は主張しています。

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本件名刺帳に収納された2639枚の名刺を集合体としてみた場合には非公知性を認める余地があるとしても,本件名刺帳は,上記認定事実によれば,被告Aが入手した名刺を会社別に分類して収納したにとどまるのであって,当該会社と原告の間の取引の有無による区別もなく,取引内容ないし今後の取引見込み等に関する記載もなく,また,古い名刺も含まれ,情報の更新もされていないものと解される(甲16参照)。これに加え,原告においては顧客リストが本件名刺帳とは別途作成されていたというのであるから,原告がその事業活動に有用な顧客に関する営業上の情報として管理していたのは上記顧客リストであったというべきである。そうすると,名刺帳について顧客名簿に類するような有用性を認め得る場合があるとしても,本件名刺帳については,有用性があると認めることはできない。
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このように裁判所は、情報の集合体には非公知性が認められるとしても、事業活動に利用可能な程度まで名刺を区別していたり、情報の追加や更新等がなされていなければ、有用性は認められないと判断しているようです。
一方で、原告会社が別途作成及び管理していた顧客リストについては、その有用性を認めていますが、被告はこの顧客リストは持ち出しておりません。


ちなみに、名刺そのものは一般的に入手が難しいものであり、そのものが非公知性を有しているとも考えられます。しかしながら、この裁判例では名刺の営業秘密性についても以下のように判断し、その営業秘密性を否定しています。

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原告は,本件名刺帳に収納された名刺に記載された情報が原告の営業秘密に当たる旨主張するが,名刺は他人に対して氏名,会社名,所属部署,連絡先等を知らせることを目的として交付されるものであるから,その性質上,これに記載された情報が非公知であると認めることはできない。
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以上のように、単なる情報の集合体であって、そのままでは利用価値がないようなものは、営業秘密としての有用性が認められない可能性が有ります。

では、技術情報でもある実験結果の生データはどうなるのでしょうか?
一般的に生データを処理することで実験結果が判断されます。すなわち、生データそのものだけでは、例えば不要なデータが含まれている等して実験結果を判断することができない場合があり、事業活動に有用とは言えないかもしれません。
また、ビッグデータと呼ばれる情報はどうなのでしょうか?
たとえば、多数の自動車の走行履歴は、それから分類や区別等の処理が行われることで、事業活動に有用なデータが抽出されるものでしょう。

このように、多数の情報の集合体であっても、処理(加工)後では事業活動に有用と判断されても、処理(加工)前では事業に有用でないと判断されてしまう余地があるようにも思えます。
しかしながら、処理(加工)前の情報の集合体であれば、それを処理(加工)することで有用な情報にすることができます。そうであれば、情報の集合体であって非公知であれば、その有用性が認められてもよい気がします。

結局、当該情報の集合体がどのようなものなのか、どのような利用価値があるのかによって、すなわちケースバイケースで判断が変わるとは思いますが、今後、このようなことが争われる可能性もあるかと思います。

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