2023年11月20日月曜日

判例紹介:クレープミックス液の配合比率の有用性

顧客情報や取引先情報、経営情報等の営業情報は、一般的に何らかの雑誌等に記載されるものではなく非公知の場合が多いため、有用性も認められ易い情報です。
一方、営業秘密とする技術情報の有用性判断は、個人的には難しいところもあると思っています。様々な技術情報は、技術雑誌、特許文献、インターネットの情報等にも記載されており、それとの対比によって判断されるものであるためです。

今回紹介する東京地判平成14年10月1日判決(事件番号:平成13(ワ)7445)では、クレープミックス液の配合等の有用性について争われています。
本事件において原告は、原告が使用するマニュアルの部分に記載されたクレープミックス液の材料及び配合比率は原告の「営業秘密」に該当するところ、被告Aが原告会社在職当時に原告から示された上記営業秘密を、不正の利益を得る目的で被告ライトクロスの主宰するフランチャイズチェーンにおいてマニュアルに記載して使用していると主張しています。

そして、原告は営業秘密とする情報の内容を下記のように主張しています。
クレープミックス液の材料及びその配合割合(すなわち原告配合)そのものが原告の営業秘密であり、とりわけ粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点、牛乳と水を1対1の割合で配合した点、及び、調味料としてリキュールを配合した点などが他に見られない特徴である

なお、この配合による効果として「独自の質感、食感、味わいを出しつつ、焼き上がったクレープが冷めても美味しさが失われることなく、また、冷めてから折り曲げてもクレープパテが切れることなく中に具を包むことを可能にしている」 を原告は主張しています。

これに対して裁判所は、上記情報の営業秘密性について以下のように判断しています。
原告提出の証拠(甲3ないし25)によっても、クレープミックス液の主たる材料として、ミックス粉、卵、牛乳ないし水(あるいはその両方)を用いることは公知であると認められる上に、原告が原告配合の特徴であると主張する上記の諸点も、同配合が営業秘密であることを根拠付けるものと認めるには足りない。すなわち、〈1〉粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点、〈2〉牛乳と水の配合割合が1対1である点、及び、〈3〉調味料としてリキュールを配合した点については、本件で提出された全証拠によっても、これらの点がクレープの品質を有意に向上させることの個別の立証がされていないばかりか、これら諸点を兼ね備えることで、クレープの品質が有意に向上することの立証もされていない。

より具体的には、裁判所は下記のように判断しています。
〈1〉の点について:このような配合割合は、一般にホットケーキより薄目で、食感がクレープに比較的近いと思われるパンケーキにおいては珍しくない。
〈2〉の点について:原告は、この配合割合が製造コストを一定の線に保ちつつ、冷めても味の落ちない食感の良いクレープを製造するために最適な配合である旨主張するものの、牛乳と水を1対1の割合で混ぜたからといって、それがクレープの品質にとって、どのように、どの程度有用であるのかは、証拠上一切明らかでない。
〈3〉の点について:ケーキ等の焼き菓子類の原料に香料としてリキュール類を加えることがあることは、料理法として広く知られたものである。リキュールを特定の種類のものに限定しておらず、1キログラムの粉に対してキャップ1/2程度の量のリキュールを加えるとすることについては、これが原告配合における独創であり、また、当該配合比率をとることによって、できあがったクレープの食感ないし風味にどのような効果を生ずるものかは、証拠上全く明らかではない。

さらに、〈1〉、〈2〉については、下記のようにも判断されています。
上記〈1〉、〈2〉の点については、むしろ証拠(乙9、乙16の2、乙17の2、乙22、乙23及び乙28)に照らせば、被告が主張するとおり、焼き上がったクレープの品質は、主としてミックス粉自体の成分・配合によって決定されるものであって、粉に対する水分(牛乳及び水)の量や、牛乳と水の配合割合も、個別の粉の成分との関係を離れて一般的に成立するような普遍的なレシピが存在し得るものではないと認められる。すなわち、乙17(日清製粉(株)首都圏営業部作成の平成13年6月20日付け比較検査結果報告書)によれば、異なる4種類の粉(ミックス粉3種類、小麦粉1種類)を用いて、いずれも原告配合に従ってクレープを製造したところ、粘度を示すcps値(水をゼロとして、数値が高いほど、粘度が強いことを示す。)がすべて異なり、食感、風味、焼色もすべて異なったことが認められる。
本事件では、原告が営業秘密であると主張している情報について、主として、その効果が明らかでないとしてその有用性が認められていないと考えられます。確かに、原告が主張している情報は、一般的なレシピの範囲を超えるものでは無いように思えます。
さらに、営業秘密とする情報の特定も十分ではないようにも思えます。例えば、ミックス粉の種類、リキュールの種類が特定されていません。もしかすると、ミックス粉やリキュールの種類を適切に特定すると、原告の主張する効果が表れて営業秘密として認められたのかもしれません。
このように、技術情報を営業秘密として管理するのであれば、その効果が発揮される程度に技術情報を特定する必要があります。そうしないと、営業秘密としての有用性が認められル可能性は低いと思われますし、公知の情報との差異も認められ難いでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年11月9日木曜日

判例紹介:「営業秘密の不正使用」という虚偽の流布

今回紹介する裁判例(東京地裁令和5年3月23日判決 事件番号:令3(ワ)7624号)は、被告が取引先等に対して原告会社が被告の製品を模倣した製品を販売するという虚偽の事実を流布したとして、原告が被告に謝罪広告文の掲載や損害賠償を請求したものです。

原告会社は、被告の取締役であった原告Bが代表取締役を務め、硬度計等の工業用試験機の開発、販売等をおこなっており、被告とは競争関係にあります。そして、原告会社は、自社製品のラインナップの一部として台湾企業であるKYF社から同社製品の硬度計を輸入販売しようとしていたところ、被告が原告に対して警告文を送りました。
警告文の内容は、KYF社が違法にコピーした被告の硬度計と酷似の硬度計の輸入販売を行うことは不正競争防止法に違反するとのようなものです。
さらに、被告は、1000社を下らない取引先に対して「上記の様な事情・経緯をご賢察の上、今後Bより取引の依頼等ございましたら、何卒適切にご対処頂きますよう、切にお願いする次第です。」とのような文章を電子メールに添付して送付しました。

そして、被告は、本裁判において下記のように主張しましたが、被告の主張を裁判所は認めることなく原告が勝訴し、被告に対して原告会社への770万円の支払い等を命じています。
KYF社製の硬度計は、被告がKYF社に示した営業秘密である被告製品情報を使用して製造された物であるから、不正の利益を得る目的等によりこれを使用したKYF社による製造行為は不競法2条1項7号の不正競争に当たり、原告会社がKYF社製の硬度計を輸入する行為は同項10号の不正競争に当たる。本件文書はこの事実を摘示したものであり、虚偽の事実の流布には当たらない。
なお、裁判所は「原告会社が輸入販売しようとしたKYF社の製品が被告製品情報を使用して製造された物であると認めるに足りる証拠はない。」とのように不法行為が確認されなかったことを明確に述べています。


そもそも他社が自社の営業秘密を不正に使用しているとの文章を取引先に送付することに意味があるのか疑問に思います。
このような文章が送付された取引先は、本当に営業秘密が不正使用されたことを確認することはできません。どのような技術情報が営業秘密であるかを知る術がないからです。また、仮に営業秘密とする技術情報を取引先が知った時点で、当該技術情報は公知となり営業秘密ではなくなります。そのような事態は営業秘密の保有企業が最も望まない事態でしょう。そして、本事件のように、虚偽の流布となれば自社が大きな損害を負うこととなります。

また、本事件では、被告が主張する被告製品情報の秘密管理性も認められていません。被告は、被告製品の秘密管理性について複数の主張を行っていますが、その全てが裁判所によって否定されています。
そのなかで、被告が定めた秘密区分規定に基づく主張があります。それに基づく被告の主張は以下のようなものです。
被告は、社内文書に関する秘密区分規定(以下「被告規定」という。)において、技術的ノウハウを具体的に示したものは社長の許可なく社外に提示してはならない秘密に当たると定めている。被告製品情報1は、成文化こそされていないが、技術的ノウハウに相当する情報であるから、被告規定に照らし、被告製品情報1が秘密として管理されていることは被告従業員にとって明らかであった。
これに対して、裁判所は「被告が被告規定を従業員に周知していたことを示す的確な証拠は見当たらない。」と認定したうえで、下記のようにも述べています。
仮に被告が被告規定を従業員に周知していたとしても、証拠(乙14)によれば、被告規定の適用範囲が「当社で発行および受領する文書」に限られること(1項)、社外秘扱いの対象となる情報は「技術的ノウハウを具体的に示したもの」であること(2項2)が明記されている。そうすると、成文化されていない調整方法である被告製品情報1は、これに当たらないこととなる。そのため、被告製品情報1については、これに接した被告従業員が被告規定に照らして秘密として管理されていると認識できたとはいえない。
裁判所が述べているように、企業が従業員に対して規定(就業規則等)を定め、その中でどのような情報を秘密とするかを定めているのであれば、企業はそれを守らなければなりません。そうしないと、裁判所が述べているように従業員が秘密として管理されていることを認識できないためです。
企業が就業規則等の規定を無視して、所定の情報を一方的に営業秘密であると主張することは本事件のように認められることはないため、企業が就業規則等の定めに従って秘密管理を行う必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年10月30日月曜日

公知の情報の組み合わせの営業秘密性

営業秘密は、秘密管理性、有用性、及び非公知性の三要件を全て満たした情報であり、たとえ秘密管理性を満たした情報であっても、公知の情報は営業秘密とはなり得ません。一方で、複数の公知の情報の組み合わせの非公知性が認められて営業秘密となり得るかは、裁判所の判断が分かれる可能性がありそうです。

まずは、塗料配合情報流出事件の刑事事件判決(名古屋地裁令和2年3月27日、事件番号:平28(わ)471号 ・ 平28(わ)662号)での裁判所の判断です。この事件は、塗料の製造販売等を目的とする当時の日本ペイント株式会社の子会社の汎用技術部部長等として、被告人が商品開発等の業務に従事していました。そして、被告人は、日本ペイント社の競合他社である菊水化学工業株式会社に営業秘密(塗料の原料の配合)を漏えいし、自身も同社の取締役に就任したというものです。この被告人は、懲役2年6月(執行猶予3年)及び罰金120万円となっています。

本事件において被告人の弁護人は、「本件各塗料の原料の情報は特許公報等の刊行物から容易に推測が可能であるので,非公知性が失われている」と主張しました。
しかしながら、裁判所は、下記のように弁護人の主張を認めませんでした。
・・・本件各塗料の配合情報に含まれる原料は,特許公報等の刊行物に掲載されているものの,一つの刊行物に配合情報としてその全てが掲載されているわけではなく,関連する多数の刊行物を検索した上,複数の刊行物の情報を組み合わせて初めて本件各塗料の配合情報に含まれる原料を推測することができるにすぎない。また,刊行物に掲載されている複数の原料のうちどの原料が本件各塗料の配合情報を構成するかを推測することには相応の困難がある。そうすると,特許公報等の刊行物の情報から本件各塗料に含まれる原料を全て特定することは不可能でないにしても相当な労力と時間を要するといえる。したがって,特許公報等の刊行物に本件各塗料の原料の情報が記載されているからといって,本件配合情報の非公知性は失われない。

一方で、東京地裁平成30年3月29日判決(事件番号:平成26年(ワ)29490号)の高性能多核種除去設備事件では、裁判所は一見、日本ペイントデータ流出事件とは逆の判断をしているように思えます。
上記各情報は,汚染水処理における各種の考慮要素に関わるものであって,汚染水処理において,当然に各情報を組み合わせて使用するものであり,それらを組み合わせて使用することに困難があるとは認められない。また,上記各情報を組み合わせたことによって,組合せによって予測される効果を超える効果が出る場合には,その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない情報であるとされることがあるとしても,上記各情報の組合せについて上記のような効果を認めるに足りる証拠はない。したがって,これらの情報を組み合せた情報が公然と知られていなかった情報であるとはいえない。
また、AI技術を用いた自動会話プログラムをまとめた情報を営業秘密とした東京地裁令和4年8月9日判決(事件番号:令3(ワ)9317号))でも、当該情報に対して「平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであり、そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかったことが認められる。」と裁判所によって判断されています。
この事件は、原告によって控訴(知財高裁令和5年2月21日(事件番号:令4(ネ)10088号)されていますが、下記のように控訴審ではより明確に非公知性が否定されています。
(8) 原判決30頁の17行目の「本件データの」から同頁21行目の「られる。」までを「本件データは、AIについての特段の知識を有していなかったAが、インターネット上に公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めて作成したものであって、その内容はAIに関する公知かつ初歩的な情報であるから、不正競争防止法2条6項の「公然と知られていないもの」に当たらない。」と改め、その末尾で改行する。
以上のように、複数の公知の情報の組み合わせの非公知性が認められるか否かは裁判所の判断が分かれるているようにも思えます。より具体的には、非公知性が認められる場合とは、高性能多核種除去設備事件で示されているように「その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない」場合と考えられます。

ここで、塗料配合情報流出事件では「複数の刊行物の情報を組み合わせて初めて本件各塗料の配合情報に含まれる原料を推測することができるにすぎない。」として配合情報の非公知性を認めていますが、仮に、このような配合情報に非公知性がないとすると、物の配合情報はほとんどが営業秘密ではなくなってしまい、企業にとって不合理な不合理な判断となり得るでしょう。
一方で、労力と時間を要せずにインターネットの検索や文献調査等によって集めた情報は、誰でも取得できるものと言え、そのような情報にまで営業秘密としての保護価値を与えてしまうことも適切ではないと思えます。
そうすると、上記のように「その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない」ことを非公知性の判断基準とすることは妥当であると思われます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年10月16日月曜日

判例紹介:取引先との間の秘密保持契約による秘密情報の特定

自社の営業秘密を取引先等に開示する場合、秘密保持契約を締結するかと思います。その秘密保持契約には、秘密保持の対象となる情報の特定方法が規定されている場合も多いでしょう。この特定を行わないまま開示した情報の取り扱いはどのようになるのでしょうか。

このような判決がなされた裁判例が大阪地裁令和5年8月24日判決(令3(ワ)11898号)であり、本事件は、原告が被告との間で販売代理店契約を締結し、原告が被告に対し契約保証金300万円を支払ったものの、その後、本件代理店契約を解除したにもかかわらず、代理店契約終了時に返還が予定されている被告からの上記保証金の返還がないと原告が主張したものです。これに対して、被告は、原告が被告の営業秘密を不正使用したので、これが原告の被告に対する契約保証金返還債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしました。

ここで、被告と原告とは下記のような秘密保持契約を締結していました。
2条(秘密情報)1項
本契約において、「秘密情報」とは、本契約の有効期間中に、本検討に関して相手方から提供または開示された技術上または営業上の情報および資料(この情報および資料にはサンプル、製造図面、分析検証データ、報告書等およびノウハウを含む。以下、同じ。)のうち、次の各号に定めるものをいう。
(1) 電子的記録媒体、書面その他有体物…または電子メール…にて開示または提供され、当該有体物および当該電子メールに秘密である旨が明示されているもの。
(2) 口頭で開示された情報の中で、秘密情報である旨が開示者により開示時に明示され、かつ、開示日より30日以内に、その開示内容を書面化し、秘密情報である旨を表示したうえで、開示者より受領者に送付または届けられたもの。
上記(2)のように、本秘密保持契約では「口頭で開示された情報の中で、秘密情報である旨が開示者により開示時に明示され、かつ、開示日より30日以内に、その開示内容を書面化し、秘密情報である旨を表示したうえで、開示者より受領者に送付または届けられたもの。」が秘密情報として特定されると規定されています。

しかしながら、被告は、下記のように秘密情報の特定を行っていないことを認めつつ、原告は秘密保持義務違反等があると主張しました。
被告は、本件秘密保持契約書2条1項に従った秘密情報の特定をしていないが、本件各情報が被告の秘密情報であることは、被告と原告との間で当然の前提とされていた。
ところが、原告は、被告製品の図面等の被告の秘密情報を用いて模倣し、被告製品と同種の油化炭化装置である「パイロリナジー」(以下「原告製品」という。)を製造して、令和4年3月1日から販売している(乙17、18)。
したがって、原告には、本件各契約に基づく秘密保持義務、善管注意義務ないし秘密情報の目的外使用禁止義務に違反した債務不履行がある。
これに対して裁判所は、秘密保持契約の規定に従い、下記のように被告の主張を認めませんでした。
本件秘密保持契約における「秘密情報」というためには、本件秘密保持契約書2条1項に定めるとおり、契約有効期間中に相手方から提供又は開示された情報及び資料であって、開示又は提供された有体物及び電子メールに秘密である旨が明示されているもの、もしくは、口頭で開示された情報の中で、秘密情報である旨が開示者により開示時に明示され、かつ、開示日より30日以内に、その開示内容を書面化し、秘密情報である旨を表示したうえで、開示者より受領者に送付又は届けられたものであることを要すると解される。
しかし、被告が本件秘密保持契約に基づき秘密が保持されるべき秘密情報である旨主張する本件各情報について、同項に従った特定が行われていないことは当事者間に争いがないから、本件各情報は、本件秘密保持契約における「秘密情報」には当たらず、原告が本件秘密保持契約に基づく秘密保持義務、善管注意義務(本件秘密保持契約書3条)、及び、秘密情報の目的外使用禁止義務(同4条)を負うことはないというべきである。

また、被告は、上記秘密保持契約とは別途締結した代理店契約書24条に原告が違反する、とも主張しました。なお、代理店契約書24条は下記のとおりです。
1 甲(被告)または乙(原告)は、お互いに本契約における取引等で得た事項を第三者に漏洩してはならない。
2 甲は乙に提供する「本製品」製造の技術ノウハウと知識を日本において、乙に提供することと使用させることを保証する。乙は自身で甲の提供する「契約製品」製造の技術ノウハウと知識を使用する。乙は該当技術ノウハウ或いは知識或いは設備を第三者に提供してはならない。
しかしながら、これについても裁判所は、下記のように被告が主張する代理店契約書24条に基づく原告の秘密保持義務違反を認めませんでした。
原告と被告とは、本件代理店契約を締結するに伴い、それに先立って本件秘密保持契約を締結したものであるから(乙19、証人P1、同P2)、本件代理店契約書24条にいう「秘密」は、本件秘密保持契約における「秘密情報」と同様に解するのが契約当事者の合理的意思に合致するというべきである。
前記(2)のとおり、本件各情報は本件秘密保持契約における「秘密情報」に当たるとは認められないから、本件代理店契約書24条の秘密保持義務の対象となる「秘密」に当たるともいえない。
したがって、原告に同条に基づく秘密保持義務違反があるとの被告の主張は採用できない。
また、被告は「本件各情報が被告の秘密情報であることは、被告と原告との間で当然の前提とされていた」と主張していますが、裁判所はこれも認めませんでした。

さらに、被告が自身の営業秘密であると主張した本件各情報についても、「本件各情報につき、被告による管理の意思が客観的に認識可能であったとは認められない。」等の理由から、その営業秘密性が認められませんでした。

以上のように、取引先に自社の情報(営業秘密)を開示する場合には、秘密保持契約に規定されている営業秘密の特定方法に沿った方法で行わないと、相手方との間で当該情報が営業秘密であるとは認められません。これは、相手方との間で締結した契約書に定めれていることであるため、当然のことでしょう。
また、相手方に開示する情報が営業秘密であると主張するのであれば、当該情報が自社においても秘密管理しなければなりません。

このように、取引先との間で秘密保持契約を締結したからといって、取引先に開示した情報が営業秘密であると認められるものではなく、契約に沿った特定や管理を適切に行う必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2023年10月5日木曜日

兼松の営業秘密流出事件 転職者による不正な営業秘密流入の抑制

先日、総合商社である兼松の元従業員が競合他社である双日に転職する際に、兼松の営業秘密を持ち出したとして逮捕されました。この事件は、今年の4月に双日に家宅捜索が入った事件であり、家宅捜索から約半年後の逮捕となっています。なお、この元従業員は、双日に家宅捜索が入った翌月には双日を懲戒解雇となっているようです。

・当社元社員の逮捕について(双日株式会社 リリース)
・元従業員の逮捕について(兼松株式会社 リリース)
・逮捕の双日元社員「弱い立場の派遣社員を利用」 うそつき秘密入手か(朝日新聞)
・双日元社員逮捕 営業秘密侵害疑い、DX・転職増でリスク(日本経済新聞)
・双日「組織的関与、把握ない」 元社員逮捕受けコメント(産経新聞)
・「双日」元社員を逮捕、前の勤務先「兼松」から営業秘密を不正持ち出しか…元同僚のID使う(読売新聞)
・双日の30代元社員を逮捕 前職の営業秘密を持ちだした疑い(毎日新聞)

報道によると、兼松の元従業員は退職直前の6月に3万7000にも及ぶファイルをダウンロードして不正に取得したようです。

ここで、どのようにして企業が営業秘密の不正取得を知り得るのか?との質問を受ける場合があります。これについては、多くの企業はデータに対するアクセスログ管理を行っていますので、自社の従業員が退職を申し出た際に過去数か月のアクセスログを確認し、不必要と思われるデータに当該従業員がアクセスしていないかを調べることで不正な持ち出しの有無を検知します。例えば、今回の事件のように、退職を申し出る直前の短期間に多量のデータをダウンロードしている形跡があると、営業秘密の不正な持ち出しの可能性が疑われます。
このため、アクセスログ管理を適切に行っている企業は、退職者が営業秘密を不正に持ち出しているか否かを比較的早期に検知できます。過去には退職を申し出た従業員が実際に退職するまでの間に、営業秘密の不正な持ち出しを検知し、懲戒解雇とした事例もあるようです。
今回の事件では、3万7000ものデータをダウンロードしており、通常業務でこの量のデータをダウンロードするとは考え難いため、転職に伴う不正な持ち出しであると判断できたでしょう。

さらに、元従業員は兼松の元同僚(派遣社員)からIDとパスワードを聞き出して、退職後にも兼松の営業秘密を不正に持ち出したようです。この元同僚は、元従業員に頼まれただけであり、不正の目的等は無かったと思われるので刑事罰を受けることは無いと思います。しかしながら、兼松で使用しているIDとパスワードを外部に漏らしたということは、兼松の規則に反する行為でしょうから、兼松から何らかの処分を受ける、若しくはすでに受けていると思われます。


一方、双日についてですが、兼松の元従業員に営業秘密を不正に取得することを指示していたり、双日社内で当該営業秘密が開示・使用されたりしなければ、特段の責任はありません。双日社内での営業秘密の開示・使用等の有無はこれから明確になるでしょう。

また、双日は本事件に関するリリースを発表しています。このリリースの中には、以下のような記載があります。
”特に、情報管理に関しては、キャリア入社社員に対して、前職で業務上知り得た機密情報を当社に持ち込まないことについて明記した誓約書を入社時に差入させるなどの未然防止および社員の教育と啓蒙に努めてまいりました。”
上記のように"前職で業務上知り得た機密情報を当社に持ち込まないことについて明記した誓約書"を転職者に求めることは非常に重要だと思います。この誓約書により、自社が他社の営業秘密を持ち込むことを良しとしない、という意思表示にもなりますし、もし転職者が前職の営業秘密を持ち出していても、自社で開示や使用することを抑止できる可能性があります。
ここで、自社への転職者による前職企業の営業秘密の持ち出しを防止することは困難です。この営業秘密の不正な持ち出しは前職企業内での行為であり、持ち出しを行ったときには、転職者は未だ前職企業の従業員であるためです。
しかしながら、仮に転職者が前職企業の営業秘密を持ち出したとしても、当該営業秘密が自社で開示や使用されなければ、自社が責任を問われることはありません。このため、上記のような誓約書を入社前に求めることが重要となります。仮に、前職企業の営業秘密を転職者が持ち出したとしても、誓約書によって当該行為が不法行為であると転職者に認識させ、転職先である自社で開示や使用することを食い止めることができる可能性があるためです。

このように、転職者に対する他社営業秘密の持ち出しを禁ずる誓約書、さらには自社従業員に対する他社営業秘密を開示・使用しない旨の教育等は、他社営業秘密が自社に不正に流入することを防止するために重要なこととなります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信