2025年3月31日月曜日

判例紹介:機密保持義務における機密情報とは?

営業秘密と機密情報とは意味が似ているようにも思える文言ですが、営業秘密は不正競争防止法で定義されている一方、機密情報は法的には定義されていません。
今回紹介する裁判例(東京地裁令和6年10月10日 事件番号:令4(ワ)8300号)は機密保持義務における「機密情報」の解釈に関するものです。

本事件は原告の運営するサービスに関する販売代理店契約(本件契約)を締結した被告会社に対し、被告会社が販売代理店として取得した同サービスに係る営業上の機密事項や営業手法を利用し、これと類似する事業を行ったとのように原告が主張した事件です。

まず、本件契約における機密保持義務は以下であり、その内容は一般的な内容であると考えられます。
キ 機密保持(15 条)
(ア) 被告会社及び原告は、本契約の履行ないし本サービスの遂行過程で取得された相手方の固有の技術上、営業上その他の業務上の情報を機密として扱うものとし、当該相手方の事前の書面による承諾なく、これらの情報を本契約の目的以外に使用し、又は第三者に開示してはならない。(1 項)
(イ) 前項により課された機密保持義務は、以下の情報については適用されないものとする。(2 項)
・相手方による開示又は提供以前に公知となっている情報(1 号)
・相手方による開示又は提供の時点において既に自己が所有していた情報(2 号)
・相手方による開示又は提供の後に、自己の契約違反、不作為、懈怠又は過失等によらずに公知となった情報(3 号)
・相手方から開示又は提供されたいかなる情報にもよらずに独自に開発した情報(4 号)
・何らの機密保持義務を負担することなく第三者から合法的に取得又は開示された情報(5 号)
(ウ) いずれの当事者も、本件において機密とされた情報について複製を作成しようとする場合には、相手方の事前の承諾を得るものとする。(3 項)
(エ) 本条による機密保持義務は、本契約終了後も存続するものとする。(6 項)
そして、原告は以下のようにして、被告会社に開示した情報(本件提案書及び本件報告書サンプル)が機密保持義務の対象であること、及び被告会社による機密保持義務違反を主張しています。
ア 被告会社は、本件契約により、原告の業務上の情報につき、同条 2 項各号の適用除外事由に当たらない限り機密として扱うべき義務を負い、原告の承諾なく、本件契約の目的外使用ないし複製をすることは禁止されている(15条1項、3項)。本件提案書及び本件報告書サンプルは、各データのファイル名に「【confidential】」と記載され、かつ、パスワードが付されていたほか、本件提案書の各ページにも同旨の記載がされ、販売代理店に限って提供されていたものであるから、いずれも本件契約15条の機密保持義務の対象となる。
にもかかわらず、被告会社は、別紙類似性・情報使用一覧記載のとおり、原告に無断で本件提案書の記載内容を使用ないし複製してレキシル事業の提案書(以下「レキシル提案書」という。)を作成すると共に、本件報告書サンプルを使って、レキシル事業の報告書のフォームを作成した。
したがって、被告会社は、本件契約に基づく機密保持義務に違反する。
イ 本件契約 15 条は、法律上保護される情報よりも広く本件事業に関する情報を保護対象とするものであるから、同条の「機密」は不競法2 条 6 項の「営業秘密」とは異なる。仮に両者が同じ内容のものであるしても、本件提案書及び本件報告書サンプルには上記記載のとおりの措置が施されており、「営業秘密」の要件である秘密管理性、有用性及び非公知性のいずれをも充たす。
これに対して被告会社は以下のように主張しています。
本件契約の機密保持義務の対象は、原告の営業情報漏洩防止目的のために合理的に必要な範囲に限られるというべきであり、不競法2 条 6 項の「営業秘密」と同様に、秘密管理性及び有用性のある情報に限定される。
しかし、本件提案書に記載された内容は競合他社も用いる一般的なものであり、原告固有の情報はなく、機密保持を課すことが合理的に必要なものとはいえず、秘密管理性も認められない。
したがって、本件提案書及び本件報告書サンプルの記載内容はいずれも本件契約15 条の機密事項に当たらず、本件契約 15 条違反は成立しない。
また、レキシル事業の営業用資料の中には、本件事業の説明文言やその成果物であるレポートの報告項目に類似する部分はあるものの、サービスの概要を説明するための形式的なものであるし、レポートの記載内容も、利用者が一般的に求める情報が記載されているのみで、原告独自の事項は含まれないから、本件事業のノウハウを流用したとはいえない。また、レキシルレポートのひな形は被告会社が採用フィルター事業の報告書を参考にグラフを追加したものであるが、情報収集・分析をするのは企業情報センターであり、被告会社による機密保持義務違反はない。
被告会社は、「本件契約の機密保持義務の対象は、・・・不競法2 条 6 項の「営業秘密」と同様に、秘密管理性及び有用性のある情報に限定される。」とのように主張し、原告と争っています。なお、被告会社は上記のように「非公知性」については言及していません。本件提案書及び本件報告書サンプルに対する「非公知性」までも否定することは難しかったという被告会社の判断なのでしょうか。


上記のような原告と被告会社との主張に対して、裁判所は以下のように判断しています。
2 争点 1-2(被告会社の機密保持義務違反の成否)
(1) 前提事実及び前記各認定事実によれば、被告会社は、本件契約に基づき、「本契約の履行ないし本サービスの遂行過程で取得された相手方の固有の技術上、営業上その他の業務上の情報を機密として扱うものとし、当該相手方の事前の書面による承諾なく、これらの情報を本契約の目的以外に使用し…てはならない」という機密保持義務を負う。しかるに、被告会社は、上記のとおり、本件事業に関して原告から提供された資料に示された情報をもとにレキシル提案書その他レキシル事業に関する資料等を作成し、レキシル事業に使用したものと理解される。
具体的には、本件提案書及び本件報告書サンプルは、いずれも本件事業の内容や、営業手法について記載されたものであり、機密事項であることがそのデータファイルのファイル名等に明記された上で、被告会社に対し、本件事業の販売代理店として営業活動を行う上で必要なものとして原告から提供されたものである。したがって、これらに記載された情報は、「本契約の履行ないし本サービスの遂行過程で取得された相手方の固有の…営業上その他の業務上の情報」すなわち「機密」(本件契約 15 条 1 項)に当たる。しかるに、被告会社は、本件契約締結の前後に原告から本件提案書その他の資料の提供を受ける一方で、原告との本件契約締結から約 2 か月後に企業情報センターと被告 OEM 契約を締結してレキシル事業を開始したところ、レキシル提案書には、本件提案書記載の「Web の専門手法と心理学的知見」という特徴的というべき文言を含め、別紙類似性・情報使用一覧記載の下線部部分のとおり、全く同一の文言を使用した説明箇所が複数存在する。こうした経緯やレキシル事業に関する資料等の記載を踏まえると、被告会社は、少なくとも、原告から取得した本件提案書等をレキシル提案書等の作成に当たって流用ないし参照したものとみるのが相当である。
したがって、被告会社は、本件契約上「機密」とされる原告の固有の「営業上その他の業務上の情報」を「本契約の目的以外に使用し」たものといえ、原告に対する本件契約上の機密保持義務に違反したものと認められる。
(2) これに対し、被告会社は、本件契約の機密保持義務の対象は原告の営業情報漏洩防止目的のために合理的に必要な範囲に限られ、不競法2 条 6 項の「営業秘密」と同様に、秘密管理性及び有用性のある情報に限定されるところ、資料中の類似する文言等はこれに当たらない旨など主張する。しかし、本件契約 15 条 1 項の文言上、機密保持義務の対象となる情報が「営業秘密」(不競法2 条 6 項)に限定されるものと解すべき理由は必ずしもない。その他被告会社が縷々指摘する事情を考慮しても、この点に関する被告会社の主張は採用できない。
このように、裁判所は「機密保持義務の対象となる情報が「営業秘密」(不競法2 条 6 項)に限定されるものと解すべき理由は必ずしもない。」としつつ、被告会社による機密保持義務違反を認めています。
そもそも原告は上記のように、機密保持義務の対象に対して秘密管理措置を行い、この対象は有用性及び非公知性も有していると主張しており、被告はこれに対する明確な反論は行えていません。そうすると、本事件において機密保持義務の対象が営業秘密であるか否かにかかわらず、本件契約 15 条 1 項に原告が被告会社に開示した情報は機密であるといえるでしょう。

一方で、このような機密保持義務の対象となる情報は営業秘密であるとする裁判所の判断もあります。このような事例では、取引先に開示した情報が営業秘密でいうところの非公知性を有しているか否かが判断され、非公知性を有していないとして機密保持義務の対象ではないと判断されています。


すなわち、機密保持義務の対象は営業秘密であるか否かが本質的な議論ではなく、当該機密保持義務の対象が既に公知となっているか否かが重要であると思えます。そして、わざわざ機密保持義務まで締結して開示された他社の情報は、非公知である蓋然性が高いと考えられるでしょう。従って、機密保持義務を締結して受け取った取引先の情報は、機密(秘密)であるとして扱い、目的外使用をしないことが重要かと思います。

なお、本事件において機密保持義務違反による損害については裁判所は以下のように、機密保持義務違反行為との間の相当因果関係を認めることはできない、と判断しています。
また、本件契約上、機密保持義務については契約終了後も存続する旨の規定が存するところ(15 条 6 項、21 条)、同条にはその存続期間に関する定めがないことなどに鑑みると、そもそもその効力につき疑義なしとしない。その点を措くとしても、本件契約終了後において、レキシル事業に係る被告会社の営業活動を通じた顧客獲得に起因して本件事業の顧客獲得機会を原告が喪失したことなど、原告に損害が発生したことをうかがわせる具体的な事情の存在は、証拠上認められない。すなわち、仮に原告に何らかの損害が発生していたとしても、それと被告会社の本件契約上の機密保持義務違反行為との間の相当因果関係を認めることはできない。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年3月25日火曜日

判例紹介:取引先に開示する技術情報の秘密管理性

取引先に自社の技術情報を開示する場合には秘密保持契約が必要なことは言うまでもありません。今回紹介する裁判例(大阪地裁平成30年3月15日判決 事件番号:平27(ワ)6555号 ・ 平27(ワ)6557号 ・ 平27(ワ)6781号 ・ 平27(ワ)8600号 ・ 平27(ワ)8602号 ・ 平28(ワ)5501号)はそのようなことに関するものです。

本事件は、ごみの収集機器の製造及び販売等を行う原告が被告企業(被告銀座吉田)と提携して原告製造に係るゴミ貯溜機(原告製品)を香港、シンガポール、中国へ輸出しており、平成26年頃までに合計輸出台数が100台を超えるまでになっていました。
被告銀座吉田は工業製品の輸出入等を業として行う株式会社であり、平成6年頃から香港、シンガポール、中国において、原告の唯一の代理店として原告製造に係るゴミ貯溜機等の販売等を行っていました。
そして、被告銀座吉田は、中国の取引先との間で進めていた中国成都のショッピングセンター及びホテルに原告製品を納品する商談につき、平成26年10月20日にはその注文が確定したとして原告に連絡しました。
しかしながら、原告は、平成27年1月5日にシンガポールに現地法人を設立し、同月16日に被告銀座吉田に対し、今後、被告銀座吉田からの注文を受けない旨を口頭で通知し、同月30日にゴミ貯溜機に関する取引終了の通知を発送し、被告銀座吉田との取引を打ち切りました。
そして、被告銀座吉田が受注することで確定していていた中国成都の取引について,被告銀座吉田から原告へ発注がなされることはなかったものの、同年5月頃に被告太陽工業の伊達工場において原告製品と同形状のドラム式ゴミ貯溜機が製造されていたとのことです。
このゴミ貯留機の設置場所は本件において明らかにされていないものの、中国成都のショッピングセンターとホテルには、遅くとも平成27年10月9日までに、原告製品の型番「GMR-8000」と外観も内部構造もほぼ同一のゴミ貯溜機が設置されていたとのことです。

原告は、このような原告製品を製造するための技術情報(本件技術情報)が営業秘密であり、これを被告会社等が不正使用したと主張しています。なお、原告が営業秘密として主張する情報には、図面とPLC制御プログラムとがあります。


この本件技術情報に対する原告社内での秘密管理措置に対して、裁判所は以下のようにして原告の主張を認めています。
(2)原告は,上記のうち秘密管理性の点につき,本件技術情報は,電子データと電子データを印刷した紙ベースで保管され,それらの情報にアクセスできる者を福島工場の従業員18人と役員ほかの限られた原告の従業員に限り,また就業規則に従業員の秘密保持義務を定めるほか,秘密保持の誓約書の提出を受けていた旨主張するとともに,それらの従業員は,それらの本件技術情報が原告にとって重要な技術情報であり,持ち出したり,漏洩したりしてはいけない秘密の情報であることは十分に認識できていたから,営業秘密として管理されていたと主張する。
この点,証拠(甲31の1ないし18,甲32,甲33,甲36)によれば,原告主張の情報の管理状況や,就業規則の定めや,従業員から誓約書を徴求している事実が認められ,またその対象の情報が,原告において重要な技術情報であると認識できるとの点も,そのとおりということができる。
しかしながら、裁判所は、被告銀座吉田に対する原告の秘密管理措置としては下記のように認めませんでした。
(4) このように,原告が本件において営業秘密として主張する本件技術情報と同種の技術情報であると考えられる原告製品の図面等が被告銀座吉田はもとより,原告製品購入者,あるいは部品製造委託先に交付されていた事実が認められることに加え,そもそも原告は,P1及び被告銀座吉田による秘密管理性を否定する事実関係の主張について全く沈黙しており,その指摘に係る図面等の技術情報の外部提供について,営業秘密の管理上,いかなる配慮をしていたか一切明らかにしていないことも併せ考慮すると,原告のゴミ貯溜機を製造するに必要な設計図面等の多くは,P1及び被告銀座吉田が主張するように,特段の留保もなく購入者はもとより取引関係者に交付されていたことを認めるのが相当である。
そうすると,別紙営業秘密目録記載1,3の技術情報そのものが,上記図面等に含まれていると的確に認めるに足りる証拠はないものの,かといって,これら技術情報についてのみ他の同種技術情報と異なる特別の管理がされていたと認めるに足りる証拠もない以上,同様の管理状況であったと推認するほかなく,したがって,これでは,上記技術情報が不競法にいう「秘密として管理されていた」ということはできないということになる。
本事件では、原告が主張するように原告の従業員に対する秘密管理措置は認められるものの、原告の取引先である被告会社に対しては何ら秘密管理措置を行っていなかったので本件技術情報の秘密管理性は認められませんでした。このように、営業秘密の秘密管理措置(秘密管理性)は、秘密管理意思を示す対象毎に行う必要があります。本事件のような場合には、本件情報を渡す取引先との間で秘密保持契約を締結する必要があったでしょう。

なお、PLC制御プログラムについて、裁判所は以下のように判断しています。
(6) 他方,別紙営業秘密目録記載2のPLC制御プログラムは,上記の図面関係の資料のように取引関係者に紙媒体により図面として交付されていたとは考えにくいが,そもそも同プログラムは,証拠(甲29)及び弁論の全趣旨によれば,原告製品 GMR-8000 と GMR-20000 のPLC(programmable logic controller)を制御するため,三菱電機株式会社のシーケンサプログラミングソフトウェア「GX Developer」により作成されたプログラム情報であり,原告製品の動作を制御する機能を担っているものと認められるから,ゴミ貯溜機の引渡しに伴って顧客に引き渡されるものと認められる。
そして,これが機械の制御プログラムである以上,購入者は,不具合が生じた場合に備えて,そのバックアップをとっておくことも予定されるはずであるし,またメンテナンスを担当する業者においても,そのプログラム情報にアクセスできる必要があるものと考えられるから,これでは原告の営業秘密として管理されているとはいえない(なお,証拠(甲65の1ないし5)により認められる本件製品1について原告がしたPLC制御プログラムの読み出し保存作業からは,原告製品であっても,その読み出し保存作業は容易であると認められるし,またその作業内容自体は,購入者が,PLC制御プログラムに不具合が生じた場合に備えてバックアップをとっておく作業と何ら変わらないものと見受けられる。)。
そうすると,原告製品に類似したゴミ貯溜機を製造し,その制御プログラムとするために,上記プログラムをコピーして利用することは,他の法律構成による場合をさて置き,少なくとも不競法上の営業秘密の利用の問題は生じない。
本事件は、原告によって控訴(大阪高裁平成31年2月14日判決、事件番号:平30(ネ)960号)されていますが、控訴審でも判決に変更はありませんでした。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年3月16日日曜日

判例紹介:秘密管理性と企業規模

営業秘密の秘密管理性の判断には企業規模も考慮されます。そのようなことを示唆した裁判例(大阪地裁令和7年2月13日判決 事件番号:令5(ワ)5749号)を紹介します。
本事件は、原告の元従業員である被告M1が独立する際に、原告の営業秘密である顧客情報(本件顧客情報)を不正に取得し、使用したと原告が主張したものです。

原告は、本件顧客情報の秘密管理性について以下のように主張しています。
本件各顧客情報は、原告の基幹業務システム内に登録・保管されていたところ、各従業員に付与されたID及びパスワードがなければ同システムへはアクセスできない。さらに、本件各顧客情報は、顧客の個人情報であり、原告の営業社員等が展示場やコネクションにより多額の費用と労力をかけて集積してきた企業の肝ともいうべき情報であるから、その性質上当然に、外部に漏らしてはならない営業秘密であると原告の従業員全員が認識していた。原告の就業規則においても、「従業員は、会社及び取引先等に関する情報、個人情報(中略)等の管理に十分注意を払うとともに、自らの業務に関係のない情報を不当に取得してはならない。」(47条5項1号)などと規定されている。したがって、本件各顧客情報には秘密管理性が認められる。
原告の主張は、本件顧客情報を保管しているシステムに対するID及びパスワード管理、就業規則の規定等であり、秘密管理性の一般的な主張であると考えられます。
一方で、被告M1は以下のように主張しており、原告の従業員数に着目した反論となっています。
1700人余りもの原告の従業員が、基幹業務システムにID及びパスワードを入力しさえすれば、社用パソコンからも私用のスマートフォンからも同システム内の情報を閲覧でき、紙媒体への印刷も可能であったこと、「部外秘」と示すような指導もなかったことなどからすると、同システム内に登録・保管された本件各顧客情報に秘密管理性は認められない。


これらの主張に対して、裁判所は以下のように判断しています。
 (2) これを本件についてみるに、前記認定事実(4)、(5)及び(7)のとおり、本件各顧客情報は、原告における「見込客」の顧客情報として基幹業務システムに登録されていたから、これが削除されるまでの間は、IDとパスワードを入力して同システムにログインすれば、原告の全従業員が閲覧可能な状態に置かれており、かかる閲覧は、原告の社用パソコンのみならず、従業員の私用パソコンやスマートフォンからも可能であったこと等、アクセスが極めて容易であった状況に置かれていたことが認められる。そして、原告の従業員数は、令和6年1月時点で1708人であるところ(前記前提事実(1)ア)、これが令和2年頃と比較して大幅に変動したなどの事情はうかがわれないから、令和2年頃から令和4年頃までの間も、おおむね同程度の数の従業員が原告に所属していたものと認められる。
このように、本件各顧客情報は、これが削除されるまでの間は、基幹業務システムにログインしさえすれば、1700人前後の多数の原告従業員がほぼ自由にアクセス可能な状態にあり、特段の秘密管理措置がとられていたことも認められないのであって(原告は、就業規則47条5項1号等の規定を指摘するが、かかる一般的な規定で秘密管理措置として足りるものではない。)、これらのことからすると、原告において、本件各顧客情報につき、当該情報に接した者が秘密として管理されていることを認識し得る程度に秘密として管理していたと認めることはできない。
したがって、本件各顧客情報は、秘密管理性の要件を欠くから、営業秘密性を備えるものとは認められない。
裁判所は、基幹業務システムへのアクセスにIDとパスワードが必要であったとしても、1700人前後の多数の原告従業員が自由にアクセス可能とされているのであれば、本件顧客情報の秘密管理性は認められないと判断しています。

ここで、本事件の秘密管理性の判断において、1700人という従業員数が重要となっています。だからこそ、裁判所は「そして、原告の従業員数は、令和6年1月時点で1708人であるところ(前記前提事実(1)ア)、これが令和2年頃と比較して大幅に変動したなどの事情はうかがわれないから、令和2年頃から令和4年頃までの間も、おおむね同程度の数の従業員が原告に所属していたものと認められる。」と認定しています。
そもそも、基幹業務システム等のシステムへのアクセスをIDとパスワードで管理している理由は、システムへの外部からの侵入を防止することであり、システム内の情報を秘密とすることは副次的な目的であるとも考えられます。そうすると、営業秘密の視点からすると1700人もの従業員がいる企業であれば、基幹業務システムに保存されている各情報に対して、特定の従業員しかアクセスできないようにする秘密管理措置が必要であると考えられます。すなわち、ステムへのアクセスをIDとパスワードで管理しているとしても、全従業員が当該システムにアクセスできるのであれば、IDとパスワードの役割は外部からの侵入を防止するためのものであり、システム内の情報が秘密であることを従業員に認識させるためのものであるとは、従業員が考え難いことになります。

一方で、原告の従業員数が仮に10人程度である場合には、全従業員がIDとパスワードを用いて基幹業務システムへのアクセスできるとしても、本件顧客情報の秘密管理性が認められた可能性があります。
この理由は、10人程度の少人数であれば全従業員がIDとパスワードを有していても、IDとパスワードによってアクセス管理されている基幹業務システムに保管されている情報は秘密であるということの共通認識を持つことができると考えられるためです。また、従業員が少人数であれば、システム内の情報に対してさらなる秘密管理措置を取るということもあまり現実的ではないでしょう。
上記のように全従業員が秘密であることの共通認識を持てるという人数は定かではありませんが、感覚的には多くて20人前後ではないでしょうか。
いずれにせよ、従業員の大多数がアクセスできるシステムで営業秘密を管理するのであれば、アクセス権を有する従業員をさらに選別することは秘密管理措置として必須であると考えられるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年2月28日金曜日

営業秘密の「開示」「取得」「使用」とは?

営業秘密は「開示」「取得」「使用」といった行為を不正に行うと侵害となります。
では、「開示」「取得」「使用」とはどのような行為なのでしょうか。
これらの意味が東京高裁令和6年10月9日判決(事件番号:令6(う)743号)で裁判所によって示されています。この裁判は、はま寿司からかっぱ寿司へ転職したA(カッパホールディングスの元社長)から開示されたはま寿司の営業秘密を使用した従業員(カッパ社の商品本部商品部長)である被告人Y1に対する刑事訴訟に関するものです。

この裁判において裁判所は「開示」「取得」「使用」を以下のように述べています。
・「開示」は、営業秘密を第三者が知ることのできる状態に置くこと。
・「取得」は、営業秘密を自己の管理下に置く行為であり、取得した者において当該営業秘密を使用等できる状況が必要である。
・「使用」は、本来の使用目的に沿って、当該営業秘密に基づいて行われる行為として具体的に特定できる行為。

なお、被告人Y1は、Aから「開示」された営業秘密を「取得」したのですが、この「開示」と「取得」は同じタイミングである必要はないようです。例えば、不正に持ち込んだ営業秘密を転職先のサーバに保存して誰もが閲覧可能な状態におくことで「開示」した場合に、保存からしばらくしてから当該営業秘密をサーバから「取得」する場合もあるでしょう。このような場合には「開示」と「取得」とは異なるタイミングとなります。
本事件では被告人Y1は、Aから電子メールを受信し、添付された営業秘密に関してAとやり取りして、約2時間後に当該営業秘密をパソコンに保存したようであり、この保存した時点が「取得」と認められるとのことです。

一方で、上記のように「取得」が「取得した者において当該営業秘密を使用等できる状況が必要」であるならば、仮に当該営業秘密を使用等できない状況で保存した場合には「取得」とならないようにも思えます。このような場合とは、例えば、転職者を介して自社に営業秘密が不正に持ち込まれてしまい、当該営業秘密が自社内で拡散しないようにごく一部の者しかアクセスできないように管理する場合が考えられます。
このような場合は、一見すると「取得」しているようにも思えますが、ごく一部の者しかアクセスできず当該営業秘密が「使用」できない状態であるので、「取得」には当たらないと考えられます。


また、「逐条解説 不正競争防止法」において「取得」とは下記のように説明されています。
営業秘密の「取得」とは、営業秘密を自己の管理下に置く行為をいい、営業秘密が記録されている媒体等を介して自己又は第三者が営業秘密自体を手に入れる行為、及び営業秘密自体を頭の中に入れる等、営業秘密が記録されている媒体等の移動を伴わない形で営業秘密を自己又は第三者のものとする行為が該当する。
「取得」と似た様な文言として「領得」があります。「領得」は罰則を規定した不競法21条2項1号に下記のように規定されています。
イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
また、「領得」に含まれない行為として上記逐条解説では以下が例示されています。
①権限を有する上司の許可を受け、営業秘密をコピーしたり、営業秘密が記載された資料を外部に持ち出したりする行為
②将来、競業活動に利用するかもしれないと思いつつ、媒体を介さずに営業秘密を記憶するだけの行為
③将来、競業活動に利用するかもしれないと思いつつ、プロジェクト終了後のデータ消去義務に反して営業秘密を消去し忘れ自己のパソコンに保管し続けていたが、営業秘密保有者からの問い合わせを受け、その後にデータを消去する行為

上記のうち、特に②の行為は「取得」には含まれている一方で、「領得」には含まれていません。 すなわち、「取得」という行為は「領得」よりも広い範囲を含む行為であるとも考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年2月20日木曜日

営業秘密の2次的取得者による侵害行為とは?

営業秘密の2次的取得者による侵害行為とはどのような行為でしょうか。ここでいう2次的取得者とは、例えば、自社への転職者が前職企業の営業秘密を持ち込んだ場合に当該営業秘密を取得等した自社及び自社の従業員です。
ここで、営業秘密の2次的取得者による侵害行為は不正競争防止法2条1項8号等に定められています。
不正競争防止法2条1項8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
8号に定められているように、不正開示行為による営業秘密を「取得」しただけで、文言上は営業秘密の侵害行為となります。すなわち、営業秘密の2次的取得者による侵害行為は「使用」しなくても成立します。このことは、権利のない者が他者の特許に係る技術を「実施」した場合に特許権の侵害となることと概念が異なります。

このような営業秘密の2次的取得者が「取得」しただけで侵害行為となった裁判例としては、東京地裁令和6年5月14日(事件番号:令4(ワ)19400号)があります。この事件は、NHKの受信契約者の情報(顧客情報)を取得した者から、被告が不正開示を受けたというものです。
裁判所は、このような行為に対して以下のように判断しています。
2 争点2(Biの図利加害目的(不競法2条1項7号)の有無及び営業秘密不正開示行為であることの被告の認識(同項8号)の有無)について
・・・被告は、BiがFF社に入社した後に、YouTubeにアップロードした動画において、NHKの集金人を潜入させて情報を入手しようとしている旨を述べていたものであり、証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば、原告の受信料収納業務を委託されていたFF社の従業員であるBiも、本件動画の冒頭で、被告と声を合わせて「NHKをぶっこわーす!」と掛け声を発していると認められる。これらの事実からすると、Biは、被告の政治的思想に同調し、被告の活動の協力者であることがうかがわれ、被告にYouTubeに本件動画をアップロードする意図があることを知りつつ、これに協力するため不正に営業秘密を開示したと認めるのが相当である。したがって、Biは、原告に損害を加える目的(不競法2条1項7号)を有していたものと認められ、Biの被告に対する本件情報の開示は、営業秘密不正開示行為に該当する。
・・・
4 争点4(原告の損害の発生の有無及び損害額)について
(1) 本件取得行為による損害について
前提事実(2)オ及びカの経緯並びに前記2で認定した事実に照らせば、被告は、Biによる営業秘密不正開示行為を知りながら、本件取得行為に及んだものであるから、故意の不正競争行為により原告の営業上の利益を侵害したといえる。そして、本件取得行為がなければ、原告は、本件仮処分申立てをすることもなく、これに伴い弁護士費用を支出することもなかったといえ、この支出に係る原告の損害は、通常の損害であるといえるから、原告が本件仮処分申立手続のために支払った弁護士費用55万円は、本件取得行為と相当因果関係のある損害であると認められる。
このように、営業秘密不正開示行為があったと知って営業秘密を2次的に取得した者は、取得した営業秘密を使用していなかったとしても、「取得」しただけで営業秘密の侵害となる可能性があります。


ここで、特許ではその権利範囲を広くするため、より上位概念となるように特許請求の範囲を作成します。このような考えによると、発明を営業秘密化するために文章化する場合でも、より広い範囲となるように営業秘密の特定を行うことが考えられます。
しかしながら、以下の理由から営業秘密をより広い技術範囲をカバーするように特定する必要はないと考えます。
仮に自社の元従業員が営業秘密を持ち出して他社に転職した場合に、この他社も営業秘密の侵害者(2次的取得者)となり、実質的にこの他社が自社に金銭的な損害を与えることとなるかと思います。そうした場合に、まず他社が侵害していることを自社は立証しなければなりませんが、この侵害立証には他社による営業秘密の使用を立証する必要はなく、上記のように、他社による営業秘密の「取得」を立証すればよいこととなります。すなわち、たとえ営業秘密の技術範囲がより広くなるように特定したとしても、営業秘密の侵害立証には影響を与えないと考えられます。
その一方で、営業秘密の技術範囲を広く特定しすぎた結果、従来技術まで含んでしまうと従業員等が営業秘密とする技術範囲を認識できなくなり、その営業秘密性が認められなくなるというリスクが生じ得ます。

また、営業秘密の不正使用の範囲は広く解釈される可能性があります。このような例として、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)があります(リフォーム事業情報事件)。
本事件では、リフォーム事業に係る複数の営業秘密が不正使用されたと判断されています。その中で、リフォーム事業に用いるシステムの情報も営業秘密(資料3-1~3-9)とされており、裁判所は、当該営業秘密を原告会社の元従業員である被告P1が不正に持ち出し、下記のようにして被告P1の転職先である被告会社による不正使用もあったと判断しました。なお、HORPシステムは原告会社のリフォーム事業に関するシステムであり、JUMPシステムは被告会社のシステムです。
JUMPシステム開発の打合せの過程で被告会社からファンテックに対しHORP関連情報その他原告のHORPシステムに関する具体的な資料ないし情報が提供されたことがないこと,JUMPシステムの開発がそれ以前の被告会社のリフォーム事業の業務フローをおおむね踏襲しつつ,一元的な業務管理及び作業手順の標準化等の観点からリフォーム事業に特化した案件管理システムの開発として進められたものと見られること,作業の組織化,情報共有,進捗管理,顧客情報管理といったシステム導入効果は,市販のリフォーム事業向け案件管理システムでもうたわれていたこと,具体的な入力項目や操作方法といった詳細な事項は,既存のシステムとの連携や,社内の関連部署やメーカー,工事業者等の取引先との連携に関する従前の運用方法からの連続性等を考慮しなければならず,事業者ごとに異なり得ることなどに鑑みると,P4等被告会社の関係者が参考としたのは,資料3-1~3-9の各情報のうち,家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分が中心であったものと推察される。
上記下線部のように裁判所は、被告会社は原告会社のシステムに関する営業秘密を直接使用したのではなく、参考使用したと判断しているのだと思います。しかも、「案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」、すなわち当該営業秘密の上位概念にあたる部分を参考にした、という裁判所の判断と解されます。
このように、営業秘密の不正使用は参考も含まれることにより、営業秘密として特定した技術情報を超えた広い範囲の使用も不正使用と判断される可能性があります。そうすると、技術情報(発明)を営業秘密として特定する場合には、当該技術情報を上位概念化することにあまり意味が無いように思えます。
その一方で、上述のように、必要以上に上位概念化することで公知の情報も含む可能性があり、そうすると真に秘匿化したい非公知の技術情報と公知の技術情報とを従業員等が認識し難くなり、その営業秘密性が認められないというリスクが生じる可能性が考えられます。

なお、2次的取得者の刑事罰に関しては、不競法21条1項3号において下記のように規定されています。
第二十一条 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
・・・
三 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、前号若しくは次項第二号から第四号までの罪、第四項第二号の罪(前号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)又は第五項第二号の罪に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示したとき。
不競法21条1項3号では、「営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示」とあるので、2次的取得者が営業秘密を「取得」しただけでは刑事罰を受けることはないと考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信