2018年1月12日金曜日

営業秘密の有用性判断の分類

営業秘密の有用性に関する論文として「「営業秘密」と「業務上の有用情報」に係る法的課題 」があり、裁判所における有用性判断に関して細分化してまとめられており、非常に参考になります。

本論文では、裁判所における有用性判断に関して下記のように分類分けが行われています。このような分類分けを行うことは、有用性に対する司法判断の適否や傾向を調べるうえで今後の指針の一つとなり得ると思います。

①裁判所において有用性が認められた事案
肯定第一類型(競業者に対する優位性):事業者が努力して独自に当該情報を開発して保有するのは、独自開発による情報を営業秘密とすることで競業者に対する優位性を維持するためである。
肯定第二類型(侵害者にとっての利点):営業秘密を侵害した者(被告)にとって何らかの利点がある情報だから 保有者(原告)にとっても有用性がある。
肯定第三類型(経済的観点):当該情報による利益という経済的観点から有用性を認める。
肯定第四類型:漠然と有用性について判断するもの。

②裁判所において有用性が否定された事案
否定第一類型(反社会的情報等):当該情報が反社会的あるいは公序良俗に反する情報であるため、法の保護に値する有用性が認められない。
否定第二類型(情報の保有者側の主張不備):原告側の主張する営業秘密が存在しない、あるいは営業秘密についての説明が不十分・不明確であるために要件判断ができずに、否定される。
否定第三類型(入手可能情報):原告だけの情報ではなく第三者も入手し得るから情報に有用性を認めることはできない。


すなわち、有用性に対して、上記否定第一類型から否定第三類型の何れにも属さないとの判断がなされた場合には、必然的に「有用性がある」との判断がなされるかと思います。
換言すると、上記否定第一類型から否定第三類型は、特許の審査でいうところの拒絶理由にあたるとも考えられます。

さらに、私が注目したいものは否定第二類型と否定第三類型です。

まず、否定第三類型は非公知性を満たさないことと同義であるとも考えられます。なお、否定第三類型における括弧書き(入手可能情報)は本論文に記載はなく私が付けました。
また、同じ判決であっても、否定第二類型又は否定第三類型の何れに該当するかは人により意見が分かれるかもしれません。

また、否定第二類型には、発熱体セメント事件(大阪地判平成20年11月4日)のように「予想外の特別に優れた作用効果もない」とのように判断されたものも含んでいます。
この様な判断は、特許における進歩性の判断に類する判断と同様とも思われ、営業秘密の有用性判断の妥当性に私個人としては疑義があります(小野昌延, 松村信夫 著,新・不正競争防止法概説〔第2版〕(2015),青林書院でも、本判例を挙げたうえで「ただ、このような情報まで有用性がないとして営業秘密として保護を否定してよいかは問題である。」と述べています。)。

そこで、否定第二類型の派生として、上記類型に加えて新たに「予想外に優れた作用効果無し」として有用性を否定した裁判所の判断を否定第四類型として加えることを提案できるかと思います。

この否定第四類型に該当するとし、裁判所において有用性が認められなかった情報は既に幾つかあります。否定第四類型に該当する司法判断をピックアップし、その傾向や適否を検証することは面白いと思います。

2018年1月8日月曜日

営業秘密の有用性に関して、種々の文献の記載

裁判所において、技術情報に関する営業秘密の有用性の判断が特許の審査における進歩性の判断と同様の判断がされている場合があります。このような判断が果たして適正であるか否かは議論の余地があると私は感じています。

過去のブログ記事「営業秘密の有用性判断の主体は?続き」でも記載しているように、第三者によって『明らかに商業的価値がない』と判断される情報は、有用性がないとする一方、『明らかに商業的価値がない』とされず、その情報の保有者が有用性あると主張している情報は、裁判所でも有用性を認めてはどうか、とのように私は考えています。

では、各種文献には有用性の判断についてどのように解説されているのでしょうか?
幾つかの書籍における有用性の考え方に関する記載を一部抜粋して紹介します。

経済産業省発行の営業秘密管理指針(全部改訂:平成27年1月28日)では、15ページに以下のように記載されています。
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(1)「有用性」の要件は、公序良俗に反する内容の情報(・・・)など、秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することに主眼がある。
(2)・・・
(3)なお、当業者であれば、公知の情報を組み合わせることによって容易に当該営業秘密を作出することができる場合であっても、有用性が失われることはない(特許制度における「進歩性」概念とは無関係。)
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経済産業省発行の逐条解説・不正競争防止法(2016)では、42ページに以下のように記載されています。なお、本書では、下記記載の他にも、上記営業秘密管理指針に記載の(1)と同様の記載もあります。
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ここでいうところの「有用な」とは、財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つなど事業活動にとって有用であることを意味する。・・・この「有用性」は保有者の主観によって決められるものではなく、客観的に判断される。
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営業秘密管理指針では、明確に「特許制度における「進歩性」概念とは無関係。」との記載があります。なお、営業秘密管理指針は、1ページの冒頭に「海外の動向や国内外の裁判例等を踏まえて、一つの考え方を示すものであり、」とあります。営業秘密管理指針の全部改訂の時点で、特許制度のおける「進歩性」概念と同様の判断がなされている裁判例があると私は理解しているのですが、なぜ「進歩性」の概念とは無関係と記載しているのかは不明です。
また、逐条解説では、「有用性は保有者の主観によって決められるものではなく、客観的に判断される。」とありますが、この客観的な判断基準については言及されていません。


田村善之 著, 不正競争法概説〔第2版〕(2003),有斐閣では、335ページに下記のように記載されています。
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・・・その意味で有用性という要件も必要であろう。しかし、この要件を過度に高く設定する必要はない。・・・また、秘密管理体制を突破しようとする者はその秘密に価値があると信じているがためにそのような行為に及ぶのである。いずれにせよ秘密管理網を突破する行為が奨励されてしかるべきではないのであるから、このような行為が行われているのに、それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。したがって、解釈としては、情報がどの程度の価値を有しているのかということに関してはあまりうるさくいわずに、情報を秘密にしている者を保護することが望ましいといえよう。
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上記記載は、有用性について営業秘密の保有者を保護することに主眼を置いた考え方であると思われます。


小野昌延, 松村信夫 著,新・不正競争防止法概説〔第2版〕(2015),青林書院では、343ページに下記のように記載されています。 
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このほか、最近では、融雪板の構造や生産方法に関する複数の技術情報に関して、各情報はすでに公開されている特許発明や実用新案等の技術思想と実質的にに同一若しくは「当業者の通常の創意工夫の範囲内において、適宜選択される設計事項にすぎない」との理由で有用性を否定し、またこれら複数の技術情報を組み合させた全体情報も「それぞれが公知か又は有用性を欠く情報を単に寄せ集めただけのものであり、これらの情報が組み合わせられることにより予想外の特別に優れた作用効果を奏するとは認められない」として、有用性を否定した判決も存在する(大阪地判平成20年11月4日判時2041号132頁〔融雪板構造事件〕)。ただ、このような情報まで有用性がないとして営業秘密として保護を否定してよいかは問題である。
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本書は、裁判所における有用性の判断について、特許の進歩性と同様の判断を行うことに対して疑義を示したものであると思われます。


・TMI総合法律事務所 編,Q&A営業秘密をめぐる実務論点(2016),中央経済社では、44ページの注釈に「『当業者が通常の創意工夫の範囲内で検討する設計事項にすぎないもの』は、『非公知性』を欠くという趣旨と考えられる裁判例もあり、非公知性と有用性の関係は必ずしも明確ではない」と記載され、非公知性について述べている50,51ページには下記のように記載されています。
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「当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項」にすぎないか否かという点は、有用性の議論においても用いられ、上記大阪地判でも、非公知性の議論と有用性の議論とが併せ考慮されているようにも見受けられるが、特に技術的情報においては、特定された情報の外延は、当業者における通常の創意工夫の範囲内において適宜選択する設計事項にまでおよび、したがってその範囲内の情報は、公知情報となり得ると考えれば足りるとも思われる。
・・・
上記大阪地判平成20・11・4は、組み合わせにより「選択発明と同視し得る新規な技術的知見」や「予想外の特別に優れた作用効果」というやや高いハードルを課しているようにも見受けられる。この点、公知情報の組み合わせであっても公知情報の選択であっても、「当業者であれば通常法の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項」に該当する範囲内のものである場合には、その特定の情報自体は厳密には非公知であっても原則として公知情報と評価し得るが、そのような特定の非公知の情報が特段の作用効果を生じる場合には公知情報と評価できないものと理解することも可能であろう(これを有用性の議論と結びつける否かは、有用性の考え方と関連して別途議論の余地があろう)。
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本書は、有用性と非公知性とを分けずに議論しており、個人的には非常に参考になる思っています。また、上記記載のみならず、他にも参考になる記載があります。



以上、有用性について、幾つかの書籍の記載を挙げましたが、やはり、有用性の判断については議論の余地があると思われます。
今後、技術情報の営業秘密に関しては、有用性又は非公知性が争点になることが多くなるかと思います。従って、判例も多く出そろい、有用性又は非公知性についての議論も活発になるのではないでしょうか。

2018年1月4日木曜日

営業秘密を裁判の証拠資料とすることは”使用”にあたるのか?

前回のブログでは、原告と被告との間で特許権侵害訴訟がまず提起され、この証拠として被告(特許権侵害訴訟の原告)が原告(特許権侵害訴訟の被告)の営業秘密とする本件文書を提出した事件を紹介しました。
この事件では、裁判所は被告の行為は不競法2条1項8号違反ではないと判断していますが、営業秘密を裁判における証拠として提出することは、営業秘密の使用にあたるか否かの判断はされていません。

ここで、営業秘密を裁判の証拠として使用することに関した事件として、東京地裁平成27年3月27日判決の損害賠償請求事件があります。

この事件は、被告が原告らの業務上の機密(既に退職していたCほか数名の元従業員に係る「集計シート」である本件データ)を第三者に漏洩したとして、原告が労働契約上の機密保持義務違反による債務不履行に基づく損害賠償を求めたものです。
そして、別件訴訟として、原告らの従業員であったCらが、平成23年中に原告らに対して未払残業代の支払を求める訴え(別件訴訟)を提起し、この別件訴訟において、本件データをプリントアウトした書面がCらの労働時間に係る主張を根拠づける書証として提出されています。なお、本事件の被告も、平成24年6月2日に原告らに対して未払残業代の支払を求める訴えを提起しています。
すなわち、原告元従業員Cらの未払い残業代支払い訴訟のために、原告が営業秘密とする本件データを被告が開示したというものです。

本事件において、まず裁判所は「本件漏洩行為は,本件交付行為の部分も含めて,労働契約上の機密保持義務の適用を受けるものと解すべきである。」と判断し、上記本件データの秘密管理性、有用性、非公知性をすべて認めています。すなわち、裁判所も本件データが原告の営業秘密であることを認めています。

次に裁判所は、被告による漏洩行為が「原告会社の就業規則に違反する債務不履行行為」となり得るか否かを判断しています。
これについて、裁判所は漏洩行為を「漏洩とは,いまだその情報の内容を知らない第三者に情報を伝達することをいうところ,既にその情報を熟知する者に交付するものであっても,その者が提供した情報をさらにその情報の内容を知らない第三者に伝達することが当然に予定されているような場合には、漏洩したことになるというべきである。」と定義したうえで、「公開の法廷で行われる訴訟に利用することを前提とした情報の提供も,その情報の内容を知らない第三者に伝達することが当然に予定されている場合として,漏洩に当たるものというのが相当である。」とし、営業秘密を裁判の証拠とすることも「漏洩」にあたると判断しています。

そして、裁判所は「本件漏洩行為について違法性阻却事由があるか」として、違法性阻却事由を「機密保持義務を負う場合にその対象となる情報・秘密を開示したとしても,当該情報を開示することに正当な理由があり,かつ,当該情報の取得が社会通念上著しく相当性を欠く方法でされたものではない場合には,当該開示行為の違法性が阻却されるものと解すべき」とし、「被告による本件漏洩行為が正当行為であるとの主張は,理由がないことになる。」と判断しています。


なお、裁判所が本事件において「被告による本件漏洩行為が正当行為でない」とした理由は、以下のようなものです。
まず、被告は「原告らに対する別件訴訟を提起することを企図していたCから依頼されて本件漏洩行為を行ったのであり,Cの原告らに対する正当な権利の行使を補助するという正当な目的をもっていたことが違法性阻却事由の評価根拠事実となる」と主張していました。
これに対して、裁判所は「被告は,原告らを退職する前に,Cらを誘って原告らに対する残業代請求訴訟を提起することを企図し,その際の証拠とすべく,本件持出行為を行い,退職後に,Cらを誘って,残業代請求訴訟を提起することを決意させるとともに,本件交付行為を行ったことが推認されるのであり,そうであれば,Cからの依頼を受けて,その正当な権利行使を補助しようとして本件交付行為ないし本件漏洩行為を行ったとする被告主張のような事実はそもそも認められないことになる。」とし、上述のように「被告による本件漏洩行為が正当行為でない」としています。

このように被告は原告会社から営業秘密である本件データを持ち出し、別件訴訟の証拠として提出し、それを裁判所は漏洩行為であり、かつ違法性阻却事由もないと判断しました。
しかしながら、最終的に裁判所は、本漏洩行為による原告の損害はないと判断し、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却としています。

ここで、本事件は地裁の判決ではありますが「機密保持義務を負う場合にその対象となる情報・秘密を開示したとしても,当該情報を開示することに正当な理由があり,かつ,当該情報の取得が社会通念上著しく相当性を欠く方法でされたものではない場合には,当該開示行為の違法性が阻却されるものと解すべき」というように、営業秘密を漏洩させたとしても、その違法性が阻却される場合を定義しています。これは営業秘密(秘密情報)の漏洩行為に対する重要な判断基準となり得るかもしれません。

なお、本事件では、被告の主張が事実でないとして違法性阻却事由が否定されていますが、もし、被告が主張しているように「原告らに対する別件訴訟を提起することを企図していたCから依頼されて本件漏洩行為を行った」のであれば、違法性阻却事由が認められたのでしょうか?それともそのような事実があったとしても認められないのでしょうか?
本事件では、違法性阻却事由の具体例が挙げられていないので、その具体例を今後知りたいところです。