2018年3月1日木曜日

特許の判定制度に対する法改正

ここのところ、技術情報を営業秘密とした場合における有用性判断に対する判例紹介ばかりなのでちょっと違う話題を。

昨日「不正競争防止法等の一部を改正する法律案」が閣議決定されました」との発表が経済産業省からありました。
この法改正の一番の目玉は、データの不正取得を不正競争と位置付けたことですね。

で、先日、特許庁から発表された「第四次産業革命等への対応のための知的財産制度の見直しについて」の中の「6. 判定における営業秘密の保護」という項目にある判定請求についても法改正がされるようです。

ここで、本項目には「他方で、特許発明の技術的範囲につき特許庁に見解を求めることができる判定制度(特許法第 71 条)については、営業秘密が記載された書類であっても、閲覧等は制限されていない。」とさらっと書いてあります。
そうだったんですね。私は判定に閲覧制限がないことを知りませんでした。
いままで一度の判定請求を行ったことが無く、このことにを気に留めたことがありませんでした。
そして、上記項目では「判定に関する書類に営業秘密が記載されている場合には、当事者の申出 により、当該の書類の閲覧等を制限するべきである。 」と今更ながら提言していました。

本改正案では、これに関して、(証明等の請求)第百八十六条が改正されます。 
第百八十六条は、「何人も、特許庁長官に対し、特許に関し、証明、書類の謄本若しくは抄本の交付、書類の閲覧若しくは謄写又は特許原簿のうち磁気テープをもつて調製した部分に記録されている事項を記載した書類の交付を請求することができる。ただし、次に掲げる書類については、特許庁長官が秘密を保持する必要があると認めるときは、この限りでない。」というもので、新たにこの二号に下記条文が新設されます。
判定に係る書類であつて、当事者から当該当事者の保有する営業秘密が記載された旨の申出があつたもの。


で、このような閲覧制限に対して営業秘密に関係する判例が既にあります。
それは、二重打刻鍵事件(東京地裁平成27年8月27日判決)であり、民事訴訟において閲覧制限の制度があるにもかかわらず、その制度を利用しなかったことが営業秘密の非公知性の判断に影響を与えたものです。

本判決では、裁判所は原告が主張する鍵情報の秘密管理性を認めない理由の一つとして「原告が,平成26年7月30日に本件訴訟を提起した後,口頭弁論の終結日(平成27年5月28日)に至るまで,本件鍵情報と同一内容が記載された訴状別紙「営業秘密目録」記載1につき,民事訴訟法92条1項2号に基づく閲覧等制限の申立てさえせず,その結果,約10か月間にわたって,本件鍵情報が何人も自由に閲覧できる状態に置かれていたこと(同法91条1項参照)も併せ考慮すれば,本件鍵情報に営業秘密性(非公知性,秘密管理性)があると認めることはできない。」と判断しています。
この判決は、原告は営業秘密の証拠については少なくとも閲覧制限を積極的に行う等しないと、秘密管理性と共に非公知性が認められなくなる可能性があることを示しています。

上記判決は、特許庁による判定制度にもそのまま当てはまるのではないでしょうか?
すなわち、特許庁の判定制度を利用し、判定に関する書類に営業秘密が記載されているにもかかわらず、閲覧制限の申し立てをしなかった場合には、当該営業秘密に関する非公知性及び秘密管理性があると認められなくなるということです。
このことは、判定請求を行うときに必ず意識しないといけないことですね。

しかしながら、特許庁ともあろう行政機関が、その利用者に対して多大なるリスクを負わせる可能性が有る制度をそのまま放置していたことにビックリです。
裏を返すと、今までいかに営業秘密がないがしろにされていたか、そして、今になって営業秘密の重要性について気が付いたかということかと思います。

2018年2月26日月曜日

技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3

前回のブログ記事に引き続き「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介します。
3件目は錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)です。

この事件では、被告らはかつて原告会社の従業員であり、被告らは原告に勤務していた平成22年10月頃から大阪市に工房を設置し、「P10」との名称を使用するなどして錫製品の製造販売等を行い、原告会社を退職した後も錫製品の製造販売等をしているというものです。
原告は、原告らが開発した錫合金(本件合金)の組成が営業秘密に該当すると主張しています。

なお、この事件は、有用性についてだけでなく、リバースエンジニアリングやどのような技術情報を営業秘密として管理するべきか、ということについて知見を与えてくれる事件であり、非常に参考になる事件であると私は考えています。

そして、本事件において原告は以下のように有用性を主張しています。
「従前,錫製品には鉛が含まれていたが,食品,添加物等の規格基準が改正され,容器等の鉛の含有量を●(省略)●未満にしなければならないと変更されたため,鉛レス合金を開発する必要が生じた。そこで,原告会社の昭和56年以降の基礎研究に基づき,原告組合は,平成19年以降,鉛レス合金の開発を行った。合金は,温度,成分の割合等によって液体,固体の状態が異なり,温度,割合,状態の関係を一つずつ実験する必要があり,・・・,●(省略)●から成る鉛レスの本件合金を開発した。
このようにして開発された本件合金を使用すると,鉛の含有率が●(省略)●以下であっても,錫の切削性が失われず,加工,鋳造が容易になり,従来と同じく伝統的な技術による加工が可能となるから,本件合金は,特殊な伝統技術を用いた錫器製造の根幹をなす。
したがって,本件合金は,錫器の製造に有用な技術上の情報に当たる。 」


一方、裁判所は、以下のようにして本件合金の有用性を否定しています。
「原告らは,本件合金を使用すると,鉛の含有率が●(省略)●以下であっても,錫の切削性が失われず,加工,鋳造が容易になる旨主張する。
しかし,本件合金がそのような効果を有することを認めるに足りる証拠はない。
原告らは,本件合金の開発経緯について,多くのテストと会議を重ねたとして鉛レス地金開発事業地金研究会議の議事録(甲8)及びそのテスト結果の一部(甲34)を提出し,また,多額の開発資金を投じた証拠(甲5,6,24)を提出する。しかし,証拠として提出された上記議事録では,テスト結果の部分は開示されておらず,また,上記テスト結果の一部(甲34)のみでは,地金テストの結果が持つ意味は明らかでなく,多額の投下資金を投じたからといって直ちに本件合金に上記の効果があると認めることもできない。原告製品が本件合金を用いて製造されているとしても,そのことから直ちに別紙記載の一定の成分組成と一定の配合範囲から成る本件合金が原告ら主張の効果を有すると認めることもできない。
また,原告ら代表者は,陳述書(甲20)において,本件合金の有用性を説明するが,本件合金がその説明に係る効果を有することは,客観的に確認されるべきものであり,関係者の陳述のみによって直ちにそれを認めることはできない。
結局,原告らは,本件合金の技術上の有用性について,これを認めるに足りる証拠を提出していないといわざるを得ず,本件合金について営業秘密としての有用性を認めることはできない。 」
すなわち、本判決では、原告が営業秘密であると主張する本件合金の効果は、原告の主観だけでは認められず、客観的に確認できなければならないとされています。

しかし、この判決で疑問に思うことは、客観的に確認できる効果とは何でしょうか?
例えば、顧客情報であっても、その顧客情報を他社が用いたとしても新たな顧客獲得ができない可能性もあるかと思います。そのような場合は、有用性が認められるような効果が無いとも判断され可能かとも思いますが、顧客情報に関しては秘密管理性、非公知性が認められれば、有用性も必然的に認められるようです。(本判決では、リバースエンジニアリングによって公知性が失われているとして、本件合金の非公知性も認められていません。)
そうすると、技術情報と営業情報とでその判断に差があるようにも思えてしまいます。
また、技術者が主観的に効果があると考えるものの、客観的にはその効果が未だ認められていない未完成の技術は、その有用性が認められず、営業秘密とされないのでしょうか?

このようなことを考えると、技術情報を営業秘密とした場合に、その有用性に客観的な効果を求めることに疑問を感じますが、本事件のように客観的な効果を求める判決が出ていることは留意すべきかと思います。
すなわち、技術情報を営業秘密として管理する場合には、その効果を客観的に説明可能なようにするべきかと思います。

特に、化学系の技術情報に関しては、その内容から当業者が当然に認識し得る作用効果が分からない技術も多いかと思います。そうであるならば、化学系の技術情報の管理において、裁判において作用効果を認めさせるためのデータ等も管理すべきかと思います。
しかしながら、そこまですると、技術情報の営業秘密管理が特許出願と同様の視点で行う必要が生じ、果たしてそれが法が求める「営業秘密」としての管理であるのか、少々疑問が生じてきます。

2018年2月22日木曜日

技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2

前回のブログ記事に引き続き「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介します。

2件目は接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)です。
これも高裁まで争われた事件であり、近年の判決でもあるので、注意するべきものかと思います。
なお、裁判所において、非公知性の判断で有用性のような判断を行う場合があるようです。本判決もそのような判断がなされていますが、ここでは有用性の判断として取り扱います。


本事件は、原告(被控訴人)の従業員であった被告X(控訴人X)が、業務上の機密を保持すべき義務に違反して、被控訴人の機密である原告ソースコードや原告アルゴリズムを被告(控訴人)ニックに開示、漏洩したものです。
本事件では、原告ソースコードと原告アルゴリズムのうち、原告ソースコードについては営業秘密性が認められましたが、原告アルゴリズムは営業秘密性が認められませんでした。

原告は、この原告アルゴリズムの有用性について次のように主張しています。
「原告アルゴリズムも,接触角計測機器の精度の向上を実現するため,被控訴人が長年の試行錯誤の上に確立したノウハウであって,原告各製品の製造,販売に不可欠な技術情報であるから,これらは,被控訴人の事業活動に有用な技術情報である。一般に,画像解析のためのプログラム制作に当たっては,画像の輪郭をどのような方法で検出するか,測定結果の正確性をどのように担保,検証するか,測定解析スピードを可能な限りアップさせるにはどうしたらよいかなど,複数の視点から,開発機器の特殊性を踏まえ,繰り返し実験を行うなど試行錯誤の末,適切なアルゴリズムを確立する必要がある。かかるアルゴリズム(例えば2値化のアルゴリズム)の善し悪しによって,製品の測定精度が大きく左右されるから,原告アルゴリズム自体が被控訴人にとって貴重な知的財産であるということができる。」


そして、この原告アルゴリズムに対して、裁判所は「原告アルゴリズムの内容は,本件ハンドブックに記載されているか,あるいは,記載されている事項から容易に導き出すことができる事項である。」と判断しています。
この本件ハンドブックは、原告の研究開発部開発課が営業担当者向けに作成したものであり、その冒頭「はじめに」には、「この資料は主にお客様と接することの多い営業担当向けに、測定解析統合システムソフトウェアFAMASの概念から機能概要までをまとめたものです。取扱説明書に記述されている内容もありますが、中には当社のノウハウ的な要素も含まれていますので、この資料は「社外秘」とさせていただきます。出張の際などにいつもお持ちいただくことで何かのお役に立てれば幸いです。~研究開発部 開発課 X~」と記載されており、表紙中央部には,「CONFIDENTIAL」と大きく印字されており、各ページの上部欄外には「【社外秘】」と小さく印字されています。
このように、原告アルゴリズムが記載されているとされる本件ハンドブックは、一見、秘密管理がされているようにも思えます。

しかしながら、裁判所は「本件ハンドブックは,被控訴人の研究開発部開発課が,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため,携帯用として作成したものであること,接触角の解析方法として,θ/2法や接線法は,公知の原理であるところ,被控訴人においては,画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っていたことが認められ,これらの事実に照らせば,プログラムのソースコードの記述を離れた原告アルゴリズム自体が,被控訴人において,秘密として管理されていたものということはできない。」として、その秘密管理性を否定しています。

そして、裁判所は、原告接触角計算(液滴法)プログラムにおける具体的な手順(アルゴリズム)について、(a)閾値自動計算(b)針先検出(c)液滴検出(d)端点検出(e)頂点検出(f)θ/2法計算(g)接線法用3点検出(h)接線法計算のように項目分けし、その技術内容を検討したうえで、それぞれについて「一般的」であるとし、「特別なものでない」として非公知性(有用性)を認めませんでした。

そして、裁判所は非公知性について最終的に以下のように判断しています。
「原告アルゴリズムの内容の多くは,一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの,あるいは,格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されているといわざるを得ないことに加え,一部ノウハウといい得る情報が含まれているとしても,そもそも,前記(ア)bのとおり,被控訴人は画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っており,原告アルゴリズムを,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため携帯用として作成した本件ハンドブックに記載していたのであるから,被控訴人の営業担当者がその顧客に説明したことによって,公知のものとなっていたと推認することができる。」
上記下線部分は、特許の審査における進歩性のような判断と同様であると思われます。

しかしながら、本判決において疑問に感じることは、各項目の技術について一般的(公知)であるとしているものの、その根拠となる文献等は挙げていなことです。
また、(a)閾値自動計算(b)針先検出(c)液滴検出(d)端点検出(e)頂点検出(f)θ/2法計算(g)接線法用3点検出(h)接線法計算の組み合わせにより、原告アルゴリズムは構成されていると思われますが、この組み合わせについて裁判所は特に言及していないように思えます。
この事件が、仮に特許の審査であるならば、進歩性を主張するうえで、上記組み合わせが容易でないこと等を主張するかと思いますが・・・。
原告も原告アルゴリズムの有用性について「一般に,画像解析のためのプログラム制作に当たっては,画像の輪郭をどのような方法で検出するか,測定結果の正確性をどのように担保,検証するか,測定解析スピードを可能な限りアップさせるにはどうしたらよいかなど,複数の視点から,開発機器の特殊性を踏まえ,繰り返し実験を行うなど試行錯誤の末,適切なアルゴリズムを確立する必要がある。」とのように述べていますし・・・。

ちなみに、営業秘密管理指針には「「営業秘密」とは、様々な知見を組み合わせて一つの情報を構成 していることが通常であるが、ある情報の断片が様々な刊行物に掲載され ており、その断片を集めてきた場合、当該営業秘密たる情報に近い情報が 再構成され得るからといって、そのことをもって直ちに非公知性が否定さ れるわけではない。なぜなら、その断片に反する情報等も複数あり得る中、 どの情報をどう組み合わせるかといったこと自体に有用性があり営業秘 密たり得るからである。複数の情報の総体としての情報については、組み 合わせの容易性、取得に要する時間や資金等のコスト等を考慮し、保有者 の管理下以外で一般的に入手できるかどうかによって判断することになる。 」ともありますが、本判決では原告アルゴリズムについて上記下線ほどの検討はなされていないと思われます。

この事件では、技術情報の営業秘密の有用性及び非公知性に対する裁判所の判断について、感覚的なものが先行しているのかなと感じます。非公知性をいうのであれば、文献等が挙げられるべきではないでしょうか?

また、原告が営業秘密と主張する技術情報が、公知の情報の組み合わせであっても、非公知性又は有用性の検討は丹念に行われるべきでないでしょうか?
例えば、営業秘密であっても、顧客情報は複数の顧客の氏名や連絡先等の組み合わせによって、その有用性や非公知性が認められていると思われます。しかしながら、今や、多くの人や企業の連絡先等はどこかで公知となっているのではないでしょうか?

このようなことを鑑みると、本事件の原告アルゴリズムに対する有用性(非公知性)の判断は厳しいものではないかと思います。