2018年9月4日火曜日

営業秘密と先使用権主張の準備 その1

営業秘密と先使用権はよくセットにされて語られます。

技術情報を営業秘密化(秘匿化)する場合には当然特許出願を行わないので、当該技術に関して他社に特許権を取得される可能性が生じます。したがって、技術情報の営業秘密化にとって先使用権について意識することは当然でしょう。

ここで、先使用権の主張を行う場合とは、自社が他社の特許権を侵害している場合です。侵害していないのであれば、先使用権の主張を行う場面はありません。
すなわち、先使用権の主張を行う状況とは、他社の特許権を実際に侵害している状況であり、非常に良くない状況です。

では、先使用権とは具体的に何でしょうか。
先使用権は特許法第79条に規定されている通常実施権のことです。
先使用権は、他者がした特許出願の時点で、その特許出願に係る発明の実施である事業やその事業の準備をしていた者に認められる権利(無償の通常実施権)です。すなわち、当該技術に関する特許権は、他社が所有し、自社は所有していません。
例えば、実施している製造方法等を特許出願せずに秘匿化した後に、当該製造方法に係る発明の特許権を他者に取得されるとこの特許権の侵害となります。しかしながら、先使用権の主張が認められれば、例外的に他社の特許権に係る発明を無償で実施可能となります。

先使用権の主張を行うためには、先使用権を有することを示す客観的な証拠が必要です。
先使用権の証拠資料は、自社実施又はその準備が他社の特許出願前であることを、客観的に証明するものです。このため各証拠資料には、日付の記載が必要不可欠です。

証拠資料としては例えば下記のようなものがあります。
・研究開発段階、発明の完成段階
 研究ノート、技術成果報告書、設計図、仕様書
・事業化に向けた準備が決定された段階
 社内の事業化決 定会議の議事録や事業開始決定書等
・事業の準備段階   
 設計図、仕様書、 見積書、請求書、納品書、帳簿類等
・事業の開始及びその後の段階
 製品の試作品、 製造年月日や製品番号、仕様書、設計図、カタログ、パンフレット、 商品取扱説明書及び 製品自体等

参考:特許庁ホームページ 先使用権制度について

そして、技術情報を営業秘密化し、かつそれを実施する場合には先使用権主張の準備を行いましょう、という流れがあり、企業の知財部も先使用権主張の準備を実際に行っているところが少なからずあるようです。

先使用権主張の準備とは、具体的には以下のような感じでしょうか。


まず、自社で技術開発を行う過程で、選考技術調査を行うことで他社特許出願の有無を調べます。その結果、他社特許出願がない場合には、開発した技術情報の特許出願又は秘匿化の判断が行われるでしょう。
当該技術について秘匿化を決定し、その後、当該技術の実施の準備を開始すると先使用権主張の準備のための証拠集めを行います。さらに、実施が開始されるとそれに応じて証拠集めを行うでしょう。
証拠収集が完了するとこれらの証拠をファイルにし、公証役場で確定日付を得、万が一のためにこのファイルを保管します。

ここで、上記のような先使用権主張の準備の問題点としては、技術情報の実施又は実施の準備を開始した時点で先使用権主張の準備をすると、未だ存在しない他社出願を想定したものになります。このため、もし他社が当該技術にかかる特許出願を行わない場合には、先使用権主張の準備は無駄になります。

そこで、営業秘密の管理、ここでは営業秘密の非公知性喪失の有無の確認を用いることで、無駄のない先使用権主張の準備が行えると考えます。
詳細は次回に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月27日月曜日

特許制度は優れた管理システム

営業秘密について考えると、その管理手法も重要になります。
ここでいう管理手法とは、営業秘密の三要件のうち秘密管理性のことではなく、データ等の管理システム等についてです。

営業秘密とする情報は、誰が管理するのでしょう?
それは各企業ごとに異なります。
管理主体は法務部、知財部、又は当該情報を使用する事業部等でしょうか?

また、営業秘密とする情報は、実際の業務で使用することが多いでしょう。
そうであるならば、管理を法務部や知財部で行ったとしても、技術情報ならば技術開発部で使用したり、顧客情報ならば営業部で使用したりします。そして、その内容は逐次更新される可能性もあります。
そうすると、営業秘密の使い勝手を良くするために、ITを使った営業秘密管理システムを構築するのでしょう。
そして、構築した営業秘密管理システムに対するアクセス管理も行います。
さらにこのシステムはクラウドにするほうが使い勝手が良いでしょう。
また、営業秘密とするデータが更新された場合は、更新される前のデータをどうするべきでしょうか?念のためシステム上に残すのでしょうか?それとも破棄するのでしょうか?
いづれにせよ、ルール作りが必要となります。
そのような様々なことを考えると、営業秘密管理システムの構築費用が相当なものになるでしょう。


一方、特許制度はどうでしょうか?
特許出願をすると1年6月後に全て公開公報として公開されます。
公開公報は、独立行政法人であるINPITが運営するJ-PlatPatで閲覧することができます。
このJ-PlatPatはインターネットで誰でも閲覧でき、また検索機能を有しているため、出願人やキーワード等で検索できます。
また、特許の審査が開始されるとそのステイタス、拒絶理由通知がなされたか、補正されたか、これらの内容を確認できます。
そして、特許査定となると特許公報が閲覧でき、年金の支払い状況等の権利継続状況も確認できます。

いうなれば、J-PlatPatは特許の管理システムです。
さらにいうと、この管理はINPITが行ってくれ、かつ特許制度、換言すると日本国が存続する限り管理し続けてくれます。
このため、自社が過去に何時どのような出願を行ったのか?そのステイタスはどうなっているのか?このようなことを簡単に確認できます。
しかも、J-PlatPatで管理してもらうためには、最低で1件1万5千円を支払えばいいのです。具体的には特許出願時に出願料として1万5千円を支払えば、出願から1年6月後に公開公報という形でJ-PlatPatで管理を開始してくれます。
特許の明細書を特許事務所に作成させる手数料を考えなければ、システムの作成費用、管理費も不要ですし、安価と考えられるのではないでしょうか?
しかも、時々より使いやすくなるようにバージョンアップしてくれます。

特許出願は公開されますが、このようにJ-PlatPatを自社の特許管理システムと考えると、見方が変わるのではないでしょうか?

技術情報の営業秘密化は特許化よりもコストが掛からないという考えもあるようですが、私は決してそうは思いません。
技術情報を営業秘密化しても、技術情報は日々新しいものが公知となります。このため、営業秘密化した技術情報については、その内容によっては非公知性の喪失の有無を定期的に確認する必要があるでしょう。この非公知性の確認には当然コストが掛かります。
もし、非公知性が失われているにもかかわらず、そのまま営業秘密として管理していると秘密管理性の形骸化を招き、営業秘密化している他の技術情報の秘密管理性に影響を与える可能性も否定できません。
また、営業秘密化する技術情報は、特許明細書と同様に文章化が必要なものもあるでしょう。そうすると、その作成にはコストが掛かります。
そして、上述のように、営業秘密管理システムの構築、メンテナンスにはコストが掛かります。

このように考えると、営業秘密として技術情報を管理することは決して安価ではないでしょう。営業秘密を適切に管理しようとすれば、特許出願よりもトータルで高コストになる可能性が高いと思います。

技術情報を特許出願又は営業秘密化をコストの面から判断することは適切ではないかと思います。
しかしながら、現在の日本は特許公開制度を有しており、特許公報等はJ-PlatPatで閲覧可能です。であれば、これを特許管理システムと位置づけ、自社の基準として公開可能な発明であれば、他者による権利化を阻むというメリットも考慮し、特許出願を行うことを考えてもよいのではないでしょうか?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月20日月曜日

営業秘密の民事訴訟は生々しい

今回は営業秘密に関するものの、さほどかたい話ではありません。

営業秘密に関する訴訟も知財に関する訴訟といえるでしょう。
ここで、知財に関する訴訟といえば、特許侵害訴訟当です。
特許侵害訴訟であれば、その構成要素を全て充足する製品を被告が製造等しているか?といったように主に技術論になり、ドロドロした感じはほとんどありません。
まあ、裏側には被告企業のことが気に入らない、というような原告側の気持ちもあるかと思いますが、判決文からは読み取れません。

一方、営業秘密に関しては、判決文を読んでいてもドロドロ感があります。

例えば、顧客情報に関するものであれば、元従業員や元役員等であった退職者が被告になる場合が多いのですが、中には原告の無理筋ではないかと思われる訴訟もあり、原告の気持ちが何となく伝わります。
要するに、“自社の顧客を持っていかれて気に入らない。だから何とか訴えられないか?”という気持ちでしょうか。
元がこんな感じ(私の想像ですが)であるため、営業秘密の特定も不十分な場合もあり、複数の訴訟の中には裁判所が「原告の主張する営業秘密が何であるのか特定できないため、秘密管理性、有用性、非公知性の判断ができない。」とのように判断され、棄却となる例もあります。


また、営業秘密の訴訟では、個人が被告に含まれる場合が多いので、その被告と原告企業との関係が細かく判決文に記載されています。例えば、被告が原告企業にいつ入社し、どのような業務に従事し、いつ退職し、どこに転職したかというようにです。
被告が複数人存在すれば被告毎にそれが記載され、被告間の関係も記載されていたりします。

例えば、ある訴訟では人間関係の複雑さを感じさせるものがありました。
それは、Aが同僚のBに自身と共に転職を促し、かつ営業秘密の持ち出しを企てたものの、Aは結局転職せずBのみが転職し、在職していた企業から訴えられたというものもありました。Bにとってみたら、納得しがたいものがあるでしょう。

さらに生々しさのある訴訟としては、競合他社へ転職した元従業員を被告とした訴訟において、転職先企業と被告との関係を示すものとして、被告が転職後に乗り換えた自家用車、具体的には被告がステップワゴンで妻がフィットであったものを、妻の名義でレガシーワゴンと中古のメルセデスベンツに買い替えたとの事実認定がされたものがありました。確かに転職後に自家用車のグレードが明らかにアップしています。
これは、転職企業から被告へ与えた利益を示すものとして、原告が調べたのでしょう。原告は、被告が競合他社に転職すること、しかも自社の営業秘密を持ち出していることに気が付いていたので、被告を解雇しています。そして、被告の行動を可能な限り調べたのでしょう。

このように、営業秘密関連の訴訟は特許侵害訴訟等とは少々異なる“色”もあり、まさに民事訴訟という感じでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信