2018年9月24日月曜日

京セラ子会社営業秘密持出し事件 ー不起訴処分ー

今年(2018年)に発生した京セラ子会社営業秘密持出し事件について、書類送検されていた京セラ元子会社の元従業員が不起訴処分となったようです。
この事件は、京セラ子会社の元従業員(元部長)が退職時に病院経営の手法等に関する営業秘密を持ち出して一部を転職先に渡し、この元従業員は書類送検されたというものです。

参考ブログページ:過去の営業秘密流出事件

ここで、営業秘密侵害で刑事告訴や書類送検となった事件について、“不起訴処分”の事実が報道されることは珍しいと思います。いままでも不起訴処分となった事件はいくつもあるかと思いますが、このようにその事実が報道されたということはあまり記憶にありません。私のブログで記録している限り、エディオン営業秘密流出事件(2015年)において上新電機が不起訴処分となった報道ぐらいです。

また、今回の事件で不起訴処分となった理由は発表されていません。
持ち出した情報の一部を転職先に持ち出したものの、京セラ子会社にとって実害はなかったとか、元従業員が京セラ子会社に対して何らかの補償をしたのでしょうか?


なお、本事件で少々気になることは、元従業員が「府警によると、容疑を認め、『自分が作ったデータなので持ち出してもいいと思った』などと話しているという。」という内容です。(参照:産経WEST記事
被疑者側の供述としてこのような供述を度々見かけます。

営業秘密侵害において、刑事事件だけでなく民事事件でもこのような供述は非常に重要かと思います。
私も本ブログで何度か述べているように、営業秘密の帰属に関する争点が生じることになるからです。

参考ブログ記事:営業秘密の帰属、営業秘密の民事的保護が定められた当時の逐条解説

上記ブログ記事では、民事について述べていますが、罰則を定めた不競法第21条にも「営業秘密を保有者から示された者であって、」という文言が条文中にあります。
このため、本事件の元従業員が供述しているように、持ち出したデータが「自分が作ったデータ」であるならばこの元従業員は「営業秘密を保有者から示された者」ではないという解釈ができます。
そのように解釈したならば、たとえ被疑者が当該データを持ち出したとしても刑事罰の対象とはならないでしょう。

本事件において検察官がどのように判断して、今回の事件を不起訴処分としたかは分かりません。もし、上記のように元従業員が「営業秘密を保有者から示された者」ではないと検察官が判断したのであれば、営業秘密侵害において非常に参考となる判断です。

なお、不起訴処分の理由について開示請求ができるのか調べたところ、下記のような法務所の説明を見つけました。
法務省HP:不起訴事件記録の開示について
ここを参考するかぎり、第三者が不起訴処分の理由の開示請求をすることはできないようですね。

ただ、上述したように営業秘密侵害の刑事事件において、被疑者が「営業秘密を保有者から示された者」、すなわち営業秘密の帰属についてが争点となりそうな供述をしている例が過去にいくつかあります。
このため、「営業秘密を保有者から示された者」に係る法的解釈について統一的な見解が早急に示されるべきではないかと思います。
それにより、企業側も対策を立てることができますし、不要な刑事告訴だけでなく民事訴訟も回避できるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年9月19日水曜日

ー判例紹介ー 生春巻き製造機事件 事業協力期待先へのノウハウ開示

今回紹介する裁判例は、生春巻き製造機事件(知財高裁平成30年11月2日判決平成30年(ネ)第1317号 大阪地裁平成30年4月24日判決平成29年(ワ)第1443号)です。

本事件の被告会社は、取引先(訴外)から生春巻きを製造するよう求められました。そこで、被告会社は、原告会社に対して生春巻きの製造工場の見学を依頼しました。
これを受け、原告会社は、生春巻きの製造工程を見学させ、製造方法を説明し、工場内の写真撮影も許可しました。

その後、原告会社は、被告会社が九州における原告会社の協力工場として取引をすることに向けての話を進めようとしましたが、被告会社は、原告会社の提案する内容での契約に応じませんでした。被告会社はその後、直ちに取引先の求めで生春巻きを製造することをしませんでしたが、しばらく後に、生春巻きを製造し、関西圏の大手スーパーに卸しました。

本事件において原告会社は、生春巻きを大量に安定的に生産するためライン上で全工程を行うとともに、通常は水で戻すライスペーパーを、状況に応じた適切な温度の湯で戻すという生春巻きの製造方法が営業秘密であり、当該営業秘密を被告会社が不正取得等した主張しています。


これに対して、裁判所は以下のように判断し、その営業秘密性を否定しました。


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原告は,被告が協力工場となることを見学の条件とし,被告がこれを承諾したように主張するが,原告代表者の陳述書には,工場見学前に協力工場になることの条件を承諾した旨の記載がないだけでなく、「私はもうすっかり協力工場になってくれるものと信じていました。」との記載があり,結局,協力工場になることが確定的でない状態で原告工場の見学をさせたことを自認する内容になっている。なお,その後,被告代表者は,協力工場となることに対して積極的方向で回答をしたことは優に認められるが,それをもって事業者間での法的拘束力のある合意と評価できない。
〔1〕見学で得られる技術情報について秘密管理に関する合意は原告と被告間でなされなかったばかりか,原告代表者からその旨の求めもなされなかったこと,〔2〕原告のウェブサイトには,原告工場内で商品を生産している状況を説明している写真が掲載されており,その中には生春巻きをラインで製造している様子が分かる写真も含まれている。原告において,その主張に係る営業秘密の管理が十分なされていなかったことが推認できる。
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すなわち、裁判所は上記〔1〕,〔2〕に基づいて原告が開示したノウハウの秘密管理性を否定しています。また、〔2〕に関しては非公知性も失われていることを示しています。

この判例は、原告会社が流通若しくは新市場におけるイノベーションを他社に求めた結果生じたことといえるでしょう。また、原告会社は被告会社に対してオープンイノベーションを期待したとも考えられます。

本判例のように自社のノウハウを他社に開示する場合、下記のことが重要です。
(1)協力関係の可能性を見極めてから自社ノウハウを開示。
(2)他社に自社ノウハウを開示する場合には確実に秘密保持契約を締結。

上記(1),(2)は言うまでもなく、当たり前のことかとも思われます。
しかしながら、提携期待先に対して前のめりになりすぎると、秘密保持契約を締結することなく必要以上にノウハウを開示する可能性が考えらえます。
また、ノウハウ開示は一人でも可能であり、権限を持っている立場の人物が行うことができます。すなわち、ノウハウ秘匿に対する認識が低い人物が、不適切に他社にノウハウ開示を行ってしまえば、取り返しのつかないことになりえます。

また、本判例からは、以下のことも秘密管理には重要であることを示唆しています。
(3)自社のノウハウ開示状態の把握、開示状態は適正か?
現在、自社のノウハウはホームページ等で簡単に開示できます。これは自社の技術力をアピールするうえで重要な起業活動でしょう。しかしながら、一体どのような情報を何時どこで開示しているかを正確に認識しなければなりません。
これができていれば、ノウハウを開示しているにもかかわらず当該ノウハウは営業秘密であると誤った主張に基づく訴訟を回避できるはずです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年9月12日水曜日

論文「サービス産業のイノベーションと特許・営業秘密」

サービス産業のイノベーションと特許・営業秘密」という2014年4月の論文を見つけました。 独立行政法人 経済産業研究所の「ディスカッション・ペーパー(日本語) 2014年度」で公開されています。

この論文は、サービス産業のイノベーションの実態、イノベーションに対する特許及び営業秘密の役割について、製造業と比較した結果が論じられており、複数の視点から、サービス業と製造業とにおける特許や営業秘密の保有に関する数値を表にして示しています。

この中で興味深かった比較は、特許、営業秘密の所有の有無と各イノベーションの関係を比較した結果(表5)です。

この比較の説明(8ページ)を引用すると「例外なく特許や営業秘密を持つ企業ほどイノベーションを行っている傾向がある。特に、新製品・新サービスの開発、既存製品・サービスの高度化・改善で特許や営業秘密の有無による差が大きい。新業種・新業態進出と特許所有とはサービス企業でのみ有意な関係があるが、産業を問わず営業秘密を持つ企業は新業種・新業態への進出を行う傾向がある。生産・流通方法の革新(プロセス・イノベーション)は、特許の所有とは関係ないが、製造業では営業秘密とかなり強い関連が観察される。」とのことです。


このような「特許や営業秘密を持つ企業ほどイノベーションを行っている傾向がある。」ということは、知財業界にいる人間であれば直感的に認識しているかと思います。このような認識が、具体的な数値で示されることは非常に有意義であると思います。 裏を返すと、イノベーションを行いた企業は、特許や営業秘密とすることができるような“何か”を意識するべきであり、それができない企業はイノベーションを起こし難いとも言えるかもしれません。

ただ、新業種・新業態進出に関しては、特許や営業秘密の所有とイノベーションとの関係は薄いようです。これはこれで面白いと感じました。
特許や営業秘密は、その対象が明確に特定されなければなりません。思うに新業種・新業態とは、まずは漠然としたアイデアなのではないでしょうか?そうであるならば、新業種・新業態のアイデアは特許や営業秘密といった“モノ”としては認識し難いでしょう。特に、特許に関しては技術的な要素が必要ですから、よりその傾向が強いかと思います。
しかしながら、新業種・新業態のアイデアがより明確になりその内容が特定できるようになると特許や営業秘密といった“モノ”になり、それがさらに新製品・新サービスの開発・改善にも至るのではないでしょうか。

また、 本論文では「生産・流通方法の革新(プロセス・イノベーション)は、特許の所有とは関係ないが、製造業では営業秘密とかなり強い関連が観察される。」と記されています。
これは、まさに企業の特許戦略を示していると思います。
生産方法は、主に企業の工場内等、外部からは認識し難い場所で使用される技術です。このため生産方法に関する特許を取得しても、侵害者はその工場内で特許に係る発明を実施することになるため、特許権者は侵害者を発見し難いということになります。
そうであれば、特許出願しても技術を他者に公開するだけになるかもしれません。そこで生産方法は特許出願をせずに秘匿化、すなわち営業秘密化するという知財戦略が多くの企業でなされています。
表5では、このような生産方法に対する企業の知財戦略を示すとも思われる結果が数値として表れており、非常に興味深いです。

また、自社のみで行い難いイノベーションを他社の協力も得て実行する、所謂オープンイノベーションの必要性も表5は示しているかもしれません。
上述のように、表5ではイノベーションを起こすには特許や営業秘密の保有が重要になることが示されています。すなわち、自社で特許や営業秘密を有していなければ、イノベーションを起こせる可能性が相対的に低くなります。
そこで、自社が起こしたいイノベーションに関する特許や営業秘密を保有している他企業の力を借りることで、自社のみでは起こせないイノベーションを起こせる可能性が高まることを表5は示しているとも思えます。

さらに、本論文ではイノベーションは下記の4つに分類できることが示されています。
1.プロダクト・イノベーション(新製品・新サービス)
2.プロセス・イノベーション(製品・サービスの生産・流通方法)
3.業務・組織イノベーション
4.マーケティング・イノベーション

営業秘密に関しては、技術情報と営業情報に分類されますが、上記のような4つに分類してもよいのではないでしょうか。すなわち、プロダクト情報、プロセス情報、業務・組織情報、マーケティング情報です。
私は常々、営業秘密を技術情報と営業情報とに分類することは難しいと思っていました。これは不正競争防止法2条6項にそのような定義されているためであり、このように技術情報と営業情報とに分類しないと法的保護を受けられないものではありません。
そこで、営業秘密をプロダクト情報、プロセス情報、業務・組織情報、マーケティング情報、とのように分けて考えるほうが、何を営業秘密とするかもイメージが持ちやすく、また、自社が保有している営業秘密の分類もし易いのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信