2018年12月3日月曜日

畜産業(和牛の海外流出)を営業秘密の考えで守れるか?

畜産に関して下記のような記事がありました。このようなニュースは、畜産だけでなく、農業関係でも近年取りざたされています。代表的なものでは、日本のイチゴの種苗が韓国に流出した事件でしょう。

和牛精液あわや国外へ 出国検査甘さ露呈 申告制、告発わずか 貴重な資源流出は打撃」日本農業新聞

しかしながら上記ニュースを読むと、知財の感覚からは少々違和感があります。
すなわち、和牛の精液は和牛の遺伝資源であり、和牛に関する知的財産といえるはずであるものの、これの国外流出を食い止めるために家畜伝染病予防法を適用しようとしていることです。

家畜伝染病予防法は、第1条によると「家畜の伝染性疾病(寄生虫病を含む。以下同じ。)の発生を予防し、及びまん延を防止することにより、畜産の振興を図ることを目的とする。」法律です。そもそも知的財産の国外流出を防止するための法律ではありません。

現状では遺伝資源に対する国外流出の水際阻止では、家畜伝染病予防法に頼らざる負えないのかもしれませんが、実際には記事にあるように自己申告制であったりすると、この法律で国外流出を食い止めることは難しいのでしょう。
また、動物検疫所が違反者に対して告発する場合が少ないことに対して、この記事では問題視していますが、そもそもこの法律は、上記のように家畜の伝染病の予防を目的としたものであり、知的財産(遺伝資源)の流出を防止するものではありません。そのため、遺伝資源を国外へ持ち出そうとした人に対して、家畜伝染病予防法の刑事罰を適用しようとすること自体に無理があるのではないでしょうか。

そうであるならば、他の法律で遺伝資源の流出を防止する必要があります。
もし、和牛精液のように有体物である遺伝情報を所有者に断りなく持ち出したのであれば、窃盗罪にあたるでしょう。
実際に、和牛精液の窃盗事件は過去に何度もあったようです。
従って、和牛精液の窃盗を防止するために施錠管理等は一般的に行われているようです。


また、このような問題は行政側でも検討されており、平成18年から19年にかけて検討会が開かれています。

参考:「家畜の遺伝資源の保護に関する検討会」農林水産省ホームページ

この検討会では、和牛の遺伝子特許の取得も提言されています。
しかしながら、特許で和牛精子の国外流出を食い止めることはできるでしょうか?
おそらく和牛精子を国外流出させる者は、売買・譲渡等によって特許権者から正当に和牛精液を手に入れた者だと考えられます。特許権に係る和牛精液を特許権者以外が自ら生成することは困難であろうと考えられるためですし、正当な入手でなければ窃盗です。
正当に取得した和牛精液であれば、これに係る特許権は消尽していると考えられ、取得した者は自由に使用し、国外へ持ち出して他者に譲渡することも特許法上は問題ないと考えられます。
また、正当に取得した和牛精液を持ち出した国外でも特許権を取得していたとしても、当該国外での法律にもよりますが、正当に取得した和牛精液であれば当該国外での使用も問題ない可能性が高いと考えられます。
このようなことから、特許権の取得は、遺伝資源の国外流出に対する有効的な対策とは言い難いと思えます。

であるならば、和牛精液の売買時に契約で国外流出を禁ずることを定めることも考えられます。これについては、上記検討会でも提言されています。
そして、この契約に秘密保持の条項も加えることはどうでしょうか。
すなわち、和牛精液自体を秘密保持の対象とし、営業秘密として管理するのです。
ちなみに、過去の判決ではコエンザイムQ10の生産菌(生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決))が営業秘密として認められているので、和牛精液も営業秘密とすることは問題ないでしょう。
また、売買契約において海外転売禁止と共に秘密保持の条項を加えることで、営業秘密でいうところの秘密管理性も満たすと考えられますし、有用性についても当然満たすでしょう。

一方、非公知性はどうでしょうか?
当該和牛精液を用いて誕生した和牛肉が流通すると、当該和牛肉のDNAを調べることが可能となります。現在では、DNAの調査は安価に可能ですから、流通している和牛肉のDNAは公知と考えられ、これにより当該和牛精液のDNAも行知となったとも解釈できるかもしれません。
しかしながら、和牛肉のDNAが判明したからといって、現在の技術では和牛肉から得たDNAの情報から和牛を生産することはできません。やはり、当該和牛精液が必要となります。であるならば、秘密管理の対象は和牛精液のDNA情報ではなく、和牛精液そのものであると考えられ、たとえ流通している和牛肉から当該DNA情報を取得できたとしても、未だ和牛精液そのものの非公知性は保たれているとも考えられないでしょうか?

そうであるならば、上記検討会でも述べているように、和牛精液の流通管理を徹底し、かつ営業秘密性を満たすように譲渡契約で定めることによって和牛精液の国外流出を抑制できる可能性があるかと思います。
特に、和牛精液を営業秘密とすることによって、これに違反した人は刑事罰が課されますし、実際に実刑となった人もいますので、抑止力としては強いかと思います。特に国外での使用目的であれば、十年以下の懲役、三千万円以下の罰金となります(不競法21条3項)。

ただし、既に流通している和牛精液に関しては、秘密管理性や非公知性が満たされていない等により営業秘密とすることはできないでしょう。
このため、このような和牛精液の国外流出に関しては、上記記事のように家畜伝染病予防法に頼らざる負えないのかもしれません。

なお、種子に関しては自家増殖原則禁止という種苗法の改正により、海外流出を食い止めようという流れがあるようです。

参考:
種苗法による自家増殖原則禁止の理解と誤解」 農ledge
第29回|農水知財 ~交配種(F1品種)の保護~」営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム

畜産に関する遺伝資源に対しても、これの国外流出を抑制するための法改正や新たな法律を作成することによって、国外流出を食い止めることを行った方がより確実と考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年11月27日火曜日

特許出願等を伴わない知財戦略を感じさせる2つの記事

非常に興味深い2つの記事がありました。
「"見て盗まれる技術は技術じゃない"の真意」プレジデントオンライン
「日立製作所笠戸事業所の大谷時博氏に黄綬褒章 熟練工の技、機械で」産経新聞

プレジデントオンラインの記事は、福井県鯖江市のメガネフレームメーカーの記事です。私の父の実家が鯖江市なので少々親近感があります。また、近年、中国等の海外製の影響によって鯖江市のメガネフレームの生産量が減少しているということも聞いたことがありました。このような状況は鯖江市のメガネフレームだけでなく、日本の製造業において少なからずある問題かと思います。

西村金属ホームページ
ペーパーグラスホームページ

このメーカーは、「設備は会社の機密情報」というそれまでの会社の考えを覆し、新しい社長が「HPには設備に加えて、同社が加工できる技術を大量に書き込み、検索エンジンで上位に来る」ようにした結果、メガネ以外の受注の増大に成功したというものです。

このように、ビジネス環境や今後のビジネス戦略に応じて、企業として秘匿化する情報、公開する情報を選択することが重要だと思いますし、これは特許出願等を伴わない知財戦略に当たるかと思います。
ここで、営業秘密は非公知性が要件の一つですので、一度公開すると基本的には非公知性が失われるため、営業秘密としての保護を受けることができなくなるでしょう。しかしながら、そこに捉われ過ぎて公開すべき情報を公開せずにビジネスチャンスを失うことになると本末転倒でしょう。


一方で、産経新聞の記事は、職人の技能を機械化したというものです。
これに関して、職人の技能は企業秘密でしょうか?もし、その技能が文章化や図案化により他者に認識可能なようにできないものであれば、少なくとも不競法でいうところの営業秘密として扱えないでしょう。すなわち、その技能が、訓練によって培われた職人の感覚に依存する部分が大きく、その職人が所属企業から退職すると失われるようなものは、実質的に企業が管理できていないものは、秘密管理もできないので営業秘密とはなり得ないかと思います。
このような職人の技能は、承継も難しく、しばらく前から日本の製造業で課題となっています。

産経新聞の記事における日立製作所では、その技能の機械化に成功し、その手法は企業秘密(営業秘密)としているようです。
これは、職人に帰属していた技能を、会社に帰属可能な知的財産にしたといえるのではないでしょうか。さらに機械化によって、製品の製造スピードも向上したようですので、まさに一石二鳥でしょう。

ここで、プレジデントンラインの記事には、新しい社長の言葉として「見て盗まれる技術など技術じゃない。大事なのは言語化できないノウハウであって、それは決してウェブには載らない。西村金属には他社には盗めないノウハウがある」とあります。この記事だけでは、その真意は十分には分かりませんが、確かに上述のように言語化が難しいノウハウ、すなわち、一部の職人にしかできない技術等はそれに含まれるでしょう。
しかしながら、産経新聞の記事にあるようにその中には言語化(機械化)が可能なノウハウがあるかと思います。
そして、それを企業の知的財産として認識し、管理・使用することが肝要かと思います。

さらに、弁理士は知的財産の専門家であると共に、技術を言語化する技能を有しています。弁理士自身が特許等の代理人という狭いビジネス領域に捉われなければ、このようなことを新たなビジネスチャンスにもできるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年11月21日水曜日

営業秘密侵害罪と司法取引

先日、日産のカルロス・ゴーン会長が逮捕されるという非常に大きなニュースがあり、その余波?で本ブログの記事「日産 営業秘密流出で取引先の元従業員を書類送検」へのアクセス数がいつもより増えているようです。増えているといっても若干ですが。おそらく、日産、逮捕等を含むキーワード検索で引っかかるのでしょう。

ところで、今回のゴーン氏の逮捕において司法取引もあったそうです。
日本における司法取引は三菱日立パワーシステムズ(MHPS)に続いて2回目です。
1回目、2回目共に企業が絡む事件であることが少々興味深いですね。
特にMHPSの事件は、外国公務員への贈賄という不正競争防止法違反に関するものでした。
そして、司法取引によって罪を逃れた側が、MHPSであったことからも物議を呼びました。

ここで、司法取引について少々調べてみました。
司法取引は事訴訟法第350条の2で規定されているようです。
そして、司法取引が可能な罪は、何でも良いのではなく、特定の罪だけのようです。
その罪は「刑事訴訟法第三百五十条の二第二項第三号の罪を定める政令」でも別途定められています。

この政令を確認すると、不正競争防止法だけでなく、特許法、実用新案法、意匠法、商標法、著作権法といった知的財産の侵害の罪に対しても司法取引が可能なようです。
とはいっても、特に特許法、実用新案法は侵害罪が適用される可能性は非常に低いかと思いますが。

また、不正競争防止法が含まれているため、当然、営業秘密侵害罪も司法取引の対象となり、営業秘密侵害罪については今後、司法取引が適用されることが十分に考えられるかと思います。
例えば、転職者が前職の営業秘密を持ち出し、転職先企業も転職者の前職企業の営業秘密であることを理解して営業秘密を使用した場合でしょうか。
なお、日本の司法取引では、「他人の刑事事件」についてのみ司法取引ができるため、自分の罪に対しては司法取引ができないとのことです。
したがって、上記の例では、転職者が転職先企業の犯罪(営業秘密侵害)を明らかにする、又は転職先企業が転職者の犯罪を明らかにする、という司法取引になるのでしょう。

例えば、下記刑事事件一覧では、自動包装機械事件がその対象になり得たかもしれません。この事件では、被告企業に転職してきた被告4名と共に被告企業も刑事罰を受けています。なお、司法取引は、平成28年6月から導入されているので、この事件が明るみに出たときには司法取引をおこなうことはできませんでした。


このように、営業秘密侵害罪に対しても司法取引が可能となっています。
このため、転職に伴う営業秘密の持ち出し及び転職先での開示・使用が刑事事件化した場合、転職者又は転職先企業が司法取引に応じる可能性があります。
すなわち、転職に伴う営業秘密侵害に関して、転職者と転職先企業とがお互いがお互いを守る可能性は低いのではないでしょうか。そして何れか一方のみが罪に問われる可能性もあるということは知識として知っておいてもいいかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信