2019年3月21日木曜日

ー判例紹介ー 営業秘密の有用性は誰を基準に判断するべきでしょうか?

営業秘密とする情報の有用性を判断する場合、有用性は誰を基準に判断するべきでしょうか?営業秘密の保有者でしょうか?それとも当該情報を入手した者(不正取得者)でしょうか?

そのようなことを判断していると思える裁判例がありました。
それは、平成26年8月20日名古屋地裁の判決(名古屋地方裁判所平成24年(わ)第843号)です。 この事件は民事事件でなく刑事事件であり、所謂ヤマザキマザック事件です。

この事件は、ヤマザキマザックの営業担当従業員(中国人)が営業秘密(工作機械の製造に利用される図面情報を記した各ファイル)を売却目的で取得し、知人を介して売却先を探したものです。そして、最高裁まで争ったものの、懲役2年(執行猶予4年)、罰金50万円、ハードディスク1個の没収という判決となっています。
なお、以下に紹介する有用性に対する判断は高裁(名古屋高等裁判所平成26年(う)第327号)でも地裁の判断に誤りはないとされています。

本事件の地裁において、被告人弁護人は「有用性を肯定するには,その情報が不正に第三者に取得されることにより,当該企業に被害が生ずる蓋然性が存することが必要である」と述べたうえで、本件営業秘密の有用性を否定するために以下のように主張しています。

---------------------------
本件工作機械の主軸を構成する部品には社外製品もあり,それらの部品の入手や主要部分の設置,稼働に不可欠な当該メーカーの協力を得ることは不可能であること,また,本件各ファイルに本件HD内の他のファイルを合わせても,全ては揃っておらず,組立の非常に難しい部品もあることなどから,本件各ファイルは,それだけでは模倣品の製作を容易にするものではなく,その流出によってq2に損害を与えるようなものでもないので,有用性はない
---------------------------

要するに、弁護人は、本件工作機械の図面情報が第三者の手に渡ったとしても、当該図面情報に基づいて本件工作機械を製作できずq2(ヤマザキマザック)に損害を与えることがないので、本件各ファイルには有用性はないと述べています。
すなわち、弁護人は、不正取得者である第三者を有用性の判断主体であると述べていると思われます。



このように、第三者にとって価値のない情報は営業秘密としての有用性がないという解釈もありそうな気がします。
しかしながら、やはりというか当然というか、そのような解釈は成り立たず、裁判所は以下のように判断しています。

---------------------------
本件各ファイルは,そこにq2が実験等のコストを掛けて得た高度な技術上のノウハウが含まれ,q2の事業活動にとってその競争力を高めるという効果を持つ有益な情報であるから,有用性の要件はそのことだけをもって充足され,そのような情報を不正に取得した者がそれを具体的にどのように利用できるかにかかわらないというべきである。弁護人の上記主張は失当である。
 --------------------------

なお、高裁では「情報を取得する第三者において当該情報を実際に役立てられるかどうかが判断の要素」とはならないと述べています。

このように、営業秘密の有用性はその保有者にとって有用であるか否かが判断基準となると考えられます。

しかしながら、裁判所は「q2の事業活動にとってその競争力を高めるという効果を持つ有益な情報」であるから、本件ファイルに有用性があるとも判断しています。すなわち、裏を返すと、競争力を高めるという効果を持たない情報には有用性がないとなります。
とうことは、営業秘密保有者がいかに自社にとって有用であるかを主張しても、それが客観的に見て競争力を高める効果を持たいのであれば、その有用性を否定されると考えられますし、実際に民事訴訟ではそのように判断された裁判例も多々あります。

すなわち、営業秘密としての有用性の判断の要素は、営業秘密保有者の経済的な競争力を高めることができるか否ということになりそうです。
例えば、技術情報であれば、営業秘密保有者が従来技術に比べて素晴らしい効果を有すると主張しても、客観的に見てそのような効果がない場合には「競争力を高める」ことにはならないために有用性はないという判断になるかと思われます。
そして、技術情報の有用性は図面やソースコード、具体的な製造方法のように、使用すると製品の製造に直結するような情報は有用性が認められやすい一方、より上位概念、換言すると抽象的な技術思想になり具体性が欠けるほどその有用性は認められ難い、すなわち特許における進歩性の判断と同様の判断になる傾向があると考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年3月14日木曜日

ー判例紹介ー プログラムに対する営業秘密侵害と著作権侵害について

プログラム(ソースコード)に対する不法行為として、原告が被告に対して営業秘密侵害と共に著作権侵害を提起した裁判例が複数存在します。なお、アルゴリズムについては、ソースコードとは異なり、著作権法10条3項3号にあるように著作物としては認められていません。
ここでは、営業秘密侵害と共に著作権侵害も争った裁判例のうち、字幕制作ソフトウェア事件(東京地裁平成30年11月29日判決 事件番号:東京地裁平成27年(ワ)16423号)を紹介したいと思います。

字幕制作ソフトウェア事件は、原告の従業員であったA又はBが原告の営業秘密である字幕制作ソフトウェア(原告ソフトウェア)を構成するソースコードプログラム(本件ソースコード)及びそのファイル「Template.mdb」を正当な権限なく原告から持ち出して被告会社に開示し、被告会社が本件ソースコード等を不正に取得又は使用したと原告が主張したものです。

本事件では、本件ソースコードのうち一つまたは複数のソースコードと被告ソフトウェアの複数のソースコードとを比較するために、300組のソースコードのペアについて、その一致点の有無等を鑑定人が判断し、共通性や類似性が疑われる個所を抽出しました。そして、鑑定人が、類似箇所について原告ソフトウェアを参照せずに被告らが独自に作成することが可能であるか否かにつき判断し、その結果に基づいて原告ソフトウェアの不正使用の有無が判断されました。
その結果、裁判所は、原告と被告のソースコードにおいて不自然な類似箇所が複数存在することをもって、被告による原告ソースコードの不正使用を認めました。


さらに字幕制作ソフトウェア事件では本件訴訟に先立って、著作権侵害訴訟(以下「先行訴訟」という。)が提起されています。この先行訴訟は、字幕制作ソフトウェア事件の原告が、被告ソフトウェアは原告の著作物であるプログラム(本件ソースコード)を複製又は翻案したもので原告の著作権を侵害するものであると主張したものです。

この先行訴訟では、一審(東京地裁平成25年(ワ)第18110号)で原告の請求が棄却されており、原告は同判決を不服として控訴(知財高裁平成27年(ネ)第10102号)しましたがこれも棄却されています。
具体的には、控訴審では「被控訴人プログラムが控訴人プログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピーしたことを推認させる事情は認められない。」として棄却しています。

一方、営業秘密侵害を争った字幕制作ソフトウェア事件では、上述のように、被告による本件ソースコードの不正使用が裁判所によって認められています。
このように著作権法違反を認めない一方で営業秘密侵害を認めた字幕制作ソフトウェア事件からは、営業秘密侵害における不正使用の範囲は著作権侵害の複製又は翻案の範囲よりも広い概念であると考えられます。

すなわち、著作権侵害を認められるためには「創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピー」した場合ですが、営業秘密の不正使用と認められるためには「ソースコードに不自然な類似性や共通性が見られる」ことで足り、ソースコードを営業秘密として管理していたならば、当該ソースコードに対する著作権侵害が認められなくても営業秘密侵害が認められる可能性があると考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年3月8日金曜日

NEXCO中日本入札情報漏えい事件

時々、過去の営業秘密流出事件をインターネットで調べるのですが、2016年にNEXCO中日本で入札情報の漏えい事件があったようです。
この事件は、報道でもあまり扱いが大きくなかったようです。しかしながら、NEXCO中日本は、公共性の高い企業であるためか、自社での検証を行い調査報告書で公表しています。これは、営業秘密の流出の事例として参考になるかと思います。

NEXCO中日本 「入札に係る不正行為に関する調査及び再発防止のための委員会」

本事件は、施工管理員として業務に従事していた業務委託先の社員(X社社員A)が、NEXCO中日本が発注した2件の工事の設計金額に関する情報(入札情報)を特定の工事会社の役員(Y社役員B)に漏えいし、この工事会社が当該2件の工事を落札したというものです。本事件は、刑事事件になっており、X社社員AとY社役員Bとは罰金100万円の略式命令が確定しています。

 本事件の特徴的なところは、自社からの入札情報の漏えいにもかかわらず、自社の社員が関与しておらず、当該入札情報の漏えい者及び当該入札情報を取得者もNEXCO中日本と取り引きのある企業の従業員又は役員であるということです。

そして、NEXCO中日本の調査報告書には、X社社員Aの動機として主として下記(1)~(3)が記載されています(調査報告書10~11ページ)。

(1)Y社には仕事上で何度も技術協力をしてもらい、そのおかげで施工管理員として鼻が高い思いをしていた。その積み重ねから、自分のできる範囲でY社に何かしてやりたいという気持ちが芽生えていた。
(2)Y社には他の業者には感じない協力会社としての友好的なものも感じており、少なからず儲かって欲しいと常日頃から思っていた。
(3)Y社が取ってくれることで施工管理業務がスムーズにいくと思っていたので、金額を教えてY社に取ってもらうのは、自分にとってもNEXCO中日本にとっても良いことだと考えてしまった。

この調査から、X社社員Aは入札情報の漏えいが不正競争防止法違反であり、犯罪行為であるとの認識は相当低いどころか、逆に良いことだと考えていたようです。

さらに、このX社社員Aは、どのような人物であったかということも調査報告書から想像できます。調査報告書の11ページに下記のような記載があります。
「X社社員Aは、X社が受注した施工管理業務の施工管理員として平成8 年から継続して横浜HSCで業務に従事しており、横浜HSCのNEXC O中日本の社員から頼られる存在であった。」
この記載から、X社社員Aは業務委託先の社員であるにもかかわらず、NEXCO中日本からの信頼は厚かったようです。だからこそ、X社社員Aは、入札情報も開示されていたのでしょう。


一方、Y社役員Bの動機はどうでしょうか。
(1)年初めに行う工事として是が非でも取りたい工事だった。
(2)(総合評価方式のもとでは)技術評価点が常に上位にいるとは限らないので、価格評価点で満点を取らなければ入札に勝てないと思い、どうしても工事価格は知りたかった。
(3)自分は営業マンとして概算金額を聞き出すことは営業の一つだと考えている。

上記(1),(2)は、NEXCO中日本からの発注を受ける立場としては当然の思いかと考えられます。
しかし、上記(3)はどうでしょうか。「概算金額=入札情報」のことであり、入札情報は秘密情報であることは、一般的に理解可能であると解されます。
すなわち、Y社役員Bは、入札情報という秘密情報を聞き出すことは営業活動の一つであると考えていることになります。そして、言うまでもなく、入札情報という秘密情報を不正に取得することは不正競争防止法違反となります。

このように、Y社役員Bは、民事的責任、刑事的責任を負う可能性のある行為を営業活動の一つであると捉えていたことになります。
本事件は、上述のように2016年の事件とのように近年発生した事件です。
このため、営業秘密に対する理解がなく、Y社役員Bのように未だに他社の営業秘密を取得することを正当であるとの考えを持っている人は少なからず存在すると思います。
まして、会社役員等の部下を持つ役職者がこのような考えを持っていたら非常に恐ろしいことかと思います。
部下は、役職者からの指示により他社の営業秘密を取得する可能性があるためです。これが発覚すると、この部下は刑事責任を追及される可能性、すなわち犯罪者になる可能性があります。また、役職者からの指示となると、この役職者も刑事責任を負い、会社ぐるみとのように判断されると会社も法人として刑事責任を負う可能性があります。
このように、企業の役職者等が不正競争防止法における営業秘密を十分に理解していないと、部下を犯罪者にし、当該部下の一生を台無しにする可能性があります。

さらに、調査報告書では、「第4 本件事件の問題点(事件発生の要因)」として、14ページに下記のことが記載されています。

「1 X社社員Aに施工管理業務契約の対象外の業務を実施させていたこと
 横浜HSC改良Ⅱにおいては、X社社員Aに対し、以下のような、本来同人 が実施すべき業務ではない業務を実施させていたことが明らかになった。その 結果、X社社員Aに事実上の権限と情報が集中することになり、情報漏えいを 誘発する大きな要因になったと考えられる。 」

X社社員Aが優秀な人物であったからこそ、契約対象外の業務まで実施させていたのだと想像できますが、やはり権限と情報の集中は情報漏えいという観点からはリスクを生じさせます。
情報管理のうえでは、当該情報を誰に開示するのか、そして、開示対象となる人物から当該情報が漏えいするリスクがあるのかを判断すべきです。
本事件では、X社社員AはNEXCO中日本の工事を受注する立場にあるY社役員Bとの接点があったわけですから、X社社員Aに入札情報を開示するべきでなかったことは容易に想像できます。

また、調査報告書では以下のことも指摘しています。

「3 施工管理業務に求められるコンプライアンス意識の欠如等
X社社員Aのコンプライアンス意識の欠如及びX社の社員教育の不徹底という問題点も一つの要因となっている。」 (17ページ)

私は結局これに帰結すると考えています。この調査報告書では、NEXCO中日本の管理下にあったX社社員Aに対することだけを述べていますが、実際にはY社役員Bもコンプライアンス意識の欠如及び教育の不徹底があったと考えられます。
すなわち、どのような企業も、従業員だけでなく社長を含む役員に、自社の営業秘密の不正な漏えいや他社の営業秘密の不正な取得は不正競争防止法違反となり得、民事的責任及び刑事的責任を負う可能性があることを十分に理解してもらい、このようなことが生じないようにするべきです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信