2019年4月11日木曜日

営業秘密に関する民事訴訟の受理件数推移

下記グラフは営業秘密に関する民事訴訟の受理件数の推移を示したグラフであり、作成者は私です。

このグラフは、判決が出された訴訟の受理件数であるため、和解に至った訴訟や取り下げ又は放棄された訴訟の件数は含まれていません。従って、実際の受理件数はこれよりも多いはずであるため、毎年の受理件数の実数を示したものではありませんが、訴訟件数のおおまかな推移は分かるかと思います。


このグラフは、判決が出された訴訟の受理件数であるため、判決が出ていない訴訟は当然カウントされていません。2016~2018年の一審の受理件数が少ない理由はこのためであり、これらの年、特に2017,2018年に受理された訴訟は未だその多くが判決にまで至っていないと考えられます。
しかしながら、大まかな傾向としては、一審の2013~2015年の受理件数とそれ以前の受理件数とから判断するに、営業秘密に関する訴訟件数は増加傾向にあるとも考えられます。

上記グラフのように判決ベースではあるものの営業秘密に関する訴訟の件数は多くて20件弱です。この件数をどのように見るかは人それぞれがと思いますが、下記に2017年の特許権侵害等の第一審新規受理件数を示します。この数は、この資料を参考にしています。
下記件数は、未だ判決に至っていないものや和解等に至った訴訟も含む件数です。そうすると、営業秘密に関する訴訟は実用新案権や意匠権の侵害訴訟の件数よりも多いですね。

特許権侵害:158件
実用新案権:5件
意匠権侵害:9件
商標権侵害:83件

また、営業秘密侵害訴訟において一審で原告の請求が認容(一部認容含む)された割合は、判決数を母数とすると約22%であり、原告の請求は認められ難いとも考えられます。
しかしながら、判決文を読むと、原告が営業秘密を特定できておらず営業秘密の三要件すら裁判所が判断していない訴訟も少なからずあります。これは営業秘密とは何であるかを原告側が理解していなかったとも思われ、今後営業秘密に対する理解が広まるとこのような訴訟が減り、勝訴率が高くなると思われます。

さらに、営業秘密に対する関心度は増加傾向にあるかと思います。それは刑事事件に関する統計からは明確に見て取れます。
・参考ブログ記事:営業秘密侵害の検挙件数統計データ
そうすると、当然民事事件の件数も今後増加する傾向に至るでしょうし、営業秘密に関する新たな知見を与える判決も多く出るようになるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年4月4日木曜日

元号が令和になりましたが、日本政府の秘密保持の意識は低すぎ・・・。

令和という新しい元号は事前に漏えいすることなく発表されました。
しかしながら、他の元号案については当面非公表としているにもかかわらず、既に漏えいされています。

毎日新聞4月2日「「英弘」「久化」「広至」「万和」「万保」 新元号原案の全6案判明」
KYODO4月1日「他の元号原案は非公表と菅官房長官」
JIJI.COM3月18日「新元号の考案者、当面非公表=政府、公文書には記録」

毎日新聞の報道によると「政府関係者」からとあります。
しかも、「考案者のプライバシーに配慮する」(上記JIJI.COM)ために非公表としたにもかかわらず、考案者と思われる人物の名前まで明かされてしまっています。政府は非公表とすることを考案者の方々に事前に伝えているでしょうし、それを自ら望む考案者の方もいるかもしれません。個人のプライバシーは配慮されてしかるべきにもかかわらず、政府関係者がそれを漏えいして新聞社が報道する、もうやりたい放題ですね。

このように日本政府から内部漏えいが生じていることは、既に巷で言われているように非常に恐ろしいことだと思います。 元号原案だけでなく、その他の秘密事項も漏えいされている可能性もあるのではないでしょうか。さらに、政府が非公表とした情報がたったの1日で漏えいされるという政府による情報管理の甘さは衝撃的です。


ここで、この元号原案が営業秘密となり得るのかを検討しますと、秘密管理性、非公知性は認められるでしょうが、有用性はどうでしょうか。
有用性は事業活動に有用と解されますが、元号原案は事業に用いるものとは解され難いと思われます。そうであるならば、元号原案は、有用性が認められず、営業秘密とは判断されないかもしれません。

もし、元号原案が営業秘密であるとしても、民事的保護は受けられるでしょうか?
民事的保護としては、日本政府が原告、漏えい者が被告となり、日本政府が差し止めや損害賠償を求めることになるのでしょう。しかしながら、元号原案は既に漏えいの結果、広く知れ渡っているために差し止めは意味を為さないでしょうし、日本政府に実質的な損害はないと考えられるので損害賠償も認められないでしょう。

では、刑事責任はどうでしょうか?ここで、木村 光江 著「営業秘密侵害罪と情報に対する刑事的保護について」法学会雑誌 59巻1号(2018年7月)の44頁の注釈11には以下のようにあります。

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営業秘密に関する刑事罰については,当初,すべて「不正の競争の目的」という主観的要件が必要とされていた。これは,不正な競争行為を目的とする場合に限る ことにより,内部告発や取材・報道活動が処罰対象から除外されることを明確にするためであると説明されている。経済産業省知的財産政策部会「不正競争防止法の 見直しの方向性について」(2015 年)10-11 頁,玉井克哉「営業秘密侵害罪における図利加害の目的」警察学論集68 巻12 号(2015 年)53 頁参照。」
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 このように、「報道」目的の漏えいは刑事罰の対象からは除外されるようなので、今回の件も、たとえ営業秘密と認められようとも刑事責任を負わせることは難しいかもしれません。

しかしながら、日本政府はこの漏えいさせた関係者を見つけ出し、他の法域を用いる等して何らかの処分は行うべきでしょう。
そうでないと、秘密情報は秘密としなくてもよいというような間違った認識を政府内に生じさせかねませんし、やはり処分を行うことがこのような事例に対する対応策の一つかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年3月29日金曜日

営業秘密の不正取得を上司から指示された事件

いつかこういう事件が起きるのではないかと思っていましたが、やはり起きました。

・本日の一部報道について(株式会社No.1 リリース)
・他社の顧客情報不正取得疑い No.1取締役ら書類送検 (日経新聞)
・同業他社の顧客リストを不正コピー、会社役員ら2人を書類送検(TBS NEWS)
・M&A交渉先の秘密を不正取得容疑、男2人を書類送検(朝日新聞)
・他社顧客リスト複製で書類送検=不正競争防止法違反容疑で上場会社常務ら-警視庁(JIJI.COM)

この事件は、さほど大きくは報道されていないようですが、上司の指示に部下が従ったら、それが営業秘密の不正取得であり、上司と共に部下が書類送検されたという事件です。

具体的には、株式会社No.1がM&Aの交渉相手に顧客情報の提出を要求し、秘密保持契約及びコピーの禁止を約束したうえで取得したものの、紙媒体で渡された当該顧客情報を常務の指示で総務部長がコピーしたというものです。そして、このM&Aは流れています。
すなわち、常務が犯罪行為を総務部長に指示し、総務部長が実行したということです。

この事件は会社員にとって非常に恐ろしいことだと思います。
例えば、転職時にそれまで前職企業の営業秘密を持ち出す行為は、自身が主体的になって行う行為であるため自身が責任を負うことは当然です。

しかしながら、この事件ではどうでしょうか?
営業秘密の不正取得が犯罪行為であることを理解していない上司から、営業秘密の不正取得を指示された部下はどうすればいいのでしょうか?当該部下が不正取得が犯罪行為であることを理解している場合には、上司を説得するしかないでしょう。
しかしながら、この説得に応じず、発覚しなければ良いという考えの上司であったら?

以前のブログ記事でも取り上げたNEXCO中日本入札情報漏えい事件におけるY社役員Bも、「営業マンとして概算金額を聞き出すことは営業の一つだと考えている。」と供述しています。すなわち、この社役員Bは本来秘密であるはずの入札金額の取得を犯罪行為でありながら容認していたと考えられます。

また、営業秘密の不正取得が犯罪行為であることを知らない会社員は相当数いると思われます。このような場合は、もうどうしようもありませんね。本事件もそうであった可能性が考えられます。

このような事態に陥らないように、企業は営業秘密の不正取得は犯罪行為であることを、従業員に対して十分に理解させる必要があります。当然、社長や役員等もこのことを理解する必要があり、間違っても部下に対して営業秘密の不正取得を指示することがないようにしなければなりません。
自身と共に部下の人生を本当の意味で台無しにします。


本事件では被告は容疑を認めているとも報道されていますが、被告の所属会社のリリースによると「顧客リストをデューデリジェンスの目的として 複製したことは事実でございますが、営業秘密を不正に利用する目的はなく、本件が不正競争防止法違反に該 当するものではない。」と主張しています。
この主張はどうでしょうか?
不競法21条には刑事罰について規定されており、「不正の利益を得る目的、又はその保有者に損害を与える目的」で営業秘密を不正に取得した者が刑事責任を負います。

本事件では、結果的にM&Aには至っておらず、被告は不正の利益を得ていないとも考えられます。また、M&Aに至った場合はそれはお互いに合意しているので不正の利益を得たともいえないでしょう。
一方、この顧客リストをM&Aとは関係なく、被告自身が新たな顧客獲得のために使用する目的でコピーしたのであれば、「不正の利益を得る目的」となります。
しかしながら、被告である取締役は「顧客の査定をしたかった。量が多く、データ化した方がいいと思った」とも供述していますし、上記リリースによると「デューデリジェンスの目的」のためにコピーしたとも主張しています。このように、M&Aのための「顧客の査定」目的であれば、「不正の利益を得る目的」にはあたらず、不競法違反とはならないかもしれません。

しかしながら、そうであったとしてもM&Aの交渉先企業との秘密保持契約には違反しており、このような報道がなされているので、企業としての信用は落ちることになるでしょう。

一方、M&Aの交渉先企業の秘密保持契約はどうでしょうか?
日経新聞の報道によると「口頭で内容を複製しないよう注意した上で、顧客情報などが記載された書類を取締役に渡した。」とあります。
秘匿すべき情報を相手方に渡す際に注意事項を口頭で伝えるということは不十分過ぎないでしょうか。
新たに情報を相手方に渡す場合には、その都度、秘密発保持契約を書面で交わすべきです。法的には口頭であっても契約は成り立つのかもしれませんが、口頭による約束では言った言わないの争いになるかもしれません。
また、秘密保持契約を書面で交わすことによって営業秘密を取得した相手方に対して、契約遵守の意識をより強く与えることができますし、契約締結時にその場に在籍していなかった他の従業員に対しても契約内容を認識させることができます。
「口頭」だけで秘密保持を注意することは、たとえ相手方と信頼関係があったとしても行うべきではないと認識するべきです?

弁理士による営業秘密関連情報の発信