2019年7月4日木曜日

ー判例紹介ー 営業秘密と認められなかった情報の使用は不法行為になるのか?

営業秘密の民事訴訟には様々な事例があります。
例えば、営業秘密と主張する情報を訴訟の相手が利用したとしても、営業秘密侵害とは判断されない場合もあります。その理由は、結局のところ営業秘密の3要件を満たしていないと裁判所が判断される場合が多いです。
では、営業秘密と認められなかった情報を使用したことを訴訟の相手が認めている場合、この使用は不法行為となり得るのでしょうか?

今回はそのような裁判例を紹介します。
この事件(大阪地裁平成30年 6月21日判決(平30(ネ)1745号))は、ニット製品の卸売業者である原告会社がニット製品の製造販売業者である被告に対し訴訟を提起した事件の反訴事件です。反訴事件であるために、一般的な営業秘密に関する訴訟とは異なり、被告が営業秘密の保有者であり、原告が被告の営業秘密を使用したとされる立場にあります。すなわち、本事件は、被告から開示されたニット製品の製造方法を原告が利用してニット製品を製造したとして、これが営業秘密の不正使用行為であると被告が主張しています。

この事件の経緯は以下のようなものです。被告が自ら製造する4つのニット製品(4の商品)を他社(訴外)に販売することを原告会社に委託した(準問屋契約の成立)にもかかわらず、被告がこれら商品を製造しなかったこというものです。
この原告会社は、被告との契約があるために、上記他社との間で原告会社が和紙糸を使用したニット製品を製造して上記他社に供給するという製造物供給契約を締結していました。
このため、原告会社は、自身で下請けにニット製品を製造させることになり、原告会社は、被告が商品を製造しなかったことにより積極損害を被ったなどとして、被告に対して損害賠償等を請求する本訴事件を提起しました。
一方、被告は、原告らが被告から開示を受けた本件製造方法の情報を使用したことにより損害を被ったなどとして、原告らに対して損害賠償金を支払請求に係る訴えを提起しました(本件反訴事件)。

なお、本判決文において「原告会社が下請けに製造させたニット製品は,被告が営業秘密であると主張する情報の一部と同じ内容の情報を利用して製造されたものであることは当事者間に争いがない」と記載されているように、原告会社は被告の情報を利用してニット製品を製造したようです。


しかしながら、被告が営業秘密であると主張する情報は、非公知性の喪失、秘密管理性は認められないとしてその営業秘密性は否定されました。従って、原告は被告の主張するような営業秘密の不正使用はなかったと裁判所は判断しています。

また、被告は「仮に本件製造方法の情報の営業秘密該当性が肯定されなかったとしても,原告らが本件製造方法の情報を利用してニット製品を製造したことは,これを利用してニット製品を製造してはならないという原告P1と被告との間の委託信任関係に背くものであるから,原告P1との関係では一般不法行為を構成する」のとののように主張しました。

これに対して、裁判所は、下記のように判断して一般不法行為も否定しました。
---------------------------
まず,原告P1と被告との間で,本件製造方法の情報を使用してニット製品を製造してはならないとの合意がされたことを認めるに足りる証拠はない。また,市場における競争は本来自由であるべきことに照らせば,不正競争行為に該当しない行為については,当該行為が,市場において利益を追求するという観点を離れて,殊更に相手方に損害を与えることのみを目的としてなされたような営業の自由の濫用と見るべき特段の事情が存在しない限り,一般不法行為を構成することはないというべきである。
この点,被告の主張は,結局のところ,原告P1が営業秘密の不正使用という不正競争行為をしたという点に帰着するものにすぎず,その主張を前提としても上記特段の事情があるとは認められない。したがって,原告らが本件製造方法の情報を利用してニット製品を製造したことが一般不法行為を構成するという被告の主張は採用できない。
---------------------------

このように、営業秘密ではないと判断された情報の他者の使用について一般不法行為が認められるためには、「市場において利益を追求するという観点を離れて,殊更に相手方に損害を与えることのみを目的としてなされたような営業の自由の濫用と見るべき特段の事情」を必要とします。

この「特段の事情」が具体的にはどのような事情であるかは、この判決からは不明ですが、想像するに相当ハードルの高い事情であるかと思います。それは当然のことであり、ハードルが低いのであれば、3つの要件を必要とする営業秘密に対する不法行為で提起する必要がなくなりますからね。

また、営業秘密と認められない場合であっても、秘密管理性が認められていたら、秘密保持義務違反を問うこともできるかと思いますが、本事件では秘密管理性が認められなかったためにそれも無理であったと考えられます。
なお、裁判所は「原告P1と被告との間で,本件製造方法の情報を使用してニット製品を製造してはならないとの合意がされたことを認めるに足りる証拠はない。」と判示しております。もし、原告と被告との間で、「本件製造方法の情報を使用してニット製品を製造してはならない」との合意がされていた場合には、上記特段の事情になるのかもしれません。

この判決からは理解できることは、他者に情報を開示する場合には他者が当該情報を許諾無く使用することも想定し、それを防ぐ対策を取る必要があることかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年6月27日木曜日

続報のない営業秘密侵害事件

営業秘密侵害事件(民事事件や刑事事件)は多く報道されますが、続報がない事件もあります。
訴訟や公判が進行しているものの、報道がないために知ることができないのか、訴訟や公判が全く進行していないのか?和解又は不起訴になったために、報道されることもなく終結しているのか?
民事事件は、判決が出ているものに関しては、判例データベースで検索すると結果を知ることができますが、刑事事件は基本的には報道でしかわかりません。

今回はそのような事件のうち、日本ペイントデータ流出事件を取り上げます。
この事件は、刑事事件と民事事件、両方で争われています。

参考:過去の営業秘密流出事件

本事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの営業秘密を持ち出し、菊水化学で開示・使用したとする事件であす。日本ペイントはこの元執行役員を刑事告訴(2016年)し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を提起(2017年)しています。
刑事事件としては、第1回公判が2018年12月に開かれ、被告である元日本ペイントの役員は、持ち出した情報は営業秘密に該当しないとして無罪を主張しているようです。

この事件は初公判から半年経過しますが、その後の公判がどのようになっているか報道もなく不明です。なお、被告は、持ち出した情報は特許公報等に記載されている内容であるため、非公知性がないと主張しているようなので、持ち出した情報が非公知性を満たしているかの判断に時間を要しているのでしょうか?
もし、そうだとすると、刑事事件において純粋な技術論(塗料に関する技術)が交わされることになるかと思うのですが、果たしてどうなるのでしょうか?


一方、民事事件についても、特に報道はありません。刑事事件の結果待ちでしょうか?
民事事件では、刑事事件の証拠資料を用いることも可能なようですので、刑事事件で被告が有罪となった場合には民事事件でも原告が有利になるでしょう。

ところで、菊水化学は日本ペイントの営業秘密の不正使用を否定しているもの、報道によると「事件を受け、菊水化学は住宅向け塗料など一部製品については昨年3月から販売を中止している。」(Sankei Biz 2017.7.15「日本ペイントが菊水化学を提訴」)とあります。

このことは、営業秘密の流入リスクを端的に表しています。
すなわち、自社への転職者が前職企業の営業秘密を持ち込んだ場合、当該営業秘密を使用した製品を自社で製造販売すると、前職企業から営業秘密の不正使用との疑いをかけられた場合に、当該製品の製造販売を中止する必要性に迫られる可能性があります。

多くの企業は、自社の営業秘密が他社に流出することを危惧しますが、このように他社の営業秘密が自社に流入するリスクも危惧する必要があります。

なお、もう一件、今後の経緯が非常に気になる刑事事件があるのですが、それはまた次の機会に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年6月20日木曜日

製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為

先日、公正取引委員会から「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」が公表されました。

・製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書の公表について(公正取引委員会)

これには、・ノウハウの開示を強要される ・名ばかりの共同研究を強いられる ・特許出願に干渉される ・知的財産権の無償譲渡を強要される 等の事例が報告されています。
具体的には、「(令和元年6月14日)製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書(概要)」において以下のような事例が挙げられています。

・1「片務的なNDA」
実例1:相手方の秘密は厳守する一方、自社の秘密は守られないという片務的なNDA契約を締結させられる。
・2「ノウハウの開示強要」
実例2:営業秘密のレシピを「商品カルテ」に記載させられた挙げ句に模倣品を製造され、取引を停止される。
 ・3「買いたたき」
実例3:金型設計図面等込みの発注になったにもかかわらず、対価は従来どおりに据え置かれる。
 ・4「技術指導の強要」
実例4:競合他社の工員に対して自 社の熟練工による技術指導 を無償で実施させられる。
・5「名ばかりの共同研究」
実例5:ほとんど自社で研究するのに、成果は取引先だけに無償で帰属するという名ばかりの共同研究開発契約を押し付けられる。
 ・6「出願に干渉」
実例6:取引と関係のない自社だけで生み出した発明等を出願する場合でも、内容を事前報告させられ、修正指示に応じさせられる 。
 ・7「知財の無償譲渡等」
実例7:特許権の1/2を無償譲渡させられる。
実例8:一方的に無償ライセンスさせられる。

ここで、-6「出願に干渉」ー以外は、営業秘密の不正使用とも考えられる行為が含まれるかと思います。裏を返すと、優越的地位の濫用行為は特許権(特許出願)等の権利取得に関するものよりも、より実態の見えにくい「ノウハウ」に対して行われ易いとも考えられます。


ここで、不正競争防止法2条1項4号では、以下のように規定されています。

---------------------------
不正競争防止法2条1項4号
窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「不正取得行為」という。)又は不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
---------------------------

上記条文で気になるところは「窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段」ですが、この解釈について経済産業省 知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法 平成30年11月29日施行版」の84ページに以下の様に記載されています。

---------------------------
「窃取,詐欺,強迫その他の不正の手段」の「窃取」「詐欺」「強迫」は、不正 の手段の例示として挙げたものであり、「その他の不正の手段」とは、窃盗罪や詐欺罪等の刑罰法規に該当するような行為だけでなく、社会通念上、これと同等の違法性を有すると判断される公序良俗に反する手段を用いる場合もこれに 含まれると解される。
---------------------------

上記下線で示されるように「窃取,詐欺,強迫その他の不正の手段」は刑罰法規に該当する行為だけが当てはまるわけではありません。
想像するに、例えば、取引会社が下請け会社に取り引き停止をチラつかせて、下請け会社に営業秘密を無理矢理に開示させることも含まれる可能性があるのではないでしょうか?
そうすると、この取引会社は独占禁止法だけでなく、不正競争防止法違反も問われることになるかと思います。

さらに、不正競争防止法違反における営業秘密領得の恐ろしいところは、営業秘密を不正に取得した取引先企業だけでなく、これに関与した取引先企業の従業員も責任を問われる可能性があると言うことです。
具体的には、上記のように取引会社が不正の手段によって下請け会社の営業秘密を取得した場合には、その営業秘密の取得に関与した取引会社の従業員が刑事告訴される可能性があります。
実際に、上司の命令に従い業務として行った行為が営業秘密領得に当たるとして書類送検された事例があります。

参考ブログ記事:営業秘密の不正取得を上司から指示された事件

このように、もしかしたら今までは“許されること”であった下請け会社に対する行為が今後は犯罪として扱われるかもしれません。そして、そのこと、具体的には営業秘密の不正取得は犯罪であることを明確に認識し、もし業務命令としてそのような行為を指示された場合にはハッキリと拒絶する必要があります。そうしないと、犯罪者になるかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信