2019年7月12日金曜日

ー判例紹介ー 営業秘密の知得ルートと不法行為との関係

前回紹介したニット製品事件(大阪地裁平成30年6月21日判決(平30(ネ)1745号))の続きです。前回は、営業秘密ではないとされた情報を他者が使用した場合に、一般不法行為と判断され得るかについて述べましたが、今回は営業秘密の知得ルートについてです。

なお、本事件は、ニット製品の卸売業者である原告会社がニット製品の製造販売業者である被告に対し訴訟を提起した事件(本訴事件)の反訴事件です。このため、被告が営業秘密の保有者であり、原告が被告の営業秘密を使用したとされる立場にあります。
そして、本事件は、被告から開示されたニット製品の製造方法(被告の営業秘密)を、原告が利用して下請けにニット製品を製造させたことが不正行為であると被告が主張しています。

ここで、被告が営業秘密であると主張する本件製造方法の情報は、下記①~③に大別できると裁判所は判断しています。
①使用する抄繊糸に関する情報
②編み方・洗い方・染め方といった具体的な製造工程に関する情報
③製造された製品の取扱方法に関する情報

このうち、①使用する抄繊糸に関する情報は、さらに下記のように細分化できると判断されています。
・「1 原糸」の「(1)メーカー」,「(2)商品名」,「(3)性能」
・「2 組成内容等」
・「3 撚糸」の「(1)撚糸企業」, 「(2)撚糸方法」,「(3)撚糸構成」
・「4 効果」

そして、裁判所は「1原糸」の「(3) 性能」、「2組成内容等」(原糸を除く)及び「4 効果」の情報について、被告が製造した和紙混ニット製品の商品下げ札に表示されている組成内容及び性能であるとして、非公知性を欠くと判断しました。
また、「3撚糸」の「(2) 撚糸方法」及び「(3) 撚糸構成」の情報のうち、「(2) 撚糸方法」の情報について、裁判所は、一般的な撚糸の方法であるところ、撚糸企業において被告が製造した和紙混ニット製品を分析すれば、その製品が「(2) 撚糸方法」の撚糸方法により、「(3) 撚糸構成」の撚糸構成をとったものであることが判明すると認められる(証人被告専務41ページ)ため、非公知性を欠くと判断しました。

次に、「1原糸」の「(1) メーカー」及び「(2) 商品名」並びに「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」の情報についてです。
まず、当事者間に争いのない事実として、下記①、②があります。
①原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品には、同情報のうち「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」のものを用いて「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものが使用されていること。
②和紙糸を調達したのが、被告が上記和紙糸を開発する際に「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」の存在を教えたP4が取締役を務めるイシハラであること。

また、イシハラのP4は、和紙糸が「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものであるという情報も知っていたと認められ、原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品に用いた糸はイシハラに調達を依頼したものであると認められています。

このような事実から裁判所は下記のように判断しました。
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原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品に,イシハラが調達した「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」のものを用いて「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものが使用されているからといって,原告会社において,被告から示された上記情報が使用されたとは認められない。したがって,仮に,上記情報に営業秘密該当性が認められたとしても,その不正使用行為があったとは認められない。
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本事件の原告会社、被告、イシハラ、原告会社の下請けにおける情報や和紙糸の流れを図案化すると下記のようになります。
図のように、イシハラから原告会社と被告とに同じ情報が渡されています。そして、原告会社は、和紙糸をイシハラを通じて下請けに供給し、この和紙糸を使用して下請けにニット製品を製造させています。
従って、被告が営業秘密と主張する情報は、原告会社も被告以外から知得しており、このことをもって裁判所は「原告会社において,被告から示された上記情報が使用されたとは認められない。」と判断しています。

以上のことから、他者の営業秘密を当該他社から開示されたとしても、別のルートで同じ情報を知得した場合には、当該情報を使用しても不競法違反とはならないという理解になるでしょう。

ここで、本事件では営業秘密を被告から原告企業へ開示するにあたり、秘密保持契約(NDA)を締結していた事実は認められませんでした。

営業秘密を他者に開示する場合には秘密保持契約は必須ですが、秘密保持契約は何のために行うのでしょうか?
当然、その目的は、営業秘密を第三者に開示したり、目的外使用を防ぐことにありますが、秘密保持の対象が何であるかを明確にすることで、事後の紛争を回避することにあるかと思います。

ここで、一般的な秘密保持契約では、秘密保持の対象外として下記のような条項を設けるかと思います。

① 開示を受けたときに既に保有していた情報
② 開示を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
③ 開示を受けた後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出した 情報
④ 開示を受けたときに既に公知であった情報
⑤ 開示を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報

参考:秘密情報の保護ハンドブック 参考資料2 各種契約書等の参考例

本事件では、被告が営業秘密であると主張する情報を、被告も原告会社も同一人物(同一会社)から取得していたようですので、上記例外の①又は②、③に該当するのではないでしょうか?
もし、適切な秘密保持契約を互いに締結していたならば、当該営業秘密が秘密保持の対象外であることが互いに理解でき、不要の争い(訴訟)を避けれたのではないかと思います。
弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年7月4日木曜日

ー判例紹介ー 営業秘密と認められなかった情報の使用は不法行為になるのか?

営業秘密の民事訴訟には様々な事例があります。
例えば、営業秘密と主張する情報を訴訟の相手が利用したとしても、営業秘密侵害とは判断されない場合もあります。その理由は、結局のところ営業秘密の3要件を満たしていないと裁判所が判断される場合が多いです。
では、営業秘密と認められなかった情報を使用したことを訴訟の相手が認めている場合、この使用は不法行為となり得るのでしょうか?

今回はそのような裁判例を紹介します。
この事件(大阪地裁平成30年 6月21日判決(平30(ネ)1745号))は、ニット製品の卸売業者である原告会社がニット製品の製造販売業者である被告に対し訴訟を提起した事件の反訴事件です。反訴事件であるために、一般的な営業秘密に関する訴訟とは異なり、被告が営業秘密の保有者であり、原告が被告の営業秘密を使用したとされる立場にあります。すなわち、本事件は、被告から開示されたニット製品の製造方法を原告が利用してニット製品を製造したとして、これが営業秘密の不正使用行為であると被告が主張しています。

この事件の経緯は以下のようなものです。被告が自ら製造する4つのニット製品(4の商品)を他社(訴外)に販売することを原告会社に委託した(準問屋契約の成立)にもかかわらず、被告がこれら商品を製造しなかったこというものです。
この原告会社は、被告との契約があるために、上記他社との間で原告会社が和紙糸を使用したニット製品を製造して上記他社に供給するという製造物供給契約を締結していました。
このため、原告会社は、自身で下請けにニット製品を製造させることになり、原告会社は、被告が商品を製造しなかったことにより積極損害を被ったなどとして、被告に対して損害賠償等を請求する本訴事件を提起しました。
一方、被告は、原告らが被告から開示を受けた本件製造方法の情報を使用したことにより損害を被ったなどとして、原告らに対して損害賠償金を支払請求に係る訴えを提起しました(本件反訴事件)。

なお、本判決文において「原告会社が下請けに製造させたニット製品は,被告が営業秘密であると主張する情報の一部と同じ内容の情報を利用して製造されたものであることは当事者間に争いがない」と記載されているように、原告会社は被告の情報を利用してニット製品を製造したようです。


しかしながら、被告が営業秘密であると主張する情報は、非公知性の喪失、秘密管理性は認められないとしてその営業秘密性は否定されました。従って、原告は被告の主張するような営業秘密の不正使用はなかったと裁判所は判断しています。

また、被告は「仮に本件製造方法の情報の営業秘密該当性が肯定されなかったとしても,原告らが本件製造方法の情報を利用してニット製品を製造したことは,これを利用してニット製品を製造してはならないという原告P1と被告との間の委託信任関係に背くものであるから,原告P1との関係では一般不法行為を構成する」のとののように主張しました。

これに対して、裁判所は、下記のように判断して一般不法行為も否定しました。
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まず,原告P1と被告との間で,本件製造方法の情報を使用してニット製品を製造してはならないとの合意がされたことを認めるに足りる証拠はない。また,市場における競争は本来自由であるべきことに照らせば,不正競争行為に該当しない行為については,当該行為が,市場において利益を追求するという観点を離れて,殊更に相手方に損害を与えることのみを目的としてなされたような営業の自由の濫用と見るべき特段の事情が存在しない限り,一般不法行為を構成することはないというべきである。
この点,被告の主張は,結局のところ,原告P1が営業秘密の不正使用という不正競争行為をしたという点に帰着するものにすぎず,その主張を前提としても上記特段の事情があるとは認められない。したがって,原告らが本件製造方法の情報を利用してニット製品を製造したことが一般不法行為を構成するという被告の主張は採用できない。
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このように、営業秘密ではないと判断された情報の他者の使用について一般不法行為が認められるためには、「市場において利益を追求するという観点を離れて,殊更に相手方に損害を与えることのみを目的としてなされたような営業の自由の濫用と見るべき特段の事情」を必要とします。

この「特段の事情」が具体的にはどのような事情であるかは、この判決からは不明ですが、想像するに相当ハードルの高い事情であるかと思います。それは当然のことであり、ハードルが低いのであれば、3つの要件を必要とする営業秘密に対する不法行為で提起する必要がなくなりますからね。

また、営業秘密と認められない場合であっても、秘密管理性が認められていたら、秘密保持義務違反を問うこともできるかと思いますが、本事件では秘密管理性が認められなかったためにそれも無理であったと考えられます。
なお、裁判所は「原告P1と被告との間で,本件製造方法の情報を使用してニット製品を製造してはならないとの合意がされたことを認めるに足りる証拠はない。」と判示しております。もし、原告と被告との間で、「本件製造方法の情報を使用してニット製品を製造してはならない」との合意がされていた場合には、上記特段の事情になるのかもしれません。

この判決からは理解できることは、他者に情報を開示する場合には他者が当該情報を許諾無く使用することも想定し、それを防ぐ対策を取る必要があることかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年6月27日木曜日

続報のない営業秘密侵害事件

営業秘密侵害事件(民事事件や刑事事件)は多く報道されますが、続報がない事件もあります。
訴訟や公判が進行しているものの、報道がないために知ることができないのか、訴訟や公判が全く進行していないのか?和解又は不起訴になったために、報道されることもなく終結しているのか?
民事事件は、判決が出ているものに関しては、判例データベースで検索すると結果を知ることができますが、刑事事件は基本的には報道でしかわかりません。

今回はそのような事件のうち、日本ペイントデータ流出事件を取り上げます。
この事件は、刑事事件と民事事件、両方で争われています。

参考:過去の営業秘密流出事件

本事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの営業秘密を持ち出し、菊水化学で開示・使用したとする事件であす。日本ペイントはこの元執行役員を刑事告訴(2016年)し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を提起(2017年)しています。
刑事事件としては、第1回公判が2018年12月に開かれ、被告である元日本ペイントの役員は、持ち出した情報は営業秘密に該当しないとして無罪を主張しているようです。

この事件は初公判から半年経過しますが、その後の公判がどのようになっているか報道もなく不明です。なお、被告は、持ち出した情報は特許公報等に記載されている内容であるため、非公知性がないと主張しているようなので、持ち出した情報が非公知性を満たしているかの判断に時間を要しているのでしょうか?
もし、そうだとすると、刑事事件において純粋な技術論(塗料に関する技術)が交わされることになるかと思うのですが、果たしてどうなるのでしょうか?


一方、民事事件についても、特に報道はありません。刑事事件の結果待ちでしょうか?
民事事件では、刑事事件の証拠資料を用いることも可能なようですので、刑事事件で被告が有罪となった場合には民事事件でも原告が有利になるでしょう。

ところで、菊水化学は日本ペイントの営業秘密の不正使用を否定しているもの、報道によると「事件を受け、菊水化学は住宅向け塗料など一部製品については昨年3月から販売を中止している。」(Sankei Biz 2017.7.15「日本ペイントが菊水化学を提訴」)とあります。

このことは、営業秘密の流入リスクを端的に表しています。
すなわち、自社への転職者が前職企業の営業秘密を持ち込んだ場合、当該営業秘密を使用した製品を自社で製造販売すると、前職企業から営業秘密の不正使用との疑いをかけられた場合に、当該製品の製造販売を中止する必要性に迫られる可能性があります。

多くの企業は、自社の営業秘密が他社に流出することを危惧しますが、このように他社の営業秘密が自社に流入するリスクも危惧する必要があります。

なお、もう一件、今後の経緯が非常に気になる刑事事件があるのですが、それはまた次の機会に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信