2020年1月25日土曜日

オープンイノベーションや他社等との共同研究・開発のリスク

一昔前までは、知財戦略と言えば、単に特許出願することを指していたかもしれません。
しかしながら、今の時代、技術開発において自社開発だけでなく、オープン・クローズ戦略、オープンイノベーション、産学連携、異業種連携等、様々な形態・選択肢が考えられ、さらに、他社の特許出願戦略も考慮して、敢えて権利化せずに公知化することや秘匿化することを深く考える必要があるでしょう。

ここで、オープンイノベーションや産学連携等の共同研究・開発等では、他社等に自社の技術を積極的に開示したり、共同研究・開発により共有となる技術情報が現れます。このとき必ず相手方と交わされるものが秘密保持契約でしょう。
では、情報を開示する相手方や共同研究・開発先と秘密保持契約を締結すれば、自社が秘匿したい情報は守れるのでしょうか?

当然ながら、決してそのようなことはなく、相手方が不注意又は意図して秘密保持義務のある情報を開示や使用した利する可能性があります。
また、共同研究・開発の相手方が大学等の研究機関であれば、論文や学会発表等により、積極的に公開することを希望するでしょう。そのような相手に対して、秘密保持契約を締結しようとしても、秘密保持期限等で合意が難しく、うまくいかないことは容易に想像できます。


さらに、海外の企業や研究機関との共同研究・開発等を行う場合も今後多くなるでしょう。 その相手方によっては「秘密」という概念が希薄な国もありますし、公的な研究機関を装っていても、その国の軍と密接な関係を有している機関もあるようです。 そのような相手方に秘密保持義務を課したところで意味はあるのでしょうか?

このように、秘密保持契約を締結したからと言って安心できるものでは決してなく、相手方と情報を共有したのであれば、その情報は漏えいする可能性は確実にあります。そのため秘密保持契約は、情報漏えいを抑制するに過ぎないと考えます。

すなわち、本当に秘密するべき情報は、他社等に開示や共有するべきではありません。
そもそも自社が秘密にしたい技術についての共同研究・開発等は行うべきではないでしょうし、共同研究・開発等をする対象も技術漏えいが生じても許容できる範囲内とするべきです。

従って、共同研究・開発等は、秘匿すべき情報が漏えいするリスクを許容できる範囲内で行うべき、すなわち、共同研究等がビジネスにもたらす利益と情報漏洩がもたらす不利益とを天秤にかけて判断するべきでしょう。

また、基礎技術開発であれば、その基礎技術までは共同研究・開発したとしても、その後の、ビジネスに直結する応用技術に関しては自社開発(独自開発)で行う、というような選択も当然にあります。
さらに、最終的に欲しい技術が複数の技術を統合したものであれば、この複数の技術を別々の相手方と共同研究・開発、又はこの一部を共同研究・開発し、これらを統合した最終的な技術は自社開発するということも考えられるでしょう。

このように、本当に秘匿化するべき技術は、他社に漏洩しないことを第一として、共同研究・開発等を推進するべきかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年1月17日金曜日

誤った秘密管理、先使用権の準備は営業秘密の秘密管理でもあるか?

情報を秘密管理する場合に、どのような形態で秘密管理すればよいのでしょうか。
 一般的には、デジタルデータや紙媒体に情報を記載して、それを秘密管理します。
 しかしながら、必ずしもそのような形態で秘密管理しないといけないわけではありません。
 一方で、裁判において、本来秘密としたい情報とは異なる物を秘密管理したとしても、当然に当該情報の秘密管理性は認められません。

 知財高裁令和元年10月9日判決(令和元年(ネ)10037号)はそのような判決です。
 本事件の原告は、鍵の販売・取付け・修理等を業とする株式会社です。また、被告会社は、ウェブ広告、鍵の修理・交換を業とする株式会社であり、被告Aは被告会社の代表取締役であり、被告B及び被告Cは原告の元従業員です。
 本事件において原告は、鍵を解錠するために用いる特殊工具であるグンマジの開錠方法に関する情報及びグンマジの構造・部材に関する情報が営業秘密であると主張しています。

 そして、原告は、住宅用グンマジのうち鍵の学校に置いてあるものは金庫で保管し、各錠前技師が所持するものは各自のロッカーで保管して毎日数を確認し、各錠前技師に配布されないものについても各支店で厳重に管理していたことを主張しました。
しかしながら、この主張に対して裁判所は、「このことは,工具であるグンマジの物理的な管理方法をいうにすぎず,「営業秘密」に該当するか否かが検討されるべき本件情報の管理態様をいうものではない」とのように判断しました。

確かに、原告の主張は、グンマジの管理方法であり、グンマジの開錠方法やグンマジの構造・部材に関する情報ではありません。このため、グンマジの管理方法を当該営業秘密の秘密管理性を示すものであるとして主張することは適当ではないでしょう。


この判決は分かり易いのですが、次の例ではいかがでしょうか。
技術情報を営業秘密とする場合、度々、特許制度でいうところの先使用権も考慮に入れる場合が多いかと思います。そして、技術情報を営業秘密とする場合、万が一のために先使用権主張の準備を行う企業も多いかと思います。

先使用権主張の準備としては、証拠資料をファイル等にまとめ、公証人役場で確定日付の公証を得て封をすることがあるかと思います。このように封をされたファイルには営業秘密とする技術情報に関する資料も含まれているでしょう。
では、このようなファイルは、当該営業秘密に対する秘密管理といえるのでしょうか?

私は、これは秘密管理とは言えないと思います。その理由は、この管理は先使用権主張のための管理であり、営業秘密そのものの管理ではないからです。
また、封をしたファイルは、その中を確認できないので、どのような情報が記載されているのかを確認できません。どのような情報が営業秘密であるのか予見できないため、秘密管理しているとは言えないでしょう。

従って、営業秘密とする技術情報は、先使用権主張の準備とはことなる形態で秘密管理する必要があります。このように、技術情報を営業秘密とする場合において、先使用権の準備は秘密管理とは異なることを認識する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年1月11日土曜日

マル秘マークを付した文書ファイルの秘密管理性について

複数ページからなる文書ファイルの表紙等にマル秘マークを付すことにより、秘密管理を行う場合は多々あるかと思います。
しかしながら、マル秘マーク付けたとしても、その秘密管理性が認められなかった裁判例があります。

その一つは、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決 平成26年(ネ)10059等)です。
本事件では、原告の元従業員が被告であり、原告はアルゴリズム及びソースコードが営業秘密であると主張しました。
このうち、原告アルゴリズムはハンドブックに記載されており、本件ハンドブックには表紙中央部に「CONFIDENTIAL」と大きく印字され、各ページの上部欄外には「【社外秘】」と小さく印字されていました。
しかしながら、裁判所はこの本件ハンドブックに記載された原告アルゴリズムの秘密管理性を認めませんでした。

知財高裁では以下のように判断しています。
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本件ハンドブックは、被控訴人の研究開発部開発課が、営業担当者向けに、顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため、携帯用として作成したものであること、接触角の解析方法として、θ/2法や接線法は、公知の原理であるところ、被控訴人においては、画像処理パラメータを公開することにより、試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っていたことが認められ、これらの事実に照らせば、プログラムのソースコードの記述を離れた原告アルゴリズム自体が、被控訴人において、秘密として管理されていたものということはできない。
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なお、この判断は、一審裁判所における判断のほうが分かり易いかもしれません。
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原告アルゴリズムについては,本件ハンドブックにおいて,どの部分が秘密であるかを具体的に特定しない態様で記載されていたことなどからして,営業担当者が,営業活動に際して,本件ハンドブックのどの部分の記載内容が秘密であるかを認識することが困難であったと考えられるのであって,このことからしても,秘密として管理されていたと認めることはできない。
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このように、本事件では、マル秘マークが付された本件ハンドブックに本件アルゴリズムが記載されていたものの、本件ハンドブックの使用状態から本件アルゴリズムの秘密管理性が認められないという判断がされました。また、本件ハンドブックの全体及び各頁にマル秘の表示を行っていたことから、真に秘密としたい情報が何であるかの認識可能性が滅却してたとも考えられます。


次に挙げる裁判例は、サロン顧客名簿事件(知財高裁令和元年8月7日判決 平成31年(ネ)10016号)です。 この事件では、エクステサロンを営む控訴人(原告)の元従業員である被控訴人(被告)が控訴人を退職後に同市内のまつげエクステサロンで就労し、控訴人の営業秘密に当たる控訴人の顧客2名の施術履歴を取得したと主張しました。

そして、原告は、その秘密管理性として、原告店舗において顧客カルテが入っているファイルの背表紙にマル秘マークを付して、室内に防犯カメラも設置したと主張しました。

しかしながら、裁判所は、原告における顧客カルテの管理体制について以下のように判断し、施術履歴の秘密管理性を認めませんでした。
・顧客カルテは従業員であれば誰でも閲覧することができた。
・顧客カルテが入っているファイルの保管の際に施錠等の措置はとられていなかった。
・施術履歴の用紙にマル秘マークが付されていたかは明らかではない。
・他に、施術履歴についての管理体制を裏付ける的確な証拠はない。

さらに、裁判所は、以下のように、SNSを利用した社内での情報共有の在り方も秘密管理性を否定するものとしています。
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控訴人の一支店から他の支店に顧客を紹介することがあり,その際には,顧客に施術するなどの営業上の必要から,支店間で情報を共有するため,顧客カルテを撮影し,その画像を,私用のスマートフォンのLINEアプリを用いて従業員間で共有する取扱いが日常的に行われていた(弁論の全趣旨)。LINEアプリにより画像を共有すれば,サーバーに画像が保存されるほか,私用スマートフォンの端末にも画像が保存されるものであり,顧客カルテについての上記取扱いは,顧客カルテが秘密として管理されていなかったことを示すものといえる。
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このように、サロン顧客名簿事件でも、原告が営業秘密であると主張する情報(顧客の施術履歴)が記載されているファイル(顧客カルテ)の管理体制に基づいて、当該情報の秘密管理性を認めませんでした。

これらの裁判例から、マル秘マークが付されたファイル等であっても、その管理体制や使用態様によっては、その中に記載の情報に対する秘密管理性が認められない可能性があります。また、多くの情報が混在したファイルにおいて、その一部の情報が営業秘密であったとしても、その秘密管理性が認められない可能性も生じえます。
このため、企業は、営業秘密とする情報に対して、マル秘マーク等を付すといった外形的な秘密管理だけでなく、秘密管理性が失われないように日々の管理状態や使用状態等にも気を付ける必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信