2020年4月24日金曜日

特許-研究開発費の推移グラフ(更新)

このブログの統計資料として挙げている日本国内の特許ー研究開発費の推移グラフの令和元年(2019年)の特許出願件数について更新しました。

皆さんご存じの通り、日本国内の特許出願件数は右肩下がりです。
令和元年の出願件数は、は前年(平成30年、2018年)よりも約6、000件少ない、約308、000件でした。
そして、コロナウィルスの影響により、年間の日本特許出願件数が30万件を下回ることも確定でしょう。

コロナウィルスによる経済的な打撃はリーマンショック以上といわれています。
特許出願件数に与えるリーマンショックの影響は、平成20年と平成21年の差から分かります。平成20年には391、000件であった出願件数が、平成21年では約349,000件まで減少しています。約11%の減少です。

コロナウィルスによる経済活動の縮小が何時まで続くかは誰にもわかりませんが、リーマンショックによる減少幅を参考にすると、今年は270,000件程度まで国内の特許出願件数が減少するかもしれませんね。

当然、日本の企業等における研究開発費も減少するでしょう。
しかしながら、今年又は来年にはコロナウィルスも撃退され、景気も回復し、企業の研究開発費も上昇に転じるでしょう。
ところが、リーマンショック以降を見ると、研究開発費は戻ったにもかかわらず、特許出願件数は戻るどころか右肩下がりです。
この理由は、特に大企業においてリーマンショックによるコスト削減の一環として特許出願数の削減が行われたわけですが、結局、特許出願は“コスト”の側面が大きく、目に見えるリターンが得られ難いため、リーマンショック前の出願件数に戻すという意識が全体として働かなかったのではないかと思います。
すなわち、特許出願を多量に行っていた企業の一部は、リーマンショックによって特許出願というコストの削減に成功したとも思えます。
これと同じことが再び起こるかもしれません。つまり、コロナウィルス撃退後も特許出願件数は上昇せずに、右肩下がりを続けるということです。

特許出願を行わないとすると、どうしても技術情報の秘匿化に進むのではないかと思ってしまいます。一方で、どのような技術を特許出願とするのかという選択も重要となるでしょう。すなわち、特許出願と秘匿化との正しい選択がより求められるのではないでしょうか?もしかしたら、コロナウィルスを切っ掛けにそのような考えが急激に進むかもしれません。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年4月18日土曜日

ー判例紹介ー 新日鉄営業秘密流出事件の知財高裁判決

新日鉄(現日本製鉄)からの電磁鋼板に関する技術情報の流出事件の知財高裁判決(知財高裁令和2年1月31日判決 令和元年(ネ)10044号)です。

本事件は、地裁判決において、電磁鋼板の技術情報を韓国のPOSCOに不正に開示したとして、新日鉄の元従業員に対する約10億円の損害賠償請求が認められた事件です。
結論から言いますと、元従業員による控訴は棄却されました。

知財高裁の判決文は地裁もそうでしたが黒塗り箇所が非常に多く、詳細な内容は判然としませんが、控訴人である元従業員の主な主張としては、控訴人は電磁鋼板の技術情報を漏えいしていないというものと、技術情報が非公知性を有していないということのようです。

まず、元従業員が漏えいそのものをしていないという主張については、元従業員が様々な証拠をあげたようですが(黒塗りが多く詳細は不明です。)、裁判所はそれを認めませんでした。
なお、少々参考になるかなと思われることとしては、下記のような裁判所の判断がありました。
「控訴人が挙げるA作成の陳述書(乙4,12),B作成の陳述書(乙5)及びC作成の陳述書(乙6)中には,控訴人が本件技術情報のPOSCOへの不正開示行為を行っているところを見たことはない旨などが記載されているが,他方で,控訴人が本件技術情報の不正開示行為を行った事実を否定する具体的な事情の記載はないから,上記各陳述書は●●●●●●●●●●●●●●●●を揺るがすものではない。」
詳細は不明ですが、おそらく控訴人は、元同僚と思われるA,Bによる「控訴人が本件技術情報のPOSCOへの不正開示行為を行っているところを見たことはない」との趣旨が記載された陳述書も提出したようです。しかしながら、流石にこれだけでは、原判決を覆すことはできず、裁判所は「控訴人が本件技術情報の不正開示行為を行った事実を否定する具体的な事情の記載はない」として控訴人の主張を認めませんでした。



一方、電磁鋼板の技術情報に対する非公知性喪失の主張ですが、控訴人は多くの公知文献を挙げて非公知性の主張を行いました。これは、特許でいうところの新規性の争いと同様でしょうが、やはり黒塗りの箇所がほとんどであり、当然ながら電磁鋼板の技術情報の詳細もわからないため、裁判所の判断の適否を検討することもできません。

そのような中でも裁判所は、下記のようにも判断しています。
「本件技術情報は,電磁鋼板の生産現場で採用されている具体的条件を含むものであり,乙11記載の公知文献等に記載されている研究開発段階の製造条件とは,技術的位置付けが異なる。また,乙11記載の公知文献等に記載されている製造条件は,文献毎にばらつきがあったり,一定の数値範囲を記載するにとどまるものである。そして,電磁鋼板は多段階工程で製造され,高品質の電磁鋼板を製造するためには,各工程の最適条件の組合せが必要とされるのであって,一工程の一条件のみでは高品質の電磁鋼板を製造することはできない
したがって,乙11記載の公知文献等に本件技術情報の具体的な条件を含む記載があるというだけでは,生産現場で実際に採用されている具体的な条件を推知することはできず,非公知性は失われていないというべきである。 」

上記のうち「技術的位置付けが異なる」とは具体的にどのようなことであるかは不明ですが、想像するに乙11の公知文献には、電磁鋼板の製造条件と同様の条件が記載されていおり、その当該条件が乙11と電磁鋼板の製造とでは作用効果が異なるということなのかもしれません。
また、「乙11記載の公知文献等に記載されている製造条件は,文献毎にばらつきがあったり,一定の数値範囲を記載するにとどまるものである。・・・高品質の電磁鋼板を製造するためには,各工程の最適条件の組合せが必要とされるのであって,一工程の一条件のみでは高品質の電磁鋼板を製造することはできない。」との裁判所の判断からは、公知文献に一部の条件が記載されているとしても、「最適条件の組合せ」の非公知性を否定するものではないということが分かります。当然といえば、それまでですが、営業秘密の非公知性を否定するのであれば、全く同一の情報が記載されている公知文献等が必要でしょう。

本事件は、知財業界でもよく知られた事件でありますが、黒塗り箇所が非常に多く内容が判然としません。営業秘密侵害事件なので、必然的に黒塗り部分が多くなるのは必然ですが、非公知性や有用性に対しては裁判所がどのような技術的な判断をしたのかをやはり知りたいところです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年4月11日土曜日

会社等の組織としての営業秘密侵害

営業秘密侵害の典型例として、顧客情報や技術情報を転職時に持ち出すパターンや、顧客情報等を他社に販売するために持ち出すパターンがあります。
このうち、顧客情報の販売目的は近年減少傾向にある一方、転職時に営業秘密を持ち出すパターンが多くなっていると感じます。

さらに、営業秘密侵害が組織的(複数人の関与)に行われる場合が散見されます。
具体的には、自動包装機械事件があります。 この事件は、被害企業の元従業員4人が競合他社へ営業秘密(自動包装機の設計図)を持ち出して転職したものであり、転職先の競合他社も組織的に関与したとして、1,400万円の罰金刑となっています。

また、NEXCO中日本入札情報漏洩事件は、NEXCO中日本の業務委託先の社員が、NEXCO中日本が発注した2件の工事の設計金額に関する情報を特定の工事会社に漏えいし、この工事会社が当該2件の工事を落札したというものであり、この業務委託先の社員と工事会社の役員が罰金100万円の略式命令を受けています。

さらに、先日、N国党の党首が起訴された事件は、NHKの徴収員の端末装置の画面に表示された顧客名簿を撮影することで当該顧客名簿を不正取得したというものですが、この党首と共に徴収員も当該顧客名簿を不正に開示したとして起訴されています。これも組織的な営業秘密侵害事件といえるでしょう。

このように、もしかしたら、一昔前は見逃されていた可能性もある行為(特に自動包装機械事件やNEXCO中日本入札情報漏洩事件)も、営業秘密侵害という刑事事件に発展する可能性が高くなっていると思われます。


ここで、今後起きそうな組織的ともいえる事件は、転職の採用面接時に起こり得ることです。すなわち、転職者希望者に対して在籍中の企業(又は退職した企業)の営業秘密を面接時に聞き出す行為です。

例えば、面接担当者が転職希望者に対して内定を期待させつつ営業秘密を聞き出す等したものの、結局、内定を出さずに不採用とした場合には、この面接担当者が不競法2条1項4号で民事的責任を、21条1項1号で刑事的責任を負う可能性があるかもしれません。
そして、このような行為は面接を行った企業の責任も問われる可能性も当然あるでしょう。
このような事件は未だ日本ではありませんが、韓国企業間の営業秘密侵害事件では面接時に技術情報を聞き出そうとしたという主張がなされているものもあります。

このように、今後、日本でも雇用の流動性が確実に高まるなか、採用面接時にしてよい質問には十分に配慮する必要があるでしょう。
特に、技術者の採用に当たっては開発部門等の社員が面接担当者となる可能性も高く、そのような面接担当者が転職希望者に対して技術的な質問を行い、不必要に転職希望者の現所属企業の営業秘密を聞き出す可能性も十分に考えられます。
また、当該営業秘密を聞き出した後に、自社製品の開発業務に使用しないとも限りません。
そして、当該転職希望者を採用せず、当該転職希望者もその後転職しないままとなった場合、何かしらの理由により、採用面接時に営業秘密を聞き出されたことを所属企業に話すかもしれません。その結果、この所属企業が面接を行った企業に対して、何らかなアクションを起こす可能性も考えられます。

今後このような事件が起きないとも限りません。このため、企業は、面接担当者に他社の営業秘密を聞き出すような質問等を行うことがないように、十分に注意を促すべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信