2020年6月25日木曜日

特許庁発表の「経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】」

先日、特許庁から「経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】」が発表されました。
200ページ近い中々のボリュームで、国内外の大手企業の知財戦略が紹介されています。

その中で、当然、営業秘密やノウハウに触れた内容もあります。
医薬品等のメーカーであるSanofi S.A.では、特許出願による公知化リスクを強く意識しており、特に製造工程に関わる発明の営業秘密化の判断を積極的に行っているようです。
さらに医薬品の製造工程は、その認可機関への申請時に書類として記載・提出されるために秘匿性が失われるので、どの時点まで秘匿化するのか、どの時点で特許出願するのかも協議しています。
特に、特許出願の時期については、早すぎると製品化後の存続期間が短くなるため、投資回収が十分にできないという状況になってしまうために、特許出願を急ぎすぎないようにしているとのこと。当然、この特許出願を行うまでは、その発明は営業秘密として扱われるのでしょう。

まさに、このような知財戦略は、発明の秘匿化と特許化とを意識した教科書的な手法と言えるでしょう。しかしながら、ここまで秘匿化と特許化とを意識している企業は、製薬メーカー以外には多くないのかもしれません。

また、ブリヂストンでは、バリューチェーンで蓄積されているナリッジやノウハウを抽出して、開示リスト等で可視化しているようです。
これは、なかなか大変なことであろうと思います。
私は、特許出願のメリットの一つに、その管理のし易さがあると思っています。すなわち、J-Platpatによって特許出願を行政が管理してくれいているというメリットです。これにより、たとえ、自社での特許の管理体制が甘くても、自社がどのような発明を特許出願しているのかインターネットで分かり、そのステイタスもほぼリアルタイムで分かります。さらに、自社の外国出願ですらEspacenetで分かってしまいます。

一方、ノウハウ管理は、なかなか大変だと思います。当たり前ですが、行政がノウハウ管理してくれるわけもなく、自社で管理しなければなりません。そして、企業規模が大きくなればなるほど、ノウハウの量も多くなり、それを分類し、アクセス権限も設定し、システム上で閲覧可能とすることは手間と資金を必要とするでしょう。
発明(技術)の営業秘密化は、特許出願よりもコスト削減につながるというような話も聞きますが私は決してそんなことはなく、企業規模が大きくなるほど、システム構築等の手間と費用を考慮すると、営業秘密化の方がコストを要するのではないかとさえ思います。


また、本田技研は、ノウハウの技術流出を防止するために、知財部門がノウハウ管理を行っているようです。これは、ライセンスを意識してとのこと。
実は、知財部門がノウハウを管理している企業は多くないように思います。では、どこでノウハウを管理しているかというと、例えば技術開発部等という企業も多いのではないでしょうか。
そして、知財部では技術開発部が一体どのようなノウハウを秘密として管理しているのかを把握していないという企業もあるかと思います。企業規模が大きくなると、異なる技術開発部で同様の研究開発を行っている場合もあります。そのような場合に、技術開発部ごとにノウハウ管理をし、それを知財部が把握していないと、同様の技術についてある技術開発部では秘匿化している一方、他の技術開発部では特許化すなわち公知化しているという事態に陥りかねません。
そのような事態を避けるためにも、やはり秘匿化するノウハウは技術開発部で管理すると共に知財部でも集約して管理することがベストでしょう。

このように、この事例集はいろいろ参考になることが多く書かれていると思います。
最近、特許化と秘匿化との両輪による知財戦略(知財戦術)はどのようなものか?と考えていたりもするので、しっかり読み込んでみたいですね。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年6月18日木曜日

新興企業やフリーランスの保護のための提言

先日、「新興企業の知的財産権保護を 大手による無断活用防止―自民提言案」とのニュースがありました。
これは、昨年、公正取引委員会がまとめた「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」を受けてのものだと思われます。
あらためて、この実態調査報告書を読むと、取引先が優越的地位を濫用して営業秘密やノウハウを取得する実態が書かれています。


ここで、営業秘密を取引先に開示する場合には、秘密保持契約を締結することが必須ですが、取引先が秘密保持契約の締結を拒んだり、片務的な秘密保持契約の締結を強要されたり、と様々です。

このような実態調査報告書には記載がないものの、営業秘密の裁判例からあり得そうな例を一つ。
まず秘密保持契約には秘密保持の対象から除外する情報を定めた規定が設けられることが一般的です。たとえば、以下のようなものです。(参照:【参考資料】秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上にむけて~

① 開示を受け又は知得したときに既に保有していた情報
② 開示を受け又は知得した後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報③ 開示を受け又は知得した後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出した情報
④ 開示を受け又は知得したときに既に公知であった情報 
⑤ 開示を受け又は知得した後、自己の責めに帰さない事由により公知となった情報

そして営業秘密の裁判例として、攪拌造粒機事件(大阪地裁平成24年12月6日判決 事件番号:平成23年(ワ)第2283号) や皮膚バリア粘着プレート事件(東京地裁令和2年3月19日判決 事件番号:平成20年(ワ)23860号) では、原告が営業秘密であると主張した情報が公知であった(上記④)と裁判所によって認定され、その営業秘密性及び被告が当該情報の使用したとしても秘密保持契約違反ではないと判断されました。

すなわち、たとえ、秘密保持契約を締結して開示された情報であっても、公知の情報であれば開示先に秘密保持義務はなく、取引先(開示先)は自由に使用してもよいということです。これは、このような除外規定が設けられた秘密保持契約を締結すると当然のことだと思われます。


しかしながら、そもそも、公知の情報とは何でしょうか?
この「公知」の判断は、特許で言うところの「新規性」の判断とも類似していると思われ、案外難しいかもしれません。
開示した営業秘密と全く同じ情報が記載された資料を取引先が提示した場合には、自社の営業秘密が公知となっていることを認めざる負えません。
しかしながら、全く同じではなく若干違う資料を提示した場合にはどうでしょうか?若干違うものの、当業者であれば同じ解釈できると主張された場合にはどうでしょうか?
また、複数の資料を提示され、この複数の資料の組合せが開示した営業秘密と同じであると主張された場合にはどうでしょうか?

ここで、技術情報は特許公開公報、論文、及びインターネット上の情報等様々なものが溢れかえっています。自社が営業秘密と考えている情報も、特許検索等により調査(先行技術調査)すると全く同じでなくても同様の資料が見つかるかもしれません。
取引先は、開示された営業秘密を自由に使用することを目的として、先行技術調査によって開示された営業秘密を公知であると主張する可能性もあるでしょう。

公知であるか否か微妙な場合には、口先による説明力の問題です。
これがうまい人は、実際には公知でなくても、公知であると説明できるでしょう。こういうことがうまい職種は、やはり弁理士や技術系の弁護士、企業の知財部の人達でしょう。
そして、大企業になるほど、これらの人を使うことができます。一方で、中小企業やベンチャーになるほど、これらの人との繋がりが薄い傾向にあるでしょう。
そうすると、中小、ベンチャー企業は秘密保持契約を締結して営業秘密を大企業に開示しても、その後、除外規定を持ち出されて自由に使用されるリスクがあります。一方で、公知であることの主張は、優越的地位の濫用とは認められないでしょう。

では、このような事態に陥った場合にはどうするべきでしょうか?
そのためには、まず「公知」とはどのようなことを指すのかを理解する必要があります。
そして、開示先が上記のようなことを主張した場合に、対応可能な人物を予め見つけておくことも必要でしょう。
昨今、オープンイノベーションという言葉も広く浸透し、自社の営業秘密を他社に開示する場面もあるでしょう。そのとき、秘密保持契約を締結したからと言って必ずしも安心できるものではありません。開示した営業秘密が取引先に目的外で使用されることもある程度想定して、秘密保持契約を締結する必要があります。そして、開示先が不当と思われる要求をしてきた場合には、営業秘密の開示を行わない、そもそもの取引を行わない、という決断も必要ではないでしょうか。

ところで、この提言は自民党の競争政策調査会は行い、記事には「明らか」になったとありますが、ネットを探しても自民党のホームページを探しても見つからない。
せっかく良い提言を行っているのだから、積極的に公開するべきでしょう。
IT、IT、言うのであれば、まずはこういうところからも行うべきでは?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年6月11日木曜日

各国の特許出願件数の推移、果たして日本は本当にダメなのか?

近年、中国の技術力は明らかに高まっていることは、誰しもが認識していることです。
そして、昨年は、中国のPCT出願件数が米国を向いて世界一になったことが話題になりました。一方で、日本は中国にPCT出願件数で負け、世界3位に転落し、技術力も低下している、とのようにネガティブな捉えられ方をしています。
果たして、それは本当なのでしょうか?

まず、図1は、国別の国内特許出願件数です。いわゆる5庁である米国、欧州、日本、韓国、中国における国内特許出願件数を比較しています。

図1

皆さんご存じのように、中国の特許出願件数が著しく増加しています。
ただし、これは中国政府等による手厚い助成の効果もあり、特許出願される技術の内容はまさに玉石混合でしょう。とはいえ、中国の技術力の高まりを否定できるものではありません。


図2は、米国、日本、韓国、欧州における出願件数の増減が分かり易いように、図1から中国を除いたものです。

図2

2010年を基準とすると、米国、韓国は増加傾向にあり、欧州も微増です。一方、他国とは異なり日本だけが出願件数が減少傾向にあります。これだけを見ると、日本は特許出願できるレベルでの技術開発力が低下しているとも考えられるでしょう。

次に図3は、PCT出願件数の各国推移です。

図3
資料:GLOBAL NOTE 出典:WIPO

PCT出願件数も中国の増加が著しく、2017年には日本を抜き、2019年には世界一位となっています。なお、中国では、PCT出願にも助成がありますので、それを考慮に入れる必要はあるかと思いますが。
しかしながら、国内特許出願とは違い、日本もPCT出願は増加傾向にあります。韓国も増加傾向です。一方、米国は、2010年を基準とすると、増加していますが近年では横ばいです。2019年に韓国に追いつかれたドイツは横ばいです。

そして図4は、2010年を基準としたPCT出願増加率です。増加率が著しい中国は除いています。

図4

図4からは、韓国の増加率が増加が顕著に表れ、2019年には2010年の2倍となっています。しかしながら、日本の増加率も高く、2019年には2010年の1.6倍を超えています。一方、米国は2019年では2010年の1.3倍ですが、ここ5年は横ばいです。
このペースでPCT出願件数が推移すると、数年後には日本は米国を抜くことになります。韓国のPCT出願件数は2019年において日本の半分以下なので、この増加率が続いたとしても日本を抜くにはしばらく時間がかかりそうです。

ここで、PCT出願は、この後、複数国に移行するものであり、国内出願だけを行う場合に比べて数倍の資金が必要となります。このため、各企業は、PCT出願を行うか否かを精査します。すなわち、一般的に、PCT出願される発明はより進歩性(技術レベル)の高い、又は他国へのビジネス展開も視野に入れた重要な発明といえるでしょう。そうすると、国内出願に比べて、PCT出願件数は各国の技術力をより表しているとも考えられます。

そして、上述のようなPCT出願件数の推移からすると、日本は決して技術力が低下しているとは言えないでしょう。逆に日本の技術力は、益々上昇しているとも考えられるのではないでしょうか。
今後、中国における特許出願の助成が縮小又は終了となると、中国の特許出願件数は国内出願と共にPCT出願も減少するでしょうから、もしかすると、近い将来にはPCT出願件数は日本が世界一になるかもしれません。

このように、PCT特許出願件数の見方を少し変えただけで、日本の技術力が低下していることはなく、逆に上昇し続けており、世界一が視野に入っているレベルにあるとも言えます。

また、他国と日本の異なる点は、日本は国内特許出願件数が減少し続けているという点です。日本企業によるPCT出願は、そのほとんどが日本の国内特許出願を基礎としていることを鑑みると(近年は直接PCT出願する企業も増えていますが多数ではないでしょう)、PCT出願件数も減少傾向となるとも思われますが、そうはなっていません。もし、日本の国内特許出願件数が減少していなければ、今頃、既に日本がPCT出願件数で世界一となっているかもしれません。

日本の国内特許出願件数の減少は、企業が発明の進歩性の判断を厳しく行っていることと、秘匿化が進んでいることにあると思います。技術の秘匿化は、特許のように公開されるものではないため、企業が優れた技術を秘匿化していれば、他社に追いつかれる要素が減り、当該企業の優位性を保ち続ける可能性がります。それが端的に表れている技術分野が、材料系なのでしょう。そのような選択を行っている企業が日本には多いのかもしれません。

そして、日本企業の国内特許出願件数が減少している一方、PCT出願が増加しているという他国にない特徴を鑑みると、日本企業は他国に比較して技術の特許化と秘匿化とをメリハリを利かせて積極的に選択している可能性が有るのではないかとすら思います。当然、企業が秘匿化している技術内容や数は分かりようがありませんので、多分にバイアスがかかった考えではありますが・・・。

以上のように、PCT出願件数からは、中国の技術力上昇は認められるとしても、日本の技術力が低下しているとは言い難いでしょう。逆に、日本の技術力の上昇度合いは、米国と比べて相対的に高いともいえるのではないでしょうか。
とはいえ、特許出願件数は国の技術力を示す指標の一つでしかなく、秘匿化している技術を反映している指標でもありません。また、技術分野毎に状況は異なっているでしょう。そうすると、特許出願件数だけで日本の技術力を推し量ろうとすること自体にさほど意味がないとも思えますし、そもそも特許出願件数を増やすことを目的とすることにも意味のあるものとは思えません。

さらに特許出願件数が企業の収益力を示しているものでもなく、巷で日本の技術力が低下していると言わしめる理由は別にあるのでしょう。個人的には、日本は技術力が低下していることもなければ、ダメになったわけでもなく、伸びしろが小さくなり高止まりしているのではないかと思いますが。

弁理士による営業秘密関連情報の発信