2020年8月30日日曜日

自社技術の公知性管理

自社技術の公知性管理、分かるような分からないタイトルです。
何を言いたいかといいますと、自社技術は何が公知となっているか、換言すると営業秘密でいうところの非公知性を保っている自社技術は何かを正確に把握することです。

案外これを正確に把握している企業は多くはないのでしょうか?
その理由は、自社製品のリバースエンジニアリングによって、自社技術の何が公知となっているかを判断することは難しいと思われるからです。

ここで、特許出願を行う場合、製品化により新規性が失われるので製品化の前に特許出願を行うことが一般的です。そして、特許出願から一年半後に特許公開公報という形で特許出願に係る技術情報は公知となので、特許出願では自社技術の何が公知となっているかは一目瞭然です。

では、営業秘密として管理されている技術情報はどうでしょうか?
営業秘密として管理している技術情報が公知となったか否かも、主に当該技術情報を用いた製品の販売の有無に依存します。このため、自社製品のリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の判断基準の理解が必要不可欠となります。


この技術情報の非公知性判断を誤ると、既に公知となっている技術情報であるにもかかわらず、そのような技術情報を秘密であると扱い、その後の判断を誤る可能性が有ります。

例えば、秘密保持契約を締結して他社に開示した技術情報(ノウハウ)です。既に非公知性を失っているにも関わらず、非公知性を有していると誤って判断して開示し、当該技術情報を当該他社が目的外利用したとして裁判を提起した挙句に敗訴してしまうとか・・・。

また、逆の場合もあるでしょう。
本来、営業秘密としての非公知性を喪失していないにもかかわらず、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性を喪失していると誤った判断を行い、秘密保持契約を締結しないままに当該技術情報を開示してしまうとか・・・。

私は2年前に「リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断と自社製品の営業秘密管理の考察」という形で、リバースエンジニアリングによる非公知性喪失をまとめました。そこで分かったきたことは、機械構造に関する技術情報は自社製品のリバースエンジニアリングにより非公知性が喪失していると判断され易いことです。その理由は「計測すれば比較的簡易にわかる」とうことです。

また、合金の組成に関しても分析により非公知性が喪失していると判断された裁判例がありました。しかしながら、物質の組成に関する裁判所の非公知性判断は未だ多くはありません。このため、どのような物質の組成が製品化のリバースエンジニアリングにより非公知性を喪失するか否かは、裁判所の判断からは一律には分かりません。
そうすると、やはり自社でその判断を行う必要があるでしょう。少ない裁判例を拠り所とするものの、当該物質に対する分析手法を理解し、その分析手法によって非公知性を喪失しているといえるか否かを判断する必要があるでしょう。

そして、その結果に応じて当該技術情報を営業秘密として管理するか否か?それとも製品化の前に特許出願をするのか?あるいは、敢えて自由技術化して他社の使用を促して市場拡大を目指すのか?何が適切な技術情報管理であるか考えどころです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年8月23日日曜日

営業秘密の特定について 特許庁オープンイノベーションポータルサイトから

特許庁がオープンイノベーションポータルサイトを開設しました。
このオープンイノベーションポータルサイトでは、オープンイノベーションを行うにあたり必要な各種契約書のモデルを開示しています。
このモデル契約書は、オープンイノベーションによってノウハウ(営業秘密)を相手方に開示する場合等に参考になるかと思います。このブログでもオープンイノベーションについて取り上げることが有りますが、オープンイノベーションに限らず、取引先に営業秘密を開示することによって、開示先が営業秘密の目的外使用等を行い、裁判に発展することがあります。そのようなことを未然に防ぐためにも、営業秘密の開示先となる相手方との契約書は大変重要になります。

ここで、営業秘密を開示するために相手方と秘密保持契約を締結する際には、秘密保持の対象とする技術を特定する必要があります。秘密保持の対象を特定しないまま、相手方に営業秘密を開示すると、開示した内容のうちどれが秘密保持の対象であるかを相手方が認識できない可能性が有ります。そうすると、当該営業秘密を相手方が目的外使用したとしても、秘密保持の対象が特定されていないことにより、不法行為とは認められない可能性があります。
このため、秘密保持の対象を特定することは非常に重要です。なお、秘密保持の対象を特定することは、取引先だけでなく従業員に対しても需要なことであり、営業秘密管理の基本といえるでしょう。

この点について、モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)の10ページには以下のような記載があります。
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秘密保持契約締結前に自社が保有していた秘密情報のうち特に重要なものだけでも秘密保持契約の別紙において明確に定めておくことが考えられる。
 ・ これにより、自社の重要な情報を確実に秘密情報として特定できるとともに、上記リスクを回避することができる。なお、秘密保持契約の別紙において定義をする際には、弁理士に対して、特許請求の範囲を記載する要領で作成を依頼することも考えられよう。
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上記下線で示したように、営業秘密を特許請求の範囲を記載する要領で作成することが推奨されています。今までも、営業秘密を特定する場合には、特許請求の範囲のような記載が提案されていましたが、行政による推奨は初めてではないでしょうか。また、その作成を弁理士に依頼することまで言及しています。これは、弁理士の仕事の幅を広げることになるので、我々にとっては好ましい一言でしょう。


「特許請求の範囲」を記載する要領とはいえ、やはり営業秘密を特定するにあたっては3要件を理解する必要があります。
このうち、「秘密管理性」については他社への営業秘密の開示であるので、秘密保持契約がその役割を担うことになるので、営業秘密の特定という点ではさほど強く意識することはないでしょう。一方、「有用性」と「非公知性」については技術情報を営業秘密とする上では、意識する必要があるかと思います。

まず、有用性に関しては、有用性が満たされる程度に技術情報を特定する必要があります。すなわち、あまりにも漠然とした技術情報で営業秘密を特定すると、その有用性に疑義が生じます。特に、その構成から有用性、換言すると効果が理解し難い化学等の分野では、技術情報をどのように特定するかが重要になるかと思います。

また、製品が販売されることによって、それまで営業秘密であった技術情報の「非公知性」が失われることになるかもしれません。すなわち、当該製品のリバースエンジニアリングによって当該技術情報の非公知性が失われる可能性があります。このため、製品化によって非公知性が失われる技術情報と、製品化しても非公知性が失われない技術情報は分けて特定するほうがいいでしょう。
その理由は、一般的な秘密保持契約において、秘密保持の対象となる情報は公知となるとその対象から外れるためです。このモデル契約書にも下記のような条項があり、下記⑤がそれにあたるでしょう。

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2前項の定めにかかわらず、受領者が書面によってその根拠を立証できる場合 に限り、以下の情報は秘密情報の対象外とするものとする。 
① 開示等を受けたときに既に保有していた情報 
② 開示等を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した 情報 
③ 開示等を受けた後、相手方から開示等を受けた情報に関係なく独自に取得 し、または創出した情報 
④ 開示等を受けたときに既に公知であった情報 
⑤ 開示等を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報
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もし、非公知性が失われた技術情報と非公知性が失われていない技術情報とを同じ項目で混在させて特定した場合、当該項目が秘密保持の対象となったか否かが不明確となり、トラブルの元になる可能性があります。このため、営業秘密とする技術情報が、製品化により公知となるか否かの把握は重要な作業であると考えます。

オープンイノベーションは、自社にない技術や自社だけでは開拓できない市場を手に入れるチャンスであるため、今後、より高い事業効率を求めるために広まることは間違いないでしょう。
しかしながら、自社の営業秘密(ノウハウ)の相手方への開示は高いリスクを伴う行為です。そのようなリスクをいかに低減するのか、また、営業秘密として守ることができる技術情報と守ることができない技術情報を明確にするためにも営業秘密の特定は重要な作業となります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年8月14日金曜日

秘密特許制度の創設と中国による知財取得

先日、日本の特許法に秘密特許制度を加える法改正案の報道がありました。
知財業界では話題になっています。
過去には日本の特許法にも秘密特許制度はありましたが、戦後になくなっています。

秘密特許制度に関して、最近の報道では下記のものがあり、概略はこの報道で分かるかと思います。

まあ、このブログでも述べているように、特許出願は必ず公開されるものですので、軍事技術の公開リスクを秘密特許で特許で軽減しようというものです。他社(他国)の公開公報を閲覧して新たな技術を学ぶこと、これは中国に限らず日本企業等どこでもやっており、違法でも何でもありません。
ただ、日本の多くの企業は軍事技術の開発も行っており、軍事技術に関する特許出願も多数行われています。このような特許出願は、当然、技術的に新しいものですので、換言すると他国は最先端の軍事技術をしかも無料で学べることになります。
このような背景があるにもかかわらず、日本は今まで何もしないという、平和で素晴らしい国でした。すごく今更感のある動きですが、今後も何もしないというよりもましでしょう。

また、この秘密特許の動きと共に、機密情報を取り扱うための信用保証制度の創設の動きもあります。

これらの動きは、中国を強く意識しているものであり、現在のトランプ政権化における中国に対する知財保護に呼応するものなのでしょう。



ところで、中国には「国家情報法」という法律があることを皆さんはご存じでしょうか?
これは、2017年に制定されたものであり、第7条には「いかなる組織及び個人も、法に基づき国の情報活動に協力し、国の情報活動に関する秘密を守る義務を有し、国は、情報活動に協力した組織及び個人を保護する。」とあります。

要するに、中国共産党の指示に応じて、中国企業及び中国人は情報活動を行わなければならない、という法律のようです。これは、中国国外の中国企業及び中国人にも適用されるという中国以外の諸外国の理解のようです(中国企業であるファーウェイは否定しています)。

このような中国の法律もあり、米トランプ政権は中国に対して強い危機感を持っているのでしょう。
特にファーウェイは5Gの通信機器で世界を席巻しようとしています。そして、ファーウェイは自社の通信機器を介して情報の取得が可能であると考えられます。このことは国の安全保障に関する問題でもあり、だからこそ、米トランプ政権はファーウェイ排除を行っています。単に経済的な問題ではありません。ちなみに、日本はファーウェイの通信機器は導入しないようです。

このように、世界は中国を中心とした情報戦争が既に起こっているといえるでしょう。
そのような中での秘密特許制度の法改正であり、人ごとではなく日本企業もその真っただ中にあるといえるでしょう。
なお、日本では不正競争防止法によって営業秘密が規定されています。
実質的に不正競争防止法における営業秘密に関する規定が、日本企業に対するスパイ活動を規制する法律となっており、最近では、ソフトバンクに対するロシア元外交官によるスパイ活動に適用されました。
しかしながら、営業秘密は秘密管理性、有用性、非公知性を満たさなければならず、そのハードルは高いものとなっています。特に、技術情報は、有用性及び非公知性の判断のハードルも比較的高いといえるでしょう。そのような営業秘密の規定で、スパイ活動を防止できるのかという点は甚だ疑問に思います。

また、秘密特許の話に戻りますが、これに反対する団体が存在します。1988年という古い決議ですが、日本学術会議から下記のような決議がなされています。

この日本学術会議は内閣府の特別の機関であり、日本学術会議の資料を見ると、技術の軍事転用と絡めて米国の秘密特許に度々触れています。
特許法等の知的財産に関する法律は、国会等で深く議論されることなく、改正に至っているという個人的な印象ですが、この秘密特許制度に関しては反対論者がある程度出てくるかもしれませんね。

弁理士による営業秘密関連情報の発信