2021年7月25日日曜日

特許出願件数と企業の研究開発費の推移

先日、特許庁から「特許行政年次報告書2021年版」が発表されました。
それによると、2020年の特許出願件数は288,472件であり、2019年の307,969件に比べて2万件弱減少しています。これはコロナ禍の影響であると思われ、特許出願をコストと考える側面も大きい現状では特許出願件数が減少することは容易に予想できたことです。

ここで下記のグラフは、近年における国内の特許出願件数と企業の研究開発費の推移を示したものです。

このように、国内の特許出願件数は、2001年をピークに減少傾向を示しており、2009年にはリーマンショックの影響により大きく減少し、2020年は上記のようにコロナ禍の影響により30万件を切ることとなりました。
日本企業の研究開発費もリーマンショックによりいったんは減少しましたが、2018年にはリーマンショックを超える金額にまで回復しています。しかしながら、日本企業の研究開発費も2020年には一時的には減少しているのでしょう。
研究開発費の減少は一時的なものになると思われますが、特許出願件数はどうでしょうか?2021年以降には回復するのでしょうか?

一方で、PCT国際出願件数は、2020年は前年に比べて減少しているものの国内の特許出願件数とは異なる動向を示しています。
下記グラフは、研究開発費、特許出願件数、PCT国際出願件数の1995年を基準とした増減率を示したグラフです。
このように、PCT国際出願件数は研究開発費や特許出願件数の増減とは関係なく、右肩上がりの増加傾向にあります。これは、そもそもPCT国際出願件数が少なかったという理由が大きいのかもしれませんが、国内の特許出願件数と比べて逆の増減を示していることは面白いかと思います。

ここで、国内の特許出願件数の減少をもってして、近年の日本の技術力が低下しているということを主張する人がいるようですが、もしそうであるならばPCT国際出願件数の増加はどのように考えるのでしょうか?本当に日本の技術力が低下しているのであれば、PCT国際出願件数が増加傾向とはなり得ないでしょう。

国内の特許出願件数が減少する一方でPCT国際出願件数が増加する理由は、やはり、国内の特許出願を行うか否かの精査が行われているからだと思います。すなわち、本当に必要な特許出願を行うという傾向の表れではないでしょうか?そこには、コスト意識もあるでしょうし、秘匿化の意識もあるでしょう。
一方で、PCT国際出願にかかる費用は国内の特許出願の比ではありません。このため、よりコスト意識は強くなるはずにもかかわらず増加傾向にあるということは、それだけ価値(技術的又はビジネス的な価値)のある発明が創出されていることを示唆しているとも考えられます。
とはいえ、特許出願はコストやその他の要因により行うか否かが決定されるので、特許出願件数によって日本の技術力を語ることは無意味ではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年7月11日日曜日

かっぱ寿司営業秘密事件

先日、かっぱ寿司を運営するカッパ・クリエイトの代表取締役(社長)が競合他社であるはま寿司の営業秘密を不正取得したとして刑事告訴される事件がありました。日本経済新聞社の報道によると、カッパ・クリエイトの社長は、元はま寿司の取締役であり、カッパ・クリエイトは2020年11月に顧問として迎え、副社長を経て今年の2月に社長に就任したとのことです。

❝当社の代表取締役個人(以下「対象者」といいます)に対して、株式会社はま寿司(以下「同社」といいます)より不正競争防止法に纏わる告訴がなされ、当該告訴に基づき、本年6月28 日、関係当局による捜査が行われました。
これを受け、当社として事実関係の把握に努めた結果、本事案の内容は、対象者が同社親会社を退職後、当社顧問となった 2020年11月から12月中旬の期間において、元同僚より、同社内で共有されていた「はま寿司」の日次売上データ等を数回に亘って個人的に送付を受けていたというものです。❞
大手回転寿司チェーン店の社長(元はま寿司の取締役)が営業秘密侵害で刑事告訴されたこの事件は、会社の知名度もありインパクトが強いです。しかしながら、取締役等の企業幹部が営業秘密侵害で刑事又は民事で訴えられるということは少なくありません。
やはり、取締役等は所属企業の営業秘密の多くにアクセスできる権限を持っている場合も多いでしょう。また、今回の事件のように元所属企業を退職した後でもそこで培った人間関係により元所属企業の人にある程度の影響力を与えることができる場合もあるでしょう。
このため、取締役等は営業秘密を容易に知り得、それを持ち出すことも比較的容易とも思えます。また、もしかしたら、会社の営業秘密を自身も自由に使用できる情報であると間違えた解釈をしている人もいるかもしれません。


今回の事件は、社長が自身ではま寿司の情報を取得したのではなく、退職後に元同僚から入手したということです。すなわち、はま寿司の営業秘密の不正取得には2人が関与していました。しかしながら、はま寿司は社長個人のみを刑事告訴しています。この理由はいくつか考えられます。
その一つは、営業秘密侵害には不正の利益を得る目的(図利目的)等が必要となりますが、元同僚にはこのような目的等が求められなかった可能性があります。図利目的等は、金銭を受け取ったり、自身が転職先等で開示や使用する、といったことです。しかしながら、元同僚がはま寿司の営業秘密をかっぱ寿司の社長に渡しただけであり、その見返り等を何も受け取っていなかったりしていたら、図利目的等が認められない”可能性”があります。ただし、このような場合であっても公序良俗又は信義則に反するとして、図利目的が認められるかもしれません。

もう一つは、図利目的等が認められたものの、温情で刑事告訴されなかった可能性もあります。営業秘密侵害は親告罪であるため、はま寿司が刑事告訴しなければ元従業員は罪に問われません。また、刑事告訴しない替わりに、元従業員がどの様な経緯で誰に営業秘密を渡していたか、というように捜査に協力することを求められたかもしれません。

しかしながら、元同僚は刑事告訴されなかったとしても、一般的には、はま寿司を退職することになるのでしょう。その場合、この元同僚が従業員であれば通常、就業規則には営業秘密を漏えいさせた場合には退職金の減額や不支給が定められているでしょうから、元同僚は退職金の減額又は不支給となるかもしれません。

このように、かっぱ寿司の社長は、元同僚を今回の事件に巻き込んだことにより、元同僚の人生を悪い方向に大きく変えてしまった可能性があります。今回の事件のように、退職者が元同僚等に営業秘密の持ち出しを依頼することがあるようです。そのような場合、元同僚等を犯罪者にする可能性があります。また、退職者から営業秘密の持ち出しを依頼された元同僚等は、毅然とした態度で断る必要があります。営業秘密の持ち出しは、窃盗罪よりも重い罪であり、犯罪行為であることを十分に認識しなければなりません。

また、就業規則は従業員を対象としたものであり、取締役等の役員を対象としていません。このため、就業規則に営業秘密漏えいに関する規定があったとしても、役員はその対象となりません。一般的に、役員には役員規定が定められているかと思いますが、従業員及び役員を対象とした秘密管理規定を別途定め、この秘密管理規定によって営業秘密漏えいに対する罰則規定を定めてもよいでしょう。

上記のような規定がはま寿司で設けられていたら、はま寿司はかっぱ寿司に転職した社長に対して営業秘密侵害により発生した損害と共に、又は損害が無くても、退職金の返還訴訟を提起できるでしょう。
実際、営業秘密侵害において元従業員に退職金の返還請求を行い、2000万円余りの返還が認められた裁判例(生産菌製造ノウハウ事件 東京地裁平成22年4月28日判決(平成18年(ワ)第29160号))もあります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年7月4日日曜日

判例紹介:メールの営業秘密性

今回は、取引先との間で交わされたメールの営業秘密性について判断された東京地裁令和3年2月26日判決(令元(ワ)25455号)を紹介します。

この事件において、被告Aは原告の元従業員であって、原告退職後に被告会社に就職しています。この被告会社は原告の取引先でもあり、原告は被告会社から特注台車等の注文を受け、これを商社である大連浩達(中国企業)から仕入れて納入していました。
被告Aは原告の従業員として特注台車等の仕入業務を担当しており、被告会社を退職後に山栄工業の取締役に就任し、その後平成30年8月8日に被告会社に入社しています。
原告は、山栄工業との間で業務委託契約を締結し、山栄工業に対して被告会社に納入する特注台車等の仕入業務を委託するようになりましたが、同業務の委託は平成30年3月31日に終了しました。一方、被告会社は、平成30年7月ごろに特注台車等を大連浩達から直接仕入れるようになりました。
このように、被告Aが被告会社に入社するタイミングで被告会社は原告との取引を終了し、特注台車を大連浩達を直接仕入れるようになりました。

このような経緯のもと原告は「被告Aが原告を退職した後に被告会社に就職し,本件各商品の仕入価格である本件価格情報を不正に取得及び開示等したことが、不正競争行為にあたる」として訴訟を提起しています。


本事件では、本件価格情報の秘密管理性が争点の一つとなっています。
これに対して原告は下記のように主張しています。
(1) 本件価格情報は,原告代表者と被告Aとの間でのみ,メールを通じて共有されていた。他の従業員は,これにアクセスする権限を有しておらず,実際上も,原告代表者と被告A以外に本件価格情報を閲覧する者はいなかった。このように,原告においては,実質的には原告代表者と被告Aのみが稼働していたことを考慮すると,これでも十分な秘密管理がされていたということができる。
(2) 原告は,前記前提事実(3)のとおり,被告A及び山栄工業に対し,雇用契約や本件業務委託契約において,本件価格情報を含む営業情報を秘密として保持することを約束させていた。本件価格情報は,原告の優位性,競争力の根幹をなし,その利益の多寡を決する重要な要因となるものであるから,これが同各契約に定められた秘密保持義務の対象に当たることは客観的に認識可能であり,被告Aも十分に認識していた。
(3) 本件価格情報は,本件各商品の通関業務等を委任されていた三洋運輸株式会社にも開示されていたが,同社は,通関業法19条の守秘義務を負う通関業者である。また,原告は,仕入先である大連浩達に対しても,本件価格情報を他に開示することを許していなかった。
一方、被告らは下記のように反論しています。
(1) 本件価格情報は,被告Aの個人的なメールアカウントと原告のメールアカウントとの間でやりとりされていたが,メールで受送信した本件価格情報には何らのアクセス制限措置は講じられておらず,原告は,これを他の雑多なメールと渾然一体にサーバに保管していたと思われる。
また,原告は,被告Aの退職時に,本件価格情報が含まれたメールの削除を求めておらず,被告Aの退職後においても,同情報が利用されないような措置を講じなかった。
本件価格情報が原告代表者と被告Aとの間でのみ共有されていたとしても,それは,それ以外に原告の業務に従事する従業員がいなかった結果にすぎない。
(2) 原告は,前記前提事実(3)の雇用契約等における秘密保持義務の存在を指摘するが,それらは契約期間内の守秘義務を合意したものにすぎない。契約期間終了後においても同様の秘密保持義務を課すのであれば,その旨が同契約等に明記されていてしかるべきであるが,そのような定めは存在しない。
(3) 本件価格情報は,三洋運輸株式会社や大連浩達にも知られているはずの情報であるが,原告がこれらの会社と秘密保持の合意をしていたことを示す証拠は提出されていない。
このように、本事件では、原告と被告Aとの間でやりとりされたメールの秘密管理性について主な争点となっています。
なお、被告Aは個人的なメールアカウントを用いて原告とやり取りしていたようです。その理由は、被告Aが原告に在籍していた当時、一年のうちほとんどを中国に滞在し、特注台車等の仕入れ等の業務に従事していたためのようです。被告Aの個人のメールアドレスは大連浩達からのインボイスの送付にも利用され、メールの送受信に被告A個人のメールアドレスを使用することは原告代表者も認識し、容認していたとのことです。

上記の原告、被告の主張に対して裁判所は以下のように判断しました。
(1) 原告は,・・・本件価格情報にアクセスしていたのが原告代表者と被告Aのみであったとの事実は,他の従業員が本件顧客情報にアクセスする機会や必要性がなかったことを意味するにすぎず,そのことをもって,原告において本件価格情報が秘密として管理されたと評価することはできない。
また,前記1(2)のとおり,本件価格情報の含まれる大連浩達からのインボイス等は,被告A個人のメールアドレス宛てに送付され,同被告の個人用のパソコンなどに他のメールと混然一体のものとして保管されていたものと認められるところ,本件価格情報が被告Aの私的なメールと分別され,これにアクセス制限がかけられていたと認めるに足りる証拠はない。
さらに,被告Aから原告代表者に送付されたメールは,パスワードの設定された原告代表者のパソコン内に保存されていたものと考えられるが,業務に使用するパソコンにログイン用のパスワードを設定するのは,パソコンを操作する際の通常の手順にすぎず,そのことをもって,パソコン内の全情報が秘密管理されていたということはできない。
(2) 原告は,・・・原告と被告Aとの間の雇用契約及び本件業務委託契約における秘密保持義務条項においては,秘密保持の対象となる「業務上の原告の秘密」は具体的に特定されておらず,原告代表者が被告Aに本件顧客情報が同契約の定める秘密保持義務の対象となる旨を告知したことなどを示す証拠も存在しない。
かえって,前記1(4)のとおり,被告Aが原告を退職した時及び本件業務委託契約の終了時,原告代表者が被告Aに対して本件価格情報を含むメールの削除を求めたことはないものと認められ,これによれば,原告において,本件顧客情報が秘密であると認識されていたということはできない。
このように裁判所は、原告のメールに対する秘密管理性の主張を認めませんでした。確かに、原告は被告のメールに対して秘密管理措置を取っていたとは思えず、裁判所の判断は妥当であると思います。なお、パソコンに設定されているログイン用のパスワードは本裁判例に限らず、秘密管理措置として認められる可能性は低いと思われます。

また、被告が個人的なメールアカウントを使用していたにもかかわらず、原告が退職時にメールの削除を求めなかったということも大きな判断要素にも思えます。
この事実は、原告は被告Aとのメールを秘密にするべきものと強く認識していなかったということでしょう。原告がそのような認識であれば、従業員であった被告Aも同様の認識を持って当然だと思います。それを退職後に、営業秘密であると原告が主張しても、その主張は認められないでしょう。
なお、本事件では、被告による被告会社への情報の使用や開示も認められませんでした。

ここで、本事件の被告Aはいわゆるリモートワークで原告の仕事を行っていたことになります。コロナ禍の現在、リモートワークは珍しいことではありません。場合によっては従業員個人のメールアドレスを用いて業務を行う人もいるのではないでしょうか。また、そうでなくとも、個人のメールアドレスに会社のメールを転送したり、個人のパソコンにインストールしているメールソフトで会社のメールを送受信できるようにしている場合も多いのではないでしょうか。そのような従業員が退職すると、業務に用いたメールが従業員個人のパソコンに残ったままとなります。

やはり、このような状態は企業としては好ましくありません。当然、そのようなメールから情報が漏えいする可能性もあります。これを防止するためには、やはり退職時にメールの削除を要請することは情報漏えいの防止、及び秘密管理措置の視点からも重要となるでしょう。

また、リモートワークが広く行われている現在、メールだけでなく、ZOOMやスカイプ等のコミュニケーションツールを使っている企業は多いかと思います。
しかしながら、企業がアカウント管理を適切に行っていないと、従業員の退職後にやり取りが個人のパソコンで閲覧可能となります。これも情報漏えいを生じかねません。企業は、業務としてコミュニケーションツールを使用している従業員のアカウントを把握し、退職時には当該アカウントを停止する等の措置を講じるべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信