2021年9月13日月曜日

ー判例紹介ー 独自開発に基づかない図面の非公知性、有用性

今回は、図面の非公知性及び有用性についてです。 企業が作成する図面には、自社で独自開発した技術を図面としたものや、自社で独自開発した技術でないものの自社で図面としたもの、様々なものがあるでしょう。
自社で独自開発した技術の図面は非公知性や有用性は認められ易いでしょうが、自社で独自開発ていない技術の図面はどうでしょうか?

そのような判断がなされた裁判例(名古屋高裁金沢支部令和 2年 5月20日  平30(ネ)81号)を今回は紹介します。 この事件は、クロス下地コーナー材事件(平成30年 4月11日 福井地裁 平26(ワ)140号)の控訴審判決です。

本事件は、原告が被告会社との間で基本契約を締結し、建築資材であるクロス下地コーナー材の製造を委託していたという経緯があります。 そして、被告会社は、かつて原告から上記基本契約に基づき開示を受け、又は原告の従業員からその守秘義務に違反するなどして開示を受けた原告の営業秘密に当たる技術情報等を用いて、同契約終了後、図利目的で、原告の製品と形状の類似した本件被告製品を製造等したというものです。
原審では、営業秘密の保有者である原告勝訴となり、3億2560万円の損害賠償や原告の営業秘密を用いたクロス下地コーナー材の差し止めが認められました。
これに対して被告が控訴しています。 すなわち、控訴審では、被告が控訴人であり、営業秘密の保有者である原告が被控訴人です。

控訴審では、被告訴人(一審原告)は「別紙対応関係一覧表に記載された被控訴人保有の金型及びサイジングの図面に化体された原判決別紙独自部分一覧表のb1ないしf5の独自部分に係る技術情報も,営業秘密に当たる。」と主張しています。
一方で被控訴人(一審被告)は、「被控訴人主張の独自部分は,被控訴人独自の技術ではなく,常識に基づいて当然に採用されるもので,営業秘密には当たらない(乙58,59参照)。」と主張しています。

これに対して、裁判所は以下のように判断し、被控訴人の主張を否定しました。
❝控訴人らは,被控訴人主張の独自部分については,被控訴人が独自に開発したものではない旨主張するところ,確かに,被控訴人主張の独自部分b1ないしf5(重複あり)については,その旨の記載が専門的な文献にもあること(乙59)に照らすと,原審における証人Jの証言及び意見書(甲90,92)中の被控訴人が独自に開発したものであるとの部分は直ちに採用することができず,被控訴人がこれらを独自に開発したとまでは認め難いものの,少なくとも本件原告製品を製造するために被控訴人によって開発された金型やサイジングであって,コーナー材の製造では,一般的には金型メーカーに発注して,各社がそれぞれ独自の金型及びサイジングを使用していること, 押出成形法に係る経験や製造ノウハウがあっても,金型及びサイジングを開発するノウハウを有していなければコーナー材を製造することはできないことからすると,被控訴人の金型及びサイジングの図面自体についても非公知性があり,有用性があるものとして,本件技術情報に関連付けられた金型及びサイジングの図面それ自体も営業秘密に該当するものと認められる。 ❞
上記のように、裁判所は被控訴人が主張する独自部分は被控訴人が独自に開発したものとは認めがたいと判断しています。
そうすると、被控訴人が営業秘密であると主張する図面の非公知性や有用性も認められないのではと思いますが、そうではなく、図面には金型及びサイジングを開発するノウハウが化体されているとして図面の営業秘密性を認めています。 すなわち、図面の上位概念である独自部分は公知であるが、この独自部分にある程度のノウハウが与えられた図面は非公知であり、有用性も認められるということでしょう。

このことは、筆者の論文である「技術情報が有する効果に基づく裁判所の営業秘密性判断」で論じた図面等の下位概念ほど有用性(又は非公知性)が認められやすいという考察と通じるものがあると思われます。 

ここで、技術情報の上位概念は営業秘密性が認められずに、下位概念の営業秘密性が認められた裁判例として、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決 平成26年(ネ)第10059号)があります。

この事件では、原告は接触角計算プログラムのアルゴリズムとソースコードについて営業秘密性を主張しました。 これに対して、上位概念であるアルゴリズムについて、裁判所は「原告アルゴリズムの内容の多くは,一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの,あるいは,格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されている」として、その有用性及び非公知性を認めませんでした。 
一方で、下位概念であるソースコードに対して、裁判所は有用性及ぶ非公知性を認め、その営業秘密性を認めました。

このように、同じ技術思想に基づく技術情報であっても図面やソースコードのような下位概念の方が営業秘密性を認められやすいという傾向にあるようです。 技術情報を営業秘密化する場合には、このことを十分に認識し、適切な情報を秘匿化するべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2021年9月5日日曜日

自社製品のリバースエンジニアリングによって喪失される営業秘密としての非公知性

情報が営業秘密として認められるためには秘密管理性、有用性、非公知性の3要件が全て認められなければなりません。特に技術情報を営業秘密として管理する場合には、留意するべき点がいくつかあります。自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が失われる場合があるということもこの留意点の一つです。

すなわち、技術情報を営業秘密として管理していたものの、この技術情報が使用された自社製品が販売され、リバースエンジニアリングによってこの技術情報の非公知性が喪失し、営業秘密として認められなくなる可能性があります。なお、非公知性の判断の基準時は、情報を営業秘密管理したときではなく、不正行為がおこなわれたときです。このため、上記のような技術情報を営業秘密として管理していても、非公知性が失われた後に持ち出された場合には営業秘密侵害とはなりません。

では、どのようなリバースエンジニアリングによって非公知性が失われたとされる技術情報にはどのようなものがあるのでしょうか?下記の表は、そのような裁判例の一覧です。


ここで、リバースエンジニアリングによっても公知性が失われないとする判断基準は、セラミックコンデンサー事件において「専門家により,多額の費用をかけ,長期間にわたって分析することが必要である」と判示されており、他の裁判でもこの基準が用いられています。

すなわち、下記3つの要件が判断基準とされています。
①特殊な技術を要するかどうか(特殊技術基準)
②相当な期間が必要かどうか(相当期間基準)
③誰でも容易に知ることができるかどうか(情報取得容易性基準)

そして、上記一覧から分かるように、機械系に関する技術情報はリバースエンジニアリングによって公知となったとされる可能性が高いかと思います。
この理由は、当該製品を寸法を測定することにより、技術情報を容易に知り得る場合が多いためです。しかしながら、セラミックコンデンサー事件や半導体封止機械事件では、営業秘密としている図面等の情報量が多く、それをリバースエンエンジニアリングで知り得ることは上記3つの要件を満たさないため、非公知性は喪失していないと判断されました。

また、化学系に関してはあまり裁判例も多くありませんが、日本ペイントデータ流出事件と錫合金組成事件が参考になるでしょう。この2つの事件は、日本ペイントデータ流出事件が非公知、錫合金組成事件が公知とのように真逆の判断となっています。
この理由には、日本ペイントデータ流出事件ではリバースエンジニアリングされる技術情報が塗料を構成する原料及び配合量、より具体的には塗料を構成する樹脂や顔料の原料や配合量であり、この情報をリバースエンジニアリングにより知り得ることはやはり難しい一方、錫合金組成事件では錫器の製造に使用する合金の組成がリバースエンジニアリングされる技術情報であることから、比較的容易に知り得るという判断のようです。
なお、これらの事件では、リバースエンジニアリングに用いられる技術としてXRD(広角X線回析法)やICP発光分光分析法といったような、一見すると特殊な技術が用いられていると思われます。しかしながら、これらの技術は当該分野では一般的な分析技術であり、”特殊”という位置付けではないでしょう。そのように考えると、特殊技術基準はリバースエンジニアリングの対象となる技術情報毎に異なると思われます。すなわち、特殊技術水準は、リバースエンジニアリングの対象となる技術情報において”特殊”であるか否かで判断されると考えられるでしょう。

技術情報を営業秘密管理するか否かは上記のことを考慮するべきであり、自社製品のリバースエンジニアリングによって容易に知り得る技術情報はそもそも営業秘密となり得ないことを正しく認識しなければなりません。したがって、このような技術情報は営業秘密管理を視野に入れずに特許出願してもよいし、自社製品が販売されるまでは営業秘密管理する一方で、販売される直前に特許出願又は実用新案出願することもよいでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2021年8月22日日曜日

判例紹介:他社に業務委託して顧客にサービスを提供する場合(秘密保持契約)

自社のサービスを他社に業務委託し、当該他社を介して顧客に提供するという事業形態も多々あるかと思います。今回は、そのような形態の営業秘密に関する裁判例(令和3年3月26日東京地裁判決 平成31年(ワ)4521号)を紹介します。

本事件の原告会社は、経営者を対象に「すごい会議」と称する会議の手法を用いたコンサルティング業務を行うこと等を目的として原告Aによって設立されました。原告Aは、原告会社の設立前に株式会社すごい会議を設立し、すごい会議の手法を用いて経営者に対してコンサルティング業務を行っていましたが、原告会社がこれを引き継いだという経緯があります。また、原告A及びすごい会議社の従業員であるCは、社外のマネジメントコーチがいなくても,社内会議において社員だけですごい会議が運用できるようにするため,本件各ノウハウを含むすごい会議の手順等を記載した「すごい計画作成キット」と題するマニュアルを制作しました。

一方で被告Bは、すごい会議社との間で「すごい会議ライセンシング契約書」と題する書面を取り交わし、すごい会議のマネジメントコーチとしての業務委託を行いましたが、同業務委託はその後終了しています。そして、被告Bは「中小企業が使いやすく,日本が本来持っている組織力を引き出す会議のやり方がないか」との考えから、侍会議の手法を開発し、被告ヴァンガード社を設立して侍会議のワークショップを行うセミナー事業や侍会議を行うファシリテーターの育成研修を行う研修事業を開始しました。

上記のような経緯のもと、本件ノウハウは原告会社が保有する営業秘密に当たり、被告Bは本件各ノウハウを被告らが提供する会議運営手法に関するコンサルティングサービス等に使用し、被告会社らに開示して不競法2条1項7号が規定する不正競争を行った等として、原告が被告に対して訴訟を提起しました。

ここで、原告は本件ノウハウの秘密管理性を下記のように主張しています。
❝原告会社は,本件各ノウハウを,限られたライセンシー及びライセンシーが認めるマネジメントコーチにしか開示していない。そして,原告会社は,被告Bを含む全てのライセンシー及びライセンシーが認めるマネジメントコーチとの間でライセンス契約を締結しているところ,当該契約に係る契約書(以下「本件ライセンス契約書」という。)の18条により,本件各ノウハウについて,ライセンシー側に守秘義務を課している。
さらに,原告会社は,マネジメントコーチに対し,顧客にすごい会議のコンサルティングサービスを提供する際に「費用と条件に関する合意書」(以下「本件合意書」という。)を取り交わすよう指導している。そして,本件合意書には「全ての会議内容は厳格に秘密扱いといたします。必要に応じて,クライアント様の間で,秘密保持契約を交わすことも可能です」との条項があるから,原告会社は,マネジメントコーチが顧客と本件合意書を取り交わすことを通じて,当該顧客から,本件各ノウハウを含む全ての会議の内容を厳格に秘密扱いにすることの約束を取り付けていることになる。❞
この原告の主張のとおりであれば、原告は秘密保持契約を締結して被告に本件ノウハウを開示しているので、本件ノウハウは秘密管理性を満たしているようにも思えます。しかしながら、裁判所はこの主張に対して以下のように判断しました。
❝・・・,すごい会議社が被告Bとの間で取り交わした「すごい会議ライセンシング契約書」(甲14)において,「乙(被告B)または甲(すごい会議社)が本契約を履行する上で,知るにいたった秘密情報を,乙及び甲は,秘密情報の開示者の了解なしに第三者に開示することはできない。」などとする条項はあるものの(18条),具体的にいかなる情報が「秘密情報」に該当するかについての記載は見当たらない。そうすると,上記契約書の存在は,すごい会議社や原告会社がマネジメントコーチに対して本件各ノウハウを秘密と扱うよう求めていたことの根拠にはなり得ないというべきである。
また,・・・,「費用と条件に関する合意書」(甲18)においては,原告会社が指摘するとおりの条項が含まれるものの,本件各ノウハウが秘密として管理されていることを具体的に指摘する内容の記載は見当たらない。かえって,原告会社が指摘する上記条項は,「会議内容」を秘密扱いとすること及び「秘密保持契約を交わすことも可能」であることという記載に照らし,すごい会議を指導するマネジメントコーチが顧客側の情報を秘密として扱うことを約するものであると解釈するのが自然である。そうすると,上記合意書の存在は,原告会社がマネジメントコーチを通じて顧客に対し本件各ノウハウを秘密と扱うよう求めていたことの根拠にはなり得ないというべきである。❞
このように、裁判所は、①「ライセンシング契約書」では秘密保持の対象がどのような情報であるのかが特定されていないこと、②「費用と条件に関する合意書」では秘密保持の対象が本件ノウハウではないとして、原告主張の秘密管理性を認めませんでした。

特に①については、秘密保持契約等において、その対象が何であるかを明確に特定する必要があることは、従業員に対する就業規則の秘密保持条項等でも指摘されていたことです。取引先(本件では業務委託先)と締結する場合でも、秘密保持契約において何がその対象となるのかを特定する必要があります。包括的な秘密保持契約では万が一の場合に何ら意味を成さない可能性があります。


さらに、本件ノウハウの秘密管理性について裁判所は以下のようにも判断しています。
❝・・・本件各ノウハウは,原告会社が顧客に提供する商品そのものというべきものであって,原告会社の上記サービスに係る顧客であれば,何人でも接することができる性質の情報である。しかも,本件各ノウハウは,会議の進め方に関するノウハウであるから,その性質上,原告会社の担当者,原告会社から業務委託を受けたマネジメントマネジャー及びすごい会議についての指導を直接受けた者のみならず,原告会社によるコンサルティングサービスの提供を受けた顧客が実施する会議に参加する者に対し,広く使用されることが当然の前提とされる情報である。そうすると,本件各ノウハウは,不特定多数の者が接することが可能であり,かつ,接することが予定された性質の情報であるといえる。しかるに,本件全証拠によっても,原告会社と顧客等との間に秘密保持契約を締結するなど,原告会社において,本件各ノウハウにアクセスすることができる者の範囲やアクセスの方法を制限する措置を講じているといった事実は認められない

❝原告ワークブックは,本件各ノウハウを記載した媒体の一つであるところ,前記前提事実(3)のとおり,そもそも,原告ワークブックは,社外のマネジメントコーチがいなくても,すごい会議を導入した会社の従業員だけで,すごい会議を進行できるようにするという目的で作成されたものであるから,会議に参加する従業員に広く共有されることが前提とされたものといえる。そして,原告ワークブックにおいて,そこに記載されたノウハウが秘密として管理されていることを示す記載は見当たらない。❞ 

このように、本件ノウハウについて、顧客に対して秘密保持契約を求めたり、原告会社内において秘密管理していたという事実もないと裁判所は判断しています。本件ノウハウは社内での秘密管理性が認められないので、業務委託先との関係においても秘密管理性が認められないことは当然のことでしょう。

本事件は、原告の業務委託先が当該委託業務の経験を生かして原告の競合となったため、原告にとっては納得しがたい気持ちはあるでしょう。しかしながら、このようなことは想定されることです。
そのため、自社のサービスのうち、どの様な情報が核心部分であるのか?、その核心部分は秘匿化できるのか?、秘匿化するのであれば情報をどのように特定するのか?、当該情報に触れる者に対して確実に秘密保持契約を締結できるのか?、このようなことを熟考してビジネス展開を行うべきでしょう。その過程で、状況によっては他社に対する業務委託は断念し、自社だけでビジネス展開を行うという決断に至るかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信