2022年2月14日月曜日

三菱電機 CC-Linkの普及から考える知財戦略(2)

前回概要を紹介した三菱電機によるCC-LInkの普及を知財戦略カスケードダウンに当てはめます。なお、知財戦略カスケードダウンへの当てはめは、「三菱電機のオープン&クローズ戦略における秘密情報管理について」、「三菱電機のオープン・クローズ戦略」、「三菱電機技報 知財活動の変遷と将来展望」を参考に筆者が独自に考えたものであり、三菱電機の戦略そのものではありません。

今回参照した「三菱電機技報 知財活動の変遷と将来展望」には、CC-Linkの知財戦略に関して下記の記載があります。
①国際規格化した伝送経路上に載る情報に関する特許を規格特許として無償開放する。
②規格化しない機器内部の制御に関する特許は周辺特許としてCC-Link協会加入パートナーにだけ開放する。
③高付加価値製品の製造に必要な差別化技術を他社に解放せずに技術の保護を図り、シーケンサなどのコントローラビジネスで高いをシェアを維持する。

上記資料を参考にして、CC-Linkに対する事業目的・戦略・戦術を下記のように考えます。

<事業目的>
  CC-Linkを世界で使われる地位に高め、自社のFA事業をグローバルに展開
<事業戦略>
  自社開発のCC-Linkを普及させ、他社に市場参入を促してCC-Linkの市場を拡大
<事業戦術> 
 (1)CC-Linkを標準化
 (2)CC-Link技術を実施するパートナーを獲得(CC-Link協会の設立)
 (3)ブラックボックス化する技術によって他社製品との差別化

ここで、事業戦術として、CC-Linkの標準化やパートナーの獲得があります。標準化やパートナーの獲得は、市場の拡大を目的としたものであり、直接的な利益を得ることができる事業戦術ではありません。この事業戦術は、CC-Linkの技術の非独占により達成できます。
一方で、技術のブラックボックスによる差別化は、自社製品を他社製品よりも優れたものとするための事業戦術であり、シェアの拡大、すなわち直接的な利益に寄与するものです。この事業戦術は、特許化や秘匿化による技術の独占により達成するものです。
まさに、これがオープン・クローズ戦略なのですが、オープンにする技術とクローズにする技術とを見極めなければなりません。また、クローズにするのであれば、特許化する技術と秘匿化する技術との見極めも必要でしょう。

なお、上記資料から、三菱電機はCC-Linkの技術要素を下記の3つに分けていることが分かります。すなわち、三菱電機はCC-Linkに関する技術をこの3つの技術要素に分け、各々に対して公知化、特許化、秘匿化を選択し、オープン・クローズ戦略を実行しました。
 ①インターフェイス技術
 ②付加価値技術
 ③内部コア技術


次に、オープン戦略の知財目的、知財戦略、知財戦術を考えます。

まずは、事業戦術である「CC-Linkの標準化」に対応する知財目的・戦術・戦略です。
<知財目的>
  CC-Linkの標準化
<知財戦略>
  標準化の対象となる技術の特許を取得し、規格特許として無償開放
<知財戦術>
  伝送経路上に載る情報に関する技術(インターフェイス技術)の特許を取得

知財目的である「CC-Linkの標準化」を達成するために、標準化の対象となる技術の特許取得を知財戦略とします。無償開放するのであれば、コストを要する特許取得は不要とも考えられますが、もし他社に当該技術の特許を取得されると、当該技術を自社主導で標準化できなくなります。また、自社で特許を取得することで、標準化できなかった場合には技術を独占するという方針転換も可能となるでしょう。このため、標準化という目的のために特許取得を行うという、知財戦略・戦術となります。

次に、事業戦術である「CC-Link技術を実施するパートナーを獲得」に対応する知財目的・戦略・戦術です。
<知財目的>
  CC-Link技術を実施するパートナーを獲得
<知財戦略>
  パートナーにのみ公開する技術(付加価値技術)の特許取得し、CC-Link協会への他社の加入促進
<知財戦術>
  規格化しない機器内部の制御に関する特許は周辺特許として取得

標準化によりある程度の技術は無償開放されます。このため「パートナーの獲得」という知財目的を達成するためには、パートナーとなることにメリットを感じる技術をさらに公開する必要があるでしょう。そのために付加価値技術を特許取得し、それをパートナーに公開するということを知財戦略とします。
そこで、知財戦術として、付加価値技術として、規格化しない機器内部の制御に関する特許の取得を行います。機器内部の制御に関する技術は、特許出願しなければ公知とならない可能性が高いため、他社との差別化に寄与すると思われます。だからこそ、パートナーの獲得に寄与する技術と言えるでしょう。また、CC-Link協会へ加入していない他社が当該特許技術を実施した場合には侵害となるため、このような他社の排除にもつながります。

次に、事業戦術である「ブラックボックス化する技術によって他社製品との差別化」に対応する知財目的・戦略・戦術です。
<知財目的>
  他社製品との差別化
<知財戦略>
  高付加価値技術の独占
<知財戦術>
  使い易さや高信頼化等の付加価値技術を特許化
  マスタ/スレーブ局の制御等の内部コア技術を秘匿化

「他社製品との差別化」を知財目的とした知財戦略・戦術は分かり易いかと思います。
自社製品と他社製品とを差別化する技術を独占することで、シャアを拡大して利益を得ます。CC-Linkは情報伝送に関する技術であるため、製品のリバースエンジニアリングでは当該技術を知り得ることは難しいでしょう。一方、近い将来に他社も想到する可能性のある技術も存在します。従って、他社が想到する可能性のある技術を特許化し、そうでない技術は秘匿化することで、自社製品と他社製品とを知財で差別化することが考えられます。

このように、CC-Linkを例に、事業目的・戦略・戦術を明確にし、事業戦術毎に知財目的・戦略・戦術を立案する知財戦略カスケードダウンに当てはめました。これにより、事業戦略に基づいて知財戦略を立案することで、自社開発技術の権利化、秘匿化、又は自由技術化を適切に選択できることを理解できるかと思います。また、適切に選択できないと、事業戦略を達成できないこととなります。このため、事業戦略を十二分に理解したうえで、知財戦略を立案することが非常に重要となります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年2月6日日曜日

三菱電機 CC-Linkの普及から考える知財戦略(1)

オープンな産業用ネットワークとして三菱電機が開発したCC-Linkというものが広く普及しているようです。
このCC-Linkの普及のためにCC-Link協会が発足しており、そこにはCC-Linkを「オープンフィールドネットワークCC-Linkファミリー」と題して以下のように紹介しています。
❝1990年代に入り、工場の自動化への要求の高まりと、生産ラインの複雑化に伴い、様々な機器をつなぐための産業用ネットワークに対する需要が生まれました。そこで誕生したのが「CC-Link」であり、以後CC-Linkファミリーは3段階の進化を遂げてきました。2000年に「第1世代」としてシリアル通信ベースの「CC-Link」、また2008年には「第2世代」として業界1GbpsEthernetベースの「CC-Link IE」を仕様公開し、データ量の飛躍的な向上とフィールドレベルからコントローラレベルまでの適用領域拡大を実現しました。さらに市場からのスマート工場への要求の高まりに伴い、2018年には「第3世代」として、世界に先駆けてTSN(Time-Sensitive Networking)を採用した「CC-Link IE TSN」を仕様公開しました。❞
また、CC-Link協会の「国際標準化規格への対応」に記載されているように、CC-Linkは国際標準であるISO規格、IEC規格、又JIS規格等、様々な規格が認められており、標準化されています。
そして、企業がCC-Link協会にレギュラー会員以上で入会すると、パートナー会員規約にあるように、CC-Linkを使用した製品を開発、製造及び販売する権利を有することとなります。
❝「一般社団法人CC-Link協会」パートナー会員規約
1.規約の適用範囲及び変更
(1) 本規約は、会員が協会より「CC-Link ファミリー」技術(本規約第6条に定義されます。)を入手し、当該「CC-Link ファミリー」技術を使用する場合、又は当該「CC-Link ファミリー」技術を用いた「CC-Link ファミリー」の接続製品、開発ツール、推奨配線部品及び/又はツール(以下、これらを「対象製品」と称します。)を開発、製造、販売及び/又は使用する場合に適用されます。本規約では、「CC-Link IE」、「CC-LInk」、「CC-Link/Lt」、「 CC-Link Safety」を併せて「CC-Link ファミリー」と称します。・・・

6.会員が有する権利及び会員脱退後も継続して有する権利
(1) レギュラー会員以上(レギュラー、エグゼクティブ、ボード)の会員は、本条第2項乃至第5項の権利を行使して対象製品を階春、製造及び販売する権利を有します。
(2) 会員は、協会が会員向けに作成した『CC-Link ファミリー」仕様書』といいます。)の提供を、協会から無償で受ける権利を有します。
(3) 会員は、仕様書及び仕様書に関わる関連技術情報(・・・)を、本規約の条件に従って使用する権利(レジスタード会員においては、仕様書の供給を無償で受ける権利)を有します。なお、この権利には、会員から第三者への再使用許諾は含まれません。
・・・
(5) レギュラー会員以上の会員は、協会が製作する「CC-Link ファミリー」に関わるからログ、インターネットホームページ等に、事故が開発、製造及び又は販売する対象製品の名称や使用を無償で掲載できます。ただし、掲載の方法、範囲、期間等については協会の規定に従うものとします。
・・・❞
この規約には、会員はCC-Linkファミリー技術を用いた製品を販売する場合にはコンフォーマンステスト(適合性試験)を受けなければならないと定められています。このコンフォーマンステストは、CC-Linkを普及させるにあたり、会員企業が製造販売するCC-Link製品の信頼性の確保、すなわちCC-Linkのブランド維持のために必要なことでしょう。
❝7.会員が負うべき義務
(3) コンフォーマンステスト試験
① 会員は、「CC-Link ファミリー」技術を用いた「CC-Link ファミリー」接続製品及び/又は開発ツールを開発した場合、販売等により第三者による使用を開始する前に、協会が実施するコンフォーマンステストを受験し合格しなければなりません。
・・・❞
なお、CC-Link協会に入会するためには、法人であり、年会費等が必要になります。年会費はレギュラー会員で10万円、エグゼクティブ会員で20万円、ボード会員で100万円以上であり、それぞれの会員において年会費が高いほど、一製品当たりのコンフォーマンステスト料は安く又は無料となるので、CC-Linkファミリー技術を用いた製品を販売する法人にとってはさほど高い年会費ではないと思えます。


このように、CC-Link協会に入会した企業は、比較的低額と思える年会費等を支払えば、CC-Linkファミリー仕様書を入手でき、CC-Linkファミリー技術を用いた製品を製造、販売することが可能となります。
2021年12月末現在ではパートナー会員は4035社であり、現在も国内外で新規パートナーが増えており、このCC-Linkは国内だけでなく海外にも広く普及していることが分かります。

一方で、三菱電機の立場からすると、元々自社で独自開発した技術を標準化し、CC-Link協会に入会した他社に教示するという行為は、三菱電機にとって競合他社を育てることになります。そうすると、CC-Linkは産業用ネットワークとして普及するでしょうが、三菱電機としてはCC-Linkを独自技術として守る場合に比べて、収益を挙げることに工夫が必要となるかと思えます。

そこで、三菱電機はCC-Linkを普及するにあたり、事業戦略(知財戦略)としてオープン・クローズ戦略を用いました。参照資料である「三菱電機のオープン&クローズ戦略における秘密情報管理について」と「三菱電機のオープン・クローズ戦略」にはCC-Linkに対するオープン・クローズ戦略が以下のように記載されています。
1)インターフェースに絞ったオープン化(パートナ獲得手段)
 ・CC-Link製品開発に必要なインターフェース技術に絞って公開
 ・標準必須特許として権利化(必要最小限、無償開放)
2)コア技術のブラックボックス化(他社差別化手段)
 ・使い易さや高信頼化等、付加価値技術を周辺特許として権利化
 ・マスタ/スレーブ局の制御等、内部コア技術は非公開
上記のように、CC-Linkの普及のために、オープン化する技術とクローズ化する技術がその目的に沿って明確に分けられています。

オープン化の目的はパートナ獲得であり、これがCC-Linkの普及を促します。実際にオープンにする技術はCC-Link協会に入会することで会員が入手する仕様書に記載されています。この仕様書で開示される技術には、三菱電機の特許権に係る技術も含まれていると考えられますが、これも無償開放としています。しかしながら、もしCC-Link協会の非会員がCC-Linkに係る技術を実施して製品の製造販売等を行った場合には、三菱電機は当該特許権を行使して侵害訴訟を提起するのでしょう。これにより、CC-Link協会の会員を守ることにもなり、かつCC-Linkのブランド維持にも貢献できます。

一方で、クローズ化の目的は自社製品の他社差別化であり、これにより三菱電機はCC-Linkから収益をあげます。換言すると、CC-Linkファミリー技術の全てが仕様書に記載されているわけではなく、最新の技術は三菱電機が特許権又は営業秘密としてクローズ化しているということになります。
また、CC-Lnk協会に入会したとしても、仕様書に記載されていない技術を実施し、当該技術が三菱電機の特許権の技術的範囲であれば、特許権侵害となります。
このクローズ化した技術によって、三菱電機はCC-Lnk製品に関して他社と差別化して収益を得ることとなります。なお、CC-Linkは三菱電機が開発した技術であることから、他社に比べてCC-Linkに精通しており、技術的に優位性を保ち続けることは他社に比べて相対的に容易ではないかと思います。そうすると、三菱電機は他社に比べて優位性の高い製品を製造・販売し、収益を保ち続けることができるかと思われます。

このように、三菱電機は営利目的を有する企業であるため、自社開発技術を普及させるだけでなく、その普及に伴い収益を挙げなければなりません。そのためにオープン・クローズ戦略を用いています。このため、どの様な技術をオープン化又はクローズ化するのか、どの様な技術を特許化又は秘匿化するのか、特許化の目的はオープン化又はクローズ化なのか?これを見極める必要があります。

ここで、上記参照資料の「三菱電機のオープン&クローズ戦略における秘密情報管理について」には、以下のような記載があります。
❝オープン技術とクローズ技術は近接している     
⇒ 事業戦略に基づく、両技術の明確な区分けが必要❞
上記のことを見誤ると、技術を普及させることができず収益も挙げることができない状態に陥ったり、技術は普及したものの収益を挙げることができない、とのような事態に陥りかねません。また、特許を取得したものの、その特許を何のために取得したのかが誰にも分からないということにもなります。

次回は、三菱電機によるCC-LInkの普及を知財戦略カスケードダウンに当てはめます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年1月23日日曜日

素材の請求項と当該素材を用いた製品の請求項を作成するメリット

特許請求の範囲を作成する場合、下記のような構成とすることはよくあります。特に、素材の発明ではこのような請求項の構成とすることは多々あるでしょう。
【請求項1】
  aからなるA。
【請求項2】
 請求項1のAを用いたB。
上記の例では、請求項1に特許性があれば請求項2も特許性があります。

では、この製品Aを特許権者から正当に購入した企業Xが製品Bを製造販売すると、それは侵害になるのでしょうか?当然、企業Xは請求項1に係る特許の侵害にはなりませんが、請求項2に係る特許の侵害となるでしょう。

よりイメージし易いように、下記のような特許請求の範囲を想定します。
【請求項1】
  aからなる繊維。
【請求項2】
 請求項1の繊維を用いた衣服。
上記特許権を繊維メーカーYが保有しているとします。
この繊維を当該繊維メーカーから直接又は商社を介して正当に購入した衣服メーカーXが当該繊維を用いて衣服を製造販売します。
そうすると、この衣服メーカーXは、特許権者から正当に繊維を購入したにもかかわらず、この繊維を用いた衣服を製造販売することで繊維メーカーYが有する特許権のうち請求項2の侵害となります。


ここで、このような請求項の構成はビジネスにおいても使い道があるかと思います。
例えば、素材を開発したものの、この素材の有効な利用方法が見いだせない場合等です。

再び繊維を例にすると、ベンチャー企業が新たな繊維を開発したものの、その用途開発を他社に委ねるというようなオープンイノベーションを実行する場合です。
ベンチャー企業が、上記のような繊維を用いた衣服の特許権を有していれば、オープンイノベーション先の衣服メーカーは安心感高くベンチャー企業と共に衣服の開発ができるでしょう。また、オープンイノベーション先となる衣服メーカーに当該請求項に対して専用実施権を設定してもよいでしょう。

すなわち、当該ベンチャー企業が販売する繊維を購入した第三者が当該繊維を用いた衣服の製造販売をした場合に、特許権の侵害であるため差し止め等ができます。これにより、ベンチャー企業は、上記衣服メーカーに安心感を与えて開発をまかせつつ、衣服の製造販売を目的としない第三者には当該繊維を販売することで、別途収益を挙げることができます。
さらに、衣服だけでなく、例えば、かばんや帽子等、繊維の利用が想定される製品毎に特許権を取得すれば、それぞれの製品毎に他社と共同開発し易くなります。

このように、素材の特許権を取得する場合に、その後のビジネス展開を考慮して特許請求の範囲を作成することは当然ですし、補正により新たに特許請求の範囲に加えることができるように予め実施形態に想定される用途を記載してもよいでしょう。
重要なことは、自社のビジネス(事業)に基づいて特許出願を行うことであり、そのためにどのような特許を取得することがベストであるかを考えるということです。上記のことはその一例にすぎません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信