2022年4月14日木曜日

最近の営業秘密に関する刑事事件もろもろ

今回は、最近の営業秘密に関する刑事事件に関して三つほど雑多に記します。

1.令和3年の営業秘密侵害事犯の件数

先日、警察庁生活安全局生活経済対策管理官から「令和3年における生活経済事犯の検挙状況等について」が公開されました。
これによると令和3年の営業秘密侵害事犯の検挙件数は23件であり、令和2年の22件から微増となっています。また、検挙人員が49人と検挙件数に比べて増加の度合いが高いように思えますが、複数人による犯行が増えているということでしょうか?



また、営業秘密侵害事犯に関する相談受理件数は60件であり、令和2年の37件から増加しています。

2.刑事事件における刑罰

下記表は今までの刑事事件における刑事罰の一覧です。この表は、筆者が作成したものであり、実際に判決がなされた刑事事件の一部です。
近年は中国企業等の海外への技術情報に関する営業秘密漏えいが増加傾向にあり、その被害は甚大となる可能性もあります。このことからも、平成27年の不正競争防止法改正において、日本国外において使用する目的で不正取得した者等に対してより刑事罰を重くする海外重罰の規定(不競法第21条第3項「十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金」)が新たに追加されました。

上記法改正の後にも、海外(中国企業)への営業秘密の漏えい事件があり、NISSHAスマホ技術漏洩事件が執行猶予無しの懲役2年の刑事罰が科されているものの、海外への営業秘密の漏えいに関して懲役刑が長くなったり、罰金刑が重くなったりしている様子はないように思えます。
そもそも、日本国内での営業秘密の漏えいの刑事罰も「五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金」とあるものの、実際の刑事罰のほとんどが執行猶予付きの懲役刑であり、罰金も数十万円程度であることを鑑みると、海外懲罰の規定ができたからといって、その影響はあまりないと思われます。


3.愛知製鋼磁気センサ事件 無罪判決

長年判決がなされなかった愛知製鋼磁気センサ事件について無罪判決が確定しました。


逮捕が2017年2月なので無罪となるまで5年以上の月日が経過しています。
営業秘密に関する刑事事件では、その多くが逮捕から判決まで1年前後を要しているので、この期間だけでも本事件は他の事件とは様相が異なることが分かります。
判決文を確認するまでは、具体的にどのような理由で無罪となったかは定かではありませんが、検察側が控訴することなく無罪確定となっていることからも、検察側の主張が相当無理筋であったのでしょう。

ここで、愛知製鋼は被告となった本蔵氏(マグネデザイン社)の磁気センサ(GSRセンサ)に関する特許権に対して特許無効審判(無効2020-800007、他1件)を起こしています。その結果、愛知製鋼の無効主張は認められませんでした。
また、上記無効審判の審決において、請求人である愛知製鋼の主張に対して下記(下線は筆者による)のように「常識外れ」、「無視」、「曲解」等の文言を用いて相当厳しい指摘がなされています。
❝(2) 無効理由1-2について
請求人は、請求項1の「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」との記載について、「磁化変化」だけを純粋に検出したコイル電圧は、「磁化変化」に起因する電圧だけを含むと理解されるし、それ以外の意味に理解することはできないものであり、「磁化変化」に起因する電圧と、熱雑音に起因する電圧とは異なるものであるから、「磁化変化」に起因する電圧だけを含むコイル電圧は、熱雑音に起因する電圧を含まないと理解するし、それ以外の趣旨に理解することはできない、と主張する。
請求人の上記主張は、熱力学・統計力学を無視した主張であり、理科系の素養を有する当業者にはおよそあり得ない、常識外れの主張というほかなく、全く採用することができない。そもそも「熱雑音」とは、物質内の電子の不規則な熱振動によって生じる雑音をいうところ、これは絶対零度という極限状態(T→0)に冷却しない限り完全に排除することができないものである。このような極限状態に該当しない環境において使用される本件発明の「磁気センサ」について、「コイル電圧は、熱雑音に起因する電圧を含まないと理解するし、それ以外の趣旨に理解することはできない」、と主張するのは、大きな誤りである。
 なお、当審は、請求人がこのような技術常識に反する主張を堂々としていることを大変遺憾に思うと同時に、当該主張をしたことの事実は、請求人の主張するその他の内容の信用度が著しく低いことの証左となることを指摘する。
 他方、被請求人の「検出コイルは、コイルコアの磁性材料の磁化の変化だけを信号として検出するが、この時コイル出力には熱雑音などの雑音がノイズとして必ず含まれる。熱雑音を含まない回路は存在しない。コイルが、信号として磁化変化のみを検出するという表現と、出力電圧にノイズとして、熱雑音が含まれることは矛盾することではない。」という反論は、熱力学・統計力学を含む物理学からの視点からみて正当な主張である。❞
❝ したがって、GSR現象を生じさせるためには、基本的にパルス周波数のみによることは明らかであるから、「パルス周波数以外の条件をどのように変化させればパルス周波数をGHzオーダーに高めることによってGSR現象が生じるか、どういう場合にGSR現象が起き、どういう場合にGSR現象が起きないかを、当業者は理解困難である」との請求人の主張は、GSR現象がパルス周波数を本質的な発生条件とすることを無視したものであり失当であって、理由がない。

❝ また、そもそも請求人が主張するように、「90度磁壁の移動による磁化回転」によって誘起される電圧の影響を完全にキャンセルする手段又は方法が不明なのであれば、そのような技術常識を踏まえた当業者が請求項1を読んだ場合に、「誘起される電圧の影響を完全にキャンセルする」、すなわち厳密な意味で当該磁化変化のみを取り出す発明が記載されているなどと誤解しないのであって、実質的に当該磁化変化のみを取り出す(もっぱら当該磁化変化を取り出す)発明が記載されていると直ちに理解することができるから、請求人の主張は、結局のところ技術常識に反した曲解に基づくものである。

 ❝ したがって、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、評価すれば、特許請求の範囲の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確ではないことはもとより明らかであるばかりでなく、請求人の主張は、技術常識や日本語の一般的な意味を無視し、記載が不明瞭であるという結論にただただ導かんとすることのみを目的として、記載中の取るに足らぬ曖昧さを曲解、拡大しているものであって、到底これを支持することはできない。

ここで、審決では愛知製鋼の主張を上記のように「常識外れ」、「無視」、「曲解」とのように指摘していることからも、愛知製鋼は、GSRセンサに関する当該特許技術を理解できていないのかもしれません。であるからこそ、愛知製鋼は、自社の技術情報を本蔵氏が不正に持ち出したと認識したのかもしれません。

そうすると、営業秘密の刑事事件について気がかりとなることがあります。技術情報に関する営業秘密について、警察及び検察が正しく理解することができるのか、ということです。例えば、営業秘密が図面等のその技術内容が比較的分かり易い情報であれば、その秘密管理性、有用性、及び非公知性、並びに不正開示の有無等は比較的容易にかつ客観的に判断可能でしょう。しかしながら、今回の事件のように、営業秘密が”発明”であり、その発明をホワイトボードを用いて口頭で第三者に説明(講演)した、とのような場合はどうでしょうか。しかも、理解が困難な技術であればどうでしょう?
営業秘密とする技術情報が特定されていれば、その秘密管理性は客観的に判断可能でしょうが、有用性や非公知性はどうでしょうか。また、口頭での説明内容が当該技術情報と同一であるか否かの判断を、日頃高度な技術に触れていないであろう警察や検察が正確にできるのでしょうか。

上記の判断は、警察及び検察において客観的に行われなければならないものの、どうしても営業秘密が持ち出されたとする企業側の主張や認識がベースにならざる負えないかと思います。もし、企業側の技術的な主張や認識が誤っていたり、企業側の都合がよい解釈の元に成り立っていれば、警察や検察は技術論として企業側の主張等が誤っていると反論できるのでしょうか。警察や検察が企業側に言いくるめられてしまう可能性もあるのではないでしょうか。

営業秘密侵害は、技術情報が含まれる場合も多く、高度な技術的理解を必要とする場合もあるでしょう。場合によっては、争点が技術論に終始する可能性が有るかもしれません。捜査する側はこのような場合にも対応できる体制が必要なのでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年4月4日月曜日

判例紹介:治具図面漏洩事件(刑事事件)有用性

前回紹介した治具図面漏洩事件における有用性に対する裁判所の判断です。
本事件では、被告人が有罪となっているので、当該営業秘密の有用性についても裁判所は認めていますが、これに対して裁判所は有用性について少々突っ込んだ判断をしているとも思えます。

まず、本事件における営業秘密の有用性について、裁判所は以下のように事実認定をしています。
❝本件治具による研磨後のMTフェルールの測定方法は,・・・いったん本件治具に測定の基準となる設定をしてしまえば,後は,特段の技術も要さず,当該MTフェルールを本件治具の挿入穴に挿入するだけで,当該MTフェルールが長短一定の範囲内の長さであることを正確に測定することができ,その所要時間は,a社で従来行われていた工場顕微鏡による測定よりも大幅に短いものであったことが認められる。そして,本件治具を製造するための材料費が比較的廉価であった・・・
また,当該MTフェルールの長さを計測する方法としては,市販されているマイクロメータやノギスを用いる方法もあるが,それらによって,本件治具を使用した測定ほどに,特段の技術も要さず,短時間で正確に所期の測定ができるとは考え難い。また,MTフェルールを傷付けないための・・・ニゲアナのような特徴は,マイクロメータやノギスには見られない利点といえる。
そして,本件治具図面は,以上のような利点のある本件治具に係る設計情報を図面化したものであり,設計図面という性質上,本件治具をそのまま複数製造したり,改良を加えて製造したりすることを容易にする効用も有していたといえる。❞
これに対して、被告人の弁護人は、「予想外の特別に優れた作用効果」を生じさせないとしてその有用性を否定する主張を行いました。
技術情報を営業秘密とした場合に、当該営業秘密の有用性又は非公知性に「予想外の特別に優れた作用効果」を必要とする裁判例は幾つもあります。このため、適否は別として、弁護人がこのような主張をすることは当然でしょう。


これに対して裁判所は、下記のように有用性には「予想外の特別に優れた作用効果」は必要ないと判断しています。
❝不正競争防止法が営業秘密を保護する趣旨は,不正な競争を防止し,競争秩序を維持するため,正当に保有する情報によって占め得る競争上の有利な地位を保護することにあり,進歩性のある特別な情報を保護することにあるとはいえないから,当該情報が有用な技術上の情報といえるためには,必ずしもそれが「予想外の特別に優れた作用効果」を生じさせるものである必要はないというべきである❞
「予想外の特別に優れた作用効果」とは特許における進歩性の判断と同様とも思える判断であり、私個人としてもこのような判断が営業秘密に必要であるかは大変疑問に思っていました。この疑問に思う理由と同様のことを、上記記載の後に裁判所は下記のように判決文で述べています。
❝(そもそも何をもって「予想外」「特別に優れた」というのかが曖昧であり,その意味内容によっては,不正競争防止法が所期する営業秘密保護の範囲を不当に制限する可能性がある❞
今まで営業秘密の有用性に対して「予想外の特別に優れた作用効果」は必要であると判断された裁判例が多数ありますが、上記のようにその判断基準は曖昧であり、未だ明確な判断基準を示した裁判例はないと思います。なお、感覚的には有用性における「予想外の特別に優れた作用効果」が必要とした裁判例では、特許の進歩性と同様の判断基準としたようにも思えますが、それを明示した裁判例はありません。
また、特許と実用新案では要求される進歩性の程度が異なります。もし、営業秘密における有用性の判断基準が特許の進歩性と同様であると考えると、実用新案の進歩性の判断基準と異なる理由が必要でしょう。また、もしかしたら、営業秘密の有用性の判断基準は特許又は実用新案の進歩性の判断基準と異なるのかもしれません。
一方で、本事件における裁判所の判断のように不正競争防止法が営業秘密を保護する趣旨が「不正な競争を防止し,競争秩序を維持するため,正当に保有する情報によって占め得る競争上の有利な地位を保護すること」と考えると、やはり有用性の判断に「予想外の特別に優れた作用効果」は必要でないとすることが妥当であると思えます。


とはいえ、裁判所は、上記の後に下記のようにも述べています。これは、営業秘密の有用性に対して「予想外の特別に優れた作用効果」は不要であるとの立場であっても、本事件の営業秘密は「予想外の特別に優れた作用効果」を有しているとの認識であることを念のために明示したと思えます。
❝反面,後記(3)アのとおり,本件治具以外にこれと同じ性能を持ったMTフェルール用測定治具が実用品として存在しないことに照らせば,本件治具図面を「予想外」の情報と見る余地があろうし,前記アの利点に照らせば,本件治具図面を「特別に優れた」情報と見る余地もあろう)。❞
このように、本事件において、裁判所は今までの主流とも思える有用性に「予想外の特別に優れた作用効果」を必要とする判断を否定したことは、注目に値すると思えます。
すなわち、現時点において裁判所の判断として、有用性に「予想外の特別に優れた作用効果」を必要とする見解と、必要としない見解の2つがあることになります。今後、どちらの見解が主流となり得るのかは営業秘密の有用性判断において重要となるでしょう。

また、有用性について弁護人は、❝「限界ゲージ」という治具が本件治具よりも優れているから,本件治具図面は,有用性の要件を充たしていない❞とも主張しています。この主張はいささか苦し紛れとも思えますが、裁判所は下記のように判断しています。
❝ここで問題とされている「有用性」とは,本件治具図面という情報を保有する者と保有しない者との間で優位性の差異を生じさせ得る相対的な「有用性」を意味すると解されるから,他に機能等において優れた治具が存在するからといって,本件治具図面の有用性が直ちに失われるというものではない。❞
上記❝情報を保有する者と保有しない者との間で優位性の差異を生じさせ得る相対的な「有用性」を意味する❞とのような見解は、まさにその通りであると思います。たとえ、優れた他の情報が公知となっているからと言って、当該営業秘密の有用性が否定されるという絶対的なものではなく、上記のような相対的なものとして有用性は判断されるべきでしょう。

本事件は、刑事事件の地裁判決ではありますが、上記のように、今後の有用性の判断に何かしら影響を与えるかもしれない判断がなされている点において、非常に気になる判例でした。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年3月26日土曜日

判例紹介:治具図面漏洩事件(刑事事件) 秘密管理性

今回紹介する判例は、刑事事件に関するものです。
営業秘密侵害の刑事事件では、その多くにおいて被告人が営業秘密の不正取得等を認め、裁判の争点は量刑であることが多いのですが、被告人が持ち出した情報の営業秘密性等を争う場合もあります。

今回はそのような判例(横浜地裁令和3年7月7日判決 事件番号:平30(わ)1931号 ・ 平31(わ)57号)であり被告人の弁護人は当該情報は不正競争防止法2条6項所定の営業秘密に該当しないと主張しています。
本事件は下記のように報道された事件であり、全国的にはさほど大きく報道されなかったものの、光ファイバーに関する治具図面が中華人民共和国で使用する目的で不正に持ち出されたものです。
本事件の判決は有罪であり、被告人Y1が懲役1年4か月及び罰金80万円、被告人Y2が懲役1年及び罰金60万円とされ、執行猶予が3年となっています。

本事件は、被告人Y1が図面の記載の複製を作成し、被告人Y2にこれを開示したこと、被告人Y2がこれを取得して日本国外で使用したことについては争いがないとされています。なお、被告人Y1は、電気通信機器の製造及び販売等を業とするa社(被害企業)の取締役として光通信部品の設計販売等を統括管理し、a社の営業秘密である測定治具等の設計画面を示されています。また、被告人Y2は、b社の代表者として、光通信部品等の販売を業とするものです。

まず、本事件において営業秘密とされる治具図面に記載の本件治具の構造は、下記のようなものです。なお、MTフェルールとは、光通信において光ファイバーを接続するための装置であるMPOコネクタを構成する樹脂製の部品とのことです。
❝本件治具の構造は,市販のダイヤルゲージの軸部分の先端に測定子を取り付けた上,軸部分及び測定子に筒状のアダプタを被せるというものであった。本件治具による測定方法は,MTフェルールをアダプタ底面の挿入穴に差し込み,これを測定子に接触させて移動させ,その移動範囲をダイヤルゲージに表示させて,MTフェルールの長さを測定するというものであった。本件治具によって100分の1ミリメートル単位の長さが測定できた。❞
そして、この図面の管理状況として下記が挙げられています。
(ア)「設計・開発管理規定」により、治具図面を含む製造図面を顧客へ提出することは禁止。同社の各種管理規定については、社内のウェブサイトに最新版が掲載されており、社員であれば閲覧が可能。
(イ)従業員就業規則において「会社,取引先等の秘密,機密性のある情報,顧客情報,企画案,ノウハウ,データー,ID,パスワード及び会社の不利益となる事項を第三者に開示,漏洩,提供しないこと」とされていた。本社1階事務室には、従業員就業規則のコピーが置かれており、社員であれば閲覧が可能。
(ウ)平成24年10月13日に開かれた事業運営会議において、企業防衛のため社員との機密保持契約を締結することとされ、同会議メンバー等が機密保持誓約書に署名押印して提出。被告人Y1も秘密保持誓約書に署名押印して提出。
(エ)平成27年4月7日付け通知書により、機密保持の観点から、図面、仕様書等の裏紙使用は即日禁止され、それらの書類は裁断して廃棄又は溶融業者に処分を依頼することとされた。

上記のような管理状況では、治具図面そのものにマル秘マーク等を付す等の管理がされておらず、治具図面に対する秘密管理が十分、すなわち客観的に秘密であることが認識可能なような管理状況であったのかについて疑義が生じます。


しかしながら、裁判所は下記のようにその秘密管理性を認めています。
❝a社は,平成28年4月1日の時点で本社役員5名,本社従業員33名とする規模の会社であったところ(甲2。なお,本社以外にも日本国内に複数の工場があったが,本社の規模を考えると,各工場で本件治具図面に類する技術上の情報に接し得る社員は限定的であったと推認される),会社の規模がその程度であったことを踏まえれば,本件当時,同社の役員及び従業員にとって,前記第2の3(3)ウで見た各施策により,同社が本件治具図面について秘密管理意思を有していることは,客観的に十分に認識可能であったものと認められる。❞
このように、裁判所は治具図面の秘密管理性について、a社の規模が小さいことから上記のような管理状況でも客観的に認識可能であったと判断したようです。
このような、会社規模が小さいことが秘密管理性の判断に影響を与えた民事訴訟の裁判例として、婦人靴木型事件(東京地裁平成26年(ワ)第1397号(平成29年2月9日判決))があります。

この事件では、営業秘密である婦人靴の木型(本件オリジナル木型)が持ち出された原告会社は、取締役二名と従業員三、四名という規模の会社です。そして、裁判所は本件オリジナル木型の秘密管理性を下記のように認めました。
❝〔1〕原告においては,従業員から,原告に関する一切の「機密」について漏洩しない旨の誓約書を徴するとともに,就業規則で「会社の営業秘密その他の機密情報を本来の目的以外に利用し,又は他に漏らし,あるいは私的に利用しないこと」や「許可なく職務以外の目的で会社の情報等を使用しないこと」を定めていたこと,〔2〕コンフォートシューズの木型を取り扱う業界においては,本件オリジナル木型及びそのマスター木型のような木型が生命線ともいうべき重要な価値を有することが認識されており,本件オリジナル木型と同様の設計情報が化体されたマスター木型については,中田靴木型に保管させて厳重に管理されていたこと,〔3〕原告においては,通常,マスター木型や本件オリジナル木型について従業員が取り扱えないようにされていたことを指摘することができる。これらの事実に照らすと,本件設計情報については,原告の従業員は原告の秘密情報であると認識していたものであり,取引先製造受託業者もその旨認識し得たものであると認められるとともに,上記〔1〕の誓約書所定の「機密」及び就業規則所定の「営業秘密その他の機密情報」に該当するものとみられ,原告において上記〔1〕の措置がとられていたことは秘密管理措置に当たるといえる。❞
本事件はにおいて裁判所は、誓約書及び就業規則といった程度の秘密管理措置に基づいて本件オリジナル木型の秘密管理性を認めています。この理由は、原告の業務が婦人靴の製造であるように非常に限られた業務範囲であることや、原告企業が従業員三、四名の小規模な企業であったためと思われます。

このように、企業規模が小さい場合には、営業秘密とする情報等(本事件では図面)に直接的に秘密管理意思が示されていなくても、その他の措置によってその秘密管理性が認められる可能性があると思われます。すなわち、規模の大きな企業に比べて、不十分と思われる程度の秘密管理体制であっても、営業秘密で言うところの秘密管理性が認められる可能性があります。

なお、本事件では被告人Y1がa社の取締役であったことも秘密管理性の判断に影響を与えていると思われます。この点について、裁判所は下記のように判断しています。
❝被告人Y1は,本件治具の設計・製造に主導的に関与していた上,本件当時,a社の取締役の立場にあり,既に機密保持誓約書にも署名押印してこれを提出していたのであるから,本件領得行為及び本件開示行為の際,前記1で見た本件治具図面に係る秘密管理性,有用性及び非公知性を基礎付ける事実関係の核心部分については,当然に認識,理解していたものと認められるのであって,本件治具図面が営業秘密に該当することを認識していたことは明らかである。❞
このような判断はあってしかるべきだと思います。営業秘密の不正な持ち出しは、従業員だけでなく役員等が行う場合も多くあります。企業の役員等は営業秘密に触れる機会も多いでしょうし、それが営業秘密であることは従業員よりも強く認識しているでしょう。そうであれば、営業秘密の不正な持ち出しについて、その役職が影響を与えることは妥当であると思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信