<お知らせ>

2024年1月10日
・no+eに新しい記事「営業秘密とする技術情報の特定」を投稿しました。

2023年2月8日水曜日

QRコードとPDFの知財戦略の共通性

前回までは、Adobeが開発したPDFの知財戦略について考えてみました。

また、以前にはデンソーが開発したQRコードの知財戦略についても知財戦略カスケードダウンに当てはめて考えています。

QRコードとPDFとは、説明するまでもなく、技術分野や市場が全く異なります。
しかしながら、新たなフォーマットの技術を広く普及させるための事業戦略・知財戦略は良く似通っているとも思えます。その類似点について述べてみようと思います。

まず、QRコードとPDFとはシステムとして考えた場合には処理の流れが以下のように同じとも思えます。

<生成装置>
・QRコード:QRコードの生成ソフト
・PDF:PDFファイルの生成ソフト
<生成物>
・QRコード
・PDFファイル
<読取装置>
・QRコードの読取装置
・PDFファイルの閲覧ソフト

QRコードを開発したデンソーは、QRコードそのもの(QRコードの生成)について特許権を有していまいたが、QRコードの生成については無償許諾しています。このため、デンソーは、生成ソフト及びQRコードそのものからは収益を得ることができません。
一方、デンソーは、読取装置に関する特許権を他社にライセンスしたものの、自社が技術的優位性を保つために画像処理技術に関しては秘匿化しています。

また、PDFについて、AdobeはPDFに関する特許権を有していましたが、PDFファイルの閲覧ソフト(Acrobat Reader)をエンドユーザに無償提供しています。このため、AdobeはPDFファイルそのものや閲覧ソフトから収益を得ることができません。
さらに、Adobeは、PDFファイルに関する仕様書であるPDF仕様書を無償公開しているので、他者はPDFファイルの生成ソフトを製造販売することができます。しかしながら、Adobeは他社に対してPDF仕様書に準拠することを要求しており、PDF仕様書を超えた優れた機能はAdobeしか実施できないようにすることで、自社の技術的優位性を保っています。


このように、QRコード、PDF共に、エンドユーザが使用して最も多量に生成されるQRコードとPDFファイルに対して基本的に権利行使の対象としておらず、これらから収益を得ていません。
一方で、QRコード、PDF共に、自社が収益を挙げることができる技術が何であるかを見定め、そこに知財を活かしています。すなわち、QRコードでは優れた画像認識機能を必要とする読取装置、PDFではPDFファイルの生成や編集等の様々な機能が付加される生成ソフトで収益を得ています。

また、QRコードは、読取装置に関する特許権の有償ライセンスを行うと共にノウハウの開示を行っています。これは、QRコードは画像認識により再現性高く読み取る必要があるものの、企業によっては読み取りに関する技術が不十分な可能性があります。このため、ノウハウ開示は、他社の読取装置の性能や品質が最低限に確保できるようにするという目的があります。仮に、QRコードを正しく読み取れないような他社製品が市場に出回ると、QRコードという技術の信頼性が大きく損なわれ、QRコードの普及を阻害することになるでしょう。

一方で、AdobeはPDF仕様書を無償(ライセンスフリー)で開示していますが、QRコードのようにノウハウの提供までは行っていないようです。PDF仕様書には、十分な情報開示がなされており、他社もPDF仕様書に基づいてPDF作成ソフトを製造することで当然に再現性の高くPDFを作成できるということなのでしょう。そもそも、PDF仕様書は無償開示されているので、さらにAdobeが他社にノウハウ提供を行うことは考えられないでしょう。

ここで、QRコードもPDFのようにQRコードの読取装置に関する仕様書を無償開示する一方で、仕様書に準拠しない読取装置を製造販売した他社に権利行使を行うという方策(知財戦略・戦術)を採用したらどうなっていたでしょうか。
仕様書の無償開放を行うと、上記のように他社に対してノウハウの提供を行うことを前提としません。このため、QRコードの開発当時である1990年代は今ほど画像認識技術が一般的ではないため、性能や品質が劣る読取装置が市場に出回る可能性が高いのではないでしょうか。従って、ノウハウの提供を行うという前提に立つと、QRコードの読取装置の特許権に関して有償でライセンスすることは、非常に理にかなっているように思えます。

しかしながら、仮に現在のように、ある程度高いレベルの画像認識技術を比較的容易に取得できる環境、さらにはスマホ等を用いることで取得した画像を認識できる環境においては、仕様書に読取装置の技術内容を記載することで特段のノウハウ提供をおこなうことなく、他社は性能や品質が十分な読取装置を製造できるのではないでしょうか。
すなわち、当該技術を取り巻く環境(又はビジネス環境)に応じても、当然に知財戦略・戦術は変わってくるということになります。すなわち、技術環境やビジネス環境を見誤ると、適切な知財戦略・戦術を選択できない可能性があります。

以上のように、QRコードやPDFと同様の新たなフォーマットの技術を開発した場合に、当該技術を普及させるためには、これらの知財戦略・戦術が参考になるかと思います。

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2023年1月30日月曜日

PDFの普及から考える知財戦略(2)

今回は前回の続きであるPDFの普及に関する知財戦略・戦術について考えます。

PDFの普及に関する事業戦略・戦術は以下のようなものでした。

<事業目的>
PDF市場を大きくする。
<事業戦略>
(1)誰もがPDFを無料で閲覧可能とする。
(2)PDF作成ソフトを他社も開発可能とし、他社によるPDF市場参入を促す。
(3)自社製のPDF作成ソフトの販売で利益を得る。
<事業戦術>
(1)自社開発ソフトであるAcrobat Readerを無償提供。
(2)PDF仕様書を無償で公開する。
(3)PDF市場に参入する他社よりも高機能のPDF作成ソフトを販売。

上記事業戦術における「(1)自社開発ソフトであるAcrobat Readerを無償提供。」については、知財戦略というよりもAcrobatの販売戦略の色合いが強いとも思え、知財戦略の立案対象ではないとします。
そこで、知財戦略としては「(2)PDF仕様書を無償で公開する。」及び「(3)PDF市場に参入する他社よりも高機能のPDF作成ソフトを販売。」に対応するもの考えます。すなわち、事業戦術の(2),(3)は、知財なくして実現できないものであり、知財の使い方を誤ったら自社が利益を挙げることができなくなるかもしれません。

事業戦術(2)と(3)とは、PDF仕様書を無償公開しつつ、そのPDF作成ソフトで利益を挙げるという、表裏一体ともいえるものです。そこで、事業戦術(2)と(3)とを組み合わせたものを知財目的「PDF仕様書を無償公開しつつ、高機能のPDF作成ソフトを販売。」とし、知財戦略・戦術を以下のように考えます。

<知財目的>
PDF仕様書を無償公開しつつ、高機能のPDF作成ソフトを販売。
<知財戦略>
PDF仕様書の技術範囲に係る特許権や著作権を無償開放しつつ、PDF仕様書には自社のPDF作成ソフトに実装する高機能は記載しない。
<知財戦術>
(1)PDFに関する特許権(PDFそのものの機能、PDF作成ソフトの機能)を取得し続ける。
(2)プログラムの著作権の管理。
(3)自社の優位性を保つための高機能技術に係る権利は無償開放しない。
(4)PDF仕様書に準拠しない技術を開発した他社には権利行使。
(5)新たな技術を追加してPDF仕様書を更新する。
上記のように知財戦略は、「PDF仕様書の技術範囲に係る特許権や著作権を無償開放しつつ、PDF仕様書には自社のPDF作成ソフトに実装する高機能は記載しない。」となります。
ここで、PDF仕様書を無償公開としても、その技術範囲に係る特許権や著作権も無償開放としなければ、他社はPDF作成ソフトの製造に躊躇することとなります。そこで、知財戦略としては、上記特許権や著作権の無償開放となります。なお、著作権とは、ソフトウェアのプログラムになります。
その一方で、PDF作成ソフトの高機能については、PDF仕様書には含まないようにします。この高機能は、Adobeにとっての利益の源泉となるため、他社による実施は許諾できません。

次に、このような知財戦略に基づく知財戦術としては、まず「(1)PDFに関する特許権を取得し続ける。」は必要かと思います。特許の対象はプログラムなので、特許出願しなければ他社による模倣を防止できるかもしれません。しかしながら、知財戦術の「(5)PDF仕様書の更新」を考慮に入れると、更新する仕様書には新しい技術を記載することとなるため、仮に特許権を取得しないと知財戦術「(4)PDF仕様書に準拠しない技術を開発した他社には権利行使。」ができないこととなります。
また、PDFの開発を進めることで必然的に関連する著作権も得ることとなります。そして、知財戦術(4)を行うためには、自社がどのような著作権を有しているかを管理する必要があります。これが知財戦術の「(2)プログラムの著作権の管理。」となります。

また、知財戦術として「(3)自社の優位性を保つための高機能技術に係る権利は無償開放しない。」が挙げられます。これは、自社のPDF作成ソフトの優位性を保つために必要なこととなります。従って、この知財戦術(3)は、非常に重要な判断を要します。この判断を誤るり、高機能技術をPDF仕様書に加えてしまうと、自社利益の源泉となる技術を他社に与えることとなります。その一方で、PDF仕様書の更新の際に、PDF仕様書に加える新たな技術を出し渋ると、他社のPDF作成ソフトが陳腐化し過ぎ、PDFに替わる新たなフォーマットのドキュメントファイルの台頭を許すことになりかねません。

また、知財戦術として「(4)PDF仕様書に準拠しない技術を開発した他社には権利行使。」が挙げられます。PDF仕様書の公開と共にこの条件を加味しないと、他社はAdobeよりも高機能なPDF作成ソフトを製造販売する可能性が有ります。この方策があるからこそ、他社はPDF市場に参入するものの、PDFに関連する新しい技術開発ができずに、常にAdobeよりも劣る機能しか実装できないこととなります。仮に方策が無ければ、Adobeは他社に対する優位性を保つことが難しくなるでしょう。

さらに、知財戦術として「(5)新たな技術を追加してPDF仕様書を更新する。」が挙げられます。具体的には、Wikipediaの「Portable Document Format」に記載があるように、PDF仕様書は複数回の更新が行われており、その都度、新機能が追加されています。
これにより、他社は、Adobeの製品よりも劣るものの、PDF仕様書が更新されると新たな機能を自社の製品に追加することができ、自社製品の陳腐化を防止できます。そして、それがPDFそのものの陳腐化を防止し、新たなフォーマットのドキュメントファイルの台頭を防止します。

以上のように、PDFを普及させつつ、Adobeが利益を挙げるための事業戦略及び知財戦略は、自社開発技術のオープン・クローズ戦略の良い例であり、このような戦略は、新たなフォーマットの技術を開発した場合に、当該フォーマットの普及とそこから利益を挙げるための手法の参考になると思います。

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2023年1月23日月曜日

PDFの普及から考える知財戦略(1)

AdobeのPDF(Portable Document Format)は説明するまでもなく世界中に広く普及しています。このPDFファイルを閲覧するためには、専用のソフトウェアが必要ですが、AdobeはAcrobat Readerを無償提供することで、誰でもPDFファイルを閲覧可能としています。
また、Adobeは、PDFに関する特許を多数取得し、現在ではPDFの仕様はISOの規格になっています。
では、AdobeはこのPDFをどのような戦略によって広く普及させたのでしょうか。
今回も知財戦略カスケードダウンに当てはめて考えてみます。

まず、PDF普及の概要については、以下のようなものです。なお、上記のようにPDFに係る技術は現在では規格化されているので、下記のPDF普及の概要は普及戦略の初期段階ともいえるでしょう。

まず、Adobeは、PDF作成ソフトとしてAcrobatを販売しました。また、Adobeは、PDF閲覧ソフトとしてAcrobat Readerを無償提供することで、誰でもPDFファイルを閲覧可能としています。
Adobeは、AcrobatやAcrobat Readerを市場に投入する一方で、PDF仕様書を公開しました。また、PDFの作成に係るAdobeの特許権は無償許諾されます。これにより、Adobe以外の他社もPDF作成ソフトを自社で開発して販売したり、PDF作成機能を自社のソフトウェアに組み込むことができます。
このような方策により、PDF市場が大きくなることが期待でき、実際に大きくなりました。

しかしながら、誰でもPDF作成ソフトを開発可能とすると、Adobeよりも優れたものを他社が開発する可能性があります。そうすると、PDF市場におけるAdobeの優位性が失われる可能性があります。
そこで、Adobeは自社の優位性を保つために、他社によるPDF作成ソフトの開発に対して「仕様書に準拠しなければならない」という条件を設けることで、他社が独自技術を開発することを禁じたようです。仮に、他社が独自技術を盛り込んだPDF作成ソフトを製品化すると、Adobeは特許侵害とするのでしょう。
さらに、プログラムの著作権も無償開放する一方で、他社による当該著作権に係る技術を用いた独自技術の開発を禁じていたようです。

以上のことを知財戦略カスケードダウンに当てはめます。
まず、事業戦略ですが、下記のように考えます。
<事業目的>
PDF市場を大きくする。
<事業戦略>
(1)誰もがPDFを無料で閲覧可能とする。
(2)PDF作成ソフトを他社も開発可能とし、他社によるPDF市場参入を促す。
(3)自社製のPDF作成ソフトの販売で利益を得る。
<事業戦術>
(1)自社開発ソフトであるAcrobat Readerを無償提供。
(2)PDF仕様書を無償で公開する。
(3)PDF市場に参入する他社よりも高機能のPDF作成ソフトを販売。

事業目的は、「PDF市場を大きくする。」、換言すると、PDFを世界中に普及させることになります。

この事業目的を達成するための事業戦略は、上記のように(1)~(3)です。
事業戦略の「(1)誰もがPDFを無料で閲覧可能とする。」は、実際にPDFを使用するエンドユーザを意識したものになります。すなわち、PDFの閲覧ソフトが有料であると、エンドユーザはPDFを使用する意欲が必然的に低くなるでしょう。一方で、PDFを無料で閲覧可能とすると、エンドユーザはPDFの閲覧に対する抵抗感は非常に低くなるでしょう。
この事業戦略(1)に対応する事業戦術が、「(1)自社開発ソフトであるAcrobat Readerを無償提供。」となります。すなわち、閲覧ソフトの無償提供は、他社に頼ることは難しいため、まずは自社開発ソフトを無償提供するということになります。

次に、事業戦略の「(2)PDF作成ソフトを他社も開発可能とし、他社によるPDF市場参入を促す。」ですが、これはPDFの事業戦略の一番の特徴です。PDFを広く普及させることは、自社だけでなく他社も巻き込んだほうが実現し易いでしょう。
しかしながら、それは他社が容易に市場参入可能とする環境整備が必要です。その環境整備が事業戦術の「(2)PDF仕様書を無償で公開する。」です。他社は、Adobeが提供するPDF仕様書に基づいてPDF作成ソフトを制作すればよく、開発コストは当然低くなり、PDF市場への参入も容易となるでしょう。

上記(1),(2)のような事業戦略・戦術によってPDF市場の拡大を図りますが、AdobeはどのようにしてPDF市場から利益を挙げるのでしょうか。それが事業戦略の「(3)自社製のPDF作成ソフトの販売で利益を得る。」となります。
ここで、上記(2)のように事業戦略・戦術としてPDF仕様書を無償公開しているので、他社は安価にPDF作成ソフトを制作でき、場合によっては自社の既存ソフトの機能の一つとしてPDF作成機能を組み込むこともできます(マイクロソフトのWordには現在機能の一つとしてPDF化があります。)。すなわち、他社はエンドユーザに対して低額又は実質的に無償でPDF作成ソフトを市場に投入してエンドユーザに提供できます。
このため、Adobeは、低価格のPDF作成ソフトを市場に投入して利益を得ることは現実的ではないでしょう。
そこで、この事業戦略(3)に対応する事業戦術は、「(3)PDF市場に参入する他社よりも高機能のPDF作成ソフトを販売。」となります。高機能化により他社のPDF作成ソフトと差別化し、より高い利益を求めるという事業戦術です。

次回は、このようなPDFの普及に対する事業戦術に対応する知財戦略・戦術について考えます。

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