2023年7月4日火曜日

不競法2条1項8号における「取得」や「使用」とは?その1

不正競争防止法第2条1項8号は下記のように規定されており、例えば、自社への転職者(転入者)が前職企業の営業秘密を自社で開示して、それを自社で使用した場合に不正競争防止法違反であるとして適用されます。
不正競争防止法第2条1項8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
では、具体的にどのような行為がこの不競法2条1項8号違反となるのでしょうか。これについて、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)を参考にして考えます。
本事件は、家電小売り業のエディオン(原告)の元従業員(被告P1)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である上新電機(被告会社)へ持ち出した事件の民事訴訟です。この事件は刑事事件にもなっており、この元従業員は有罪判決となっています。
本事件は、被告が原告から持ち出した営業秘密は複数あり、それぞれについて被告による不正な開示・使用(不競法2条1項7号違反)、被告会社による不正な開示・使用(不競法2条1項8号違反)が裁判所によって判断されています。

まず、原告の営業秘密である資料1-1について、以下のように被告P1の不正使用・開示行為があったと裁判所は判断しています。なお、資料1-1の内容は閲覧制限により具体的にはわかりませんが、原告の標準構成明細というものに含まれる情報であると思われます。また、下記P4は原告の従業員です。
❝(ア) 前記(1)ウ(エ)のとおり,被告P1は,被告会社において,パッケージリフォーム商品の商品開発や仕入交渉等を単独で担当するとともに,原告の標準構成明細を使用して本件比較表及びこれに添付された標準構成明細を作成し,これをP4等に示した。また,被告P1は,原告の標準構成明細の書式を使用して被告会社の標準構成明細のテンプレート(別紙2「営業秘密目録」資料1-1-2)を作成した(前記ウ(オ))。当該テンプレートは,原告の標準構成明細の書式とかなりの程度類似する上,その備考欄上部の記載は,これが原告の標準構成明細の書式をもとに作成されたことをうかがわせる。
被告P1も,当該テンプレート作成に当たり表としては原告の標準構成明細を使用したことを認めている(被告P1本人)。
これらの事情に加え,被告P1がP1HDD に原告の標準構成明細のデータを保存していること(前記ア(イ))に鑑みると,被告P1は,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発に当たり,その仕入価格,粗利率,粗利金額の設定のため原告の標準構成明細記載の原告の仕入価格等の情報を参考にしていたことが合理的に推認される。また,被告P1は,被告会社の標準構成明細の書式作成に当たり,原告の標準構成明細の書式を使用したことが認められる。・・・
以上より,被告P1による資料1-1の情報の使用及び同情報に基づき作成された資料1-1-2の情報の使用は,不正競争(不競法2条1項7号)に当たる。❞

そして、被告会社に対して、裁判所は下記のように資料1-1の情報について、被告会社は営業秘密不正開示行為があることを知り又は少なくとも重大な過失によって知らずに取得したと認めました。
❝(イ) 前記(1)ウ(エ)及び(1)エのとおり,被告会社共有フォルダ内に原告の標準構成明細のデータが保存されており,同フォルダを通じてP4及びP8がこれに含まれるデータを業務上使用する USBメモリに保存している。しかも,そのフォルダ名から,当該データが,本来は被告会社にあるはずのない原告のデータであることは容易に理解し得る。
これらの事情を総合的に考慮すると,被告会社は,資料1-1の情報につき,営業秘密不正開示行為があることを知り又は少なくとも重大な過失によって知らずに,これを取得したものと認められる。すなわち,被告会社による資料1-1の情報の取得は,不正競争(不競法2条1項8号)に当たる。❞
なお、前記(1)ウ(エ)及び(1)エは、下記です。
❝(1)  関連する事実
・・・
ウ 被告P1の被告会社入社と被告会社のJUMPシステム開発等
・・・
 (エ)被告P1は,被告会社入社後,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発及び仕入交渉等を単独で担当するようになった。・・・
被告P1は,その頃,本件比較表を,当時パッケージリフォーム商品の仕入を担当していたP4を含む被告会社従業員に示した上で,被告会社の粗利額,粗利率が低いことについて厳しい口調で叱責した。その際,P4は,被告P1からそのデータをもらい受け,業務上使用する資料等を記録する自己のUSB メモリに保存した。また,本件比較表及び関連資料である上記標準構成明細のデータ(「JE構成明細比較.xls」)は,被告会社共有フォルダの「Edion」フォルダ内に保存されたことにより,被告会社スマートライフ推進部所属の従業員であれば閲覧可能な状態に置かれた。
・・・
エ 被告会社共有フォルダに保存されたデータ
被告会社共有フォルダには,「Edion」という名称のフォルダが存在する。同フォルダには,「(旧)商品作り」,「1P1」,「110218 エディオン様マスター」等のフォルダが存在する。このうち,「(旧)商品作り」には,「J-E 構成明細比較.xls」のファイルがあるほか,標準構成明細,プランニングチェックシート等のデータが保存されている。
スマートライフ推進部の従業員は,上記「Edion」フォルダの存在を認識しており,同フォルダ内のデータを閲覧するのみならず,前記のとおり,P4やP8は,同フォルダ内のデータを自己が使用するUSB メモリに保存していた。❞
すなわち、原告の営業秘密を被告P1から受け取った被告会社従業員P4やP8が「Edion」という名称のフォルダを作成し、そこに原告であるエディオンの営業秘密を保存したという行為に対して、被告会社は不競法2条1項8号違反であると判断されたことになります。

確かに、不競法2条1項8号には「取得」も不競法違反として含まれています。このため、転入者が転職先企業において前職の営業秘密を開示した段階で、当該転職先企業はこの営業秘密を否が応でも取得したこととになり、不競法違反の可能性が生じます。これは転職先企業において非常に厳しい状況であり、このような状況に陥ることは避けなければなりません。

さらに、被告は、原告の標準構成明細の書式を使用して被告会社の標準構成明細のテンプレートである資料1-1-2を作成して、被告会社従業員P3にメールしています。しかしながら、これについて裁判所は、下記のように被告会社の不競法違反に認めていません。
❝他方,被告P1は,被告会社において,その在籍中は被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等を単独で担当していたものであり,その際に使用する標準構成明細も,原告の標準構成明細のデータ及び原告在籍中の被告P1の経験に基づき,他の被告会社従業員の関与のないままに作成されたものとうかがわれる。そうすると,被告会社における標準構成明細(甲86,87)について,被告会社が,被告P1の営業秘密不正開示行為により作成されたものと知っていたこと又は知らないことにつき重大な過失があると認めるに足りる証拠はない。
したがって,資料1-1-2の情報については,被告会社の行為は,不正競争(2条1項8号)に当たらない。これに反する原告の主張は採用できない。❞
資料1-1-2について、被告会社の不競法違反が否定された要因として「被告P1以外の被告会社従業員の関与がなく、原告の営業秘密を使用したこと被告会社が知ることもできなかった」ことにあるのでしょう。すなわち、すでに被告会社従業員であるものの転入者である被告P1が独自に作成した資料を被告会社で開示しても、被告会社は不競法違反にならないようです。
従って、本事件において、仮に被告P1が原告の営業秘密である情報1-1を被告会社で開示することなく、自身が独自に資料1-1-2を作成して、それを被告会社が使用しても被告会社は不競法違反にならないと思われます(原告から被告会社へ警告等がされた後も使用し続けたら、不競法2条1項8号違反となる可能性はあると思います)。

次回につづきます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年6月25日日曜日

判例紹介:退職時の秘密保持誓約(合意の拒否)

近年、従業員の退職時に秘密保持誓約書への合意(サイン)を求める場合が多くなっているようです。しかしながら、本ブログでも度々述べているように、営業秘密とする情報に対して秘密管理措置の実態が伴っていなければ、秘密保持誓約書をもって秘密管理性が認められる可能性は低いと思われます。また、退職者が秘密保持誓約書の合意を拒否したとしても、それは情報の秘密管理性とは関係がありません。

今回は、退職時に秘密保持誓約書の作成を退職者から拒否された裁判例(大阪地裁令和5年4月17日 事件番号:令3(ワ)11560号)を紹介します。
本事件は、被告P2が被告P1の指示の下、被告が原告の契約するクラウドに記録されていた営業秘密である取引先及び取引内容に係る情報(本件情報)を窃取して被告会社に開示した等を原告が主張した事件です。なお、被告P1,P2は共に元原告の従業員です。
被告P1,P2は、原告への入社時に秘密保持義務が記載された誓約書を締結した一方で、退職する際に誓約書を締結するよう原告から求められたものの拒絶しています。

なお、本件情報が記載されたファイルや書面には営業秘密である旨の表示がなく、ファイルにはパスワード等のアクセス制限措置が施されておらず、原告の全従業員がアクセス可能なクラウドに保存されていました。このような管理に対して裁判所は、適切に秘密として管理されていたとはいえず、また、秘密として管理されていると客観的に認識可能な状態にあったとはいえない、と裁判所は判断しています。


そして、入社時の誓約書を用いた秘密管理性の有無について、裁判所は以下のように判断しています。
❝③通信・運用管理規程や入社時の誓約書には、本件情報1及び2を営業秘密として管理する旨の記載はなく、他人の個人情報をみだりに開示しないことと他人の個人情報が原告の営業秘密であることとは関係がない。❞
さらに、退職時に要求した誓約書について、裁判所は以下のように判断しています。
❝④原告が被告P1及び被告P2の退職時に要求した誓約書は、原告の事業に関する価格、取引情報のみならず、商品、サービス、財務、人事等に関する広範な情報を秘密情報とし、理由の如何を問わず、自己又は第三者のために開示、使用することを無期限に禁じ、退職後、2年間もの間、競合企業への就職等を一切禁止する内容であり(甲37)、仮に合意されたとしても明らかに公序良俗に反し無効なものであり、被告P1及び被告P2がこれを拒否するのは当然であって、むしろ、原告において本件情報1及び2を適切に営業秘密として管理していなかったことを窺わせる事情といえる。❞
このように、誓約書に対しては、本件情報を営業秘密とすることを記載したものではなく、包括的なものであるとして、誓約書によっても本件情報の秘密管理性は認められないと判断しています。
特に、退職時に要求した誓約書に対する合意の拒絶が被告P1,P2にとって不利となるようなこともなく、裁判所は❝仮に合意されたとしても明らかに公序良俗に反し無効である❞とまで認定しています。

以上のように、情報に対する秘密管理措置の実態が伴っていなければ、従業員等との間で包括的な秘密保持誓約書等を締結していても、この誓約書には秘密管理措置としての意味はありません。また、秘密管理措置の実態がなければ秘密保持誓約書の合意を退職者が拒絶したとしても、それによって退職者が不利となることはないでしょう。

秘密保持誓約書のみならず就業規則等は、主に包括的な秘密保持義務を従業員等に課すものです。このため、それのみで秘密管理措置と認められる可能性は低く、裁判においてはあくまで秘密管理措置の主張を補強する程度のものと考えるべきでしょう。
なお、仮に秘密保持誓約書の合意を拒絶したとしても、営業秘密を不正に持ち出して使用等したら、それは営業秘密侵害となります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年6月19日月曜日

営業秘密侵害はどこから刑事的責任を負うのか。

前回のブログでは、営業秘密に関する民事的責任として、営業秘密を不正に持ち出しただけでは使用や開示を行わないと損害賠償責任は負わない可能性が高いものの、当該営業秘密の使用や開示をしてはならないという差止請求の対象になる可能性があることを書きました。

では、営業秘密に関する刑事的責任はどうでしょうか。民事的責任と同様に使用や開示を行わない限り責任は生じないのでしょうか。
ここで、には営業秘密の刑事的責任について規定されてる不正競争防止法第21条1項1号~4号は以下の通りです。
第二十一条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。次号において同じ。)又は管理侵害行為(財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の営業秘密保有者の管理を害する行為をいう。次号において同じ。)により、営業秘密を取得した者
二 詐欺等行為又は管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示した者
三 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
四 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、その営業秘密の管理に係る任務に背いて前号イからハまでに掲げる方法により領得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、使用し、又は開示した者
・・・
不競法第21条3項,4項は、正当に営業秘密を示された者(企業から業務遂行のために営業秘密を渡された者)が営業秘密侵害罪に問われる場合が規定されています。すなわち、この規定は、転職者が前職企業の営業秘密を持ち出した場合に適用される可能性があります。
具体的には、3項には不正の利益を得る目的や損害を与える目的(図利加害目的)で営業秘密を領得した場合が営業秘密侵害罪であるとされ、その領得には横領や複製の作成、消去したように見せる、ことであると規定されています。
また、4項には領得した営業秘密を図利加害目的的で使用又は開示することが、営業秘密侵害罪であると規定されています。

このように、営業秘密の刑事的責任では図利加害目的のある「領得」と「使用又は開示」とが明確に分かれており、営業秘密保有者に図利加害目的で領得(持ち出)しただけでも刑事罰を受ける可能性があります。


実際にこのような事例は多々あり、最高裁まで争った事件(最高裁平成30年12月3日 事件番号:平30(あ)582号)もあります。この事件は、日産の元従業員が他の自動車メーカーへ転職するにあたって、日産の営業秘密を持ち出した事件であり、他の自動車メーカーへの当該営業秘密の開示は認められなかった事件です。
具体的には、被告人は、転職が決まった後に多量の営業秘密(データファイル)を私物のハードディスクに複製しています。この行為について、裁判所は以下のように判断し、「不正の利益を得る目的」があったとして、懲役1年(執行猶予3年)の刑となっています。
❝・・・被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。❞
このように、転職前に正当な目的無く営業秘密を持ち出すと転職先で開示又は使用するという図利加害目的である判断され、刑事罰を受ける可能性があります。

さらに、不正競争防止法第21条1項7号には下記のように、不正に開示された営業秘密を他者が使用又は開示することが営業秘密侵害であると規定されています。
七 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、第二号若しくは前三号の罪又は第三項第二号の罪(第二号及び前三号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示した者
すなわち、営業秘密を前職企業から不正に持ち出した転職者(転入者)が、前職企業等の他社の営業秘密を転職先で開示し、この情報が他社の営業秘密であるとの認識のもとで転職先企業の従業員が使用等すると、当該従業員も刑事罰を受ける可能性があります。

この7号が適用された事件としては、東京高裁令和 4年2月17日(事件番号:令3(う)1407号)があります。この事件は、a社の取締役であった被告人Y1がa社の営業秘密である測定治具等の設計図面を領得して、中国会社の代表者である被告人Y2に開示して被告人Y2はこれを使用したというものです。
判決は、被告人Y2が懲役1年及び罰金60万円、被告人Y1が懲役1年4か月及び罰金80万円となっており、共に執行猶予はありません。

このように、営業秘密を領得しただけでも刑事罰が課される可能性があり、さらに、領得した者から開示された営業秘密を使用等した者も刑事罰を受ける可能性があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信