2023年8月15日火曜日

判例紹介:公知の情報の寄せ集めは営業秘密になるか?

多くの技術情報が様々な媒体で公開されているため、技術情報に係る営業秘密は顧客情報等の営業情報とは異なり、有用性や非公知性が否定される場合があります。例えば、公開されている技術情報を寄せ集めた情報であるとして、原告が営業秘密であると主張する技術情報の非公知性が裁判所によって認められなかった例があります。
今回は、裁判所によってそのような判断がなされた事件(東京地裁令和4年8月9日(事件番号:令3(ワ)9317号))を紹介します。この事件は原告によって控訴(知財高裁令和5年2月21日(事件番号:令4(ネ)10088号))されましたが、地裁判決は覆っていません。

本事件の概要は、原告の従業員であって後に被告会社に移籍したBが原告に在籍中に本件データのファイルのうちスライド2枚目ないし8枚目の部分を作成し、Bが被告会社に移籍した後、被告ら作成データのファイルのうちスライド7枚目ないし13枚目の部分を作成し、被告Aに対し、被告ら作成データを含むファイルを電子メールで送信したというものです。なお、被告Aは原告の元代表取締役であり、代表取締役を辞任した後に被告会社を設立しています。
なお、原告が営業秘密であると主張する本件データの内容は、AI技術を用いた自動会話プログラムである「AIチャットボット」につき、「機能一覧」、「非機能一覧」、「画面イメージ」等をまとめたものです。
この本件データについて被告は以下のように主張しています。
❝Bは、AIに関する知識を余り有していなかったことから、AIに関する議論のたたき台として、本件データを作成したところ、その内容は、ウェブで公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであった。❞

このような本件データについて一審裁判所は以下のように判断しており、まず、以下のようにして裁判所は本件データの秘密管理性を認めていません。
❝そして、本件データは、シェアポイントにおける「07.Team」フォルダ内の「AI」フォルダにおいて、「chatbot 要件_追加_20171002.pptx」というファイル名で格納されていたところ、Bは、そもそも「AI」フォルダにアクセス権限や閲覧制限を個別に設定せず、本件データにも個別のパスワードを設定しなかったため、原告の役職員の全員が本件データを閲覧でき、しかも、「07.Team」フォルダに保存された資料に関するルール(ただし、下位フォルダを作成したり削除したりするにはIT担当の従業員への依頼を要するというルールを除く。)は格別存在しなかったことが認められる。のみならず、本件データには、「機密情報」、「confidential」という記載がないため、客観的にみて、本件データにアクセスした者において当該情報が秘密情報であることを認識できなかったことが認められる。❞
そして、本件データに対して、一審裁判所は被告の主張を認め、以下のように❝そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかった❞とも認定しています。なお下記は、判決文において上記秘密管理性の判断の前に記載されていました。
❝そこで検討すると、前記認定事実によれば、本件データの内容は、ウェブで公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであり、そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかったことが認められる。❞
このような判断は、秘密管理性ではなく、非公知性又は有用性の判断に該当するのではないかと思います。これに関して、控訴審である知財高裁では、原判決が下記のように改められ、本件データは非公知性も認められないことが明確にされました。
❝ (8) 原判決30頁の17行目の「本件データの」から同頁21行目の「られる。」までを「本件データは、AIについての特段の知識を有していなかったAが、インターネット上に公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めて作成したものであって、その内容はAIに関する公知かつ初歩的な情報であるから、不正競争防止法2条6項の「公然と知られていないもの」に当たらない。」と改め、その末尾で改行する。❞
ここで上述のように、様々な技術情報が各種技術文献、特許公開公報、インターネット等で無数に公開されています。公開されている技術情報を寄せ集めてまとめた情報は、当該技術に詳しくない者や企業にとっては実際に有用であると思われます。しかしながら、営業秘密としては公知の情報を寄せ集めたに過ぎないため、このような情報は有用であったとしても非公知ではないと判断される可能性が高いと考えられます。
以上のように、技術情報を営業秘密として管理する場合には、非公知性の有無も重要な判断材料となります。このため、裁判所で非公知性がないと判断される可能性のある技術情報がどのような情報であるかは正しく認識する必要があります。

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2023年8月9日水曜日

特許出願件数と審査請求件数の推移

このブログでも適宜更新している日本の特許出願件数と日本企業の研究開発費の推移を示すグラフに、審査請求件数の推移も追加しました。
特許出願件数が減少していることはあらためて言うまでもないことですが、その一方で審査請求件数は特許出願件数ほど減少していません。
特に、2009年のリーマンショック以降は特許出願件数が減少しているにもかかわらず、審査請求件数は多少の増減はあるものの年間約24万件でほぼ横ばいです。

さらに、コロナ禍においても審査請求件数に有意な変化はないように思えます。
これは、コロナ禍における特許出願件数の減少がおそらく経費削減を目的としたものであろうことからすると意外とも思えます。すなわち、企業はむやみやたらに特許に係る費用を削減しているのではなく、審査請求費用は経費削減の対象とはしなかったということなのでしょう。

一方、これとは対照的な時期がリーマンショックではないでしょうか。審査請求は出願から3年以内に行う必要があり、多くの場合はこの期限末に審査請求が行われます。すなわち、特許出願件数と審査請求件数とには3年弱のタイムラグが発生するはずです。
にもかかわらず、リーマンショックの影響がある2009年には特許出願、審査請求共に有意な減少がみられます。このことは、本来必要な審査請求が、新規の特許出願と共に経費削減の影響によって減少した可能性が考えられます。

このように、2009年以降の近年の審査請求は特許出願の減少とはかかわりなく、ほぼ一定であり、経済動向に左右されていないと考えられます。
このことは、企業の特許出願動向として、真に特許権を必要とする技術に絞って特許出願を行う傾向がより強くなっているのだと思われます。すなわち、技術を公開するだけの特許出願は減少しているのでしょう。そして、そのような技術は各企業において秘匿化されているのだと思います。

一見すると、特許出願件数が年々減少傾向にあることは好ましくないようにも思えます。しかしながら、審査請求件数に変化がないということは、特許権を欲する技術のみを精査して特許出願しており、その結果無駄な特許出願が減少しているので、とても好ましい傾向にあるのかもしれません。
そして、審査請求件数は特許出願件数よりも多くなることはなく、理想的な特許出願としては、全ての特許出願が審査請求されることでしょう。現状のような傾向が続くのであれば、特許出願件数はそろそろ下げ止まりで、年間30万件前後で推移するのかもしれません。

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2023年7月25日火曜日

営業秘密侵害事件(刑事事件)の有罪判決率

営業秘密侵害の刑事事件は絶対数は少ないものの、近年大幅に増加しています。
警察庁生活安全局から「令和4年における生活経済事犯の検挙状況等について」下記グラフによると令和4年度において29件の検挙事件数であり、平成25年の約6倍になっています。
ちなみに、平成24年以前は統計を取っていないために不明とのことです。
そして、平成25年から令和4年までの検挙事件数の総数は177件となります。


ちなみに、この検挙事件数は検挙人員とは異なるものであり、検挙人員は令和3年の統計によると下記のようになります。

また、平成25年~平成29年の検挙人員は下記のとおりであり、これは「平成29年における生活経済事犯の検挙状況等について」にありました。
このように、平成25年から令和4年までの検挙人員の総数は289人となります。
検挙事件数の総数が177件で、検挙人員の総数が289人ということは、一つの事件に関与した人数が複数人の場合が多いということなのでしょう。
なお、このうち、少なくない割合で不起訴となっています。営業秘密侵害事犯における不起訴の割合はわかりませんが、「令和4年版 犯罪白書」によると近年の刑法犯において起訴率は40%前後のようですね。
仮に、この起訴率40%を営業秘密侵害事犯に当てはめると、検挙事件数のうち70件程度、検挙人員のうち120人程度が起訴され、裁判を受けることになります。

ここで、過去に営業秘密侵害事犯で起訴されたものの無罪となった事件は私が知る限り、4つ(計6人)あります。
(平成31年データを取得、令和4年2月大阪地裁で無罪判決 他の男との共謀は無い)
(平成29年2月逮捕 令和4年3月名古屋地裁で2人に無罪判決)
(平成29年1月データを取得、令和4年3月津地裁で無罪判決)
(令和2年10月起訴、令和5年7月札幌高裁で2人に無罪判決)

無罪判決数が4つ人数にして6人であり、検挙人員の起訴数を120とすると、営業秘密侵害事犯における有罪判決率は、95%となります。なお、仮に検挙人員289人がすべて起訴されたとしても、有罪判決率は約98%です。
日本の有罪判決率が99.9%と言われているのに比較すると、今のところ営業秘密侵害事犯の有罪判決率は低いようにも思えます。とはいえ、営業秘密侵害事犯の母集団が圧倒的に少ないので、これは誤差範囲なのかもしれません。

営業秘密侵害事犯は実際に数も多くなく、営業秘密の三要件等の判断は誤り易いのかもしれません。実際に、上記(3)の事件では、下記のように裁判所は判断したようです。
❝柴田誠裁判長は判決理由で、顧客情報は「同業者なら特別な困難を伴うことなく容易に入手できるものが大半だ」とした上で、「日々の営業活動の中で個人的な信頼関係を構築し、蓄積してきたものと認められ、被告人自身の人脈と不可分の情報が多分に含まれていた」と指摘。❞(2022/3/23 産経新聞「顧客情報持ち出し、無罪 地裁「被告人脈と不可分」」
このように、営業秘密とされるデータがどのようなものであるかは、判断が難しいもののあるでしょう。また、今後、営業秘密の三要件の判断基準が変化する可能性もあるかと思います。仮に、そうなった場合、今までは有罪と判断されたことが無罪と判断される可能性もあるかと思います。
もしかすると、逮捕されても不起訴となる割合が増加するのかもしれません。しかしながら、報道等では逮捕は報じられても不起訴は報じられ難いようであり、さらに不起訴理由は分かりません。営業秘密侵害は、その判断が難しいところもあり、検察の判断基準を知るためにも不起訴理由は何らかの形で公開してもらえると有難く思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信