2018年1月29日月曜日

営業秘密の有用性に「予想外に優れた作用効果」を必要とする裁判所の判断について

営業秘密の有用性、特に技術情報に係る有用性の判断において、裁判所が「予想外に優れた作用効果」は無いとして当該技術情報の有用性を否定する判断を行う場合があることを過去のブログ記事で紹介しています。

参考ブログ記事
営業秘密の有用性判断の主体は?特許の進歩性判断との対比
営業秘密の有用性判断の主体は?続き
営業秘密の有用性に関して、種々の文献の記載
営業秘密の有用性判断の分類

上記「営業秘密の有用性に関して、種々の文献の記載」で挙げた文献のうち、<小野昌延, 松村信夫 著,新・不正競争防止法概説〔第2版〕>には、「「それぞれが公知か又は有用性を欠く情報を単に寄せ集めただけのものであり、これらの情報が組み合わせられることにより予想外の特別に優れた作用効果を奏するとは認められない」として、有用性を否定した判決も存在する(大阪地判平成20年11月4日判時2041号132頁〔融雪板構造事件〕)。ただ、このような情報まで有用性がないとして営業秘密として保護を否定してよいかは問題である。」と記載されていたり、<TMI総合法律事務所 編,Q&A営業秘密をめぐる実務論点>には「上記大阪地判平成20・11・4は、組み合わせにより「選択発明と同視し得る新規な技術的知見」や「予想外の特別に優れた作用効果」というやや高いハードルを課しているようにも見受けられる。」と記載されているように、有用性の判断として「優れた作用効果」を求める裁判所の判断に疑義を有しているような文献もあります。

さらに、田村義之 著, 不正競争法概説〔第2版〕に「秘密管理体制を突破しようとする者はその秘密に価値があると信じているがためにそのような行為に及ぶのである。いずれにせよ秘密管理網を突破する行為が奨励されてしかるべきではないのであるから、このような行為が行われているのに、それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」と記載されており、私としては田村先生の考えが最も納得できます。



ここで、営業秘密は、秘密管理性、有用性、非公知性を要件としており、この3要件をみたした情報を法的な保護の対象に値するとしています。
そして、有用性の判断として、犯罪の手口や脱税の方法、反社会的な行為と等は、公序良俗に反する内容の情報は法的な保護の対象に値しないとして、有用性、すなわち営業秘密性は認められません。
また、取締役のゴシップや不祥事等のスキャンダル等も経済的な価値が無いとして有用性が認められません。
これらは当然のことと思われますが、もし、このような情報も有用性を認めてしまうと、公序良俗に反する情報や経済的な価値が無い情報を漏えいさせた人等に対して、民事的な責任だけでなく、刑事的な責任を負わせる可能性があり、そのようなことは甚だ不当であるからと考えられます。

次に、技術情報に係る営業秘密の有用性について「優れた作用効果」を求めた裁判所は、なぜこのような結論に至ったのかを考えてみました。まず、「優れた作用効果」は何と比較してのことなのでしょうか?それは、既に公知となっている技術情報との比較でしょう。

すなわち、公知の技術情報に対して優れた作用効果が無い情報は、経済的な価値が無いと裁判所は判断しているわけです。
そして、もし、優れた作用効果がない情報にも有用性を認めてしまうと、それを漏えいさせた人等に対して、民事的な責任や刑事的な責任を負わせることになり、そのようなことは甚だ不当である、との考えが裁判所にはあるのではないかと想像します。

さらに、公知の技術情報に比較して「優れた作用効果」の無い技術情報は、そもそも本来何人も使用可能な情報であるとも考えられます。
そうであるにもかかわらず、ある企業がこの情報を秘密として管理し、それを持ち出した人に法的な責任を負わせることは不当であるとも考えられます。そもそも自由に使えるはず情報のはずですから。
このように考えると、技術情報に係る営業秘密の有用性に「優れた作用効果」を求めることも多少は納得できる気がします。

私は、上述のように田村先生の見解が一番納得できるのですが、やはり、近年、営業秘密の漏えいに関する刑事罰も重くなり、さらに、損害賠償や差し止め等が企業活動や個人に与える影響を考えると、技術情報に係る営業秘密に対してはある程度の「優れた作用効果」がその要件に含まれるという裁判所の判断は継続されるのではないかと思います。

そうであるならば、技術情報を営業秘密として管理する企業は、そのような判断がなされることを考慮して、どのような技術情報を営業秘密とするのかを判断するべきかと思います。
また、このような判断を行うことにより、企業は、真に営業秘密として管理するべき技術情報を見出すことができるのではないでしょうか?

2018年1月25日木曜日

INPITの支援事例を参考に考える営業秘密ビジネスモデル

先日、INPITの知的財産相談・支援ポータルサイトの営業秘密・知財戦略において、支援事例が紹介されました。
HP:営業秘密・知財戦略 支援事例のご紹介

上記紹介では、10社ほどの支援事例の内容が簡単に紹介されています。
詳細については上記HPをご覧いただきたいのですが、大まかにまとめると支援の流れは以下のようなものでしょうか。

1.営業秘密の概要を説明するセミナー
2.企業内の経営層(担当者)と意見交換
3.問題点の洗い出し
4.営業秘密管理ルールの策定
5.実行

本支援事例は、INPITの知的財産相談・支援ポータルサイトへ相談を寄こした企業に対するものですから支援、すなわち営業秘密に関するコンサルティングを行うことまでが決定済みの案件かと思います。

しかしながら、ビジネスとなると「1.営業秘密の概要を説明するセミナー」を行ったとしても、その後に至るかどうかは分かりません。

となると、「1.営業秘密の概要を説明するセミナー」でどのような内容を話すべきかが重要かと思います。それでは、「1.営業秘密の概要を説明するセミナー」として何を話すのか? それは、依頼者の担当部署によって変わるかと思います。

例えば、弁理士のいるような知財部の方が依頼者であれば、より専門的な話、特許との違いの再確認や判例を交えたような説明をする方が良いかもしれません。また、営業秘密についてほとんど知識がないものの漠然とした危機感をお持ちの方、例えば経営層や経営層に近い方に対しては、より基礎的な説明を行うべきでしょうか。 さらに、営業部門の方からの依頼もあるかもしれません。そのような場合には、営業活動における意図しない営業秘密の漏えいや取引企業を介して知ってしまった他社の営業秘密への対応等を交えて説明をすることが喜ばれるかもしれません。


次の「2.企業内の経営層(担当者)と意見交換」、「3.問題点の洗い出し」については、並行して行われる作業かもしれません。

その企業にとって、どのような情報を営業秘密として管理するべきなのか?、既にある程度の営業秘密管理がなされている場合には不十分な点は何か?等を聞き出すかと思います。当然、意見交換の際には問題点の洗い出しを意識する必要があるかと思います。
このとき、聞き漏らしがないように予めチェックシートを用いると良いのではないでしょうか?支援事例では、具体的にどのような作業を行っていたのかが気になります。

また、「1.営業秘密の概要を説明するセミナー」、「2.企業内の経営層(担当者)と意見交換」、「3.問題点の洗い出し」は同日に行うことが好ましいかもしれません。
別の日に行うのであれば、「1.営業秘密の概要を説明するセミナー」を行うときに、「2.企業内の経営層(担当者)と意見交換」や「3.問題点の洗い出し」も行うことを前提とすることが好ましいでしょう、可能ならばですが。
企業によっては、取り敢えず営業秘密に関する知見を得たいという目的で「1.営業秘密の概要を説明するセミナー」だけを依頼する場合もあるかと思います。
もしそのようなご依頼だけでも、私としてはうれしいのですが、営業秘密に関するビジネスとしてはその後につながるほうがより好ましいですよね。

次の「4.営業秘密管理ルールの策定」、これは理想論過ぎてもいけませんよね。
依頼者側が”うーん”と唸ってしまい、コンサル側はシドロモドロになってしまったら最悪です。
依頼企業において、できること・できないことを明確にするべきかと思います。人員や予算の関係、さらにはその業界や対顧客との関係等でできないこともあるでしょう。
できない理由は「2.企業内の経営層(担当者)と意見交換」や「3.問題点の洗い出し」で出てくるかと思います。

また、状況によってはルール策定に関して複数年計画を立てても良いかもしれません。
営業秘密管理ルールの策定は依頼企業によっては今までなかった概念を導入することになるかもしれませんし、営業秘密の概念の浸透に時間がかかるかもしれません。
そのような場合、色々なことを行う必要があるかと思われ、1年程度では実現できないかと思います。依頼企業の人員にも限りがありますし。
そうであるならば、1年目は必須の作業、例えば情報の秘密管理から行い、2年目以降に秘密管理規定の作成や修行規則の改定、管理システムの導入等を行うといった、複数年計画を立てる必要があるでしょう。

「5.実行」、これは依頼企業に行って頂くわけでしょうが、可能ならば外部監査のようにコンサル側が進捗状況等を確認しても良いかもしれません。当然、「4.営業秘密管理ルールの策定」は実行可能なものを策定しなければならず、絵に描いた餅とならないようにするべきでしょう。

また、「5.実行」には営業秘密管理について従業員に周知する作業が入っているかと思います。
私は何度か本ブログでも書いているように(当然とも考えられますが)、営業秘密の漏えい防止には従業員への教育が欠かせないと考えています。
いかに素晴らしい営業秘密管理のルールやシステムを作ったとしても、営業秘密に対するアクセス権限を有している人が漏洩させることがあれば意味はありません。
このため、アクセス権限を有していたとしても、その営業秘密は会社のものであることや、営業秘密の漏えいが執行猶予無しの実刑にもなり得る重罪であることを全従業員に認識してもらう必要があります。

さらに、上記支援事例において気になることは、秘密管理する情報に対するアドバイスです。
以前のブログでも述べているように、特に技術情報に関しては、裁判所において有用性や非公知性の要件を満たさないと判断される場合があります。すなわち、営業秘密とすることに適さない技術情報があります。

参考ブログ記事
営業秘密の3要件:有用性 -特許との関係-
営業秘密の非公知性と特許の新規性との違い

このような説明はなされているのでしょうか?
とは言っても、有用性や非公知性の判断は終局的には裁判でなされるものであるため、企業側が必要と思うのであればどのような情報でも営業秘密として管理するべきだと思います。
しかしながら、可能性としては説明するべきかと思いますし、そのような説明をすることで特許や意匠等の権利取得という選択も検討の俎上にあがるかと思います。

ここで私が重要と考えることは、入り口が営業秘密のコンサルティングだとしても、技術情報に関しては営業秘密とすることが前提ではなく特許等の権利取得も含め、その技術情報に適した管理手法の提案だと思います。
そして、弁理士だからこそ、営業秘密化と特許出願等を含めた情報管理の方策を立てることができるのではないかと考えます。

2018年1月22日月曜日

ブログ記事100件記念

このブログ記事でちょうど100件目です。
だからというわけではありませんが、今まで無かったブログのプロフィールに私の似顔絵の画像を追加しました。

もともとは、私が所属する弁理士同友会の公報に載せるためのイラストなのですが、本ブログにも使用してい良いとの許諾を頂けたので、ブログ記事100件目のタイミングで使わせた頂きます。

イラストの作成は、株式会社クリオの松本直子弁理士によるものです。
大変ありがとうございます。


今回で100件目の記事になりますが、定期的にブログを更新し続けて良かったことの第一としては自分の勉強になることですね。
営業秘密について何かをしようと思っても、日々の業務がありますので思っているだけでは何も進みませんし、営業秘密について自分の考えを文章にすることで、さらに考えも深まります。
営業秘密は色々な点で議論すべきことがあるかと思いますが、未だ十分に議論がされているとは言い難いです。判例も多くありませんので当然かと思います。
また、このためか裁判所の判断についてもその妥当性に疑問を感じることがあります。

一方で、企業は情報を積極的に秘匿化していますし、増々その傾向は高まるかと思います。そして、秘匿化した情報が漏えいすると、その被害額が高額になる場合もあります。
特に技術情報に関しては、特許出願件数が減少傾向にあるということは、必然的に秘匿化される情報も多くなっていると思われます。

このため、秘匿化している技術情報が真に営業秘密となり得るものなのかを企業は検討することの必要性が高まるのではないでしょうか?
具体的には、営業秘密の有用性については、格段の作用効果の有無について、また、非公知性についてはリバースエンジニアリングとの関係についてが議論となるかと思います。
さらに、今後は、営業秘密の帰属についても議論になるかもしれません。

そして、営業秘密となり得る要件を正しく理解することで、営業秘密として管理するべき情報もより精査されるでしょう。
そのためにも、営業秘密に関する研究、主に判例研究となるかと思いますが、それが必要になり、誰かがやらないといけないことかと思います。


2018年1月19日金曜日

営業秘密の非公知性と特許の新規性との違い

営業秘密の3要件のうちの一つである非公知性、これは秘密管理性と比べてもあまり議論がなされていないかと思います。
特に、営業秘密が経営情報である場合、例えば顧客情報等は議論するまでもなく非公知性の要件を満たす可能性が高いからでしょう。

一方、営業秘密が技術情報の場合はどうでしょうか?
特許公報やその他の文献等で様々な技術情報が公知となっており、企業が秘密管理している技術情報であっても非公知性を満たさない可能性が有ります。
特に、秘密管理している技術情報が、上位概念のものである場合にはなおさらです。

ここで、営業秘密管理指針における非公知性の説明を紹介します。
営業秘密管理指針では「「非公知性」が認められるためには、一般的には知られておらず、又は容易に知ることができないことが必要である。 」とされています。

また、営業秘密管理指針では、特許の新規性との違いとして「営業秘密における非公知性要件は、発明の新規性の判断における「公然知られた発明」(特許法第29条)の解釈と一致するわけではない。特許法 の解釈では、特定の者しか当該情報を知らない場合であっても当該者に守秘義務がない場合は特許法上の公知となりうるが、営業秘密における非公 知性では、特定の者が事実上秘密を維持していれば、なお非公知と考える ことができる場合がある。」としています。

さらに、営業秘密管理指針では「当該情報が実は外国の刊行物に過去に記載されていたような状況 であっても、当該情報の管理地においてその事実が知られておらず、その 取得に時間的・資金的に相当のコストを要する場合には、非公知性はなお認められうる。」とも記載されています。

以上のように営業秘密管理指針の記載からは、営業秘密の非公知性は特許の新規性に比べて判断要件が若干緩いとも考えられます。

しかしながら、営業秘密の非公知性と特許の新規性とにおいて根本的な違いがあります。
それは、その判断基準時です。

特許の新規性は特許法第29条第1項第1号にあるように「特許出願時」が新規性の判断基準時になります。すなわち、特許出願後に公知となった情報に基づいて、特許出願に係る発明が拒絶されることはありません。

では、営業秘密の非公知性に関してはどうでしょうか?
営業秘密の3要件は、不正競争防止法第2条第6項に規定されていますが、その判断基準時は特に定められておりません。
では、非公知性の判断基準時は何時なのでしょうか?
当該情報の秘密管理を開始した時でしょうか。

ここで、経済産業省知的財産政策室 編著「逐条解説 不正競争防止法 平成15年改訂版」の31ページには、「「公然と知られていない」状態の判断時点は、損害賠償請求については、不正行為が行われた時点である。しかし、差止請求については、・・・口頭弁論終結時に非公知性が失われていれば認められない」との記載があります。
すなわち、営業秘密の非公知性の判断基準時は、当該情報の秘密管理を開始した時ではなく、秘密管理を開始した後でも当該情報と同じ情報が公になれば、当該情報は非公知性を失うことになります。これは、特許の新規性とは全く異なる判断基準です。
このことは、特許を主として業務を行っている方は気を付ける必要があるかと思います。


具体的には何に気を付けるか、ということですが、特に自社製品です。
すなわち、過去のブログでも記載していますが、自社製品をリバースエンジニアリングすることで当該情報を取得可能な場合には、非公知性が失われることになります。

過去のブログ記事
営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング-
営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング- その2

ここで、リバースエンジニアリングが可能なものであれば、どのような製品でも非公知性が失われるわけではなく、「一般的な技術的手段を用いれば容易に製品自体から得られるような情報」は非公知性を失った情報であるようです。

例えば、機械構造等がそれにあたるかと思います。

このリバースエンジニアリングによって非公知性を失う可能性を考えると、そもそも営業秘密として管理することに適さない技術情報が存在することになります。

すなわち、自社製品を販売することによって得られる上述のような「一般的な技術的手段を用いれば容易に製品自体から得られるような情報」は営業秘密として管理しても、リバースエンジニアリングによって非公知性を失っていると裁判で判断される可能性があります。
現代では、例えば3Dスキャンが可能となり、また様々な分析手法が広く行われています。このため、自社の技術情報を営業秘密として管理するのであれば、自社製品が販売されることによって当該技術情報の非公知性が失われる可能性について検討する必要があります。

すなわち、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が失われる技術情報に関しては、特許権や意匠権等の取得を検討するべきでしょう。また、そのような権利取得が難しい技術であるならば、製品のブランド力をより向上させる等の知財戦略を行ってもよいかと思います。

このように、開発した技術について、公開されることを理由に特許出願を行わないとの判断を行ったとしても、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性を失うようであれば、特許出願等の他の知財戦略を練る判断があって然るべきだと考えます。


2018年1月17日水曜日

営業秘密関連ニュース一覧のページを追加


営業秘密関連ニュース」というページを作成・追加しました。
営業秘密に関連するニュースを見つけるたびに更新している本ブログのトップページの「営業秘密関連ニュース」から削除した過去のニュースの一覧です。

去年の10月からのニュースなので、数は多くないものの、営業秘密に関連すると思われるニュースを見つけるたびに増えるはずです。
単にニュース報道の見出しに、当該サイトをリンクしているだけのものですが、年月を経てニュースの数が増えてくれば、営業秘密に関連して過去にどのような頻度でどのような事件が起きたかを把握できるかもしれません。
古い記事になるとリンク先が削除されているかもしれませんが、見出しだけでもニュースを把握できるかと思います。
そして、話題性の高そうな事件が「過去の営業秘密流出事件」に昇格するかと思います。

ちなみに、リンクしているニュースは、私がキーワード検索により見つけて、営業秘密に関連していると思われるものを任意にピックアップしているものです。
また、このニュースは、事件だけでなく、行政の動向などもピックアップしていくので、

営業秘密関連ニュースを記録し続けることで、営業秘密に関する社会全体の変化が見えるかもしれません。


2018年1月15日月曜日

産業ソーシャルワーカーと営業秘密

先日、知人の誘いで産業ソーシャルワーカー協会の公開講座に行きました。
はじめは、弁理士という仕事とは関係なさそうだけど、何かの知見が得られるかもしれないという程度の気持ちでした。

しかし、営業秘密と絡めると、産業ソーシャルワーカーは営業秘密(企業秘密)の漏えい防止の一助になるかもしれないと思いました。

私は産業ソーシャルワーカーの仕事を十分に理解しているわけではありませんが、産業ソーシャルワーカー協会ホームページの「産業ソーシャルワーカーとは」を参照すると以下のようなお仕事の様です。
「産業ソーシャルワーカーとは、働く個人が抱える問題に向き合い、さまざまな関係者と連携しながら、解決のための行動の第1歩を踏み出すまで伴走する相談の専門家です。働く人々のワークライフに貢献し、企業の生産性向上にも寄与するもので、企業に所属するか、もしくは契約を結ぶ形で、個人の相談にあたります。」

そして、上記ホームページには「働く個人に対する価値」の一つとして「・ワークライフに関わる様々な問題を解決しストレスを軽減させる」が挙げられ、「企業に対する価値」の一つとして「・事件や事故の予防」が挙げられています。

ここで、「組織における内部不正防止ガイドライン」を参照すると、企業秘密の漏洩は主に内部不正によるものです。
そして本ガイドラインには、「内部不正防止の基本原則」として以下のことが記載されています。
・犯行を難しくする(やりにくくする): 対策を強化することで犯罪行為を難しくする
・捕まるリスクを高める(やると見つかる): 管理や監視を強化することで捕まるリスクを高める
・犯行の見返りを減らす(割に合わない): 標的を隠したり、排除したり、利益を得にくくすることで犯行を防ぐ
・犯行の誘因を減らす(その気にさせない): 犯罪を行う気持ちにさせないことで犯行を抑止する
・犯罪の弁明をさせない(言い訳させない): 犯行者による自らの行為の正当化理由を排除する

そして、上記「・犯行の要因を減らす」ことの対策として「欲求不満やストレスを減らす 公正な人事評価、適正な労働環境、円滑なコミュニケーショ ンの推進 」というものがあります。また、営業秘密を漏えいさせる理由として、他者からの要求や売却目的もあります。このため、犯行の要因となり得るものは、個人的な悩み、特に人間関係や、金銭問題も含まれるのではないでしょうか?

であるならば、産業ソーシャルワーカーの働きによって、企業秘密の漏洩という事件を減らすことに繋がるのではないのでしょうか?


ここで、営業秘密の漏えいに関して信用銀行顧客情報流出事件があります。この事件は、ほとんど知られた事件ではないと思いますが、この事件は、刑事事件にもなっており、一審(名古屋地裁平成28年7月19日)で懲役1年6月及び罰金150万円とされた事件です。一審で執行猶予が付いていないことに驚きですが、二審(名古屋高裁平成28年12月12日)では懲役2年及び罰金150万円、執行猶予4年となっています。
この事件は、一審の判決文を参照すると、被告人であるパート従業員Cが「情交関係にあったGの心を繋ぎ止めたい、あるいは将来への金銭上の漠然とした不安から報酬も得たいと考え、Gの求めに応じ、2回にわたり、D信用金庫の営業秘密となる顧客情報を領得してGに開示したものである。」というものです。そして、どうもこのパート従業員Cには子供が居たようです。

思うに、ここでD信用金庫に産業ソーシャルワーカーが居て、パート従業員Cが犯行の前にこの産業ソーシャルワーカーにプライベートな相談もしていたらどうだったでしょう?私が参加した公開講座での説明では、産業ソーシャルワーカーは、社内における従業員の相談だけでなく、金銭問題や家族のこと等プライベートな問題を相談できる人が居ない従業員の相談に乗り、解決策を一緒に考えるとのことでした。

そして、パート従業員CがGから顧客情報の持ち出しを要求されているとの相談を産業ソーシャルワーカーにできていたら?さらに、産業ソーシャルワーカーが「顧客情報等の企業秘密の漏えいは不正競争防止法によって犯罪であることが明確に規定されているので、そのようなことを行ってはいけない」とのアドバイスができていたら?
もし、パート従業員Cが、顧客情報の持ち出しが漠然と悪い事だと思っていても、そのようなこと会社に他の従業員に相談できるわけがありません。しかしながら、守秘義務を有している産業ソーシャルワーカーが居たならば、相談できたかもしれません。

また、ベネッセ顧客情報流出事件でも、東京地裁平成28年3月29日判決文を参照すると「被告人は,妻の出産に関する高額の医療費等の支払に窮し,その支払に充てる金を工面するために本件各犯行に及んだ旨述べる。」とあります。この被告人(犯人)の供述が事実であり、もし、産業ソーシャルワーカが犯人の悩みの相談を受けていれば、もしかしたら、このような重大な犯罪を未然に防止できていたかもしれません。
ちなみに、ベネッセはこの事件の被害者でありながら、個人情報を流出させた企業でもあるため、本犯行の対策費として200億円もの金額を計上しています。また、犯人は、執行猶予無しの懲役2年6か月及び罰金300万円の刑となっています。

また、佐賀銀行営業秘密流出事件でも、福岡地裁平成29年10月16日判決文を参照すると被告人は,多額の借金をしていた共犯者Cから脅されるなどしてやむを得ず犯行に関与した」とあります。この事件も犯人のプライベートな金銭問題から端を発し、他者からの要求により、営業秘密を漏えいさせて自身が犯罪者となってしまったようです。

個人的な問題、特に金銭的な問題や家族の問題は社内の人間に相談し難い事、できない事です。しかも、信用金庫顧客情報流出事件や佐賀銀行営業秘密流出事件では、他者からの要求により顧客情報を漏えいさせています。このようなことは、会社の人間、同僚や上司等には絶対に相談できるものではありません。誰に相談していいかもわかりません。そして、誰にも相談できないまま、相手の要求に応じるまま営業秘密を漏えいさせた結果、犯罪者になってしまったのかもしれません。

さらに思うに、営業秘密を漏えいさせた人たちは、犯罪性志向の高い人ではなく、我々と同じような普通の人だと思います。いや、営業秘密を流出させる人は会社に普通に勤めている普通の人達がほとんどだと思います。
そして、このような人たちの相談に乗れる立場となれる人々は産業ソーシャルワーカーではないかと思いました。

このように、産業ソーシャルワーカーが営業秘密に関する知識を少し持っているだけで、もしかすると、企業秘密の漏えいという重大な事態を未然に防ぐことができるかもしれないと考えます。

また、産業ソーシャルワーカーが必要とする営業秘密に関する知識も必要最小限で良いと思います。企業秘密を漏えいさせると、不正競争防止法の適用を受け、懲役10年以下、罰金2000万円の刑事罰を受ける可能性があり、実際に実刑を受けている人もいること、例えば、ベネッセ事件がその典型である事、この程度の知識で十分かと思います。

さらに、匿名での相談も受け付ける活動もされているとのお話でした。そうであるならば、顧客情報の持ち出しを要求されている、とのような相談も産業ソーシャルワーカに行い易い環境が作れるのではないでしょうか?

そして、このようなに産業ソーシャルワーカーが企業秘密の漏えい防止に対策になり得ることは、産業ソーシャルワーカーを導入する企業にとってもメリットの大きい事ではないかと思います。
さらに、もし、そのような相談が産業ソーシャルワーカーが受け付けた場合、守秘義務を超えない範囲で、その事実を企業にフィードバックすることで、企業は企業秘密の漏えいが起きた可能性を知り得、企業秘密の漏えい対策に役立てることができるかもしれません。

営業秘密(企業秘密)は漏えいすると、その事実を消すことはできません。たとえ犯人を捕まえたとしても、漏洩した営業秘密が点々流通する可能性もあります。
このため、当たり前ですが営業秘密は漏えいさせないことが一番です。そのための対策として、産業ソーシャルワーカーも一翼を担えるのではないかと感じましたし、営業秘密漏えいの防止という観点からも産業ソーシャルワーカーの活動に期待したいです。

2018年1月12日金曜日

営業秘密の有用性判断の分類

営業秘密の有用性に関する論文として「「営業秘密」と「業務上の有用情報」に係る法的課題 」があり、裁判所における有用性判断に関して細分化してまとめられており、非常に参考になります。

本論文では、裁判所における有用性判断に関して下記のように分類分けが行われています。このような分類分けを行うことは、有用性に対する司法判断の適否や傾向を調べるうえで今後の指針の一つとなり得ると思います。

①裁判所において有用性が認められた事案
肯定第一類型(競業者に対する優位性):事業者が努力して独自に当該情報を開発して保有するのは、独自開発による情報を営業秘密とすることで競業者に対する優位性を維持するためである。
肯定第二類型(侵害者にとっての利点):営業秘密を侵害した者(被告)にとって何らかの利点がある情報だから 保有者(原告)にとっても有用性がある。
肯定第三類型(経済的観点):当該情報による利益という経済的観点から有用性を認める。
肯定第四類型:漠然と有用性について判断するもの。

②裁判所において有用性が否定された事案
否定第一類型(反社会的情報等):当該情報が反社会的あるいは公序良俗に反する情報であるため、法の保護に値する有用性が認められない。
否定第二類型(情報の保有者側の主張不備):原告側の主張する営業秘密が存在しない、あるいは営業秘密についての説明が不十分・不明確であるために要件判断ができずに、否定される。
否定第三類型(入手可能情報):原告だけの情報ではなく第三者も入手し得るから情報に有用性を認めることはできない。


すなわち、有用性に対して、上記否定第一類型から否定第三類型の何れにも属さないとの判断がなされた場合には、必然的に「有用性がある」との判断がなされるかと思います。
換言すると、上記否定第一類型から否定第三類型は、特許の審査でいうところの拒絶理由にあたるとも考えられます。

さらに、私が注目したいものは否定第二類型と否定第三類型です。

まず、否定第三類型は非公知性を満たさないことと同義であるとも考えられます。なお、否定第三類型における括弧書き(入手可能情報)は本論文に記載はなく私が付けました。
また、同じ判決であっても、否定第二類型又は否定第三類型の何れに該当するかは人により意見が分かれるかもしれません。

また、否定第二類型には、発熱体セメント事件(大阪地判平成20年11月4日)のように「予想外の特別に優れた作用効果もない」とのように判断されたものも含んでいます。
この様な判断は、特許における進歩性の判断に類する判断と同様とも思われ、営業秘密の有用性判断の妥当性に私個人としては疑義があります(小野昌延, 松村信夫 著,新・不正競争防止法概説〔第2版〕(2015),青林書院でも、本判例を挙げたうえで「ただ、このような情報まで有用性がないとして営業秘密として保護を否定してよいかは問題である。」と述べています。)。

そこで、否定第二類型の派生として、上記類型に加えて新たに「予想外に優れた作用効果無し」として有用性を否定した裁判所の判断を否定第四類型として加えることを提案できるかと思います。

この否定第四類型に該当するとし、裁判所において有用性が認められなかった情報は既に幾つかあります。否定第四類型に該当する司法判断をピックアップし、その傾向や適否を検証することは面白いと思います。

2018年1月8日月曜日

営業秘密の有用性に関して、種々の文献の記載

裁判所において、技術情報に関する営業秘密の有用性の判断が特許の審査における進歩性の判断と同様の判断がされている場合があります。このような判断が果たして適正であるか否かは議論の余地があると私は感じています。

過去のブログ記事「営業秘密の有用性判断の主体は?続き」でも記載しているように、第三者によって『明らかに商業的価値がない』と判断される情報は、有用性がないとする一方、『明らかに商業的価値がない』とされず、その情報の保有者が有用性あると主張している情報は、裁判所でも有用性を認めてはどうか、とのように私は考えています。

では、各種文献には有用性の判断についてどのように解説されているのでしょうか?
幾つかの書籍における有用性の考え方に関する記載を一部抜粋して紹介します。

経済産業省発行の営業秘密管理指針(全部改訂:平成27年1月28日)では、15ページに以下のように記載されています。
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(1)「有用性」の要件は、公序良俗に反する内容の情報(・・・)など、秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することに主眼がある。
(2)・・・
(3)なお、当業者であれば、公知の情報を組み合わせることによって容易に当該営業秘密を作出することができる場合であっても、有用性が失われることはない(特許制度における「進歩性」概念とは無関係。)
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経済産業省発行の逐条解説・不正競争防止法(2016)では、42ページに以下のように記載されています。なお、本書では、下記記載の他にも、上記営業秘密管理指針に記載の(1)と同様の記載もあります。
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ここでいうところの「有用な」とは、財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つなど事業活動にとって有用であることを意味する。・・・この「有用性」は保有者の主観によって決められるものではなく、客観的に判断される。
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営業秘密管理指針では、明確に「特許制度における「進歩性」概念とは無関係。」との記載があります。なお、営業秘密管理指針は、1ページの冒頭に「海外の動向や国内外の裁判例等を踏まえて、一つの考え方を示すものであり、」とあります。営業秘密管理指針の全部改訂の時点で、特許制度のおける「進歩性」概念と同様の判断がなされている裁判例があると私は理解しているのですが、なぜ「進歩性」の概念とは無関係と記載しているのかは不明です。
また、逐条解説では、「有用性は保有者の主観によって決められるものではなく、客観的に判断される。」とありますが、この客観的な判断基準については言及されていません。


田村善之 著, 不正競争法概説〔第2版〕(2003),有斐閣では、335ページに下記のように記載されています。
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・・・その意味で有用性という要件も必要であろう。しかし、この要件を過度に高く設定する必要はない。・・・また、秘密管理体制を突破しようとする者はその秘密に価値があると信じているがためにそのような行為に及ぶのである。いずれにせよ秘密管理網を突破する行為が奨励されてしかるべきではないのであるから、このような行為が行われているのに、それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。したがって、解釈としては、情報がどの程度の価値を有しているのかということに関してはあまりうるさくいわずに、情報を秘密にしている者を保護することが望ましいといえよう。
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上記記載は、有用性について営業秘密の保有者を保護することに主眼を置いた考え方であると思われます。


小野昌延, 松村信夫 著,新・不正競争防止法概説〔第2版〕(2015),青林書院では、343ページに下記のように記載されています。 
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このほか、最近では、融雪板の構造や生産方法に関する複数の技術情報に関して、各情報はすでに公開されている特許発明や実用新案等の技術思想と実質的にに同一若しくは「当業者の通常の創意工夫の範囲内において、適宜選択される設計事項にすぎない」との理由で有用性を否定し、またこれら複数の技術情報を組み合させた全体情報も「それぞれが公知か又は有用性を欠く情報を単に寄せ集めただけのものであり、これらの情報が組み合わせられることにより予想外の特別に優れた作用効果を奏するとは認められない」として、有用性を否定した判決も存在する(大阪地判平成20年11月4日判時2041号132頁〔融雪板構造事件〕)。ただ、このような情報まで有用性がないとして営業秘密として保護を否定してよいかは問題である。
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本書は、裁判所における有用性の判断について、特許の進歩性と同様の判断を行うことに対して疑義を示したものであると思われます。


・TMI総合法律事務所 編,Q&A営業秘密をめぐる実務論点(2016),中央経済社では、44ページの注釈に「『当業者が通常の創意工夫の範囲内で検討する設計事項にすぎないもの』は、『非公知性』を欠くという趣旨と考えられる裁判例もあり、非公知性と有用性の関係は必ずしも明確ではない」と記載され、非公知性について述べている50,51ページには下記のように記載されています。
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「当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項」にすぎないか否かという点は、有用性の議論においても用いられ、上記大阪地判でも、非公知性の議論と有用性の議論とが併せ考慮されているようにも見受けられるが、特に技術的情報においては、特定された情報の外延は、当業者における通常の創意工夫の範囲内において適宜選択する設計事項にまでおよび、したがってその範囲内の情報は、公知情報となり得ると考えれば足りるとも思われる。
・・・
上記大阪地判平成20・11・4は、組み合わせにより「選択発明と同視し得る新規な技術的知見」や「予想外の特別に優れた作用効果」というやや高いハードルを課しているようにも見受けられる。この点、公知情報の組み合わせであっても公知情報の選択であっても、「当業者であれば通常法の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項」に該当する範囲内のものである場合には、その特定の情報自体は厳密には非公知であっても原則として公知情報と評価し得るが、そのような特定の非公知の情報が特段の作用効果を生じる場合には公知情報と評価できないものと理解することも可能であろう(これを有用性の議論と結びつける否かは、有用性の考え方と関連して別途議論の余地があろう)。
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本書は、有用性と非公知性とを分けずに議論しており、個人的には非常に参考になる思っています。また、上記記載のみならず、他にも参考になる記載があります。



以上、有用性について、幾つかの書籍の記載を挙げましたが、やはり、有用性の判断については議論の余地があると思われます。
今後、技術情報の営業秘密に関しては、有用性又は非公知性が争点になることが多くなるかと思います。従って、判例も多く出そろい、有用性又は非公知性についての議論も活発になるのではないでしょうか。

2018年1月4日木曜日

営業秘密を裁判の証拠資料とすることは”使用”にあたるのか?

前回のブログでは、原告と被告との間で特許権侵害訴訟がまず提起され、この証拠として被告(特許権侵害訴訟の原告)が原告(特許権侵害訴訟の被告)の営業秘密とする本件文書を提出した事件を紹介しました。
この事件では、裁判所は被告の行為は不競法2条1項8号違反ではないと判断していますが、営業秘密を裁判における証拠として提出することは、営業秘密の使用にあたるか否かの判断はされていません。

ここで、営業秘密を裁判の証拠として使用することに関した事件として、東京地裁平成27年3月27日判決の損害賠償請求事件があります。

この事件は、被告が原告らの業務上の機密(既に退職していたCほか数名の元従業員に係る「集計シート」である本件データ)を第三者に漏洩したとして、原告が労働契約上の機密保持義務違反による債務不履行に基づく損害賠償を求めたものです。
そして、別件訴訟として、原告らの従業員であったCらが、平成23年中に原告らに対して未払残業代の支払を求める訴え(別件訴訟)を提起し、この別件訴訟において、本件データをプリントアウトした書面がCらの労働時間に係る主張を根拠づける書証として提出されています。なお、本事件の被告も、平成24年6月2日に原告らに対して未払残業代の支払を求める訴えを提起しています。
すなわち、原告元従業員Cらの未払い残業代支払い訴訟のために、原告が営業秘密とする本件データを被告が開示したというものです。

本事件において、まず裁判所は「本件漏洩行為は,本件交付行為の部分も含めて,労働契約上の機密保持義務の適用を受けるものと解すべきである。」と判断し、上記本件データの秘密管理性、有用性、非公知性をすべて認めています。すなわち、裁判所も本件データが原告の営業秘密であることを認めています。

次に裁判所は、被告による漏洩行為が「原告会社の就業規則に違反する債務不履行行為」となり得るか否かを判断しています。
これについて、裁判所は漏洩行為を「漏洩とは,いまだその情報の内容を知らない第三者に情報を伝達することをいうところ,既にその情報を熟知する者に交付するものであっても,その者が提供した情報をさらにその情報の内容を知らない第三者に伝達することが当然に予定されているような場合には、漏洩したことになるというべきである。」と定義したうえで、「公開の法廷で行われる訴訟に利用することを前提とした情報の提供も,その情報の内容を知らない第三者に伝達することが当然に予定されている場合として,漏洩に当たるものというのが相当である。」とし、営業秘密を裁判の証拠とすることも「漏洩」にあたると判断しています。

そして、裁判所は「本件漏洩行為について違法性阻却事由があるか」として、違法性阻却事由を「機密保持義務を負う場合にその対象となる情報・秘密を開示したとしても,当該情報を開示することに正当な理由があり,かつ,当該情報の取得が社会通念上著しく相当性を欠く方法でされたものではない場合には,当該開示行為の違法性が阻却されるものと解すべき」とし、「被告による本件漏洩行為が正当行為であるとの主張は,理由がないことになる。」と判断しています。


なお、裁判所が本事件において「被告による本件漏洩行為が正当行為でない」とした理由は、以下のようなものです。
まず、被告は「原告らに対する別件訴訟を提起することを企図していたCから依頼されて本件漏洩行為を行ったのであり,Cの原告らに対する正当な権利の行使を補助するという正当な目的をもっていたことが違法性阻却事由の評価根拠事実となる」と主張していました。
これに対して、裁判所は「被告は,原告らを退職する前に,Cらを誘って原告らに対する残業代請求訴訟を提起することを企図し,その際の証拠とすべく,本件持出行為を行い,退職後に,Cらを誘って,残業代請求訴訟を提起することを決意させるとともに,本件交付行為を行ったことが推認されるのであり,そうであれば,Cからの依頼を受けて,その正当な権利行使を補助しようとして本件交付行為ないし本件漏洩行為を行ったとする被告主張のような事実はそもそも認められないことになる。」とし、上述のように「被告による本件漏洩行為が正当行為でない」としています。

このように被告は原告会社から営業秘密である本件データを持ち出し、別件訴訟の証拠として提出し、それを裁判所は漏洩行為であり、かつ違法性阻却事由もないと判断しました。
しかしながら、最終的に裁判所は、本漏洩行為による原告の損害はないと判断し、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却としています。

ここで、本事件は地裁の判決ではありますが「機密保持義務を負う場合にその対象となる情報・秘密を開示したとしても,当該情報を開示することに正当な理由があり,かつ,当該情報の取得が社会通念上著しく相当性を欠く方法でされたものではない場合には,当該開示行為の違法性が阻却されるものと解すべき」というように、営業秘密を漏洩させたとしても、その違法性が阻却される場合を定義しています。これは営業秘密(秘密情報)の漏洩行為に対する重要な判断基準となり得るかもしれません。

なお、本事件では、被告の主張が事実でないとして違法性阻却事由が否定されていますが、もし、被告が主張しているように「原告らに対する別件訴訟を提起することを企図していたCから依頼されて本件漏洩行為を行った」のであれば、違法性阻却事由が認められたのでしょうか?それともそのような事実があったとしても認められないのでしょうか?
本事件では、違法性阻却事由の具体例が挙げられていないので、その具体例を今後知りたいところです。

2018年1月2日火曜日

明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

昨年は営業秘密のブログを始め、セミナーも開催しました。
セミナーを開催したことにより、多少なりとも反響があり、営業秘密に関するビジネスのとりあえずの方向性のようなものが見えた気がします。
今年は、営業秘密に関するビジネスの方向性の確立のようなことを目標としますか。

さて、特許出願件数に関しては減少率は徐々に低下しいるようですが、それでも減少傾向にある事は否めません。今後は中小企業の特許出願を促すためにも、全ての中小企業が減免の対象になるようですが、それによる特許出願件数の増加はどの程度でしょうか?

一方で、技術を秘匿する傾向はやはり強くなるのではないでしょうか?こんなブログをやっているので、そう思うのは当然ですが・・・。
しかしながら、敢えて技術をオープンにして市場の拡大を狙う企業も増えるでしょうが、そういった企業も全てをオープンにするのではなく、一部はクローズするかと思います。
いわゆるオープン&クローズ戦略ですが、オープン&クローズ戦略を正しく行うためにも、営業秘密の知識は欠かせません。

ということで、営業秘密にオープン&クローズ戦略というキーワードを組み合わせると、キャッチ―な感じになるでしょうか?
営業秘密という言葉では、今一つ地味ですからね。