2018年3月8日木曜日

技術情報を営業秘密とした場合に有用性が有るとされた判例

前回までのブログでは「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介しましたが、今回は有用性があると判断された判例を紹介します。

過去のブログ記事
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4

有用性についてそれを認める場合、裁判所の判断理由は以下のようにあっさりしています。

例えば、PCプラント事件(知財高裁平成23年9月27日判決)では下記のように裁判所は判断しています。下記の「前記(1)の認定事実」とは「営業秘密性に関する認定事実」であり、「ア.PC樹脂の製造技術等」や「イ.本件図面図表の管理状況」です。
「ア 有用性及び非公知性
前記(1)の認定事実によれば,本件図面図表に記載された本件情報は,原告及び出光石化が独自に開発したPC樹脂の製造技術に基づいて設計された,出光石化千葉工場第1PCプラントのP&ID,PFD及び機器図に係る情報であって,同PCプラントの具体的な設計情報であり,同PCプラントの運転,管理等にも不可欠な技術情報であるから,原告及び承継前の出光石化のPC樹脂の製造事業に「有用な技術上の情報」であることは明らかである。」
なお、本事件において被告は本件情報について、秘密管理性について否定する主張を行いましたが、有用性及び非公知性を否定する主張はしていません。

また、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)では下記のように裁判所は判断しています。
「(イ)有用性,非公知性
原告プログラムは,理化学機器の開発,製造及び販売等を業とする被控訴人にとって,その売上げの大きな部分を占める接触角計に用いる専用のソフトウエアであるから,そのソースコードは,被控訴人の事業活動に有用な技術上の情報であり,また,公然と知られてないものである。」
なお、本事件において被告は原告プログラムについて、秘密管理性及び非公知性について否定する主張を行いましたが、有用性を否定する主張はしていません。


また、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)では下記のように裁判所は判断しています。本事件では、靴の設計情報を含む木型を営業秘密であると原告は主張してます。また、下記の「前記1(1)」とは原告の業務及び木型の管理等の状況に関する事実です。
「前記1(1)で認定した事実によると,本件設計情報については,コンフォートシューズの製造に有用なものであることは明らかであるから,本件設計情報は,生産方法その他の事業活動に有用な技術上の情報であったということができる。」
なお、本事件において被告は「木型の作成自体は容易に行うことができる以上,木型に基づき靴を大量生産できるとする点は,有用性の根拠とならないし,他に,本件設計情報に有用性があるとする根拠はない。」と主張していましたが、認められませんでした。

さらに、半導体封止機械装置事件(福岡地裁平成14年12月24日判決)では、 原告が営業秘密とする設計図に対して、被告は上記3件に比べてそれなりに有用性を否定する主張をしているものの、下記のようにその主張を否定して有用性を認めています。
「本件営業秘密は,原告××の長年の技術的な蓄積の成果であることは容易に推認でき,顧客から詳細な仕様を指定されることがあったとしても,なお原告××が試行錯誤を繰り返して得られたノウハウの集積であると評価できる。しかも,後記認定のとおり,被告○○が本件営業秘密を不正に取得・使用している事実からすると,半導体全自動封止機械装置,封止用金型及びコンバージョンの生産,販売及び研究開発並びに原告××の経営効率に役立つ価値を持つ情報すなわち有用な情報であると認められ,これを覆すに足りる証拠はない。  被告○○は,別紙営業秘密目録2第一三項の「油路の配置,油路の口径違い」に関し,プランジャーの油圧フローティングのオリジナルを現在のアピックヤマダ,当時のヤマダ製作所が,1982年頃から採用し,原告××が採用したのは,その後2,3年後であること,現在,住友,シンガポールのASAなどもプランジャーブロックにおいて油圧を使用している旨主張するところ,半導体全自動封止機械装置という複雑な機械の設計図にあっては,その一部に公知技術が使われていたとしても,必要な動作,機能を持たせるため,部品には試行錯誤,実験等が繰り返されてできあがった寸法や角度といったものが集約されているものであって,これが技術ノウハウとして秘密管理されていれば営業秘密として不正競争防止法上の保護対象となるものであり,被告○○主張の事実が認められたとしても,そのことによって,不正競争防止法2条4項の営業秘密に当たらないといえるものではなく,まして営業秘密として特定していないということもできない。」

以上のように、今回は営業秘密としての有用性が認められた技術情報について紹介しました。
有用性が認められた事件では、認められなかった事件に比べて、設計図やソースコードのように営業秘密とする技術情報が明確に特定されているかと思います。
また、明確に特定できている技術情報は、特許的な考えでいうところの最も下位概念にあたるものであり、特許公報等にも記載されていない内容かと思います。そのため、被告は有用性又は非公知性を否定するために、公知の情報等を証拠として提出することが困難であったと考えられます。

一方で、有用性が認められなかった事件では、原告が営業秘密と主張する情報が明確でない場合が多いと思えます。 営業秘密とする技術情報が明確でないために、原告もその有用性について十分に説明できず、裁判所はその有用性を否定せざる負えないのかもしれません。

2018年3月5日月曜日

技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4

前回のブログ記事に引き続き「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介します。

過去のブログ記事
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3

4件目は発熱セメント体事件(大阪地裁平成20年11月4日判決)です。
この事件では、被告らの代表者であるYが平成15年10月ころに、原告が電気技師として雇用していたP2を石巻まで呼ぶなどして同人から本件各情報を聞き出し、Yは原告が同年12月15日にP2を技術指導として被告高橋屋根工業株式会社に出張させた際にも、P2から本件各情報を聞き出したというものです。 そして、P2は原告の従業員として本件各情報を外部に漏洩しない義務を負う立場であったにもかかわらず、被告らに対し本件各情報(発熱セメント体に係る本件情報1~7)を不正に開示したと原告は主張しています。

そして、本件情報1に対して裁判所は「本件情報1は,炭素を均一に混合するという点を除いて,乙23公報により平成15年10月当時において既に公知であったものであり,炭素を均一に混合するという点についても,有用な技術情報とはいい難いことからすれば,不正競争防止法2条6項にいう「事業活動に有用な技術上の情報であって,公然と知られていないもの」ということはできず,同項にいう「営業秘密」に該当するとは認められない」とのようにその有用性、非公知性を否定しています。
この乙23公報は、特開2000-110106号公報(公開日:平成12年4月18日)であり、出願人は原告とは異なる者です。 なお、乙23公報の発明の名称は融雪道路および融雪道路用構造材です。


上記のように裁判所は、「炭素を均一に混合するという点を除いて」とのように本件情報1と乙23公報との相違点を認めています。しかしながら、この相違点については下記のようにして有用性がないと判断しています。
「原告は,発熱部は炭素を所定割合均一に混合しているので,遠赤外線を放射し,その遠赤外線は表面層を通過して雪を溶かしやすくすると主張する。しかしながら,炭素を均一に混合していることと,遠赤外線を放射することを因果的に裏付ける証拠はない。また,仮にこのような効果があるとしても,乙23発明において,セメントに炭素を混合することが開示されている以上,炭素を混合するに当たり,偏りのないよう均一に混合するというのは,当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。また,上記相違点に係る情報には炭素を均一に混合するための特別な方法が具体的に開示されているわけでもない。したがって,単に均一に混合するという上記相違点に係る情報は,それだけでは到底技術的に有用な情報とは認め難い。」
上記判断は、特許でいうところの進歩性の判断に類するとも思われます。一方で、原告による本件情報1の作用効果の説明が裁判において不十分であったために、このような判断になったとも考えられます。
何れにせよ、本事件では、被告が特許公報を用いて原告が営業秘密とする技術情報の有用性、非公知性を否定しています。
すなわち、技術情報を営業秘密とする場合には、特許公報に記載の技術と対比して有用性、非公知性を主張できるものである必要があります。

また、他の本件情報2~7に対してもその有用性を裁判所は否定しています。全てをここで記載するのも煩雑ですので、これらのうち代表的と思われるものを記載します。
「(4)本件情報5の営業秘密該当性  
原告は,「融雪板が4個の端子を有するのがよいこと」(本件情報5)をもって「営業秘密」に該当すると主張し,その有用性として,実用的に複数の融雪板を並置することができると主張する。しかし,端子の数を4個にすることと融雪板を並置できることとの関連性は不明であり,他に端子の数を4個にすることによる特段の作用効果は主張されていない。そもそも,端子を何個にするかは,融雪板をどの程度の大きさにするのかとの関係において,当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎないというべきである。
・・・
(5)本件情報6の営業秘密該当性  
原告は,「融雪板の適切な具体的な寸法が,一辺が約30cmがよいこと」をもって「営業秘密」に該当すると主張し,その有用性として,ハンドリングしやすい実用的な融雪板とすることができると主張する。しかし,融雪板をどのような寸法にするかは,まさに当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎないというべきであり,一辺が30cmであることについて,特段の作用効果も認められない。
・・・
本件各情報を全体としてみても、上記のとおりそれぞれ公知か又は有用性を欠く情報を単に寄せ集めただけのものであり,これらの情報が組み合わせられることにより予測外の特別に優れた作用効果を奏するとも認められない(そのような主張立証もない。)。したがって,本件各情報が全体としてみた場合に独自の有用性があるものとして営業秘密性が肯定されるものでもないというべきである。 」

このように、本事件において裁判所は、原告が営業秘密として主張する技術情報に対して、特許公報を引例としてその有用性や非公知性を否定しています。当然とも思われますが、このことは重要な知見であるとも考えられます。
すなわち、裁判所における有用性や非公知性の判断に特許公報が影響を与えるということです。特許公報は、膨大な数存在し、そこから多種多様な技術情報が公知となっており、日々その数を増しています。したがって、技術情報を営業秘密とする場合には、一般的に知られている情報だけでなく、特許公報を検索して公知となっているか否か、また、有用性を主張できるほどの作用効果があるか否かを判断する必要があると考えられます。

また、裁判所は、特に引例を挙げることものなく、「当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎない」や「予測外の特別に優れた作用効果を奏するとも認められない」としてその有用性や非公知性を否定しています。これは果たして適切なのでしょうか?
一方で、原告も、当該技術情報の作用効果を十分に説明できなかったようであり、そのことが裁判所の判断に与えているようです。

2018年3月1日木曜日

特許の判定制度に対する法改正

ここのところ、技術情報を営業秘密とした場合における有用性判断に対する判例紹介ばかりなのでちょっと違う話題を。

昨日「不正競争防止法等の一部を改正する法律案」が閣議決定されました」との発表が経済産業省からありました。
この法改正の一番の目玉は、データの不正取得を不正競争と位置付けたことですね。

で、先日、特許庁から発表された「第四次産業革命等への対応のための知的財産制度の見直しについて」の中の「6. 判定における営業秘密の保護」という項目にある判定請求についても法改正がされるようです。

ここで、本項目には「他方で、特許発明の技術的範囲につき特許庁に見解を求めることができる判定制度(特許法第 71 条)については、営業秘密が記載された書類であっても、閲覧等は制限されていない。」とさらっと書いてあります。
そうだったんですね。私は判定に閲覧制限がないことを知りませんでした。
いままで一度の判定請求を行ったことが無く、このことにを気に留めたことがありませんでした。
そして、上記項目では「判定に関する書類に営業秘密が記載されている場合には、当事者の申出 により、当該の書類の閲覧等を制限するべきである。 」と今更ながら提言していました。

本改正案では、これに関して、(証明等の請求)第百八十六条が改正されます。 
第百八十六条は、「何人も、特許庁長官に対し、特許に関し、証明、書類の謄本若しくは抄本の交付、書類の閲覧若しくは謄写又は特許原簿のうち磁気テープをもつて調製した部分に記録されている事項を記載した書類の交付を請求することができる。ただし、次に掲げる書類については、特許庁長官が秘密を保持する必要があると認めるときは、この限りでない。」というもので、新たにこの二号に下記条文が新設されます。
判定に係る書類であつて、当事者から当該当事者の保有する営業秘密が記載された旨の申出があつたもの。


で、このような閲覧制限に対して営業秘密に関係する判例が既にあります。
それは、二重打刻鍵事件(東京地裁平成27年8月27日判決)であり、民事訴訟において閲覧制限の制度があるにもかかわらず、その制度を利用しなかったことが営業秘密の非公知性の判断に影響を与えたものです。

本判決では、裁判所は原告が主張する鍵情報の秘密管理性を認めない理由の一つとして「原告が,平成26年7月30日に本件訴訟を提起した後,口頭弁論の終結日(平成27年5月28日)に至るまで,本件鍵情報と同一内容が記載された訴状別紙「営業秘密目録」記載1につき,民事訴訟法92条1項2号に基づく閲覧等制限の申立てさえせず,その結果,約10か月間にわたって,本件鍵情報が何人も自由に閲覧できる状態に置かれていたこと(同法91条1項参照)も併せ考慮すれば,本件鍵情報に営業秘密性(非公知性,秘密管理性)があると認めることはできない。」と判断しています。
この判決は、原告は営業秘密の証拠については少なくとも閲覧制限を積極的に行う等しないと、秘密管理性と共に非公知性が認められなくなる可能性があることを示しています。

上記判決は、特許庁による判定制度にもそのまま当てはまるのではないでしょうか?
すなわち、特許庁の判定制度を利用し、判定に関する書類に営業秘密が記載されているにもかかわらず、閲覧制限の申し立てをしなかった場合には、当該営業秘密に関する非公知性及び秘密管理性があると認められなくなるということです。
このことは、判定請求を行うときに必ず意識しないといけないことですね。

しかしながら、特許庁ともあろう行政機関が、その利用者に対して多大なるリスクを負わせる可能性が有る制度をそのまま放置していたことにビックリです。
裏を返すと、今までいかに営業秘密がないがしろにされていたか、そして、今になって営業秘密の重要性について気が付いたかということかと思います。