2018年9月30日日曜日

日産新車ツイッター投稿事件 ー営業秘密侵害は不起訴処分ー

不起訴処分となった営業秘密侵害事件がまた報道されました。
これは、日産の取引会社社員が発表前に日産の工場内で発表前の新車を写真撮影し、ツィッターに投稿し、営業秘密侵害と偽計業務妨害により取引会社社員が書類送検された事件です。

本事件では、営業秘密侵害については不起訴処分となったものの、偽計業務妨害は罰金50万円となりました。

参考ブログページ:過去の営業秘密流出事件

この事件も不起訴となった営業秘密侵害に関しては、その理由は発表されていません。
さすがに、ツイッターに新車の画像を投稿した程度では、不競法における刑事罰の規定(21条)にある「不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的」という要件は満たさないと判断されたのでしょうか。


一方で、偽計業務妨害については認められました。
私は全く詳しくないのですが、偽計業務妨害とはウィキペディアによると刑法233条の「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の業務を妨害すること」とのことです。

ここで、新車の外観、すなわちデザインも知的財産であり、未だ外部に知られていないデザインの漏えいが偽計業務妨害罪になるということは、今までにはなかったのではないでしょうか。
そういった意味で、本事件は非常に興味深いものです。

また、発表前の情報(企業が秘匿している情報)を知り得た者がツィッター等に投稿するようなことは、今後も発生する可能性が非常に高いかと思います。
そのような事件が発生した場合、本事件のように偽計業務妨害で発表者を刑事告訴する企業も再び現れるのではないでしょうか。

なお、発表前の新車の外観をツィッターに投稿することは、「虚偽の風説の流布」にあたるのでしょうか?それとも、「偽計を用い」ることになるのでしょうか?その解釈を正しく理解したいです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年9月24日月曜日

京セラ子会社営業秘密持出し事件 ー不起訴処分ー

今年(2018年)に発生した京セラ子会社営業秘密持出し事件について、書類送検されていた京セラ元子会社の元従業員が不起訴処分となったようです。
この事件は、京セラ子会社の元従業員(元部長)が退職時に病院経営の手法等に関する営業秘密を持ち出して一部を転職先に渡し、この元従業員は書類送検されたというものです。

参考ブログページ:過去の営業秘密流出事件

ここで、営業秘密侵害で刑事告訴や書類送検となった事件について、“不起訴処分”の事実が報道されることは珍しいと思います。いままでも不起訴処分となった事件はいくつもあるかと思いますが、このようにその事実が報道されたということはあまり記憶にありません。私のブログで記録している限り、エディオン営業秘密流出事件(2015年)において上新電機が不起訴処分となった報道ぐらいです。

また、今回の事件で不起訴処分となった理由は発表されていません。
持ち出した情報の一部を転職先に持ち出したものの、京セラ子会社にとって実害はなかったとか、元従業員が京セラ子会社に対して何らかの補償をしたのでしょうか?


なお、本事件で少々気になることは、元従業員が「府警によると、容疑を認め、『自分が作ったデータなので持ち出してもいいと思った』などと話しているという。」という内容です。(参照:産経WEST記事
被疑者側の供述としてこのような供述を度々見かけます。

営業秘密侵害において、刑事事件だけでなく民事事件でもこのような供述は非常に重要かと思います。
私も本ブログで何度か述べているように、営業秘密の帰属に関する争点が生じることになるからです。

参考ブログ記事:営業秘密の帰属、営業秘密の民事的保護が定められた当時の逐条解説

上記ブログ記事では、民事について述べていますが、罰則を定めた不競法第21条にも「営業秘密を保有者から示された者であって、」という文言が条文中にあります。
このため、本事件の元従業員が供述しているように、持ち出したデータが「自分が作ったデータ」であるならばこの元従業員は「営業秘密を保有者から示された者」ではないという解釈ができます。
そのように解釈したならば、たとえ被疑者が当該データを持ち出したとしても刑事罰の対象とはならないでしょう。

本事件において検察官がどのように判断して、今回の事件を不起訴処分としたかは分かりません。もし、上記のように元従業員が「営業秘密を保有者から示された者」ではないと検察官が判断したのであれば、営業秘密侵害において非常に参考となる判断です。

なお、不起訴処分の理由について開示請求ができるのか調べたところ、下記のような法務所の説明を見つけました。
法務省HP:不起訴事件記録の開示について
ここを参考するかぎり、第三者が不起訴処分の理由の開示請求をすることはできないようですね。

ただ、上述したように営業秘密侵害の刑事事件において、被疑者が「営業秘密を保有者から示された者」、すなわち営業秘密の帰属についてが争点となりそうな供述をしている例が過去にいくつかあります。
このため、「営業秘密を保有者から示された者」に係る法的解釈について統一的な見解が早急に示されるべきではないかと思います。
それにより、企業側も対策を立てることができますし、不要な刑事告訴だけでなく民事訴訟も回避できるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年9月19日水曜日

ー判例紹介ー 生春巻き製造機事件 事業協力期待先へのノウハウ開示

今回紹介する裁判例は、生春巻き製造機事件(知財高裁平成30年11月2日判決平成30年(ネ)第1317号 大阪地裁平成30年4月24日判決平成29年(ワ)第1443号)です。

本事件の被告会社は、取引先(訴外)から生春巻きを製造するよう求められました。そこで、被告会社は、原告会社に対して生春巻きの製造工場の見学を依頼しました。
これを受け、原告会社は、生春巻きの製造工程を見学させ、製造方法を説明し、工場内の写真撮影も許可しました。

その後、原告会社は、被告会社が九州における原告会社の協力工場として取引をすることに向けての話を進めようとしましたが、被告会社は、原告会社の提案する内容での契約に応じませんでした。被告会社はその後、直ちに取引先の求めで生春巻きを製造することをしませんでしたが、しばらく後に、生春巻きを製造し、関西圏の大手スーパーに卸しました。

本事件において原告会社は、生春巻きを大量に安定的に生産するためライン上で全工程を行うとともに、通常は水で戻すライスペーパーを、状況に応じた適切な温度の湯で戻すという生春巻きの製造方法が営業秘密であり、当該営業秘密を被告会社が不正取得等した主張しています。


これに対して、裁判所は以下のように判断し、その営業秘密性を否定しました。


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原告は,被告が協力工場となることを見学の条件とし,被告がこれを承諾したように主張するが,原告代表者の陳述書には,工場見学前に協力工場になることの条件を承諾した旨の記載がないだけでなく、「私はもうすっかり協力工場になってくれるものと信じていました。」との記載があり,結局,協力工場になることが確定的でない状態で原告工場の見学をさせたことを自認する内容になっている。なお,その後,被告代表者は,協力工場となることに対して積極的方向で回答をしたことは優に認められるが,それをもって事業者間での法的拘束力のある合意と評価できない。
〔1〕見学で得られる技術情報について秘密管理に関する合意は原告と被告間でなされなかったばかりか,原告代表者からその旨の求めもなされなかったこと,〔2〕原告のウェブサイトには,原告工場内で商品を生産している状況を説明している写真が掲載されており,その中には生春巻きをラインで製造している様子が分かる写真も含まれている。原告において,その主張に係る営業秘密の管理が十分なされていなかったことが推認できる。
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すなわち、裁判所は上記〔1〕,〔2〕に基づいて原告が開示したノウハウの秘密管理性を否定しています。また、〔2〕に関しては非公知性も失われていることを示しています。

この判例は、原告会社が流通若しくは新市場におけるイノベーションを他社に求めた結果生じたことといえるでしょう。また、原告会社は被告会社に対してオープンイノベーションを期待したとも考えられます。

本判例のように自社のノウハウを他社に開示する場合、下記のことが重要です。
(1)協力関係の可能性を見極めてから自社ノウハウを開示。
(2)他社に自社ノウハウを開示する場合には確実に秘密保持契約を締結。

上記(1),(2)は言うまでもなく、当たり前のことかとも思われます。
しかしながら、提携期待先に対して前のめりになりすぎると、秘密保持契約を締結することなく必要以上にノウハウを開示する可能性が考えらえます。
また、ノウハウ開示は一人でも可能であり、権限を持っている立場の人物が行うことができます。すなわち、ノウハウ秘匿に対する認識が低い人物が、不適切に他社にノウハウ開示を行ってしまえば、取り返しのつかないことになりえます。

また、本判例からは、以下のことも秘密管理には重要であることを示唆しています。
(3)自社のノウハウ開示状態の把握、開示状態は適正か?
現在、自社のノウハウはホームページ等で簡単に開示できます。これは自社の技術力をアピールするうえで重要な起業活動でしょう。しかしながら、一体どのような情報を何時どこで開示しているかを正確に認識しなければなりません。
これができていれば、ノウハウを開示しているにもかかわらず当該ノウハウは営業秘密であると誤った主張に基づく訴訟を回避できるはずです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信