過去数回にわたって、技術情報を営業秘密とした場合における裁判所の有用性判断についての判例を紹介しました。
今回は現時点でのまとめを。
過去のブログ記事
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4
・技術情報を営業秘密とした場合に有用性が有るとされた判例
まず、有用性の判断について、田村義之 著, 不正競争法概説〔第2版〕(2003 有斐閣)には「秘密管理体制を突破しようとする者はその秘密に価値があると信じているがためにそのような行為に及ぶのである。いずれにせよ秘密管理網を突破する行為が奨励されてしかるべきではないのであるから、このような行為が行われているのに、それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」と記載されており、私はこの田村先生の考えが最も納得できます。
しかしながら、この書籍は2003年に発行のものであり、営業秘密に関する書籍としては少々古く、その後、裁判によって有用性の判断が幾つもなされています。
そして、上記ブログ記事で紹介したように、技術情報を営業秘密とした場合には「優れた作用効果」が無い等のように、あたかも特許の進歩性と同様の判断がなされていると思われる判決もあります。
すなわち、裁判における有用性の判断としては、「それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」ということはなく、特に技術情報に関しては作用効果を奏するものでなければ、有用性が認められない可能性があります。
ここで、技術情報を営業秘密とした場合に有用性が否定されるパターンは、複数あると思われます。
〇パターン1
発熱セメント体事件(大阪地裁平成20年11月4日判決)における「本件情報1は,炭素を均一に混合するという点を除いて,乙23公報により平成15年10月当時において既に公知であったものであり,炭素を均一に混合するという点についても,有用な技術情報とはいい難いことからすれば,不正競争防止法2条6項にいう「事業活動に有用な技術上の情報であって,公然と知られていないもの」ということはできず,同項にいう「営業秘密」に該当するとは認められない」との判断や、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)「原告アルゴリズムの内容の多くは,一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの,あるいは,格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されているといわざるを得ない」との判断のように、特許公報等の公知の技術情報と比較してその有用性を否定するパターンです。
まさに、特許における進歩性の判断と同様の判断基準との考えられます。
なお、このパターンは、営業秘密の非公知性の判断とされる場合もあるようです。
〇パターン2
営業秘密と主張する技術情報の特定が不十分である場合には有用性が認められにくいとも思われます。当たり前かもしれませんが・・・。
例えば、小型USBフラッシュメモリ事件(知財高裁平成23年11月28日判決)では「控訴人が提供したとするLEDの搭載の可否,搭載位置,光線の方向及びLEDの実装に関する情報は,被控訴人から提案された選択肢及び条件を満たすために適宜控訴人において部品や搭載位置を選択したものであって,その内容は,当業者が通常の創意工夫の範囲内で検討する設計的事項にすぎないものと認められる」(下線は筆者による。)と裁判所は判断すると共に、「「そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として,全てが組み合わさ」った情報とはどのような情報なのか不明であり,営業秘密としての特定性を欠くといわざるを得ない。」とも述べています。
また、発熱セメント体事件でも、「乙23発明において,セメントに炭素を混合することが開示されている以上,炭素を混合するに当たり,偏りのないよう均一に混合するというのは,当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。また,上記相違点に係る情報には炭素を均一に混合するための特別な方法が具体的に開示されているわけでもない。したがって,単に均一に混合するという上記相違点に係る情報は,それだけでは到底技術的に有用な情報とは認め難い。」と判断されています。
さらに、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)では「原告ら代表者は,陳述書(甲20)において,本件合金の有用性を説明するが,本件合金がその説明に係る効果を有することは,客観的に確認されるべきものであり,関係者の陳述のみによって直ちにそれを認めることはできない。」と判断されています。このように、裁判所は
営業秘密とする技術情報の効果は客観的に確認されるべきものであるとしています。
このパターン2は、営業秘密とする技術が上位概念である場合に、生じやすいかもしれません。また、特定が比較的難しい化学系の技術の場合にも生じやすいかもしれません。
一方で、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)における原告ソースコード、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)における靴の木型、PCプラント事件(知財高裁平成23年9月27日判決)や半導体封止機械装置事件(福岡地裁平成14年12月24日判決)のように特定の装置の図面のように、営業秘密とする技術情報が明確に特定できている場合はその有用性が認められ易いとも思われます。
以上のことから、技術情報を営業秘密とする場合の有用性に関する留意事項は、「公知技術に比べて優れた作用効果を客観的に確認できる程度に明確となるように、営業秘密とする技術情報を特定する。」ということでしょうか。
これは当たり前のこととも思われますが、実際には有用性が認められない判決が多数あるので、このことを意識しなければ裁判で勝てる営業秘密管理とはならないのかと思います。
ここで、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)で裁判所は「原告らは,本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても,特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから,本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし,その場合には,営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではないから,原告らの上記主張は採用できない(なお,前記のとおり原告らは,本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。」と判断しています。
上記下線は、営業秘密として特定される技術情報に対して、非常に重要な示唆であると思われます。営業秘密とする技術情報の特定が誤っていたら、本来、不正競争防止法で守られるべき情報が守られないことになります。
従って、どの技術情報を営業秘密として管理し、その技術情報は客観的に作用効果を確認できるものであるかを十分に検討する必要があるかと思います。