2019年9月7日土曜日

営業秘密侵害の刑事告訴 不起訴処分2件

先日、営業秘密侵害として刑事告訴されていた2つの事件について、不起訴処分となったことが報道されていました。

一つは、日経新聞社の社員の賃金データと読者情報を元社員が漏洩した事件(日経新聞社内情報漏えい事件)であり、もう一つは、M&Aの交渉先に顧客情報を無断でコピーされたという事件(M&A顧客情報流出事件)です。

過去のブログ記事
日経新聞社、社員の賃金データと読者情報の漏えいで元社員を刑事告訴(日経新聞社内情報漏えい事件)
営業秘密の不正取得を上司から指示された事件(M&A顧客情報流出事件)

不起訴の理由は詳しくはわかりませんが、共に不正の目的がなかったというもののようです。
ここで、営業秘密の漏洩について刑事的責任を問うためには「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」が要件となっています(不正競争防止法第21条)。
すなわち、不正の目的等がない場合には、たとえ、営業秘密を許可なく持ち出す等しても、刑事罰は受けません。

日経新聞社内情報漏洩事件では、元社員は違法なサービス残業を告発するために全社員の賃金データを漏洩させたと主張していました。一方で、理由はわかりませんが、34万人分の読者情報も持ち出したようです。賃金データも読者情報もおそらく営業秘密であると認められる情報でしょう。
しかしながら、内部告発のための持ち出しであれば、不正の目的とは認められません。元社員によるこの主張が認められ、不起訴となったのでしょうか。
とはいえ、なぜ読者情報も持ち出したのでしょう?結局のところ、この読者情報の持ち出しも不正の目的が認められなかったということでしょうか。


一方、M&A顧客情報流出事件では、顧客情報の保有企業はM&Aの交渉先に対して、社内でのコピーも禁止するように約束したうえで、顧客情報(紙媒体)を開示しています。このため、当該顧客情報は営業秘密に該当するでしょう。しかしながら、M&Aの交渉先ではこの約束を守らずに社内で当該顧客情報をコピーしたようです。
しかしながら、これは不正の目的でないとされたようです。社内でのコピーに留まっただけであり、M&A交渉先が新たな顧客獲得等のためには使用しなかったためでしょうか?

この2つの事件は、刑事事件での不起訴ということであり、民事事件では判断が異なる可能性もあります。
日経新聞社内情報漏洩事件では、元社員が社員の賃金データや読者情報へのアクセス権限等を有していなかったら、不正競争防止法2条1項4号違反となります。
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不正競争防止法2条1項4号
窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「営業秘密不正取得行為」という。)又は営業秘密不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為(秘密を保持しつつ特定の者に示すことを含む。次号から第九号まで、第十九条第一項第六号、第二十一条及び附則第四条第一号において同じ。)
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4号では不正の目的は要件とされておらず、読者情報は内部告発とは関係ないでしょうから、日経新聞社が望むのであれば、元社員に対して少なくとも読者情報の開示や使用の差し止めについては認められる可能性があるかと思います。

一方で、M&A顧客情報流出事件についてはどうでしょうか?
この事件では、M&Aの交渉先は、顧客情報の保有企業 から正当に顧客情報の開示を受けています。そのため、不正享保防止法2条1項7号違反が考えられます。
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不正競争防止法2条1項7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
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しかしながら、この7号には上記のように「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」がその要件に含まれています。

本事件は、不正の目的が認められないと検察が判断しています。刑事事件と民事事件とでこの不正の目的の判断基準が全く同じではないかもしれませんが、民事訴訟でも不正の目的が認められない可能性も考えられます。
そうすると、M&Aの交渉先が社内での利用に留まるのであれば、差し止め請求は認められないということになるのでしょうか。
それとも、不正の目的が推定されるとして、差し止め請求が認められるのでしょうか?

ちなみに、不正競争防止法第3条では差し止めを以下のように定義しています。
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不正競争防止法3条 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
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すなわち、本事件では、M&Aの交渉先が「侵害するおそれがある者」と裁判所において判断されれば、差し止めは認められるのではないでしょうか?


弁理士による営業秘密関連情報の発信