2022年1月16日日曜日

判例紹介:勝手に持ち出された装置に使用されている営業秘密の不正取得について

今回紹介する裁判例は、2WAY対応型酸素チェンバーの制御装置を原告の納入先から被告会社(原告の元代理店)が原告に連絡することなく持ち出した、というものです(東京地裁令和3年9月29日判決 平30年(ワ)3526号)。

具体的には、原告及び被告会社はいずれも2WAY対応型酸素チャンバー(高気圧,低気圧両方のいずれにも対応する酸素チャンバー)を製造・販売等し、競合関係にあります。
そして、原告の主な主張は、被告会社及び原告の元従業員で被告会社の従業員である被告Yに対し、被告らは共同して、原告が取引先に納入した原告製の2WAY対応型酸素チャンバーから、営業秘密であるパラメータに係るデータ(以下「本件データ」という。)を内蔵する制御装置等を取り外して持ち出し、競合製品の製造過程で同データを外注先に開示した、というものです。

本事件の前提事実は以下のとおりです。

・平成22年11月1日 原告と被告会社は、原告が高気圧酸素チャンバーシステムを製造して被告会社に供給し、被告会社が販売代理店としてこれを日本国内で販売する販売代理店契約を締結。
・平成24年10月頃 三重県のフットサルクラブから酸素チャンバーの購入連絡が有り、被告会社従業員と原告代表者が当クラブを往訪。平成24年10月5日に本件クラブは酸素チャンバーの購入申込書を作成して被告会社にファックスで送信し、その後、申込みに係る酸素チャンバーが同クラブに納入される。

なお、本件の酸素チャンバーは、装置本体に加え、その動作を制御するための制御装置、電磁弁ボックス及びケーブルから構成されます。原告製の酸素チャンバーの制御装置においては、通常、その動作を制御するためのデータを修正することができないようにロックするための加工が施されていますが、本件クラブに納入した制御装置は本件クラブの要望を踏まえてロックを外し、作動条件を自由に設定することが可能な状態にされていたとのことです。
なお、制御装置に記録されているデータは、気圧の上限・下限,加圧(減圧)に要する時間、チャンバー内を一定の気圧に保っている時間、排気時間及び動作の繰返しの回数等を内容とし、これらの数値に基づいて酸素チャンバー内の気圧を昇降させるためのものです。

平成28年11月18日 被告会社は原告製の酸素チャンバーの仕入れを終了。
平成28年12月頃 被告会社は酸素チャンバーの製造を新たな事業として開始。
・平成29年3月21日 被告会社は、訴外電機株式会社に対し、酸素チャンバー用の制御装置の開発、製造を依頼。訴外電機株式会社は依頼に基づいて制御装置の設計を開始し、同年6月26日「2WAY酸素ルーム制御盤」に関する図面の表紙を作成して被告会社に提出。なお、この訴外電気株式会社は、原告の制御装置も製造しています。
・平成29年7月20日 被告会社は福井県にあるBから酸素チャンバーを535万円で購入する旨の注文を受けた。被告会社は同年10月4日までにBに対し酸素チャンバーを納品。同日、被告会社のウェブサイトにその旨を酸素チャンバーの写真付きで掲載。被告会社は、平成29年10月13日までに被告会社のウェブサイトに同年7月9日時点には掲載されていなかった2WAY対応型酸素チャンバーの広告の掲載を開始した。

平成29年9月1日 被告会社取締役及び被告Y等が本件クラブを訪れ、同クラブの代表者に検査・点検目的であることを告げ、同月2日午前0時20分から同時24分までの間に、同クラブに設置されている本件酸素チャンバーから本件制御装置等を取り外して持ち出す。
・平成29年9月11日頃 同クラブの代表者が原告代表者に本件制御装置等の返却予定について電話で問い合わせたところ、原告がその持ち出しに関与していないことが判明。このため、被告会社に対して弁護士を通じて本件制御装置等の返還を求める。
・平成29年9月17日 被告会社は本件クラブに対し、検査・点検をすることなく本件制御装置等を返還。しかし、その後、本件酸素チャンバーには低圧モードが正常に機能しない不具合が生じた。このため、同クラブは、原告にその修理を依頼し、同年11月頃までの間に、原告において修理を行った。

上記前提事実からすると、被告は原告の代理店であったものの、被告自身が酸素チャンバーの製造販売を開始し、何らかの理由によって原告製造の酸素チャンバーの制御装置等を納入先から原告には無許可で持ち出した、とのことです。
そして、制御装置は通常であればロックがされていますが、持ち出した制御装置はロックが元々解除されていた、とのことなので、原告が被告に対して営業秘密であるデータの不正取得を疑うことは当然であるとも思われます。


次に裁判所の判断です。まずは、原告が主張する本件データの営業秘密該当性についてです。裁判所は以下の理由により秘密管理性を認めました。
①原告製の酸素チャンバーは、その出荷前に制御装置内の特定の箇所をジャンパー線で接続し導通させることにより、本件データ等を読み出せないようロックがかけられており、それ以降、原告社内でこれにアクセスできるのは原告代表者のほか限られた人数の役員等であった。
②原告の従業員には就業規則第5条(5)により守秘義務を課せられていた。
③原告は本件データを含む制御装置一式の製作を委託していた電機会社との間で機密保持契約を締結しており、本件データは同契約第1条の「秘密情報」に該当すると考えられる。
④原告製の酸素チャンバーの販売代理店であった被告会社も本件データの変更は自由にできなかった。
⑤原告製の酸素チャンバーを購入した顧客も本件データにアクセスすることはできなかった。

また、有用性及び非公知性についても、本件データは原告製の酸素チャンバーを制御する上で必須の情報であり、いずれの製造業者においても酸素チャンバーを制御するためにかかるデータの設定が必要であるとしても、その内容は製造業者ごとに異なり得るものである、として認めました。

このように、裁判所は、原告の本件データを営業秘密であるとして認めました。
また、裁判所は、被告による製造装置の持ち出しについても「死亡事故を契機とした検査・点検のため本件制御装置等を持ち出したとの被告らの主張は不自然で採用し難い」、さらに「被告らは,本件制御装置等の部材の取外し等は行っていないと主張するが,同装置等を本件クラブに返還した後,本件酸素チャンバーに不具合が生じていることからすると,被告らが同装置等を保管中に何らかの作為を加えた可能性も否定できない。」とし、「被告らが本件制御装置等を持ち出した理由はその検査・点検以外の点にあったのではないかとの疑念を払拭できない」と述べています。

さらに、裁判所は下記のようにも認定しています。
❝被告会社製の酸素チャンバーの上記開発経緯に照らすと,本件持出し行為の行われた同年9月1日の時点において,被告会社製の酸素チャンバーの制御装置や同装置に格納されるデータの開発が一定程度進められていたと考えられるものの,被告らが被告製品の独自開発の根拠として提出する共立電機作成に係る同年6月26日付け図面(乙2)は,図面の表紙にすぎず,制御装置等の図面は証拠として提出されておらず,同装置に格納するデータが独自に開発・作成されていたことを客観的に示す証拠もない。
そうすると,本件持出し行為当時,被告会社に本件データを取得する必要がなかったということはできない。❞
そして、被告による制御装置の持ち出しについて「本件制御装置等を持ち出した目的がその検査・点検にあったとの被告らの主張は不自然・不合理で採用し難く,その真の目的は他の点にあったのではないかとも考えられるところである。」と判断しています。

以上のことからすると、被告による原告の営業秘密の不正取得等が認められるようにも思えます。しかしながら、裁判所は、被告による営業秘密の不正取得を認めませんでした。

この理由は「被告らが本件制御装置等を保管していた間,本件制御装置に対していかなる作業又は操作を行ったかは証拠上明らかではない。」、「原告は,被告会社が本件データを使用して,酸素チャンバーを製造したと主張するが,被告会社製の酸素チャンバーの開発・製造に当たり,本件データが使用されたことを客観的に示す証拠はない。」というものです。
そして、裁判所は「被告らが本件データを取得し,また,被告会社が取得した本件データを使用して酸素チャンバーを製造したとの事実を認めるに足りる証拠はないので,本件持出し行為が不競法2条1項4号の不正競争行為に該当するとの原告主張は理由がない。」とのように結論付けました。

以上のように、被告が原告の代理店を止め、自社で酸素チャンバーの製造販売を開始した後に、原告に知らせることなく元の販売先から制御装置を持ち出した、という行為は主観的にはその制御装置でしか得られない何らかの情報を取得する目的ではないかとも思えます。
しかしながら、その情報が営業秘密であるならば、当該営業秘密を取得したということが認められる”直接的な証拠”が必要です。本事件は、そのような直接的な証拠が何ら存在しないために、原告の訴えは棄却となりました。

営業秘密の不正取得に対する訴えは、まずは①営業秘密とする情報の特定、次に②当該情報の営業秘密性というハードルを越え、さらに③当該営業秘密が不正取得又は使用されたということも立証しなければなりません。
このように、営業秘密の不正取得に対する訴訟は、原告に立証責任がある要件が多く、被告の行為が怪しくても勝訴に至ることができない場合もあるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信