2023年4月10日月曜日

判例紹介:営業秘密の管理規定と秘密管理性

秘密管理規定を定めている企業は少なからずあるかと思いますが、秘密管理規定に規定されていない方法(主張)による秘密管理性は認められるのでしょうか。
今回は、このような裁判例(東京地裁令和4年8月9日判決 事件番号:令3(ワ)9317号)について紹介します。本事件は、知財高裁(知財高裁令和5年2月21日判決 事件番号:令4(ネ)10088号)でも争われましたが、地裁及び知財高裁共に一審原告の敗訴となっています。なお、下記の内容は、主に地裁の判決文を参照しています。

本事件は、原告の従業員であったBが被告Aが設立した被告会社に転職した際に、Bが作成した本件データを被告会社に持ち出したというものです。被告Aは、原告の元代表取締役でもあり、その後に被告会社を設立しています。

まず、裁判所は、本件データはその内容がウェブで公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであり、そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかった、と判断しています。このため、本件データと実質的に同一である被告ら作成データも営業秘密に該当するものとはいえない、とされています。
このように、原告が営業秘密であると主張する本件データは、Bによって持ち出して被告会社で使用等されたようですが、営業秘密ではないとされています。

本件データに関しては、裁判所において営業秘密ではないと判断されていますが、その裁判の過程で当然、原告は秘密管理性についても主張しており、下記がその主張内容です。
❝原告は、フォルダ構成図(甲16)を提出した上で、本件データが格納されたフォルダへのアクセス及び変更の権限はBを含むIT担当者3名のみが有し、アクセス及び参照の権限は経営会議の構成員のみが有していたのであり、情報管理規程(甲17)等においても、秘密情報の漏洩を禁じていたなどと主張する。❞
これに対して、裁判所は以下のように原告の主張を認めませんでした。
❝上記フォルダ構成図は、平成30年2月27日に作成されたものであり、Bが被告Aに対して被告ら作成データを送信した平成30年1月22日よりも後に作成されたものであることからすると、「AI」フォルダにアクセス権限や閲覧制限を個別に設定しなかったとするBの陳述の信用性を直ちに覆すものとはいえない。仮に、原告の主張を前提としても、前記認定事実⑷ア及びイの原告の在籍状況等を踏まえると、相当数の者が本件データにアクセスすることができたと認められる上、そもそも、本件データには個別のパスワードが設定されず、しかも、「機密情報」、「confidential」という記載もなかったのであるから、客観的にみて、本件データの内容に照らしても、本件データにアクセスした者において当該情報が秘密情報であることを認識できなかったことが認められる。❞

また、原告は、上記のように情報管理規定を定めており、この9条3項には下記のように規定されています。
❝第9条(秘密情報の保管)
 3 電子データの秘密情報は、サーバに保存し、アクセス権者以外の者がアクセスできないようにフォルダ・ファイルにパスワードによるアクセス制限をかけなければならない。❞
裁判所は、このような規定があるにもかかわらず、❝本件データには、そもそもパスワードが設定されていなかったことが認められるのであるから、上記情報管理規程を前提としても、本件データが原告において秘密として管理されている情報であると認められないことは、明らかである。❞とも判断しています。

このような、情報管理規定との兼ね合いから秘密管理性を否定した裁判所の判断は、当然とも思われますが、この判断は秘密管理性について重要なことを示唆しています。
すなわち、秘密情報を何とするかを規定した秘密管理規定を会社が定めていたならば、会社もそれに縛られるということです。
今回の例のように、電子データの秘密情報には❝アクセス制限をかけなければならない❞と規定したのであれば、アクセス制限をかけていない情報を営業秘密であると主張することは難しいということです。

そもそも、営業秘密とする情報に秘密管理性が必要とされる理由は、営業秘密保有企業の秘密管理意思が従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思を従業員等に認識させるためです。
このために、情報管理規定において、秘密情報に対してアクセス制限をかけるといった方策を従業員に示し、それを会社がそれを実行することで従業員に当該情報が営業秘密であることを認識させます。それにもかかわらず、情報管理規定で規定していない方法によって、当該情報を営業秘密であると会社が主張しても、従業員は当該情報が営業秘密であると認識できません。このため、会社側がこのような方法による秘密管理性を主張したとしても、それは認められないこととなります。

このように、秘密情報管理規定等によって、秘密情報の管理方法を規定しているのであれば、従業員だけでなく会社も当然この管理方法を守る必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信