本事件は、コンピューターに関するソフトウェアの企画や設計等を行う被告の従業員であった原告が、時間外労働を行ったとして雇用契約に基づく割増賃金等を被告に求めたものであり、反訴として被告が原告に対して営業秘密の無断持出しを主張しました。
原告は、対応日,対応時間(工数)などを記載した書式の書面(作業実績管理表)が営業秘密であるとしています。なお、本訴において、原告から作業実績管理表が証拠として提出されたことから、原告が無断でこれを持ち出したことが発覚し、それを受けて反訴を提起したと被告は主張しています。なお、本事件は、原告の主張が概ね認められています。
作業実績管理表には、会社名、労働者の氏名、就業場所、連絡先、プロジェクト名、請求時間(労働者が勤務した時間)、作業内容等又は出社時刻、退社時刻、休憩時間、実働時間、業務内容、会社名、労働者の氏名プロジェクトの名称等が記載されています。
この作業実績管理表の有用性に対して、被告は以下のように主張しました。
①作業工数が判明し、作業工数から開発費用がおよそ推定できる。
②商流及び取引関係情報が把握でき、上位の会社に直接営業をすることができる。
③どのような書式で作業を管理しているか把握できる。
④下請業者の作業内容や人手が足りているかを把握でき、下請業者に営業をかけることができる。
これに対して裁判所は、以下のように判断し、作業実績管理表の有用性を認めませんでした。
①については,作業実績管理表をみても,プロジェクトの名称や業務内容は抽象的な記載にとどまって,どのような業務を行っているのかが明らかになるとはいい難く,また,原告がどのような技術・能力を有しているのかも明らかになるとはいい難い。さらに,作業実績管理表をみても,原告以外に何名の者が当該プロジェクトに従事しているのかも明らかになるとはいい難い。以上からすれば,作業実績管理表を見たとしても,作業工数が判明するとはいい難く,ひいては,およそであれ開発費用を推定することも不可能ないし著しく困難であるというほかない。②及び④については,作業実績管理表をみれば,確かに,契約関係にある会社名は明らかとなるとはいえるが,プロジェクトの内容や労働者の数等が明らかとならないことは上記説示のとおりである。そうすると,作業実績管理表をもって,上位の会社あるいは下請業者との営業における有意な情報が含まれているということはできない。③については,作業実績管理表の書式は一般的な書式であって,特殊な管理方法が用いられているということはできない。ウ 以上からすれば,結局のところ,作業実績管理表から明らかとなるのは,プロジェクトの名称等の抽象的な情報や,一人の労働者である原告が何時間労働したと申告しているかなどにとどまるというべきであり,財やサービスの生産・販売,研究開発,費用の節約,経営効率の改善等に役立つなど事業活動にとって有用な情報ということはできないから,その余の点について検討するまでもなく,作業実績管理表が営業秘密に該当するということはできない。
優れた効果が無いとして技術情報の有用性を認めなかった裁判例はいくつもありますが、営業情報というべき情報の有用性を否定した裁判例は多くないと思います。
作業実績管理表に対して裁判所は「プロジェクトの名称等の抽象的な情報や,一人の労働者である原告が何時間労働したと申告」とのような情報は、「財やサービスの生産・販売,研究開発,費用の節約,経営効率の改善等に役立つなど事業活動にとって有用な情報」ではないと判断しています。しかしながら、実際に被告会社ではこの情報を使用していたわけでしょうから、作業実績管理表は事業活動に有用な情報と言えるのではないかと思います。
本事件は、原告が時間外労働の割増賃金等を被告に求めた本訴の反訴であるという特殊性もあり、このような判断になったのでしょうか。
なお、原告は、時間外労働を行ったとして雇用契約に基づく割増賃金等を被告に求めることを目的として、作業実績管理表を持ち出したようです。ここで、不法行為として不正競争防止法2条1項7号には以下のように規定されています。
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
すなわち、訴訟の証拠として営業秘密を使用や開示する行為は、「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」といえるでしょうか。訴訟の証拠として営業秘密を使用等する行為は、このような目的には含まれないのではないでしょうか。
そうであれば、作業実績管理表に営業秘密性が認められたとしても、原告の行為は被告の営業秘密侵害とはならないようにも思います。
また、裁判所は「作業実績管理表の書式は一般的な書式であって,特殊な管理方法が用いられているということはできない。」と述べています。これについては、有用性の観点よりも非公知性の観点から否定してもよいのではないかとも思います。
弁理士による営業秘密関連情報の発信
