本事件は、原告会社と被告会社とは競合関係にあり、原告会社が営業秘密とする情報を被告会社が取引先を通じて取得したというものです。裁判に至るまでの経緯は以下です。
なお、下記にある本件SDK及びソケッツSDKは、いずれもAndroid端末向けの本件アプリに組み込まれ、本件アプリに同期歌詞表示機能を付加するためのプログラムです。
(1) 原告は、平成25年3月から平成27年12月にかけて、取引先であるレコチョクに対し、本件SDKを順次納品した。
(2) レコチョクが被告にレコチョクの基幹システムの開発を委託し、同システムに連携した形で原告から同期歌詞データの提供を受けることを検討していたことから、原告は平成25年7月13日、被告に対して本件SDKに係る仕様書を交付した。
(3) レコチョクは、平成25年12月18日頃、原告との間でデータ提供契約を締結し、本件SDKを組み込んだ本件アプリ及び原告が作成した同期歌詞データを利用した音楽配信サービスの提供を開始した。
(4) 本件データ提供契約は、レコチョクが原告から同期歌詞データの提供を受ける必要はなくなったとの理由で本件データ提供契約の終了を申し出たことから、平成30年3月31日をもって終了した。
(5) 被告は、ソケッツSDKを作成してレコチョクに対してソケッツSDKを納品し、レコチョクは、遅くとも平成29年12月頃から令和7年3月31日まで、ソケッツSDKを組み込んだ本件アプリ及びソケッツから提供された同期歌詞データを利用して音楽配信サービスを提供した。
このように、レコチョクは、原告が納品した本件SDKを組み込んだ本件アプリ等によって音楽配信サービスを行っていたものの、その後原告との締約を終了し、被告が納品したソケッツSDKを組み込んだ本件アプリ等によって音楽配信サービスを開始しています。
そして、この過程で、原告は被告に本件SDKに係る仕様書を交付しています。原告は、この本件SDKが営業秘密であり、被告が本件SDKを参照してソケッツSDKを製作し、レコチョクに対してソケッツSDKを納品した行為が営業秘密侵害であると主張しています。
なお、本事件において原告は被告による著作権侵害も主張しましたが、認められていません。
本事件において裁判所は、原告が主張する営業秘密侵害に対して、本件SDKが営業秘密であるか否かを判断していない代わりに、本件SDKとソケッツSDKとの共通する部分を比較することで、被告による本件SDKの使用等の有無を判断しています。
裁判所の判断は以下の通りです。以下の本件対象部分1及び2とは、本件SDKとソケッツSDKとの比較箇所です。
・・・本件対象部分1及び2における両ソースコードのプログラム構造や記載が共通する部分(ポイント1ないし6及びポイント⑴ないし⑺)は、いずれも書籍やウェブサイトに多数の記載例が掲載されているような一般的な手法を組み合わせたありふれた記載であって、本件SDKを参照しなければ作成できないようなものではないから、ソケッツSDKと本件SDKにおいて共通するプログラム構造や記載に係る情報が有用であるということはできない。そして、本件SDKのクラス数は56個であるのに対し、ソケッツSDKのクラス数は39個であり(同イ(ア)及びウ(ア))、原告が対比しているのはそれらのうち各2個のクラスにとどまり、本件対象部分1におけるSpAppInfoのソースコードは89行であって、AppInfoのソースコードのうち約44%は記載が相違し(同エ(ア)b)、本件対象部分2におけるSpXmlParserのソースコードは56行であって、XmlParserのソースコードのうち約30%は記載が相違している(同エ(イ)b)。そうすると、本件SDK及びソケッツSDKの全体の行数は不明であるものの、本件SDKとソケッツSDKのソースコード全体に対して、ソースコードの記載が共通する部分の分量は、極めて限定的である。以上のとおり、ソケッツSDKと本件SDKにおいて共通するプログラム構造や記載に係る情報が有用であるとはいえず、共通するプログラムの記載部分も極めて限定的であることからすれば、仮にソケッツSDKが営業秘密であり、被告がソケッツSDKを制作した際に本件SDKを参照した可能性を否定できないとしても、被告の行為が営業秘密の使用又は開示(不競法2条1項7号)に当たると評価することはできない。
以上のように、裁判所は、原告の本件SDKが営業秘密であるか否かにかかわらず、また、被告による本件SDKの参照の有無にかかわらず、本件SDKと被告のソケッツSDKとが共通する部分は一般的なものであり「有用」ではない、として被告による営業秘密侵害を認めませんでした。
裁判所が本件SDKの営業秘密性を判断しなかった理由は、先に著作権法違反について判断していたためとも思われます。しかしながら、本件SDKはプログラムであり一般的には公知とされない情報であるため、本件SDKの仕様書が秘密保持契約を締結して原告から被告へ開示されていれば、本件SDKが営業秘密となる可能性は相当高いと思われます。
この点に関して原告は以下のように主張しています。
本件SDKは、音楽配信事業者が効率的に同期歌詞データを配信することを目的として原告が開発したプログラムであり、原告の取締役以上の役職者及び秘密保持契約を締結した従業員しかアクセスできない社内NAS内で管理されている。また、原告は、同期歌詞データの利用許諾契約又は秘密保持契約を締結した音楽配信事業者にしか本件SDKを開示しておらず、仕様書等に「Confidential」と表示している。したがって、本件SDKは、秘密として管理されている事業活動に有用な技術上の情報であって、公然と知られていないものであるから、営業秘密(不競法2条6項)に該当する。
しかしながら、原告は被告との間で秘密保持契約を締結して本件SDKを開示したとは主張していないことから、原告は被告との間で秘密保持契約は締結されなかったのでしょうか?仮に秘密保持契約を締結せずに、原告が被告に本件SDKの仕様書を開示していた場合には、たとえ原告社内において営業秘密として管理していても、原告は被告に対して本件SDKの仕様書を営業秘密として開示していないと判断される可能性もあります。
一方で、原告が被告に対して使用目的等を明確に限定したうえで、本件SDKの仕様書を開示した場合でも、裁判所は同じ判断をしたでしょうか?
また、本件SDKの仕様書はレコチョクにも開示されているかと思います。仮にレコチョクから被告に本件SDKの仕様書が開示された場合でも、裁判所は同じ判断をしたでしょうか?
本事件のように、他社に自社の営業秘密を開示する場合には、秘密保持契約は必須であり、その有無によって裁判所の判断が大きく変わる可能性もあるかと思います。
弁理士による営業秘密関連情報の発信
