2018年8月9日木曜日

ノウハウ、言葉の定義

過去のブログ記事でも書いたように、「営業秘密」という文言は不正競争防止法第2条第6項で法的に定義があります。
すなわち、秘密管理性、有用性、非公知性の三要件を全て満たす情報が営業秘密となります。
しかしながら、似たような言葉で、ノウハウ、企業秘密、秘密情報等は法的な定義がありません。このため、その解釈は人それぞれかと思います。

参考過去ブログ記事
どの様な情報が秘匿化できるノウハウとなり得るのか?
ノウハウと特許との関係を図案化

以前のブログで私はノウハウや営業秘密の関係を下記図1のように考えていることを述べました。
企業が有するノウハウの一部が営業秘密という考えです。ノウハウの中には、秘密管理性等の上記三要件を満たさない情報もあり得ると考えたためです。


図1

しかしながら、ノウハウについて上記図のような考えが特に一般的といえるものではないようですね。

ノウハウとは下記図2のように営業秘密のさらに下位概念に当たるという考えがあることを、先日ある企業の知財部の方とお話して認識しました。

図2

上記図のようなノウハウと営業秘密との関係では、ノウハウは営業秘密の一部であり、実際に事業に使用され、利益に貢献するものという考えです。確かに、営業秘密の中には、事業に使用していないものや利益に貢献しないものも含まれる可能性があります。
このような考えでは、ノウハウは営業秘密の一部となりますし、ノウハウの定義は図2のほうが一般的なのかもしれません。
図1と図2どちらの解釈が一般的なのでしょうか?非常に知りたいところです。

ノウハウの一般的な認識を知りたいのは当然なのですが、この記事で一番言いたいことは、言葉の定義に対しては共通認識を持つべき、という当たり前のことです。
定義が明確でない言葉は、人それぞれの解釈があって当然です。
今回のようにノウハウの定義は図1又は図2の何れの解釈でも正解だと思います。
法的な定義の無い言葉ですから。
しかしながら、少なくとも同じ企業内において、言葉の定義に対して共通認識を持たないと、議論が噛み合わなかったり、誤解を生じたりします。

特に、秘匿するノウハウに関しては今後、特許と同様に発明者にインセンティブを与える企業が多くなるでしょうし、このような制度の検討を開始している企業もあるでしょう。
この際、初めに言葉の定義を明確にすることが肝要かと思います。

なお、営業秘密は法的にその定義が定められています。そして、三要件の解釈も裁判例から明確になりつつあります。すなわち、営業秘密は、一般的な共通認識を得やすい言葉です。
そこで、各企業は、営業秘密という言葉の意味を基準として、ノウハウ等、法的に定義が定められていない他の言葉の定義を定めては如何でしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月6日月曜日

PwC Japan の「経済犯罪実態調査2018 日本分析版」

PwC Japanから「経済犯罪実態調査2018 日本分析版」が発表されました。

営業秘密の不正な漏えいも経済犯罪の一つであり、この調査では“営業秘密”との文言はないものの、20ページに以下のような記述があります。

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知的財産(IP)の盗難については、世界全体の結果である12%と比べると日本では顕著に多いという結果になった。これは日本企業の知的財産(IP)の重要性に対する認識が低く、従業員が企業のネットワーク外のパソコンへ情報を共有するなど情報管理が適切でないことや、そもそも知的財産(IP)を含めた情報セキュ リティシステム全般が脆弱であることが要因であると考えられる。
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この調査は、主として外部からの攻撃による経済犯罪に対する調査の様ですが、確かに日本企業は知的財産の重要性に対する認識が低いように感じます。
近年では、企業における知財部の重要性の認識も高いものの、一昔前は知財部自体を重要視していなかった企業も多かったようです。
そもそも日本企業は、終身雇用が前提でしたので、知的財産に代表されるような自社の情報の漏えいはあまり問題視されていなかったのでしょう。また、古き良き日本の風潮なのかもしれませんが、お互い様とのような感じで、特許権の侵害そのものにある意味の寛容さを有していたようにも思えます。
その延長線上で、外部からの攻撃に対する認識も低いのかもしれません。

また、前回のブログ記事「論文「営業秘密の経済学 序論」」でも紹介したように、日本企業は発明の特許化が前提となっていることも裏を返せば、知的財産の重要性に対する認識の低さの表れなのかもしれません。
すなわち、知的財産について深く考えずに、特許化しておけばそれで良し、というような考えです。
また、自社にはわざわざ秘匿する技術は何もないと言っていしまう人や、営業秘密の漏えいに対する問題意識があまりにも低い人達も存在します。
現に、私が行く先々で営業秘密のお話をしても、刑事罰を受けた人が存在することすら知らない人がほとんどです。

知的財産を守る手段は、特許だけではありませんし、知的財産は特許だけでもありません。顧客情報や取引先の情報、新規なビジネスモデルのアイデアも知的財産です。

企業は改めて自社の知的財産は何か?、それの漏えいリスクは?、それを守るためにはどのような手段があるのか?、こういったことを考える必要があるのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月5日日曜日

中国における営業秘密の流出

JETROの最近の記事(2018年6月26日)で「営業秘密の流出が多発、管理体制の整備を(中国)」というものがありました。
この記事では、営業秘密を保護するための措置として、(1)物理的管理体制(2)人的管理体制の整備、(3)(技術情報の場合)先使用権(後述)立証のための証拠保全、が必要であると述べられています。
詳細は上記記事をご覧ください。

ところで中国では、特許出願件数は日本の数倍、知財関連の訴訟の数も日本とは比較にならないほど多くいようです。
中国の技術レベルや特許出願のレベルは低いという考えをお持ちの方もいるようですが、決してそのようなことは無いと思います。中国の技術開発能力は現在発展中であり、玉石混合でしょう。
現に中国には、世界的な企業も多数あり、当然、高度な技術開発もなされています。
そして、知財に関しては、上記のように日本とは比較になら倍ほどの特許出願件数や訴訟件数があります。すなわち、中国は、日本の数十倍の速さで知財関連の経験を積んでおり、早晩特許においても日本を脅かす存在になることは確実視されています。


このような中国の現状において、当然、営業秘密の漏えいに関する事件等も多いかと思います。

ここで、中国における情報の秘匿については、現状では日本とは考え方が大きく異なる可能性があります。
例えば、日本の裁判例ですが、平成30年1月15日知財高裁判決の光配向装置事件において、被控訴人(一審の被告)は次のように主張しています。
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当時,一般的に,中国や台湾のメーカーから,競業他社の仕様書などを示されることは特に珍しいことではなかったことや,被控訴人においても,競業他社に知られたくないノウハウなど営業秘密として保護すべき情報はなるべく文書に記載しないようにしていたことからも,被控訴人は,本件各文書には重要な秘密情報は記載されていると認識しなかった。
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上記の当時とは、平成27年頃のことのようであり、特段過去のことではありません。
なお本事件は、控訴人の主張は認められず棄却となっています。

参考過去ブログ
他社が秘密としている技術情報を入手した場合について(不競法2条1項8号)

上記裁判例における「一般的に,中国や台湾のメーカーから,競業他社の仕様書などを示されることは特に珍しいことではなかった」との被控訴人の主張は、本事件で裁判所が特段言及しなかったものの、日本と中国や台湾との商慣習が異なるという点で留意すべきことかと思います。すなわち、秘密情報の取り扱いに対する意識が日本と他国とでは異なる可能性があるということです。

私はある企業の方から「中国では中国共産党がメール等を監視しているため秘密を守ろうとすることに対する意識が低い」ということも聞いたことがあります。
従って、他国で自社の営業秘密を開示する場合は、その国の商慣習も理解したうえで、開示する必要があるかと思います。
情報を秘密にするという意識が低い国では、営業秘密の開示は相当に注意する方が良いでしょうし、可能な限り開示しないという方針を取った方が良いでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信