私はこのブログにおいて営業秘密に関する社員教育の必要性について触れています。
多くの企業において、企業が有する秘密情報の漏洩禁止や取り扱いに関する教育等は行っているようですが、営業秘密に関する法的な知識等の教育は行っていないところも多いようです。
ここで、下記表は営業秘密を不正の目的で開示・使用したとして刑事罰を受けた事件を示したものです。これは、何度か本ブログでも挙げているものです。
また、下記図は、刑事告訴がされたものの、判決には至っていない事件の一部です。
上記表や図を見て皆さんはどう感じるでしょうか?
刑事罰の確定にまで至った事件は、有用性及び非公知性を満たす情報を被害企業が秘密管理していたことで、当該情報が営業秘密として認定され、かつ当該情報に対する従業員等のアクセスログを被害企業が記録していたのでしょう。そうであるから、被害企業は、当該営業秘密の漏洩に気付き、かつ当該営業秘密を漏洩させた犯人を特定できたと考えられます。
すなわち、被害企業は、営業秘密を適切に管理していた企業であり、情報管理を十分に行っていた企業ともいえるかと思います。
しかしながら、「営業秘密管理を適切に行っていたにもかかわらず、なぜ、営業秘密の漏洩を許してしまったのか?」との疑問も浮かびます。
コストや労力を要して営業秘密管理を行ったのにもかかわらず、なぜ、営業秘密が漏洩したのか?そもそも、漏洩させないために、営業秘密の管理を行っていたのではないでしょうか?
その理由は、営業秘密に関する社員教育が十分ではなかったからだと私は考えます。
営業秘密の管理システムは作ったけれども、従業員に対してそのシステムについて十分に説明していなかった、営業秘密に刑事罰があり、実際に懲役刑の判決も出ている、営業秘密の漏洩により得た報酬等は没収されること等を教育していなかったのではないでしょうか?
営業秘密を不正の目的で漏洩させる人たちは、ほぼ100%悪人では無いと思います。
昨日まで、一緒に働いていた同僚、部下、上司であると思います。
そのような人達がなぜ営業秘密を漏洩させて逮捕されるのでしょうか?
その理由は、繰り返しますが、不正の目的による営業秘密の漏洩が犯罪であることを明確に認識していなかったからではないでしょうか?
しかしながら、多くの人が事のことを知らなくてある意味当然だと思います。
営業秘密の漏洩に対して不競法で刑事罰の規定が定められたのは平成15年からです。
つい近年であり、多くの社会人は知らなくて当然です。
しかも、数年毎に法改正があります。
では、従業員に対して、誰が営業秘密の法的知識を教えるのか?
そう、従業員を雇用している企業が行う他ならないと考えます。
営業秘密の管理システムの構築と共に、役員を含む従業員に対して営業秘密に関する教育を行うことによって、営業秘密の漏洩をより確実に防ぐことができると考えます。
前回のブログ「大学等の公的研究機関における秘密情報の管理」では、学生による営業秘密の流出の可能性についても述べました。
大学と企業との共同研究等において、その大学の学生(学部、修士、博士)及びポスドクが他企業に就職した場合に、共同研究企業の営業秘密を流出させてしまう可能性があると考えられます。
さらに、営業秘密の流出の裏返しとして、学生等が就職した企業において、大学在籍時に取得した他企業の営業秘密を開示、使用する可能性も否めません。
では、どのような対策が必要か?
やはり学生に対する教育が必要かと思います。
多くの学生は、営業秘密の漏洩に対する法的リスク等の知識を十分に有しているとは思えません。
企業に勤めている従業員や役員ですら、そうなのですから・・・。
学生と企業との間で秘密保持契約を結ぶことや、学生から秘密情報を漏洩しない旨の誓約書を得ること等も考えられますが、「大学における秘密情報の保護ハンドブック」にも記載されているように、学生と企業との間で過度な秘密保持契約等を行っても無効となる可能性もあるようです。
また、学生との間で秘密保持契約を結ぶことは、学生に対して秘密保持を実行させるという効果がありますが、秘密保持契約を結ぶことで当該秘密情報を漏洩させた場合に民事的責任、具体的には損害賠償を負わせることもその目的だと思います。
しかしながら、秘密保持契約を結んだ学生が当該秘密情報を漏洩したとしても、企業側はその学生に対して訴訟等により民事的責任を本当に負わせるのでしょうか?
もし、秘密保持契約に基づいて秘密情報の漏洩を理由に学生に対して訴訟を提起し、そのことが報道等されたら、その企業は評判を落とすことになるでしょう。また、秘密情報の漏洩の賠償額は高額になるでしょうから、たとえ勝訴又は和解となっても、資力に乏しい学生に賠償金の支払い能力があるとは思えません。
そうすると、企業が学生との間で秘密保持契約等を行うことの意義があまりないかもしれません。秘密保持契約を行うことは、営業秘密の漏えいに対する抑止力となるかもしれませんが、そもそもその前提としても、学生に対する営業秘密の教育は必要かと思います。
ここで、学生に対する営業秘密に関する教育は、第一に大学側が主体となって行うべきでしょう。
しかしながら、大学による営業秘密の教育が不十分な場合には、企業が共同研究を行う研究室等を対象に営業秘密の教育を直接行うことも検討しては如何でしょうか。そのときに、その研究室における自社の秘密情報(営業秘密)の管理体制の確認等を行ってもよいかと思います。
さらに、新卒社員を入社させる場合にも注意が必要かと思います。
新卒社員が技術系の学生等であれば、在学中に競合他社との間での共同研究に携わっていた学生もいるかもしれません。
そのような新卒社員を介して競合他社の営業秘密が自社に流入する可能性も否めません。
このため、技術系の新卒社員に対して、在学中に他社との共同研究に携わっていたか否かを確認し、場合によっては他社の営業秘密を持ち込まない旨の誓約書を取ることが考えられます。
今後、産学連携による共同研究がより活発化するでしょうから、このように、企業は大学等からの営業秘密の流出、及び新卒採用時における他企業の営業秘密の流入防止を十分に検討する必要があるかと思います。
最近、 経済産業省が作成した「大学における秘密情報の保護ハンドブック」なるものを見つけました。
参考:経済産業省「「大学における秘密情報の保護ハンドブック」について」
ちなみに、これは下記のガイドラインを全部改訂したものです。
営業秘密管理指針でもそうなのですが、全部改訂されると、過去のガイドラインに記載され、参考になるものもざっくりと削除される場合があります。そこで、過去のガイドラインも列挙します。
・
大学における営業秘密管理指針作成のためのガイドライン 平成16年
・
大学における営業秘密管理指針作成のためのガイドライン 平成18年5月改訂
・
大学における営業秘密管理指針作成のためのガイドライン 平成23年3月改訂
これは、大学だけではなく独立行政法人や国立研究開発法人等の公的な研究機関でも参考になるのではないでしょうか?
大学等での研究の前提として、学会や論文により発表することを前提としたものがほとんどであると思われます。
そういった意味では、最終的には営業秘密はあまり意識し得ないこととも言えます。
発表前の情報は営業秘密として管理すべきかとも思いますが。
しかしながら、近年、産学連携が活発になっていますので、共同研究を行っている企業の秘密情報(営業秘密)が大学等に持ち込まれると思われます。また、研究において企業と共同保有する秘密情報が新たに生じるかと思います。
このため、大学等における営業秘密管理としては、企業等との共同研究において企業等から開示された秘密情報の管理が課題の一つとなり得るかと思います。この課題については、基本的にコンタミの発生を防止するために他の情報と区別して管理する等、企業における営業秘密管理と同じ管理方法によって解決できるものかと思います。
一方で、大学等の公的な研究機関では、企業における秘密情報の管理とは視点が異なる事があるのではないでしょうか。
これに関して、「大学における営業秘密管理指針作成のためのガイドライン 平成23年3月改訂」の26ページに「一つの研究室が複数の企業と共同研究を行う場合には、各企業から受け取った情報間でコンタミネーション(情報の混入)が生じる可能性があることから、例えば、企業ごとに共同研究を行う場所を分けるなどの対応をとることが望ましい。」とあります。
公的な研究機関の研究室では、複数の企業と同時に共同研究を行う可能性があると思います。企業においても、同様の可能性はあるかと思いますが、公的な研究機関ではその割合は大きいのではないでしょうか。
このように、複数の企業と同時に共同研究を行う場合、その研究室では、複数の企業の秘密情報を同時に管理しなければなりません。
この様な状況では、その研究室は、秘密情報の管理を相当意識して行わないと、コンタミを引き起こす可能性があります。
最悪の場合、ある企業との共同研究において研究室を介して他企業の秘密情報が混入し、その結果、ある企業へ他企業の秘密情報がその共同研究の成果と共に混入(流入)し、コンタミが生じます。
そして、コンタミが生じた企業は、他企業から秘密情報の流入について警告を受ける可能性があります。もし、コンタミが生じた企業が既にこの研究成果と共に他企業の秘密情報を用いた製品等を製造・販売していたら、その製造・販売も停止しなければならないかもしれません。
その結果、その研究室又は研究機関に対して、刑事事件に至らないまでも、秘密保持義務違反等に基づいてこれらの企業から責任を追及される可能性も考えられます。
このような事態に陥らないように、当該研究室では、共同研究を行っている企業ごとに、データのアクセス管理を徹底し、実験内容等も関係しない研究者(学生)等に可能な限り開示しないようにしないといけません。
しかしながら、大学であれば、学生に対する教育機関という側面もあるため、研究内容や情報を関係しない学生に対して全く開示しない、とはできないかもしれません。
このため、研究室内で開示可能な情報と開示できない情報との区別を明確につけ、それに沿って学生に対する教育等を行うべきかと思います。
学生は、そのほとんどは大学を卒業し、場合によっては研究室で共同研究を行っていた企業の競合他社へ就職するかもしれません。そのときに、その学生が競合他社へ共同研究を行っていた企業の営業秘密を持ち込む可能性は否定できません。そのリスクをどのようにして解消するかが当然課題となります。
さらに、教授や指導教官等も、共同研究を行っている企業の秘密情報を知り得る立場にあります。そして、複数の企業とで共同研究を行っている場合、教授等は、学生に対する指導や研究方針等の立案において、自身の頭の中にある他の企業の秘密情報を不用意に開示しないように常に心掛ける必要があります。
データを示す等しなくても、口頭で話すことも秘密情報(営業秘密)の開示にあたり、その結果、コンタミを生じさせる可能性があるからです。
このように、大学等の公的な研究機関は、秘密情報(営業秘密)の管理について十分な理解と高い意識を最も必要とする組織の一つであると考えられます。
また、研究者にとって秘密情報の管理は、自身の仕事の本質的なものではないため、疎かにしがちかもしれません。しかしながら、共同研究を行っている企業の秘密情報を漏洩させてしまうと、その責任を問われる事態に陥る可能性があります。このため、自信を守るという意味でも、秘密情報の管理は適切に行うべきと考えます。