2019年9月12日木曜日

営業秘密の侵害とは?特許権侵害との違い

営業秘密の侵害とは具体的にどのようなものでしょうか。ここでは、技術情報を営業秘密とした場合を例にしますが、営業情報を営業秘密とした場合も基本的には同じと考えられます。

まず、比較のために特許侵害について説明します。特許法68条に特許権の効力として以下のように規定されています。
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特許法六十八条 
特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。ただし、その特許権について専用実施権を設定したときは、専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、この限りでない。
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すなわち、特許権者等でないものが、他人の特許発明を業として実施したら、当該特許権の侵害となります。
具体的には特許権の侵害とは、他人の特許権に係る請求項を構成する要件を全て充足するように実施することをいいます(文言侵害)。
特許権侵害には文言侵害だけでなく、均等侵害や間接侵害という侵害の形態もありますが、基本的には上述のように請求項に記載の技術を実施した場合に侵害であるとされ、権利者は侵害者に対して差し止めや損害賠償を請求できます。
なお、特許権侵害では、下記で説明するような不正の目的とのような要件は必要ありません。


では、営業秘密の場合はどうでしょうか?
営業秘密は不正競争防止法2条1項4号から10号で規定されています。
従業員が転職等する場合に営業秘密を持ち出すことを想定した7号では以下のように規定されています。
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不正競争防止法2条1項7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
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7号からわかるように、単に営業秘密を持ち出すだけでは、営業秘密の侵害とはなりません。「不正の利益を得る目的」等のような不正の目的が営業秘密侵害の要件として必要となります。そして、不正の目的を持って営業秘密を使用又は開示した場合に、営業秘密侵害となります。
では、元従業員によって自社の営業秘密が転職先で使用される可能性があるにもかかわらず、未だ転職先で開示も使用もされていない場合には、元従業員の元所属企業は何もできないのでしょうか?

このような事例が、大阪地裁平成29年10月19日判決(平成27年(ワ)第4169号)のアルミナ繊維事件です。

本事件は、原告が元従業員であった被告に対し、被告は原告から示されていたアルミナ繊維に関する技術情報等を持ち出し、これを転職先の競業会社で開示又は使用するおそれがあると主張したものです。本事件の被告は、元従業員のみであり、転職先である競業会社は被告とされていません。そして、元従業員が当該技術情報を転職先に使用又は開示したという事実は確認されていないようです。

しかしながら、裁判所は下記のように判断し、原告による差し止め請求と損害賠償請求を認めました。
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被告は,双和化成への転職を視野に入れ,これら本件電子データを双和化成に持ち込んで使用するための準備行為として,原告に隠れて,それら電子データを本件USBメモリ及び本件外付けHDDに複製保存したものと優に推認され,また双和化成においても,そのことの認識がありながら原告を懲戒解雇されて間もない被告との一定の関係を持つようになったことも推認されるから,被告は,原告から示された本件電子データを原告の社外に持ち出した上,少なくとも,これを双和化成に開示し,さらには使用するおそれが十分あると認められる。
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すなわち、未だ営業秘密を使用又は開示していなくても、そのおそれがあれば、差し止め等は認められる可能性があるようです。

なお、原告の損害賠償請求も認められていますが、未だ当該営業秘密は使用されてないので、損害額は弁護士費用等となります。しかしながら、本事件では、当該損害額として500万円が認められました。この額は、個人に対するものとしては相当な金額と思われます。

このように、競合他社への転職時に元所属企業の営業秘密を持ち出すだけで、差し止めはもとより、損害賠償の責を負う可能性があります。このことは、転職を行う会社員にとっては非常に気を付けないといけないことである一方、転職元企業にとっては営業秘密が転職先で使用又は開示される前でも差し止めが認められる可能性があるという事例であり、重要な知見を与えるものであると考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年9月7日土曜日

営業秘密侵害の刑事告訴 不起訴処分2件

先日、営業秘密侵害として刑事告訴されていた2つの事件について、不起訴処分となったことが報道されていました。

一つは、日経新聞社の社員の賃金データと読者情報を元社員が漏洩した事件(日経新聞社内情報漏えい事件)であり、もう一つは、M&Aの交渉先に顧客情報を無断でコピーされたという事件(M&A顧客情報流出事件)です。

過去のブログ記事
日経新聞社、社員の賃金データと読者情報の漏えいで元社員を刑事告訴(日経新聞社内情報漏えい事件)
営業秘密の不正取得を上司から指示された事件(M&A顧客情報流出事件)

不起訴の理由は詳しくはわかりませんが、共に不正の目的がなかったというもののようです。
ここで、営業秘密の漏洩について刑事的責任を問うためには「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」が要件となっています(不正競争防止法第21条)。
すなわち、不正の目的等がない場合には、たとえ、営業秘密を許可なく持ち出す等しても、刑事罰は受けません。

日経新聞社内情報漏洩事件では、元社員は違法なサービス残業を告発するために全社員の賃金データを漏洩させたと主張していました。一方で、理由はわかりませんが、34万人分の読者情報も持ち出したようです。賃金データも読者情報もおそらく営業秘密であると認められる情報でしょう。
しかしながら、内部告発のための持ち出しであれば、不正の目的とは認められません。元社員によるこの主張が認められ、不起訴となったのでしょうか。
とはいえ、なぜ読者情報も持ち出したのでしょう?結局のところ、この読者情報の持ち出しも不正の目的が認められなかったということでしょうか。


一方、M&A顧客情報流出事件では、顧客情報の保有企業はM&Aの交渉先に対して、社内でのコピーも禁止するように約束したうえで、顧客情報(紙媒体)を開示しています。このため、当該顧客情報は営業秘密に該当するでしょう。しかしながら、M&Aの交渉先ではこの約束を守らずに社内で当該顧客情報をコピーしたようです。
しかしながら、これは不正の目的でないとされたようです。社内でのコピーに留まっただけであり、M&A交渉先が新たな顧客獲得等のためには使用しなかったためでしょうか?

この2つの事件は、刑事事件での不起訴ということであり、民事事件では判断が異なる可能性もあります。
日経新聞社内情報漏洩事件では、元社員が社員の賃金データや読者情報へのアクセス権限等を有していなかったら、不正競争防止法2条1項4号違反となります。
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不正競争防止法2条1項4号
窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「営業秘密不正取得行為」という。)又は営業秘密不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為(秘密を保持しつつ特定の者に示すことを含む。次号から第九号まで、第十九条第一項第六号、第二十一条及び附則第四条第一号において同じ。)
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4号では不正の目的は要件とされておらず、読者情報は内部告発とは関係ないでしょうから、日経新聞社が望むのであれば、元社員に対して少なくとも読者情報の開示や使用の差し止めについては認められる可能性があるかと思います。

一方で、M&A顧客情報流出事件についてはどうでしょうか?
この事件では、M&Aの交渉先は、顧客情報の保有企業 から正当に顧客情報の開示を受けています。そのため、不正享保防止法2条1項7号違反が考えられます。
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不正競争防止法2条1項7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
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しかしながら、この7号には上記のように「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」がその要件に含まれています。

本事件は、不正の目的が認められないと検察が判断しています。刑事事件と民事事件とでこの不正の目的の判断基準が全く同じではないかもしれませんが、民事訴訟でも不正の目的が認められない可能性も考えられます。
そうすると、M&Aの交渉先が社内での利用に留まるのであれば、差し止め請求は認められないということになるのでしょうか。
それとも、不正の目的が推定されるとして、差し止め請求が認められるのでしょうか?

ちなみに、不正競争防止法第3条では差し止めを以下のように定義しています。
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不正競争防止法3条 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
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すなわち、本事件では、M&Aの交渉先が「侵害するおそれがある者」と裁判所において判断されれば、差し止めは認められるのではないでしょうか?


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年9月3日火曜日

パテント誌に掲載された論考がpdf化されました。

弁理士会発行のパテント誌7月号に掲載された私の論考がpdf化されてインターネットで公開されました。

弁理士会ホームページ:プログラムの営業秘密性に対する裁判所の判断

弁理士会では、パテント誌に掲載された記事が約1月後に誰でも閲覧可能なようにホームページ上に掲載されます。また、キーワード検索も可能とされています。

弁理士会ホームページ:「月刊パテント/別冊パテント」目録検索システム

複数の知財関係の雑誌が発行されていますが、その内容がインターネットで誰でも閲覧可能とされているものはパテント誌だけでしょうか。
会員等になれば、IDやパスワード入力によりインターネットでも閲覧可能とされているものが多いなか、誰でも閲覧可能とする取り組みは非常にうれしいです。

記事を書く者としても、パテント誌は主に弁理士会会員向けに発行されるものですが、インターネットで公開されることにより、より多くの人の目に触れる機会が与えられるので励みになります。

ところで、先日、他の雑誌にも新たな論考を寄稿しましたが、さて、掲載が認められるでしょうか?


弁理士による営業秘密関連情報の発信