2019年11月28日木曜日

11/25に開催した弁理士会の営業秘密研修を終えて。

先日、日本弁理士会関東会主催の弁理士向けの研修会「技術情報を不正競争防止法の営業秘密とした民事訴訟における裁判所の種々の判断」を行いました。
多くの方にご聴講いただきありがとうございました。

研修の時間は2時間であり、最後のほうは少々駆け足ぎみで終わりましたが、営業秘密として重要な要素である三要件(秘密管理性、有用性、非公知性)については、技術情報を営業秘密とする視点から可能な限りの説明はできたのではないかと思います。

また、研修後に数名の方から質問も頂きました。
やはり、研修後に質問していただくと、こちらも勉強になるので大変うれしいです。
中には、私と同様の疑問をお持ちの方もいらっしゃり、そのような疑問が営業秘密管理における不明瞭な点として再認識できます。

どの企業でも秘密としている情報は少なからずあり、情報の秘匿化の重要性は多かれ少なかれ感じていることと思います。
しかしながら特許等に比べて、営業秘密はその詳細は未だ広く認識されているとは言い難いということが現状だと思っています。また、そもそも営業秘密が知的財産であるという認識でない人も多いのではないでしょうか。

さらに、技術系の企業においては、特許出願しない発明(公開しない技術情報)もあり、そのような技術情報の確実な管理は必要不可欠です。
一方で、秘匿化している技術情報をビジネス戦略上、他社に開示する場合もあるでしょう。さらには、他社や大学等の公的な研究機関と共同開発を行った結果、新たに創出される技術情報もあるでしょう。
このような場合に、秘密管理(秘密保持契約等)をどのように行うべきかを課題に感じている企業もあるかと思います。

そして、今後問題として生じると思われる営業秘密の帰属、特に秘匿化された職務発明は会社帰属なのか、従業員帰属なのか?不正競争防止法2条1項7号、及び8,9号をどのように解釈するべきか。

このようなことも、今後、まとめていく必要を感じています。

またどこからかお声がかかれば、このような研修を行えればと思います。


http://www.営業秘密ラボ.com/
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年11月21日木曜日

ー判例紹介ー 特許権のライセンスとノウハウ開示

特許権者が他者に実施許諾する場合、当該特許公報に記載の内容だけでは実施が難しい場合には、実施に必要なノウハウもライセンシーに開示します。
実施許諾した特許権が存続期間満了等により消滅した場合には、ライセンス契約も終了するわけですが、開示したノウハウはどうなるのでしょうか?

そのようなことを争った事件が、大阪地裁令和元年10月3日判決(平28(ワ)3928号9)です。

本事件は、川鉄電設(訴外)が被告らと締結したトランス事業に係る特許権のライセンスに関する基本契約についての契約上の地位を川鉄電設から原告が承継しました。そして、原告は、被告らの債務不履行を理由に本件各基本契約を解除したとして、被告らに対して各基本契約解除前に発生していたロイヤルティ支払義務の履行と、被告らが各基本契約の解除後においても原告から被告らに対して開示した本件技術情報を使用して変圧器を製造、販売していることは不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に当たるとして、被告らの製品の製造、販売の差止め及び廃棄を求めたものです。

本事件において原告は「本件各特許権はその内容が公知になったとしても,それだけでは実用に耐えるトランスを設計・製造することができない「ノウハウの主要部以外の部分」を特許化したものであり、本件各基本契約は特許化されずに秘匿された、トランスを設計・製造するために必須のノウハウを対象とするノウハウ実施許諾契約である。」と主張しています。
そのうえで、原告は「本件各基本契約はノウハウライセンス契約であり,ランニングロイヤルティ等はノウハウの使用許諾の対価であって,本件各特許権の消滅によっては影響されない。」と主張しました。

これに対して、裁判所は「本件各基本契約の中心となるのは本件各特許権の実施許諾であり、本件技術情報の提供はこれに付随するものというべきであるから,ランニングロイヤルティの支払も本件各特許権の実施許諾に対する対価と位置づけられるべきであり、これを本件技術情報の提供に対する対価と考えることはできない。」とのように判断しました。
そして、裁判所は「被告らの原告に対する本件各基本契約に基づくロイヤルティの支払義務は,本件各特許権が消滅した平成27年3月31日をもって消滅したと解すべきであり,同年4月1日以降に被告らがWBトランスを製造,販売したことに対するランニングロイヤルティの支払請求は,理由がないというべきである。」と判断しました。


なお、上記のような結論が得られているものの、本件各基本契約には、被告らの債務不履行による解約の場合を含め、契約終了後は本件技術情報を使用してはならず、WBトランスを製造、販売してはならない旨の条項が存在することもあり、裁判所は「被告らがWBトランスを製造,販売することは不正競争行為に当たるか。」についても判断しています。

これに対して、裁判所は、本件技術情報は一定の有用性を有していると認めているものの(秘密管理性については、明示するまでもなく当該基本契約に基づいて認められると思われます。)、非公知性について「本件技術情報のうち,川鉄電設及び原告が作成したパンフレット(甲57,乙3)に記載されている数値は,当初から営業秘密性がないものと認められるし,既に検討したとおり,被告らが製造したWBトランスが市場に出回った後は,リバースエンジニアリングにより取得し得る数値については,公知になったというべきである。」として認めておりません。

これをもって裁判所は「本件技術情報は,前記パンフレットの記載により,あるいは被告らがWBトランスを製造,販売したことによって公知となっており,営業秘密性は失われているというべきであるから,本件基本契約が終了(原告の主張では平成27年11月26日)した後にWBトランスを製造,販売することが,営業秘密の使用にあたるとする原告の主張は採用できず,不正競争行為に当たるとしてその差止め等を求める原告の請求は理由がない。」と判断しました。

このような裁判所の判断は、妥当なものであると考えられます。
すなわち、特許権をライセンスすると共にノウハウも開示する場合には、ノウハウに対して秘密保持義務を課したとしても特許権の消滅に伴い、当該ノウハウも自由に使用可能となる可能性を考慮する必要があるでしょう。
特に、当該ノウハウを使用した製品がリバースエンジニアリングされることによって、当該ノウハウの非公知性が失われるような可能性がある場合には要注意です。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年11月8日金曜日

ノウハウ(営業秘密)に対する企業の対価支払いとその帰属について。

営業秘密を規定している不正競争防止法には特許法第35条のような規定はありません。
そうであるならば、ノウハウを創作した発明者に対して企業は対価を支払わなくてもよいのでしょうか?

これに対する答えの参考となる裁判例として、知財高裁平成27年7月30日判決(平成26年(ネ)第10126号)があります。
この裁判例は、特許庁の「特許法第35条第6項の指針(ガイドライン)」における「指針に関するQ&A」のQ21でも紹介されています。
この判決では、下記のように判示されています。
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 (2)  独占的利益の有無について
使用者等は,職務発明について無償の法定通常実施権を有するから(特許法35条1項),相当対価の算定の基礎となる使用者等が受けるべき利益の額は,特許権を受ける権利を承継したことにより,他者を排除し,使用者等のみが当該特許権に係る発明を実施できるという利益,すなわち,独占的利益の額である。この独占的利益は,法律上のものに限らず,事実上のものも含まれるから,発明が特許権として成立しておらず,営業秘密又はノウハウとして保持されている場合であっても,生じ得る。
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この裁判例では、特許を受ける権利を企業が承継したのであれば、特許権を取得せず、営業秘密又はノウハウとして企業が保有した場合でも、発明者に対して対価を与えるべきであると解釈できます。上記「指針に関するQ&A」でもそのように回答しています。

なお、本件は、被控訴人の従業者であった控訴人が被控訴人に対し、職務発明である証券取引所コンピュータに対する電子注文の際の伝送レイテンシ(遅延時間)を縮小する方法等に関する発明(本件発明)について特許を受ける権利を被控訴人に承継させたことにつき,特許法35条3項に基づき,相当対価の請求等を行った者ですが、被控訴人が本件発明を実施していないとして、控訴人の請求は棄却されています。


一方で、企業が特許出願する意図が全くない発明に対しては発明者に対価を支払う必要はあるのでしょうか?
すなわち、当初から秘匿化が前提であり企業は特許を受ける権利の承継も不要と考えている場合や、そもそも今まで特許出願を行ったこともほとんどなく、特許権の取得という意識が皆無に等しい企業は、当該発明をした発明者には対価等を与えなくてもよいのでしょうか?

特許法35条は、特許を前提とした職務発明規定であり、秘匿化を前提とした職務発明規定ではありませんし、特許法35条を不正競争防止法で規定されている営業秘密に援用するというような条文もありません。
そうすると、上述のような秘匿化が前提の発明をした発明者に対して対価等を与えるとする規定は現状では存在しないでしょう。

一方で、特許法35条3項は、職務発明について契約等により使用者等(企業等)に特許を受ける権利を取得させることが定められているときには、その特許を受ける権利は使用者等に帰属することが規定されています。しかしながら、この規定は、特許を受ける権利を企業等に帰属させる規定であり、営業秘密やノウハウを企業等に帰属させる規定ではありません。

そして、不正競争防止法2条1項7号は下記のように規定しています。
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営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
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ここで、事業者(企業)そのものは発明を行わず、発明は従業員等である発明者が行うため、発明は発明者から事業者に示されるものです。そのように発明という情報の流れを理解した上で、上記7号を素直に解釈すると、発明者と事業者との関係では、当該発明者は事業者から営業秘密とする発明は示されません。
であるならば、当該発明者が、自身が行った発明を例えば転職先等で開示等しても、不正競争防止法2条1項7号違反にはなりません。

さらに、発明者に対して事業者が発明に対する対価も支払わず、発明者との間で発明に対する秘密保持契約も結んでいない状態で、発明者が転職先に発明を開示し、この転職先が当該発明を使用等した場合には転職先は不正競争防止法2条1項8号違反となるのでしょうか?

すなわち、事業者が発明者に対価も支払わず、秘密保持契約も結んでいないと状況において、当該事業者と共に当該発明者もその発明の正当な保有者とも考えられるかと思います。そうすると、当該発明者による転職先への発明の開示は正当な行為であるため、この発明を転職先が使用等しても、不正競争防止法2条1項8号違反にはならない可能性があるのではないでしょうか? 


弁理士による営業秘密関連情報の発信