2017年7月27日木曜日

タイムスタンプを使う目的

最近タイムスタンプの利用促進が図られているようです。
INPITでもタイムスタンプ保管サービスが開始されています。

タイムスタンプの活用事例として度々挙げられていることは、「先使用権の確保」です。
これについて、私は「先使用権の確保」を目的としたタイムスタンプの利用には少々懐疑的です。
当然、これを目的としてタイムスタンプを利用する企業はあるとは思いますが、多数派になるでしょうか?

そもそも、先使用権の主張はタイムスタンプが開発される前から行われ、タイムスタンプを用いなくても認められています。
より具体的には、先使用権は「その発明である事業をしている者又はその事業の準備をしている者」に認められるものです。すなわち、既に事業を行っていたり、その準備を行っているので、社内外でこれに関して日付のある書類等が多くあるはずです。
そのような書類が先使用権を主張するための証拠となり得るわけで、そのような書類に新たにタイムスタンプを押す作業を行うことで、裁判において先使用権が更に認められやすくなるのでしょうか?
しかも、他社に特許権の侵害だと訴訟を提起され、かつ先使用権の主張を行う、という実際には可能性がとても低いであろうレアケースに対応するために、コストや手間をかけて、膨大な書類にタイムスタンプを押すことの費用対効果は如何ほどでしょうか?
そこまでするのであれば、自社が実施し他社に特許を取られたら困る技術を積極的に特許出願する方が、他社特許の侵害回避に対する費用対効果が高いとも思えます。

実際、タイムスタンプではないですが、先使用権を主張する証拠になり得るものを予め準備し、公証役場で確定日付を押してもらう作業を行うケースもあるようですが、結局、どの技術が特許権の侵害とされるか予想困難であり、ほとんど意味をなさないようです。

また、タイムスタンプを押すことでそのデータがその後改竄されていないことも証明できますが、裁判において、被告(侵害者)が提出した証拠が改竄されていることを主張立証する立場にある者は原告(特許権者)です。先使用権を主張する被告(侵害者)が証拠の改竄を行っていなければ、タイムスタンプを押していようが押していまいが、当然、その事実は変わらないはずであり、もし原告が証拠の改竄を主張したとしてもそれは言いがかりであり、裁判所は認めないでしょう。

ちなみに、「タイムスタンプ 先使用権 特許」で判例検索を行いましたが、この検索結果は「1件」であり、しかも商標に関するものでした。すなわち、先使用権の主張においてタイムスタンプを利用した証拠が提出された事件は確認できませんでした。




では、営業秘密の管理にタイムスタンプを利用できる場面はないでしょうか。
INPITのホームページにも営業秘密の管理にタイムスタンプを利用する事例が挙げられていますが、より具体的な場面を考えてみたいと思います。

例えば、新規の事業を行う場合等であって、その事業に関する経験等を有する転職者を新たに採用すると、この転職者から意図せずに他社(転職者の元勤務先)の営業秘密が流入し、自社の情報と混ざる、所謂コンタミが生じる可能性があります。
コンタミが生じると、最悪の場合、自社が有する情報が独自の情報なのか他社の営業秘密なのか判別が困難になるかもしれません。

このようなことを防止するために、タイムスタンプが有効ではないかと考えます。
例えば、新規事業に関する資料等に常にタイムスタンプを押していれば、それが作成された時期が客観的に証明できます。そして、転職者がたとえ他社の営業秘密を持ち込んだとしても、転職者が来る前から他社の営業秘密と同じ情報を既に自社が有していれば、タイムスタンプによって証明が容易になると考えられます。

このように、新規事業の立ち上げ、これに伴う転職者の雇用、このような場合にタイムスタンプを利用することで、他社から営業秘密の流入や使用を疑われても対応できる可能性が拡がると考えます。
すなわち、「新規事業の立ち上げ+転職者の雇用」というようなケースの場合に、社内資料にタイムスタンプを押すわけです。このようなケースはさほど多くないとも思いますので、タイムスタンプを押す労力やコストもさほど高くならないのではないでしょうか。

2017年7月24日月曜日

営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング- その2

前回のブログで紹介した光通風雨戸事件、攪拌造粒裝置事件からは、例え、原告が製品の形状・寸法・構造等を積極的に公知としていなくても、それらが特別の技術等が必要とせず一般的に用いられる容易な技術的手段を用いれば製品自体から得られるような情報であれば、営業秘密としての非公知性を失っていると裁判所は判断しています。

ここで、ノギスや定規等の一般的に多くの人が用いる測定器具を用いることで得られる情報であれば、全て公知技術となるのでしょうか。例えば、自動車は多くの機械部品が用いられており、それは自動車を分解し、時間と手間をかければ一般的な測定器具を用いることで、詳細な寸法を知り得ると思われます。
この点に関して、セラミックコンデンサー事件では、リバースエンジニアリングによって電子データに近い情報を得ることができたとしても、「専門家により、多額の費用をかけ、長期間にわたって分析することが必要であるものと推認される」ものは非公知性を失っていないとしています。このことから、一般的な測定器具によって知り得る情報であっても、時間と手間がかかるようなということは、多額の費用をかけ、長期間にわたって分析することが必要であると推認されるため、非公知性が認められるとも考えられます。




一方で、錫合金組成事件において裁判所は、「鉛フリーの錫合金については、・・・、錫合金を製造する事業者においては、錫合金で使用されている添加成分についておおよその見当を付けることができるといえる。」とまず認定し、そのうえで、ICP発光分光分析法は安価であるとして、リバースエンジニアリングにより原告が有する情報は非公知性を欠くとしています。これについて、錫合金で使用されている添加成分の見当を付けることができる者は明らかに「専門家」とも考えられます。

また、錫合金組成事件において裁判所は「ICP発光分光分析法は、製造・生産の高度化や管理、環境の保全、食の品質管理など日々の生活に密接に関連する分野において、高度な研究活動から日々の検査分析まで幅広いレベルで用いられている。これらを支える測定装置の進歩も著しく、マニュアルに従って分析条件を設定し、試料をセットしてパソコンから測定を開始させれば、数分で分析結果が表示される。」と認定しています。
さらに、本事件において裁判所は、ICP発光分光分析法について「ICP(Inductively Coupled Plasma、誘導結合プラズマ)発光分光分析法(ICP-AES)は、アルゴンガスのICPを光源とする発光分析法である。試料の溶液を霧状にした分析試料に外部からプラズマのエネルギーを与えると、試料に含まれる成分元素(原子)が励起され、励起された原子が低いエネルギー準位に戻る時に元素固有の波長の光を放出し、この放出される発光線(スペクトル線)を測定する。具体的には、発光線の位置(波長)から成分元素の種類を判定し(定性分析)、その強度から各元素の含有量を求める(定量分析)。分析装置には、1元素ずつの測定になるが分解能が高いシーケンシャル型と、分解能は劣るが、多元素同時測定が可能であるマルチチャンネル型があり、目的によって使い分けられる。・・・」と説明しています。
果たして、この説明でICP発光分光分析法を理解できる者がどれほどいるでしょうか。この程度の説明でICP発光分光分析法を理解できるものは、例えばこれに関する専門技術等を学んだ者でなければ理解できないと思われます。すなわち、このような理解を要するICP発光分光分析法は「特別な技術」とも考えられます。

また、錫合金組成事件では「定量分析は、そうした定性分析によって検出された元素のみを対象に行えば足りるから、原告らが主張するように、100余りの元素の全てを定量分析する必要があるとはいえず、むしろ比較的安価に組成を特定することができるというべきである。」と判断しているものの、果たして実際には裁判所の判断のように組成を特定できるのでしょうか。
実際に行った分析が想定した結果とならないことも多々あり、裁判所の判断のとおり、安価に組成を特定ることができるのか甚だ疑問です。

さらに、ICP発光分光分析の費用も「比較的安価」であるとしているが、安価の基準は何でしょうか。被告は「調査費用は十数万円から高くても20万円程度」と主張しています、「20万円」以下であれば安価なのでしょうか。このように、錫合金組成事件におけるリバースエンジニアリングに基づく非公知性に対する裁判所の判断には多くの疑義を感じます。

なお、光通風雨戸事件におけるリバースエンジニアリングは、光通風雨戸の各部材の寸法を測定することであるため、確かに一般的な技術的手段を用いて容易に取得できる情報できるものであり、光通風雨戸が市場に流通することで非公知性を失うという裁判所の判断は妥当であると思われます。一方で、攪拌造粒裝置事件における原告製品である「攪拌造粒」の形状・寸法・構造は本当に一般的な技術手段を用いて容易に取得できる情報なのでしょうか。攪拌造粒裝置事件に係る判決文を読んでみても、その点が判然としないように思えます。

以上のように、リバースエンジニアリングによって技術情報の非公知性が失われたか否かの判断基準は未だ明確になっていないように思えます。
しかしながら、技術情報に関しては、今後、訴訟において被告がリバースエンジニアリングによって非公知性が失われているとの主張を行うこと可能性が高いことが想定されます。このため、企業としては、リバースエンジニアリングによって非公知性が失われる可能性を十分検討したうえで、技術情報を営業秘密とするか否かを判断する必要があると思われます。

2017年7月21日金曜日

営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング-

最後に、営業秘密の3要件の一つである非公知性についてです。

営業秘密は、3要件とは下記の通りです。
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
③公然と知られていないこと(非公知性)

なお、本記事は、私がパテントに寄稿した「営業秘密における有用性と非公知性について」(パテントvol.70 No.4,p112-p122(2017) を一部抜粋したものを含みます。

営業秘密管理指針では「当該営業秘密が一般的に知られた状態となっていない状態、又は容易に知ることができない状態」とされています。そして、この非公知性とは、特許法における新規性とは異なり、守秘義務の無い他者が当該営業秘密を知っても、又は独自に同様の情報を取得しても秘密状態を維持していれば非公知であるとされます。
さらに、営業秘密管理指針では「当該情報が実は外国の刊行物に過去に記載されていたような状況であっても、当該情報の管理地においてその事実が知られておらず、その取得に時間的・資金的に相当のコストを要する場合には、非公知性はなお認められうる。」とされています。

一方、特許における新規性では、その取得に時間的・資金的に相当のコストを要しても得ることができる刊行物等に記載されていたら新規性は失われるとされます。このように、営業秘密における非公知性の要件は、特許における新規性の要件とは若干異なるものです。


ここで、技術情報に特有と考えられる非公知性の判断として、既に市場に出回った製品をリバースエンジニアリング可能なことによって、非公知性が失われたか否かの検討が行われる場合があります。なお、一般的に、リバースエンジニアリングそのものに違法性があるとは解されません。
そして、争いとなる技術情報が、リバースエンジニアリングによって非公知性を失っていると裁判所によって判断されると営業秘密性が認められないことになります。

リバースエンジニアリングが可能であったとして非公知性の有無を争った事例としては、例えば、セラミックコンデンサー事件(大阪地判平成15年2月27日判決)、光通風雨戸事件(知財高裁平成23年7月21日判決)、攪拌造粒裝置事件(大阪地裁平成24年12月6日判決)、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)があります。

このうち、セラミックコンデンサー事件は非公知性が認められ、光通風雨戸事件、攪拌造粒裝置事件、及び錫合金組成事件はリバースエンジニアリングによって非公知性が認められないとされています。

セラミックコンデンサー事件は、電子データの非公知性を争った事例であり、情報の量や専門性を考えみて、たとえリバースエンジニアリンを行ってとしても、費用が多額となり、長期間を必要とするような場合は、営業秘密とされる情報が市場に出回っていたとしてもそれは非公知性を失わない、と判断していると解されます。

一方、光通風雨戸事件、攪拌造粒裝置事件は機械構造に関するものであり、たとえ、原告が製品の形状・寸法・構造等を積極的に公知としていなくても、それらが特別の技術等が必要とせず一般的に用いられる容易な技術的手段を用いれば製品自体から得られるような情報であれば、営業秘密としての非公知性を失っているとされます。
なお、光通風雨戸事件は営業秘密関連の事件では数少ない知財高裁の判決ですので、影響力はそれなりに高いと思います。

さらに、錫合金組成事件は錫合金の組成に関するものであり、「鉛フリーの錫合金について・・・、錫合金を製造する事業者においては、錫合金で使用されている添加成分についておおよその見当を付けることができるといえる。」とまず認定し、そのうえで、ICP発光分光分析法は安価であるとして、リバースエンジニアリングにより原告が有する情報は非公知性を欠くとしています。

このように、技術分野によってもリバースエンジニアリングが可能であるとして非公知性を失うか否かの判断が分かれるようです。
次回は、これらの裁判所による判断に対しての私見を記載したいと思います。

2017年7月18日火曜日

営業秘密の3要件:有用性-特許との関係- その2 

営業秘密の3要件の一つである有用性について気になる判例をもう一つ。

なお、本記事は、私がパテントに寄稿した「営業秘密における有用性と非公知性について」(パテントvol.70 No.4,p112-p122(2017) を一部抜粋したものを含みます。

錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)を紹介します。
この判決において裁判所は、「原告ら代表者は、陳述書(甲20)において、本件合金の有用性を説明するが、本件合金がその説明に係る効果を有することは、客観的に確認されるべきものであり、関係者の陳述のみによって直ちにそれを認めることはできない。」と判断しています。
すなわち、この事例において、裁判所は、技術情報の有用性を示す効果は客観的に確認される必要があるとし、前回のブログで紹介した発熱セメント体事件ほど明確ではないものの、特許における進歩性の判断と同様の判断を行っているとも解されます。

なお、営業秘密管理指針において「「有用性」が認められるためには、その情報が客観的にみて、事業活動にとって有用であることが必要である。」とのように、有用性に対して客観性を求める記載があります。この点に関して、錫合金組成事件における裁判所の判断は、営業秘密管理指針における有用性の説明と一致していると考えられ、錫合金組成事件は、技術情報に係る営業秘密の有用性判断について重要な事例であるとも思われます。


ここからは私見ですが、営業秘密における有用性の判断は、このような判断でよいのでしょうか?

ここで、経営情報である顧客情報の有用性を判断するにあたり、営業秘密における有用性と非公知性について裁判所は、その顧客情報が非公知であれば、原告がその効果(例えば、その顧客情報を用いたことによる売り上げの増加等)を客観的に確認できる証拠の提出を求めることもなく、経済的に有用であると判断している割合が高いようです。

換言すると、顧客情報の有用性については原告の主観が認められ易いとも考えられます。
他方、錫合金組成事件における技術情報に係る裁判所の判断は、関係者の陳述のみによって有用性を認めることなく、その効果が客観的に確認される証拠の提出がなければ有用性を認めないとしており、顧客情報(経営情報)に対する有用性の判断との間で整合性が取れていないとも思えます。このように、技術情報の効果(効果)について、客観的に確認されるべきものとすることは、特許における進歩性の判断にも類するものと考えられ、技術情報を営業秘密と認めるにあたり、ハードルを高くすることとなり得るのではないでしょうか。

例えば、その効果を客観的に確認することが難しいために、拒絶される可能性を考慮して特許出願を選択せずに、敢えて営業秘密として管理する技術情報も当然あると考えられます。営業秘密として認められるために効果が客観的に確認される必要があるのならば、このような理由で秘密とされた技術情報は営業秘密として認められない可能性があります。

また、企業が営業秘密として管理する技術情報の中には、例えば、技術開発の途中であるために、技術者が主観的には効果がありそうだとしながらも、その効果を客観的に確認できる状態にまで至っていないものも当然あると考えられます。
すなわち、未完成の技術であって、さらなる研究開発によって顕著な効果が期待できるものの、未だその効果が明確に得られるものとなっていない技術情報も営業秘密として守られるべきではないでしょうか。しかしながら、効果が客観的に確認されるものを営業秘密として保護の対象とする技術情報であるとされると、上記のような技術情報も営業秘密として守られないこととなります。

さらに、経営情報との整合性を満たすのであれば、逆に、顧客情報についても、原告はその効果を客観的に確認できる証拠を提出するべきであろうし、そうであるならば被告は、原告から取得した顧客情報を用いても、新たな顧客の獲得や売り上げの増加を得られなかったとして、取得した顧客情報の有用性を争うことも可能になるとも考えられます。このように、顧客情報等の経営情報についてその効果の客観性を厳密に求めると、顧客情報が営業秘密として守られない場合が生じると考えられます。
このようなことから、技術情報に関しても経営情報と同様に、その有用性は客観性を厳密に求めることとせずに、その効果を明確に否定でき得るような証拠がない限り、その効果が関係者の陳述等の主観的なものであっても認めるべきではないでしょうか。

2017年7月16日日曜日

営業秘密の3要件:有用性 -特許との関係-

次は、営業秘密の3要件の一つである有用性についてです。

営業秘密は、3要件とは下記の通りです。
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
③公然と知られていないこと(非公知性)

なお、本記事は、私がパテントに寄稿した「営業秘密における有用性と非公知性について」(パテントvol.70 No.4,p112-p122(2017) を一部抜粋したものを含みます。

有用性について、営業秘密管理指針では「その情報が客観的にみて、事業活動にとって有用であることが必要である。」とされ、さらに「秘密管理性、非公知性要件を満たす情報は、有用性が認められることが通常であり、また、現に事業活動に使用・利用されていることを要するものではない。」とあるように、秘密管理性と非公知性を満たしていれば、比較的認められやすいと考えられます。

また、営業秘密管理指針では「当業者であれば、公知の情報を組み合わせることによって容易に当該営業秘密を作出することができる場合であっても、有用性が失われることはない(特許制度における「進歩性」概念とは無関係)。」とされています。このことは、技術情報を営業秘密として守る場合には、重要な知見でもあると考えられます。

しかしながら、実際の判例では有用性の判断として、特許における進歩性と同様の判断を行った事例があります。



平成20 年の判決であり、営業秘密管理指針の全部改訂よりも前の判決であるものの、発熱セメント体事件(大阪地裁平成20年11月4日判決)です。
この事例において裁判所は、原告が主張する技術情報に対して、証拠として挙げられた公開特許公報に記載の技術よりも「特段の優れた作用効果を奏する」ことを求めて「特段の優れた作用効果を奏すると認めるに足りる証拠はない。」と判断したり「当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。」と判断しています。この判断は、公開特許公報に基づいて、さながら、特許における進歩性の判断と同様の判断とも解されます。
このような裁判所の判断は、営業秘密管理指針で述べられている「当業者であれば、公知の情報を組み合わせることによって容易に当該営業秘密を作出することができる場合であっても、有用性が失われることはない(特許制度における「進歩性」概念とは無関係)。」とは相反するものであると考えられます。

発熱セメント体事件のように、技術情報に対して公知技術よりも特段の優れた作用効果を求めることは、技術情報を営業秘密とすることに対してハードルを高いものとする可能性があると考えます。
例えば、企業において特許出願をするにあたり、ある技術の上位概念を明細書に記載する一方で、公開により他社に使用されることを恐れてその技術に関する具体的な数値等はノウハウとして秘匿することが一般的に行われています。しかしながら、発熱セメント体事件のような有用性の判断がされると、自社の公開特許公報に記載された技術に対して特段の作用効果を示さない限り、上記ノウハウを営業秘密として守ることができない事態に陥る可能性があります。

そもそも、上記ノウハウとして秘匿する数値は、それを明細書に記載したところで単なる設計事項と判断され、進歩性を高める可能性が低いこともあり、不要な開示となるために明細書に記載しない場合が多いものです。そうであるならば、上記ノウハウは、公開された特許公報に記載の技術内容に対して、特段の作用効果を奏するものとはなり難いものです。
そして、当該ノウハウを秘密管理していたとしても、競合他社に転職した元従業員が持ち出して競合他社で使用されたとしても有用性が認められない場合には、ノウハウとして秘匿していた企業は営業秘密に基づく差止請求や損害賠償請求が行えないことになります。

すなわち、有用性に対して発熱セメント体事件のような判断が今後もなされるのであれば、上記のように明細書に記載しなかったノウハウを営業秘密として守れないこととになります。もしそうであれば、昨今の営業秘密に対する厳罰化等の流れに反することにもなります。
このようなことから、裁判所における有用性の判断においては、営業秘密管理指針にあるように「当業者であれば、公知の情報を組み合わせることによって容易に当該営業秘密を作出することができる場合であっても、有用性が失われることはない(特許制度における「進歩性」概念とは無関係)。」と同様の判断がなされるべきと考えます。