3件目は錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)です。
この事件では、被告らはかつて原告会社の従業員であり、被告らは原告に勤務していた平成22年10月頃から大阪市に工房を設置し、「P10」との名称を使用するなどして錫製品の製造販売等を行い、原告会社を退職した後も錫製品の製造販売等をしているというものです。
原告は、原告らが開発した錫合金(本件合金)の組成が営業秘密に該当すると主張しています。
なお、この事件は、有用性についてだけでなく、リバースエンジニアリングやどのような技術情報を営業秘密として管理するべきか、ということについて知見を与えてくれる事件であり、非常に参考になる事件であると私は考えています。
そして、本事件において原告は以下のように有用性を主張しています。
「従前,錫製品には鉛が含まれていたが,食品,添加物等の規格基準が改正され,容器等の鉛の含有量を●(省略)●未満にしなければならないと変更されたため,鉛レス合金を開発する必要が生じた。そこで,原告会社の昭和56年以降の基礎研究に基づき,原告組合は,平成19年以降,鉛レス合金の開発を行った。合金は,温度,成分の割合等によって液体,固体の状態が異なり,温度,割合,状態の関係を一つずつ実験する必要があり,・・・,●(省略)●から成る鉛レスの本件合金を開発した。
このようにして開発された本件合金を使用すると,鉛の含有率が●(省略)●以下であっても,錫の切削性が失われず,加工,鋳造が容易になり,従来と同じく伝統的な技術による加工が可能となるから,本件合金は,特殊な伝統技術を用いた錫器製造の根幹をなす。
したがって,本件合金は,錫器の製造に有用な技術上の情報に当たる。 」
一方、裁判所は、以下のようにして本件合金の有用性を否定しています。
「原告らは,本件合金を使用すると,鉛の含有率が●(省略)●以下であっても,錫の切削性が失われず,加工,鋳造が容易になる旨主張する。
しかし,本件合金がそのような効果を有することを認めるに足りる証拠はない。
原告らは,本件合金の開発経緯について,多くのテストと会議を重ねたとして鉛レス地金開発事業地金研究会議の議事録(甲8)及びそのテスト結果の一部(甲34)を提出し,また,多額の開発資金を投じた証拠(甲5,6,24)を提出する。しかし,証拠として提出された上記議事録では,テスト結果の部分は開示されておらず,また,上記テスト結果の一部(甲34)のみでは,地金テストの結果が持つ意味は明らかでなく,多額の投下資金を投じたからといって直ちに本件合金に上記の効果があると認めることもできない。原告製品が本件合金を用いて製造されているとしても,そのことから直ちに別紙記載の一定の成分組成と一定の配合範囲から成る本件合金が原告ら主張の効果を有すると認めることもできない。
また,原告ら代表者は,陳述書(甲20)において,本件合金の有用性を説明するが,本件合金がその説明に係る効果を有することは,客観的に確認されるべきものであり,関係者の陳述のみによって直ちにそれを認めることはできない。
結局,原告らは,本件合金の技術上の有用性について,これを認めるに足りる証拠を提出していないといわざるを得ず,本件合金について営業秘密としての有用性を認めることはできない。 」
すなわち、本判決では、原告が営業秘密であると主張する本件合金の効果は、原告の主観だけでは認められず、客観的に確認できなければならないとされています。
しかし、この判決で疑問に思うことは、客観的に確認できる効果とは何でしょうか?
例えば、顧客情報であっても、その顧客情報を他社が用いたとしても新たな顧客獲得ができない可能性もあるかと思います。そのような場合は、有用性が認められるような効果が無いとも判断され可能かとも思いますが、顧客情報に関しては秘密管理性、非公知性が認められれば、有用性も必然的に認められるようです。(本判決では、リバースエンジニアリングによって公知性が失われているとして、本件合金の非公知性も認められていません。)
そうすると、技術情報と営業情報とでその判断に差があるようにも思えてしまいます。
また、技術者が主観的に効果があると考えるものの、客観的にはその効果が未だ認められていない未完成の技術は、その有用性が認められず、営業秘密とされないのでしょうか?
このようなことを考えると、技術情報を営業秘密とした場合に、その有用性に客観的な効果を求めることに疑問を感じますが、本事件のように客観的な効果を求める判決が出ていることは留意すべきかと思います。
すなわち、技術情報を営業秘密として管理する場合には、その効果を客観的に説明可能なようにするべきかと思います。
しかしながら、そこまですると、技術情報の営業秘密管理が特許出願と同様の視点で行う必要が生じ、果たしてそれが法が求める「営業秘密」としての管理であるのか、少々疑問が生じてきます。