2020年4月3日金曜日

日本ペイントデータ流出事件(刑事事件)の地裁判決

以前から気になっていた事件である日本ペイントデータ流出事件の地裁判決がでました。
判決では、被告に対して懲役2年6月、執行猶予3年、罰金120万円の有罪判決でした。被告側は控訴するとのことですので、これで確定ではありません。


本事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの塗料の原料や配合等を示す情報を持ち出し、菊水化学で開示・使用したとする事件です。日本ペイントはこの元執行役員を刑事告訴(2016年)し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を提起(2017年)しています。

この刑事事件では、被告である元執行役員は、無罪を争っていました。報道からは、おそらく秘密管理性、有用性、非公知性の全てを争っていたと思われます。また、菊水化学も被告側の立場にたっていたようです。民事訴訟でも争っているので、当然のことかと思います。


ここで、秘密管理性の有無については判断が比較的容易かと思われ、起訴されているのでこれを被告側が覆すことは難しいのではないかと思います。

一方、有用性と非公知性はどうでしょうか。これらは完全に技術論になるかと思います。
この点、毎日新聞の上記記事では裁判所が「特許公報や分析で原料や配合量を特定することは容易ではない」と判断したとあります。
また、同様に日経新聞の上記記事では「弁護側はこれまでの公判で、データが特許公報に記載されている公知の事実だったと主張。」や「検察側は「特許公報を読んでも具体的な配合の情報までは特定できない」と反論。」とあります。
被告は特許公報等によって有用性や非公知性を否定する主張を行ったようです。

ここで、営業秘密の刑事事件において、技術情報を営業秘密とした場合の有用性や非公知性を本格的に争った事件はこれ以外にないかもしれません。そういった意味でもこの判決には非常に興味があります。
果たして、裁判所の判断に民事事件とは異なる部分があるのか否か、また、被告側はどのような論理展開を行ったのか等、参考になることは多いかと思います。

特に、特許公報に基づいて被告側はその営業秘密性を否定しています。民事事件でも特許公報に基づいて営業秘密性を否定する主張はさほど多くはありません。

また、毎日新聞の記事では、「特許公報や分析」で原料や配合量を特定することは容易ではないとあります。この点に関して、日経新聞では裁判所の判断が多少詳細に「特許公報などから原料をすべて特定するには相当な労力と時間が必要」とのように記載されています。この日経新聞の記事からすると、被告は原告製品のリバースエンジニアリングによってその非公知性を否定したのかもしれません。もしそうだとすると、用いた分析方法についても被告側は主張しているはずです。

本事件の判決文が公開されれば被告側がどのような主張を行い、それに対して検察がどのような反論を行い、裁判所がどのように判断したかは判決文を見るまで詳細には分かりません。
刑事事件の判決文は、営業秘密侵害事件であっても公開されないものもあるようです。
しかしながら、本事件は今後も非常に参考になる判決であろうと思われますので、ぜひ公開されてほしいところです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年3月26日木曜日

知財管理誌に掲載された寄稿文のpdfデータ

先月の知財管理誌に寄稿した「技術情報が有する効果に基づく裁判所の営業秘密性判断」のpdfデータへのリンクを設定しました。
知財管理誌のpdfデータは、知財協の会員の方しかホームページから見ることはできませんが、知財協の会員以外の方で興味がある方は上記リンクからアクセスしてください。

この寄稿文では、従来技術に対して優れた効果等を有しない技術情報は、営業秘密としての有用性(又は非公知性)を有しない場合について述べています。
実際、このような裁判例が散見されるためにこの寄稿文を書いたのですが、個人的にはこのような裁判所の判断には疑問を感じています。

企業から情報が不法に持ち出された場合には、その営業秘密性は非公知性を重視すべきであって、有用性や秘密管理性は厳密に判断するべきではないと私は思います。
企業から情報が不法に持ち出されたということは、当該情報を持ち出した人物はこの情報に価値があると考えていることに他なりません。もし、価値がないのであれば、持ち出す必要は無いからです。
にもかかわらず、秘密管理性や有用性を厳密に判断することにより、不正に情報を持ち出し、さらには持ち出した情報を使用しても、不法行為とはならない可能性が高くなります。

例えば、非公知の技術情報であれば、技術情報ということのみで有用性を認めても良いのではないでしょうか。また、非公知と言うことで秘密管理性も認めてよいのではと思います。
さらに、顧客情報や医療カルテ等、個人情報に類する情報や、取引先の情報等、社会通念上、企業において秘密としていると思われる営業情報も、その秘密管理性を厳しく判断する必要はなく、その情報をもって経済的な有用性も有していると判断されてもよいのではないでしょうか?

一方で、公知となっている情報であれば、そもそも誰でも入手可能な情報であるので、当該情報を持ち出したとしても不法行為とはならないという判断は妥当であると考えます。

とは言っても、営業秘密侵害は民事的責任のみならず、刑事的責任も問われるものであるため、営業秘密の3要件の判断を甘くすると、より多くの人が罪に問われることにもなり得るでしょう。このため、裁判所は営業秘密の3要件をある程度厳密に判断しているのではないかとも思います。


今回の寄稿文によって、技術情報を営業秘密とする場合における、秘密管理性、有用性、非公知性に関する留意すべきことを、私なりにそれぞれまとめることができたと考えています。
しかしながら、3要件に対する裁判所の判断は今後変わってくるかもしれません。それはより厳密に判断するのか、甘く判断するのかは分かりませんが。このため、裁判例のウォッチングは重要な作業かと思います。

また、今年の9月末ぐらいに大阪で営業秘密に関する研修を行う予定です。
この研修は弁理士以外の方も参加可能です。
内容は、昨年の11月に弁理士会で行った研修内容+αです。
研修日が近くなったら、またアナウンスします。
もし最悪、コロナの影響が長引けば、キャンセルになるかもしれませんが・・・。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年3月21日土曜日

特許の審査結果後の秘匿化

技術情報の特許化と秘匿化はどの企業も悩むかと思います。

特許化ができればよいが、特許化できないのであれば秘匿化したいと考える企業も多いかと思います。
しかしながら、特許化の可否は特許庁に審査してもらわないとわかりません。
また、特許には公開制度がありますので、特許公開公報によって技術が公開されます。

ですから、審査の結果が芳しくない場合には、特許出願を取り下げることにより公開せず、秘匿化すればよいのです。
この手法として一般的に知られていることは、早期審査や優先審査を利用することです。
一般的に、特許庁における審査は審査請求から10か月程度かかります。しかしながら、早期審査や優先審査を利用すると、早ければ2~3か月で審査結果を得られます。

そこで、特許出願と同時に審査請求すると共に、早期審査や優先審査の請求をすることで、出願公開よりも前に審査結果を知ることができます。
そして、もし、審査結果が思うものと異なる場合には、当該特許出願を取り下げます。これにより、当該特許出願は公開されることなく、取り下げとなります。すなわち、特許出願の明細書等に記載の内容は秘匿化が保たれることになります。
なお、この特許出願の取り下げは、出願日から1年4か月よりも前に行う必要があります。これを超えて取り下げを行っても、特許庁が公開の準備を進めてしまい、公開されてしまいます。また、早期審査や優先審査には条件がありますので、それを確認する必要もあります。


また、早期審査等の条件を満たしていなくても、特許庁は審査請求から約10か月程度で最初のアクションを通知するので、特許出願と同時に審査請求を行うと出願日から1年4か月経過よりも前に審査結果を知る可能性があります。このため、早期審査や有セイン審査を利用しなくても、出願と同時に審査請求してもその結果に応じて、公開公報の発行前に取り下げの判断をすることもできる可能性があります。

このように、早期審査等を利用することで特許出願の結果を早期に知り、その結果によって特許出願を取り下げることで、当該技術の秘匿性を保つことができます。

一方で、機械構造は自社製品のリバースエンジニアリングが可能であるとして、営業秘密でいうところの非公知性が失われることがあります。すなわち、特許出願の取り下げを行ったとしても、製品が公知となることで秘匿性は失われる可能性があります。
そこで、特許出願の審査結果が芳しくない場合、具体的には、新規性はあるものの進歩性がないとして拒絶された場合等には、実用新案に出願変更することも検討するべきと考えます。

実用新案の存続期間は出願から10年ですが、特許出願では設計変更であるとして進歩性が認められ難い技術であっても、実用新案であれば技術評価書で進歩性が認められる可能性があります。そうであるならば、特許出願を実用新案に変更して一定の牽制力を持たせることも一案です。

なお、実用新案も公開されるので、特許以外による出願による積極的な公開を望まないのであれば、取り下げするべきでしょう。
また、出願変更が可能な期間の条件もあるので、それは考慮に入れる必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年3月13日金曜日

日本の特許出願件数と日本の技術力

最近、日本経済新聞の「特許ウォーズ」というサイトを知りました。
近年、注目されている技術分野における各国の特許出願動向等の統計資料等が含まれています。 この統計資料から私が思うところを書こうかと。
ただ、ここは営業秘密のブログであり、下記の私の考えには「バイアス」がかかっていると思いますので、そこをご理解ください。

まず、このサイトでは、近年、中国の特許出願件数が増加し、今後成長が期待される技術分野において特許出願件数が世界一であることを示しています。一方、日本は特許出願件数において中国に負けているという感じです。

このことは、特段新しいことでもなく、知財業界の人間ならば誰もが認識していることでしょう。
また、中国における特許出願件数の増加の要因の一つとして、国や地方政府による手厚い支援が挙げられます。このこともよく知られたことです。このため、中国の特許出願件数が非常に多くなったからといって、それと同等に中国の技術力が優れているかというと疑義があります。中国における支援制度が終わった後に、特許出願件数の推移が本来の中国の姿でしょう。

参考:中国における政府による知的財産に関する各種優遇・支援制度
   (新興国等知財情報データバンク)

ここで、このサイトでは特許の質として「質ランキング上位10社の国別数」も評価しています。この評価基準の妥当性は置いておいて、中国は特許出願件数が多い一方で他の国に比べて質が低くなっています。
私も中国のとある中小企業の公開公報にざっと目を通したことがあります。中国語は分からないので、図面を見たり、翻訳ソフトで実施形態の記載内容の概要を確認したのですが、新規性・進歩性を判断よりも、技術内容の説明が不明瞭あるとも思えました。一方で全てがその程度で有るはずがないので、中国の特許出願はまさに玉石混合なのでしょう。

参考:中国における特許補助政策と特許の質

とはいえ、中国は多くの特許出願と共に多くの侵害訴訟を行うことにより、日本の数倍から数十倍のスピードで経験を積むことになります。その結果、早晩、日本企業が中国企業に特許権侵害等で訴訟を提起される可能性が相当高くなるとは言われています。


一方、日本の特許出願件数は減少傾向にあります。
この理由は、企業の特許出願に対する予算削減や、それに伴う企業内で進歩性の判断を厳密に行うことによる出願の絞り込み、さらに、公開リスクを懸念することによる積極的な秘匿化の推進等が考えられます。日本企業の技術力低下というような理由は私自身は認識できていません。中国や他の新興国等の技術力と日本の技術力との差が縮まっていることは確実でしょうが。

このように、日本の特許出願の減少は、技術力の低下というよりも、企業自身の選択の結果であり、特許出願件数の減少だけで何か良い悪いを語れるものではないと、私は考えます。
さらにいうと、日本の特許出願件数と企業の収益も相関が低いとも思います。実際、特許出願件数は、2000年代は今よりも多いものの、日本の景気は良くありませんでした。

また、特許権は、当該技術分野における基礎技術に関する権利の方が当然強い権利となります。このため、いくら特許権を多く所有している企業であっても、基礎技術に関する特許権を他社に押さえられていれば自社の特許権に係る技術を自由に実施できない可能性もあります。
このため、本当に特許の良し悪しで技術力を語るのであれば、特許出願件数ではなく、実際に取得された特許権の内容、上記のような「質」で語る必要があります。しかしながら、これは当該技術分野に精通し、かつ特許請求の範囲等を読む能力を必要とするので、簡単ではなく、“国”として語れるものでもないはずです。

以上のようなことから、特許出願件数で“国”の技術力を判断することは、話のネタとしては面白いかもしれませんが、あまり意味のないことだと考えます。
特に秘匿化された技術については、外部からは判断できかねます。例えば、最近韓国との関係で話題に上がった日本の高純度フッ化水素の製造技術等は、秘匿化されたノウハウ、すなわち、特許出願されていない技術が使われており、製造技術の模倣が難しく、本当の意味で強い技術といえます。

このようなことを考えると、特許出願されていない技術は何かということを精査したほうがいいかもしれません。特許出願されていない技術でありながら、当該技術を使用したと思われる製品を製造している企業や国は、模倣が難しい技術を実質的に独占していることになります。

一方、特許出願されている技術であれば、完全ではないものの他者による実施(模倣)が可能です。特にネットワークや機械翻訳も発達している現在において、特許情報においても国や言語の垣根は低くなっています。
これが特許出願による公開リスクです。さらに、たとえ特許権を取得したとしても基本的に出願から20年経過後は、特許権が消滅するので誰でも自由に実施可能となります。出願から製品化まで数年を必要とすると、特許による市場の独占は十数年でしょう。また、基礎技術の特許を取得したとしても、製品化される頃には特許権の存続期間が十年を切っているかもしれません。そう考えると、特許権の存続期間20年は案外短いかもしれません。これが顕著に表れている技術分野が製薬関係でしょう。

他方で技術の秘匿化は、公開リスクがないので、うまくいけば半永久的に独占状態を保てます。しかしながら、技術を秘匿化しても、後発の他社によって当該技術の特許権を取得されると侵害となり、先使用権の主張が認められないと実施を継続できないというリスクもあります。

秘匿化と特許化のバランスをうまくとりながら、自社の技術を守ることが、ネットワークが発達した昨今では重要であると考えます。言うのは易しですが・・・。

なお、このサイトの資料で気になるものもあります。
それは、「主要国の科学技術費推移」です。ここ十数年で中国は言うまでもなく、アメリカや韓国、ドイツも増加傾向にあるにもかかわらず、日本は微増です。以前は主要な工業国の一つであったイギリスはほとんど変化がありません。

日本は、バブル景気のときには、潤沢な資金により様々な研究開発を行っていました。現在、多くのノーベル賞を日本人が得ているのもバブルの遺産ともいわれています。
やはり、技術開発と資金には強い相関関係があると思えます。その資金が他国と比較して多くなかったり、増加率が小さかったりすると、その技術力の差は縮まるのではないでしょうか。
さらなる日本の技術力アップのためには、特許出願云々よりも根っこの“資金”これではないでしょうか?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年3月7日土曜日

特許出願&営業秘密化フロー

発明の特許出願と営業秘密化とを組み合わせたフローを考えました。
とはいえ、このようなことは知財部の方々が通常業務として考えていることと変わりはないかとも思います。


発明の営業秘密化を検討するうえで、特徴的な部分は破線で囲まれたステップと考えます。
発明を公開しないと判断した場合であっても、今一度、発明の実施形態を検討します。
そして、発明を実施した自社製品をリバースエンジニアリングすることで公知化されるか否かを検討します。
すなわち、発明を秘匿化しようと一旦判断しても、公知化される発明を秘匿化してもそれは営業秘密としての要件を満たさない可能性があるので、やはり特許化を検討しましょう、ということです。
このとき、リバースエンジニアリングによって公知と判断される実施状態とはどのようなものであるかを十分に理解しなければなりません。

しかしながら、特許出願するということは、特許公報によって積極的な公開にもなります。すなわち、競合他社は自社製品をリバースエンジニアリングすることなく、自社の発明を知る可能性があります。
このような公開リスクを避けるために、発明を秘匿化するという判断も当然あります。しかしながら、この場合は、秘匿化したとしてもその営業秘密としての非公知性は認められない可能性は認識するべきでしょう。

また、発明の公開(公知化)を許容できるのであれば、特許出願を検討するべきでしょう。
特許出願を行うにあたっては、進歩性の有無を事前にある程度は検討します。
ここで、営業秘密とは関係ありませんが、進歩性が低そうであり、発明が機械構造等であるならば、積極的に実用新案出願も検討したらいかがでしょうか。
実用新案を嫌う会社や弁理士は少なからず居ます。
しかしながら、私の経験上、実用新案であれば特許では権利化できない技術、すなわち特許の審査において設計変更と判断されるような技術であっても、実用新案技術評価書では新規性・進歩性ありと判断される可能性があります。
そのため、他社による特許取得を阻害する目的の出願であれば、特許出願ではなく実用新案出願を行い、実用新案で権利化してもよいのではないかと思います。

なお、発明を営業秘密化する場合には、その対象を特許出願と同様のレベルで特定することが必要と考えます。すなわち、発明とその効果をセットにして考え、当該効果を生じさせることが当業者によって理解できるレベルで発明の構成を特定します。これにより、営業秘密でいうところの有用性(技術的な有用性)があることを明確にします。

このフローは、上述のように、既にどこでも行っているものかと思いますが、このようにフローとすることで特許出願に対するリスクや秘匿化に対するリスク等も少なからず明確にできると思います。
今後、このフローを叩き台にして、フローの改善ができればよいのですが。

弁理士による営業秘密関連情報の発信