2021年4月13日火曜日

アサヒビールの生ジョッキ缶から考える知財戦略(1)

先日、アサヒビールから缶ビールでありながら、サーバーから注いだ生ビールのように泡立つ生ジョッキ缶が販売されました。
アサヒビールは特許出願も行ったとのこともあり、このビールを購入しました。私は家で酒類を飲まないのですが、開封直後の泡立ちはインパクトがあり、直感的に面白い商品だなと思いました(ビールは妻が飲みました)。


実際に、この生ジョッキ缶は注文が想定を上回り出荷を一時停止するほどの反響があったようです。このため、他のビールメーカーもこのような泡立ちの良い缶ビールの製造販売に追従する可能性があるのではないでしょうか。

そこで、このブログで提案している「知財戦略カスケードダウンと三方一選択」にアサヒビールが公開している生ジョッキ缶の技術内容を当てはめ、この生ジョッキ缶に対する知財戦略を数回に分けて考えてみたいと思います。

なお、このブログにおける見解は筆者個人の見解であり、アサヒビールとは何も関係ありません。従ってアサヒビールが「知財戦略カスケードダウンと三方一選択」を行ったものではありません。

参考:報道
参考:アサヒビール


<1.知財戦略カスケードダウンと三方一選択>

まず、知財戦略カスケードダウンと三方一選択について簡単に説明します。
三方一選択は、発明に対して権利化(特許出願等)、秘匿化、又は自由技術化を事業に基づいて選択することをいいます。


知財戦略カスケードダウンは、事業を「事業目的」、「事業戦略」、「事業戦術」に段階的に考えます。そして知財における目的を事業戦術に基づいて決定し、知財戦略を知財目的に基づいて決定し、知財戦術を知財戦略に基づいて決定します。
知財戦略では、事業に使用する技術要素群(関連する複数の発明)毎に、知財目的に基づいて権利化、秘匿化、又は自由技術化を選択します(三方一選択)。
また、一つの技術要素群に含まれる発明であっても、知財戦略で決定した選択が合わない発明もあります。そこで、知財戦術では、個々の発明毎に権利化、秘匿化、又は自由技術化を選択します。このようなカスケードダウンによって、発明毎に事業に基づいた三方一選択が行われます。

これが、知財戦略カスケードダウンと三方一選択の概要です。なお、この考え方の重要な点は、知財の大目的として「事業により得られる利益の最大化、又は企業価値の向上」があります。このため、知財戦略カスケードダウンと三方一選択には、単に発明届出が提出されたや、出願件数ノルマ達成のための特許出願等の「理由のない」権利化業務は含まれません。


<2.生ジョッキ缶に関する技術と想像される特許出願の内容>

アサヒビールは、生ジョッキ缶におけるビールを泡立たせる技術について既に多くを開示しています。そして、この技術は特許出願中とのことですので、明細書でも当業者が実施可能な程度に泡立たせる技術が開示されることとなります。なお、今現在、本出願の特許公開公報は発行されいないようなので、以下で説明する特許出願の内容はアサヒビールが現状で開示している技術情報に基づいて筆者が想像したものです。

下記は、アサヒビールの経営方針(p.6~p.7)から分かる生ジョッキ缶の技術内容です。
1.フルオープン缶
2.缶の内面にカルデラ状の凹凸
3.炭酸ガス圧が通常缶よりも高く、サーバーと同等の圧力

このうち、フルオープン缶は「食品缶詰等では採用実績はあるが、飲料缶では初採用」とのことです。
また、グラス等の内面の凹凸により泡立ちの程度が変わることは周知のようです。さらに炭酸ガス圧によっても泡立ちの程度が変わることも周知のようです。
このように、1~3の一つずつを取ってみるとさほど新しいことなないようにも思えます。

しかしながら、特許権を取得するためには、新規性・進歩性が必要です。
では、何が新しいのか?
1~3(又は1と2)の技術を組み合わせて缶ビールに適用し、開封直後のビールの泡立ちが良いという効果が得られたということでしょう。なお、今までのビール缶では、泡立ちの良さよりも開封したときにビールの泡が缶からこぼれないようにすることが念頭に置かれていたとのことです。

一方で経験上、1~3の構成だけでは特許権を取得することは難しいように思えます。
特許権を取得するためには、おそらく、缶内面の凹凸の表面粗さの数値(下限値~上限値)、炭酸ガス圧力の数値(下限値~上限値)を請求項に入れる必要があるでしょう。
いわゆる数値限定により、特許権が取得できると思われます。そして、この数値範囲は特許出願の明細書に記載されていることでしょう。

なお、この生ジョッキ缶に用いられている技術要素として不明なことは、凹凸を形成するための塗料の成分です。アルミに焼き付け処理を行うことによってビールに融解しない塗料のようですが、その成分はなにであるかは経営方針にも記載されていません。
この塗料の成分は、特許明細書にも記載されていない可能性が考えられます。
その理由は、缶の内面に凹凸が形成されていれば、泡立ちを実現できるためであり、例えば、アルミの表面加工により凹凸が実現できるかもしれません。すなわち、塗料による凹凸形成は、凹凸を形成するための複数の手段のうちの一つに過ぎないように思えます。そうであれば、わざわざ特許明細書に塗料の成分を記載する必要はないようにも思えます。


<3.特許権で技術を守れるのか?>

上記のように、特許権を取得するためには数値限定が必要に思えます。
数値限定は、その数値範囲が特許権に係る技術的範囲となります。このため、特許請求の範囲で示される数値範囲に含まれない形で他社が生ジョッキ缶を模倣した場合には、特許権の侵害にはなりません。

このことから、特許権を取得する数値範囲、特に缶内面の表面粗さの数値範囲が重要になるかと思います。もし、消費者に対して訴求力のある泡立ちを実現するための表面粗さの全域を特許権でカバーできれば、他社は生ジョッキ缶を模倣することが難しくなるかもしれません。

一方で、多少泡立ちの度合いは小さいものの製品として許容できる範囲を特許権でカバーできなければ、他社は特許権でカバーされていない技術的範囲で製品を製造販売する可能性もあるでしょう。もしそうなれば、特許権では生ジョッキ缶の技術を十分には守れないこととなります。

以下、次回に続きます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年4月4日日曜日

IPA発表の「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020」と警察庁発表の資料

先日、IPA(情報処理推進機構)から「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020」が発表されました。この前回の調査は2017年に発表されたものであり、3年を経て新たに発表されたものです。

この調査で私が気にしているものは営業秘密の漏えいルートに関するアンケートです。
2020の実態調査では下記のような結果となっており、IPAでは「情報漏えいルートでは「誤操作、誤認等」が21.2%と前回調査に比べ約半減。その一方で「中途退職者」による漏えいは前回より増加し36.3%と最多(報告書P28)。 」とのように述べています。


「「誤操作、誤認等」が21.2%と前回調査に比べ約半減。」とありますが、私はちょっと違うのではないかと思います。
この「誤操作、誤認等」に対応する前回調査のアンケート項目は「現職従業員等のミスによる漏えい」です。そして今回調査では「現職従業員等のルール不徹底による漏えい」がアンケート項目に新設されました。
すなわち、前回調査のアンケート項目「現職従業員等のミスによる漏えい」が「誤操作、誤認等」と「ルール不徹底」の2つに分かれたのではないでしょうか?この2つの割合いを合算すると40.7%であり、前回調査の「ミスによる漏えい」43.8%とほぼ同じであす。

一方で、IPAが述べているように、中途退職者による漏えいは前回が28.6%であったものが今回は36.3%とのように増加しています。これは実際に中途退職者による漏えいがそのものが増加したのか、企業側の認識が高まったのかは判然としません。しかしながら、数値としては増加していることは事実です。

さらに注目したい結果は、国内の取引先や共同研究先を経由した(第三者への)漏えい」が前回の11.4%から2.7%へ大幅に減少したということです。
これに関連して、近年、大企業等が優越的地位を利用して中小企業等の知的財産の開示を強要するといったことに対する懸念を経済産業省や公正取引委員会が示し、報告書を作成したり、最近では「スタートアップとの事業連携に関する指針」を発表したりしています。
「国内の取引先や共同研究先を経由した(第三者への)漏えい」の減少は、こういった行政の活動の結果として表れているのではないかと思います。

また、「契約満了後又は中途退職した契約社員等による漏えい」も前回の4.8%から1.8%へ大幅に減少しています。契約社員等には企業が直接雇用した人の他に派遣社員も含まれるのではないかと思います。減少の理由は、契約社員等に与えるアクセス権限を減らしたことが考えられます。また、派遣社員に対しては、派遣会社による派遣先企業の営業秘密漏えい防止等の教育活動があるのかもしれません。

次に、警察庁生活安全局から「令和2年における生活経済事犯の検挙状況等について」が発表されました。
これによると、営業秘密侵害事犯の検挙事件数の推移は下記のとおりであり、絶対数としては少ないものの増加傾向にあります。
また、相談受理件数の推移は前年に比べて減少しています。



相談受理件数が減少している理由は分かりませんが、営業秘密の漏えいそのものが減少しているとは思えませんので、企業側が相談を行うことを躊躇するような理由があるのかもしれません。
企業にとっては、営業秘密の漏えいを刑事告訴することについてメリットがないと考え、警察対応等で本来の業務が滞ると考える場合もあるでしょうし、刑事告訴により広く報道がされる可能性もあり、それを良しとしない考えもあるでしょう。
一方で、刑事告訴することにより、警察が証拠収集をするので、民事訴訟において警察が収集した証拠を使用するという考えもあります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年3月22日月曜日

スマホ技術を転職先の中国企業へ漏えい、懲役2年の実刑判決。厳罰化の流れ?

先日、NISSHAの元従業員が転職先の中国企業へスマホ技術を漏えいした刑事事件の地裁判決が出ました。 

この判決は少々驚きでもあり、営業秘密の漏えい事件において厳罰化の流れを感じさせます。

下記の一覧表のように、営業秘密漏えいの刑事事件において執行猶予なしの懲役刑は3件(東芝半導体製造技術漏洩事件、ベネッセ個人情報流出事件、富士精工営業秘密流出事件)です。実際には、あと数件懲役刑となった例が有りますが、それらは顧客情報を持ち出し、詐欺等の他の犯罪にも利用したものであり、転職時等に持ち出した事件とは少々異なると考えています。


3件のうち、東芝半導体製造技術漏洩事件とベネッセ個人情報流出事件は、被害企業に与えた損害がとても大きかったために執行猶予がない懲役刑となったと思います。

また、富士精工営業秘密流出事件では、中国人技術者が中国企業への転職に伴い、富士精工の営業秘密を持ち出したという事件です。この事件では、当該営業秘密が中国企業で使用され、富士精工に損害を与えたという事実までは確認できていないようですが、実刑となっています。
この事件において裁判官は、「転職に有利と、私利私欲で経営の根幹にかかわるデータを不正に領得(りょうとく)。刑事責任は相当に重い」、「日本の技術が国際競争にさらされ、違法な海外流出を防ぐ意味でデータ保護の必要性は高い。アジア諸国の技術的台頭を背景に法改正された経緯に鑑みると、実刑はやむをえない」とのことです(2019年6月6日 朝日新聞「企業秘密の製品データ複製の罪 中国籍元社員に実刑判決」)。

そして、今回の事件では、中国企業へ営業秘密を漏えいしたものの、富士精工営業秘密流出事件と同様に被害企業に多大な損害を与えたということは報道からは伺えません。

これら4つの事件から、実刑となる可能性がある営業秘密の漏えい事件は、被害企業に多大な損害を与える場合と、外国へ技術情報を漏えいした場合と思われます。
特に外国への漏えいについては、平成27年の不正競争防止法改正において海外重罰が加えられたこと、また、昨今の海外への情報流出の懸念が影響しているのだと思います。

また、実刑判決となった4件の営業秘密漏えい事件のうち、3件が技術情報の漏えい事件です。これは、顧客情報よりも技術情報の方が、被害企業に与える損害が大きくなる可能性が高いためであると思われます。そして、外国企業において、日本企業の営業秘密としては顧客情報よりも技術情報の方が重要ということもあるでしょう。

今回の判決は、日本の”知的財産”である技術情報の海外流出に対する危機意識を裁判所も共有しているということなのでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年3月14日日曜日

営業秘密侵害における民事訴訟の損害賠償額

営業秘密を侵害した個人は、刑事責任や民事責任を負うことになります。
刑事責任は、侵害者が刑事罰を受けることになります。
下記が過去にあった刑事罰の一例です。
営業秘密の侵害では、そのほとんどの懲役刑に執行猶予がついています。
しかしながら、中には執行猶予がない懲役刑が課される場合もあります。


上記のように刑事責任は懲役刑や罰金刑が課される可能性が有ります。
一方、民事責任はどのようなものでしょうか?
民事責任は、当該侵害によって営業秘密の保有者(保有企業)に与えた損害の賠償や、持ち出した営業秘密の使用又は開示をしてはならないという差し止め、持ち出した営業秘密の廃棄等です。このうち、個人が現実に負うものは損害賠償でしょう。

では、損害賠償はどのくらいになる場合があるのでしょうか?
それはケースバイケースですが、中には相当高額になる場合もあります。
その理由は、営業秘密が不正使用されたことにより、当該営業秘密の保有企業が受ける損害が莫大なものになる場合があるからです。
以下に、個人が負った損害額のいくつかを紹介します。

(1)500万円 
アルミナ繊維事件
大阪地裁平成29年10月19日判決(平成27年(ワ)第4169号)

本事件は、原告企業の元従業員であった被告が原告企業の営業秘密であるアルミナ繊維に関する技術情報等を持ち出し、これを転職先の競業会社で開示又は使用するおそれがあるとして原告企業が訴訟を提起したものです。
本事件では、原告企業は営業秘密の使用等による損害を主張していませんが、弁護士費用等として1200万円を損害額として主張し、このうち500万円の損害が認められました。


(2)1815万円(被告会社と被告個人とでの連帯)
リフォーム事業情報流出事件
大阪地裁令和2年10月1日判決(平成28年(ワ)4029号)

本事件は、家電小売り業の原告の元従業員(被告個人)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である被告会社へ持ち出したというものです。
損害額の内訳は、営業秘密の使用が1500万円、本事件に関する調査に関する外部委託費用が150万円、弁護士費用が165万円、合計で1815万円です。被告会社と被告個人との連帯で支払い義務がありますので、半額ずつ支払うのでしょうか。
なお、本事件は元従業員に対して刑事告訴もされており、この被告個人は上記一覧表のように有罪判決(懲役2年 執行猶予3年 罰金100万円)となっています。また、被告個人は刑事事件の起訴時において無職となっており、起訴時には既に被告会社には在籍していなかったようです。


(3)2239万6000円 
生産菌製造ノウハウ事件
東京地裁平成22年4月28日判決(平成18年(ワ)第29160号)

本事件は、原告が保有する営業秘密である本件生産菌(コエンザイムQ10)を被告が退職時に持ち出したというものです。なお、被告は、原告企業を退職後に、被告企業(被告が設立)の代表取締役となっています。
上記金額は、原告企業の就業規則に「会社は,退職者が在職中に行った背信行為が発覚した場合,あるいは退職者が退職後に会社の機密漏洩等の背信行為を行った場合,すでに支給した退職金・退職年金を返還させ,以後の退職年金の不支給または減額の措置をとることができる。」と規定されていることを根拠としています。
すなわち、被告による営業秘密の持ち出し等が原告に対する背信行為であり、退職金の一部の返還義務があるとされました。
そして、原告は、被告に対して退職金として2495万1148円(原告拠出分2239万6000円及び被告C積立分255万5148円)を支給したことから、被告は、原告拠出分2239万6000円の返還義務が生じ、退職金のほとんどを失うことになりました。


(4)10億2300万円 新日鉄営業秘密流出事件
知財高裁令和2年1月31日判決(令和元年(ネ)10044号)

本事件は、新日鉄が保有する電磁鋼板の技術情報を韓国のPOSCOに不正に開示したとして、新日鉄の元従業員に対して新日鉄が民事訴訟を提起したものです。
本事件に関連して新日鉄とPOSCOとの間で和解が成立しており、和解金が300億円とも言われています。この和解金からして、新日鉄が負った損害は莫大な金額であったのでしょう。
当然、その責任は営業秘密を持ち出した個人にもあります。電磁鋼板の営業秘密を持ち出した元従業員は複数いたようであり、その多くは新日鉄との間で和解を成立させて判決にまで至っていなかったようですが、本事件では判決にまで至り、地裁でも10億円、高裁でも10億円の損害額を被告個人が負うことになりました。

営業秘密の不正な持ち出しは、転職時や起業時に生じ易く、営業秘密の不正な持ち出しが違法であることを認識していないと行ってしまう可能性が有ります。
このため、営業秘密の不正な持ち出し、使用、開示は、上記のように刑事責任や民事責任を負う可能性が有ることを認識する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年3月8日月曜日

ソフトバンク顧客情報流出事件

ソフトバンクの携帯電話販売代理店から顧客情報が流出し、この販売代理店の経営者が逮捕されたとの報道がありました。

・顧客情報漏洩の疑い、元ソフトバンク代理店社長を逮捕(朝日新聞)
・顧客情報不正持ち出し ソフトバンク元代理店経営者逮捕 ペイペイの不正引き出し事件に悪用か(産経新聞)
・顧客情報6千件複製疑い 元携帯販売会社の男逮捕(日本経済新聞)
・顧客情報6千件超複製疑い 元携帯販売会社の男逮捕(共同通信)
・ソフトバンク代理店元社長を逮捕 顧客情報持ち出し容疑(毎日新聞)

実際に持ち出しが行われた時期は2015年11月~18年2月(日本経済新聞)とあるので、楽天に技術情報が漏えいした時期とは異なり、さらにソフトバンクが被害者の立場なのですが、どうしてもソフトバンクから営業秘密が漏えいしたというあまりよくないと思える印象を与えます。

また、技術情報であれば被害者は漏えい元企業だけですが、顧客情報の漏えいとなればその顧客も被害者の立場となります。 今回の事件では、当該顧客情報が電子決済サービスであるPayPayやドコモ口座の不正引き出しに使用されていたようです。

そして、ソフトバンクによる管理体制はどのようになっていたのか?という疑問も一般的には生じるでしょう。
これに関して、営業秘密侵害で逮捕できたということは、秘密管理性、すなわち当該情報に対する秘密管理意思を容易に認識できるような態様で管理されていたということになります。すなわち、ソフトバンクは顧客情報を営業秘密として適切に秘密管理しており、容疑者は当該顧客情報が営業秘密であることを認識していたと思われます。


さらに「稲葉容疑者の会社はソフトバンクの2次代理店で、顧客が携帯電話を契約する際に個人情報を入力するタブレット端末から印字した書類を従業員らが複製や撮影していたという。調べに対して『法に触れるとは思わなかった。従業員が(営業に)使っていることは知っていたが指示はしていない』と供述している。(毎日新聞 2021/3/3)」ともあり、さらに、「ソフトバンクによると、不正取得されたのは15~18年に稲葉容疑者が関わった代理店で携帯電話サービスなどを契約した顧客の氏名や住所、生年月日、料金支払い用の口座番号など、業務システム以外で顧客情報を記録することは社内ルールで禁じていたが、順守されていなかった。(日本経済新聞 2021/3/3)」ともあります。

上記の報道では、容疑者の代理店では、ソフトバンクによる社内ルールを守るという意識は薄く、それゆえに営業秘密の不正な持ち出しが犯罪行為という認識が欠落していたのではないでしょうか。

では、ソフトバンクはどうすればよかったのでしょうか?
営業秘密の漏えいが犯罪行為であり、ソフトバンクの社内ルールを順守することを徹底的に教育することは当然ですが、そもそも2次代理店を使うということがどうなのでしょうか?

顧客情報というソフトバンクにとっても非常に重要な情報を2次代理店に開示していることがそもそも情報漏えい防止の視点からは適切でないとも思えます。
1次代理店ならまだしも、2次代理店等になるとソフトバンクの影響力が当然弱まるでしょう。そして、顧客情報を扱う代理店(人員)が多くなるほど漏えいリスクは当然高くなります。
さらに、今回の営業秘密漏えいを犯した容疑者は2次代理店の経営者本人です。営業秘密の開示先は信用できる人又は企業でなくてはなりません。にもかかわらず、どのような経緯で、そのような経営者と代理店契約を行い、顧客情報を開示したのか?

10年以上前は携帯電話の販売店から顧客情報が漏えいした事件は複数ありました。しかしながら、近年では携帯電話の販売店からの顧客情報の漏えい事件は報道がありません。実際本ブログでも2017年10月ごろから営業秘密に関する報道の記録を取っていますが、そこにも携帯電話の販売店からの顧客情報漏えいに関する事件はありません。


携帯電話の販売店からの顧客情報漏えい事件がなくなった理由は、徹底的な秘密管理の成果であると聞いています。例えば、店舗内で勤務中は私物の携帯電話の持ち込みは一切禁止であり、持ち込みが発覚すると持ち込んだ者は解雇する場合もあったようです。そのような厳しい態度により、代理店からの顧客情報の漏えい事件が減少したのでしょう。
そのような業界でありながら、なぜ再び代理店からの顧客情報の漏えい事件が起きてしまったのでしょうか?

弁理士による営業秘密関連情報の発信