2023年4月29日土曜日

グローバルファウンドリーズが企業秘密侵害等でIBMを提訴

先日、半導体製造を行っている米国のグローバルファウンドリーズ(GF)がIBMを企業秘密(Trade Secret)等の侵害で提訴したという報道がありました。
より具体的には、GFの知的財産や企業秘密をIBMがインテルや日本企業のラピダスとの間で共有したとしてIBMを提訴したとのことです。


そこで、GF、IBM、ラピダスの関係をWikipediaや報道内容を参考に簡単にまとめてみました。

2009年    GF設立(AMDが2008年に半導体製造部門を分社化した「The Foundry Company」が母体)。
2015年    GFがIBMの半導体事業を取得。GFはIBMの半導体関連特許も取得、IBMは半導体の微細化加工技術などの研究開発は継続。
2018年8月  GFが7nmプロセスの開発無期限延期を発表
2021年6月  IBMが2nmチップを発表。
2022年8月   ラピダス設立。
2022年12月  IBMとラピダスが2nmの半導体製造で提携。ラピダスは2nmの製品の技術ライセンスをIBMから受ける。
2023年4月  GFがIBMを企業秘密侵害で提訴。

このように、GFはIBMの半導体事業を取得したものの、IBMは半導体の微細化加工技術の研究開発を続け、最先端技術となる2nmプロセスを開発しています。そして、設立間もないラピダスは2022年12月にIBMとの間で2nmの半導体製造に関するライセンス契約を行いました。そして、その直後といってもよい2023年4月のタイミングでGFがIBMを企業秘密侵害等で提訴したことになります。

なお、GFは2018年には7nmプロセスの開発無期限延期を発表したとのことなので、現在のGFは2nmプロセスの技術は有していないと思われます。
さらに、GFが7nmプロセスの開発延期を決定したことに対して、IBMがGFに対して契約不履行で提訴との報道も2021年にありました。

上記のように、IBMから半導体事業を取得したGFは微細化技術に遅れがあり、その一方でIBMは微細化の最先端技術を有しています。そして、そのIBMがラピダスやインテルに微細化技術のライセンス提供を行うことにより、GFは市場競争力を失いつつあるのが現状であり、このような市場環境でのIBMに対するGFの提訴です。


ところで、GFによるIBMの提訴は、確たる証拠があってのことでしょうか。
また、GFは、IBMがラピダスとの提携以降に元GFの技術者を積極的に採用していると主張しており、GFはその採用の停止も求めています。GFとしては、そのような元GFの技術者が自社の情報をIBMへ不正に持ち込んでいるとも主張したいかのようです。
しかながら、IBMとラピダスが提携を発表したのは2022年の12月であり、GFが提訴した2023年の4月において、どの程度の情報がIBMからラピダスに提供されたのか疑問です。そもそも、IBMがラピダスに提供する情報は主に2nmのプロセス技術でしょうから、既に7nmプロセスの開発すら行っていないGFの技術が混在している可能性は低いと思います。
また、IBMがGFの特許権を侵害しているのであれば、GFは特許権侵害として提訴した方がよいようにも思えますが、そのようでもないようです。
このようなことを考えると、GFによるIBMの提訴は勝ち目が薄そうな気がします。
そうであるならば、やはり他の目的があっての提訴でしょうか。

ここで、GFとIBMとの報道を目にして、思い出した報道がありました。
ボンバルディアによる三菱航空機の提訴です。
これは、ボンバルディアの元従業員を複数人採用した三菱航空機がこの元従業員からボンバルディアの機密情報を不正に入手したとして、ボンバルディアが三菱航空機を提訴したものの、その後に、三菱重工がボンバルディアの小型機事業を買収したことにより、この提訴も取り下げられたというものです。

なお、客席が数十人程度の小型機(リージョナルジェット)は競争が激しく、ボンバルディアもこの市場では苦戦していたようです。そのようなことを考えると、ボンバルディアは事業買収の交渉の席に三菱重工を座らせるために、営業秘密侵害を用いた提訴をまず行ったのではないかとも思えます。

そもそも、競合他社の元従業員を採用したら、この元従業員を介して当該競合他社の営業秘密が流出・流入する可能性は想定されることであり、確たる証拠が無くても人材の移動という事実だけで、勝敗は別として提訴を行い易いようにも思えます。
そして、ボンバルディアによる三菱航空機の提訴の例のように、GFも他の目的があってIBMと交渉するために元従業員の採用停止も含む企業秘密侵害で提訴したのではないかと思えます。
その目的とは、GFもラピダスやインテルのように2nmプロセスの技術提供をIBMから受けるということではないでしょうか。
もし、IBMから技術提供を受けることができれば、自社開発を断念していた最先端の微細化技術を手に入れることができ、自社の競争力を確実に高めることができるでしょう。IBMは、ラピダス、インテル、その他の企業にも技術提供を行っているようなので、GFへ技術提供を行う可能性もあるのではないでしょうか。

以上のように、GFによるIBMの提訴はその経緯からしてGFが勝訴する可能性は低いように思えます。そうであるならば、ラピダスがIBMからの技術提供を受けられなくなる可能性も低いでしょう。しかしながら、もしGFがIBMから技術提供を受けるとのようなことになると、ラピダスの競争相手が増えることになり、それはそれでラピダスにとっては好ましくない結果となるかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年4月18日火曜日

判例紹介:特許に包含される技術情報の秘密管理

ある技術の特許が取得されると特許公報が発行されます。第三者はこの特許公報を参照して当該特許に係る技術を知ることができます。しかしながら、特許公報に記載内容だけでは、当該技術を再現することは難しい場合が多々あり、特許公報に記載されていないノウハウが必要だったりもします。そのようなノウハウも重要であるにもかかわらず、ノウハウが適切に秘密管理されていない場合は多々あると思います。
今回はそのようなことに関連した裁判例(大阪地裁令和5年1月26日 事件番号:令2(ワ)8168号)を紹介します。

本事件は、原告が美容院、ビューティーサロン、エステティックサロンの経営等を会社であり、被告(P1~P3の3名)はこの会社の元従業員であり、まつ毛エクステンションの施術担当者であったものの、原告会社を退職後にまつ毛のエクステンションの施術を行う店舗を開業しました。

また、原告は、原告所属のP7が発明した「ロングキープラッシュ」というまつ毛エクステンションの装着方法を主力商品としており、P7は発明の名称を「まつ毛エクステンション人工毛の装着方法」とする特許出願(特願2019-123)を行い、この特許出願は権利化されており(特許第6957040号)、現在も権利は存続しています。
なお、当該特許権の請求項1は下記の通りであり、従属項として請求項2~6があります。
❝【請求項1】
  二本又は三本のエクステンション用人工毛と一本の支持用人工毛を用意する第一のステップと、
  前記二本又は三本のエクステンション用人工毛のうちの第一のエクステンション用人工毛の付け根に球状に接着剤を付ける第二のステップと、
  前記第一のエクステンション用人工毛の付け根をまつ毛の上方からまつ毛の付け根の左右いずれか寄りに固定する第三のステップと、
  前記二本又は三本のエクステンション用人工毛のうちの第二のエクステンション用人工毛の付け根を前記まつ毛の上方から前記第一のエクステンション用人工毛が固定されていない左右いずれか寄りに固定する第四のステップと、
  前記一本の支持用人工毛の付け根に球状に接着剤を付ける第五のステップと、
  前記第一のエクステンション用人工毛と前記第二のエクステンション用人工毛が固定された前記まつ毛の上方から、前記まつ毛の付け根に一回接着剤を付ける第六のステップと、
  前記まつ毛の略真下に前記一本の支持用人工毛を回り込ませ、前記支持用人工毛の水平面との角度を前記まつ毛の水平面との角度に略一致させた状態にて、前記まつ毛の下方から前記まつ毛の付け根のみに前記支持用人工毛の付け根のみを固定する第七のステップ
を含む、まつ毛エクステンション人工毛の装着方法。❞
裁判所は、この特許(本件特許情報)を❝主に美容目的でまつ毛のボリューム感を増大させ目を大きく見せるためにまつ毛に装着されるまつ毛エクステンション人工毛の装着方法であって、人工毛を装着する位置や順序(請求項1~4)、使用する人工毛の形状(請求項2)、接着剤の付け方(請求項1、2、5、6)などの情報からなる。❞と認定しています。

そして、P7及び原告と被告らは下記のような秘密保持契約を結んでいました(甲がP7及び原告であり、乙が被告です。)。
❝第1条(定義)
 「本件の商標・特許」とは、本件製品の名称及び施術に関して、甲が所有している次の商標及びこれについての特許技術をいう
 登録商標
 【ロングキープラッシュ/Longer Keep Lash】
 役務の区分
 第3類及び第44類に属する
 第2条(使用の範囲)
 ●乙は甲の指定業務以外で、本件の商標・特許の使用は一切できないものとする
 ●乙は甲の承諾なくして、退社後も本件の商標・特許について、【入社時の機密事項承諾書・私は、貴社就業規則および秘密管理規程に従い、業務上の機密は在職中は勿論退職後といえども一切漏洩いたしません】に基づく技術漏洩を一切禁止する❞

ここで、本件秘密保持契約上の債務不履行について、被告は被告店舗において「ロングキープラッシュ」とは異なる「バインドラッシュ」というまつ毛エクステンションの装着方法を実施しており、これは本件特許情報とは異なる装着方法である、として認められませんでした。
なお、本件特許情報の装着方法である「ロングキープラッシュ」は、地まつ毛の上部に2本又は3本の断面が扁平で付け根に凹みのある人工毛(フラットラッシュ)を装着し、地まつ毛の下部に1本のフラットラッシュを装着する装着方法とのことです。
一方、「バインドラッシュ」は、「ロングキープラッシュ」において使用するものとは形状の異なるフラットラッシュ1本を装着し、地まつ毛の下部にフラットラッシュ1本を装着して地まつ毛を挟んで固定する装着方法とのことです。


次に、原告が営業秘密であると主張する情報(本件手技情報)は、下記の通りです。
❝本件手技情報は、本件特許情報を実施するために必要とされる手技であり、使用する人工毛の形状、接着剤の付け方及び人工毛を装着する位置や順序に係る情報である。❞
また、本件特許情報と本件手技情報とが異なる点は、下記であり、本件手技情報は本件特許情報に包含される関係にあるとされています。
①本件特許情報では接着剤を「球状に付ける」とされているところ、本件手技情報では「球状にすくい」とされる。
②人工毛(フラットラッシュ)2本で地まつ毛を挟み込む手技(本件付加情報)については、本件特許情報にはなく、本件手技情報のみにある。

原告は被告らの原告在職中、本件特許情報を利用した「ロングキープラッシュ」と称するまつ毛エクステンションの装着方法をまつ毛エクステンションの施術を担当する従業員に教示し、原告の経営する各店舗において一般顧客に対し施術をする際に利用していたものの、原告は被告らに対し、本件手技情報のうち本件付加情報を教示したことはなかった、とのことです。

そして、原告は、このような手技の秘密管理性について下記のように、手技に関して文章化は行っていないものの、講習によりマスターさせて非公開としていたと主張しています。
❝原告は、原告所属のP7が発明した「ロングキープラッシュ」という名称の長持ちするまつ毛エクステンションを主力商品としており、本件特許出願以前から「ロングキープラッシュ」を営業秘密と指定し、従業員との間で秘密保持契約を締結してきた。
「ロングキープラッシュ」の技術は、本件特許出願において文書化されているものだけで習得できるものではなく、実際に施術できるようになるためには、原告において講習を受けて手技をマスターしなければならないが、その手技は非公開である。❞
上記原告の主張に対して裁判所は下記のように判断しています。
❝本件では、本件秘密保持等契約書以外に営業秘密を具体的に明示した文書はなく、原告が被告らに対し「ロングキープラッシュ」の施術方法を教示するに際して本件特許出願の願書や明細書その他の添付書類等を示しておらず、まつ毛エクステンションの装着方法に関して具体的にいかなる範囲が秘密とされるのかを明らかにした書面もない。しかも、「ロングキープラッシュ」は、被告らの原告在職当時、原告の各店舗において、不特定多数人に対して何らの制限もなく公然と施術されていた。また、まつ毛エクステンションの業界においては、まつ毛エクステンションの装着方法が全て秘密にされるわけではなく、新規の装着方法であっても、公開され、他のアイリストに教授されることもあり、装着方法を秘密とするか否かや装着方法のうち具体的にどこまで秘密にするかは、自明なものではない。
そうすると、本件秘密保持等契約書に規定された「特許技術」以外の本件特許情報及び本件手技情報は、原告において適切に秘密として管理されていたとはいえず、秘密として管理されているとは認識できない状態であったといわざるを得ない。また、原告は、被告らに対し、「ロングキープラッシュ」を教示したのであって、本件特許出願に係る願書等を示したわけではないから、本件秘密保持等契約書の「特許技術」は、その文言どおり、「ロングキープラッシュ」についての本件特許情報、すなわち、本件特許情報のうち、地まつ毛の上部に2本又は3本のフラットラッシュを装着し、地まつ毛の下部に1本のフラットラッシュを装着する実施例に係る情報を意味するものと解される。
そして、当該情報は、不特定多数の顧客に対して公然と施術される装着方法であり、施術を受ければ視覚的に認識できるものであるから、やはり秘密として管理されていたとはいえず、秘密として管理されているとは認識できない状態であったということになり、結局、本件秘密保持等契約書上の「特許技術」も、不正競争防止法上の営業秘密とはいえない。❞

また、文書化されていない非公開の手技について、それを含めて営業秘密と指定し、秘密保持契約を締結したので秘密管理性があるとの原告の主張に対しては、裁判所は下記のようにして認めませんでした。
❝原告の主張する文書化されていない非公開の手技については何ら具体的な主張立証がなく、前記イのとおり、本件秘密保持等契約書の対象は、本件特許情報のうち、地まつ毛の上部に2本又は3本のフラットラッシュを装着し、地まつ毛の下部に1本のフラットラッシュを装着する実施例に係る情報であって、文書化されていない非公開の手技や本件付加情報は含まれないから、採用できない。❞
結局のところ裁判所は、原告が主張する非公開の手技等は、文章化もされていないし、それが秘密であることを従業員に認識させていなかった、ということで手技等の技術の秘密管理性を認めなかったことになります。また、特許権についても、被告は特許権の技術的範囲に含まれない技術を実施したのであるから、秘密保持契約の債務不履行にはならないとされています。

この裁判例における手技のように、自社開発技術について文章化等せずに従業員に実施させる一方、当該技術は秘密であるとの認識を持っている会社は多いと思います。
しかしながら、本ブログでも度々述べているように、文章化等しなければ秘密として管理もできず、裁判において秘密管理性が認められることは無いと考えられます。
このように、営業秘密とする情報は、営業情報や技術情報にかかわらず、文章化、リスト化、その他の手法によって従業員が認識できる形とし、それを秘密管理する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年4月10日月曜日

判例紹介:営業秘密の管理規定と秘密管理性

秘密管理規定を定めている企業は少なからずあるかと思いますが、秘密管理規定に規定されていない方法(主張)による秘密管理性は認められるのでしょうか。
今回は、このような裁判例(東京地裁令和4年8月9日判決 事件番号:令3(ワ)9317号)について紹介します。本事件は、知財高裁(知財高裁令和5年2月21日判決 事件番号:令4(ネ)10088号)でも争われましたが、地裁及び知財高裁共に一審原告の敗訴となっています。なお、下記の内容は、主に地裁の判決文を参照しています。

本事件は、原告の従業員であったBが被告Aが設立した被告会社に転職した際に、Bが作成した本件データを被告会社に持ち出したというものです。被告Aは、原告の元代表取締役でもあり、その後に被告会社を設立しています。

まず、裁判所は、本件データはその内容がウェブで公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであり、そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかった、と判断しています。このため、本件データと実質的に同一である被告ら作成データも営業秘密に該当するものとはいえない、とされています。
このように、原告が営業秘密であると主張する本件データは、Bによって持ち出して被告会社で使用等されたようですが、営業秘密ではないとされています。

本件データに関しては、裁判所において営業秘密ではないと判断されていますが、その裁判の過程で当然、原告は秘密管理性についても主張しており、下記がその主張内容です。
❝原告は、フォルダ構成図(甲16)を提出した上で、本件データが格納されたフォルダへのアクセス及び変更の権限はBを含むIT担当者3名のみが有し、アクセス及び参照の権限は経営会議の構成員のみが有していたのであり、情報管理規程(甲17)等においても、秘密情報の漏洩を禁じていたなどと主張する。❞
これに対して、裁判所は以下のように原告の主張を認めませんでした。
❝上記フォルダ構成図は、平成30年2月27日に作成されたものであり、Bが被告Aに対して被告ら作成データを送信した平成30年1月22日よりも後に作成されたものであることからすると、「AI」フォルダにアクセス権限や閲覧制限を個別に設定しなかったとするBの陳述の信用性を直ちに覆すものとはいえない。仮に、原告の主張を前提としても、前記認定事実⑷ア及びイの原告の在籍状況等を踏まえると、相当数の者が本件データにアクセスすることができたと認められる上、そもそも、本件データには個別のパスワードが設定されず、しかも、「機密情報」、「confidential」という記載もなかったのであるから、客観的にみて、本件データの内容に照らしても、本件データにアクセスした者において当該情報が秘密情報であることを認識できなかったことが認められる。❞

また、原告は、上記のように情報管理規定を定めており、この9条3項には下記のように規定されています。
❝第9条(秘密情報の保管)
 3 電子データの秘密情報は、サーバに保存し、アクセス権者以外の者がアクセスできないようにフォルダ・ファイルにパスワードによるアクセス制限をかけなければならない。❞
裁判所は、このような規定があるにもかかわらず、❝本件データには、そもそもパスワードが設定されていなかったことが認められるのであるから、上記情報管理規程を前提としても、本件データが原告において秘密として管理されている情報であると認められないことは、明らかである。❞とも判断しています。

このような、情報管理規定との兼ね合いから秘密管理性を否定した裁判所の判断は、当然とも思われますが、この判断は秘密管理性について重要なことを示唆しています。
すなわち、秘密情報を何とするかを規定した秘密管理規定を会社が定めていたならば、会社もそれに縛られるということです。
今回の例のように、電子データの秘密情報には❝アクセス制限をかけなければならない❞と規定したのであれば、アクセス制限をかけていない情報を営業秘密であると主張することは難しいということです。

そもそも、営業秘密とする情報に秘密管理性が必要とされる理由は、営業秘密保有企業の秘密管理意思が従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思を従業員等に認識させるためです。
このために、情報管理規定において、秘密情報に対してアクセス制限をかけるといった方策を従業員に示し、それを会社がそれを実行することで従業員に当該情報が営業秘密であることを認識させます。それにもかかわらず、情報管理規定で規定していない方法によって、当該情報を営業秘密であると会社が主張しても、従業員は当該情報が営業秘密であると認識できません。このため、会社側がこのような方法による秘密管理性を主張したとしても、それは認められないこととなります。

このように、秘密情報管理規定等によって、秘密情報の管理方法を規定しているのであれば、従業員だけでなく会社も当然この管理方法を守る必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年3月28日火曜日

営業秘密刑事事件数の推移

先日、警察庁生活安全局から「令和4年における生活経済事犯の検挙状況等について」が公表されました。

これによると、営業秘密侵害事犯の検挙事件数は昨年度29件であり、他の事件に比べると数は少ないものの、過去最多であり下記グラフのように右肩上がりに増加しています。
これは、転職等による人材流動が増加していることに伴うと考えられますが、企業も営業秘密の不正な持ち出しは犯罪であるという認識が高まり、不正な持ち出しを監視するシステム構築が進み、不正な持ち出しの発見が多くなっていると想像されます。



営業秘密の侵害事件が報道されると、被害企業の情報管理体制等を問題視する傾向があるように思えますが、それは間違いと考えています。当然、営業秘密の不正な持ち出しが全く無いことが理想ですが、それでも持ち出す人は必ず存在します。これに対して、情報管理体制が適切であるからこそ、営業秘密の不正な持ち出しを発見できているとも考えられるためです。

一番良くないことは、営業秘密の不正な持ち出しを発見する体制が整っておらず、営業秘密を持ち出されているにもかかわらず、それを発見できないことです。そのような企業は、「自社からの営業秘密の流出はない」とのような誤った認識を持つことになります。

また、下記は主な営業秘密流出事件の判決の一覧です。

一昔前は、顧客情報等の販売を目的とした営業秘密の流出が多かったようにも思えます。典型例としては、携帯電話の加入者情報でしょう。近年では、このような販売等を目的とした営業秘密の流出少なくなっているようです。この理由は、販売目的とした営業秘密の流出は、直接的な金銭の授受があるため、犯罪意識を高く感じるためかもしれません。

一方で、近年では上記のように転職先で開示・使用することを目的とした営業秘密の流出が多くなっています。これには、直接的な金銭の授受は発生しませんし、場合によっては自分が作成した、自分が業務に用いていた、という意識があり、モラルとしては良くないけれど犯罪ではない、という誤った認識があるのかもしれません。

さらに、転職時の流出ということもあいまって、近年では技術情報の流出も多くなっているようにも思えます。これは知財の観点からすると、転職者が前職企業の技術情報を持ち込んだ結果、違法に流入した他社技術と自社技術とが混在する可能性があります。もし、このような状況に陥って他社の営業秘密侵害となり、差し止めとなると特許権の侵害よりも困ったことになります。
特許権の侵害でしたら、当該特許の存続期間が経過するとそれまで侵害であっても、その後は自由に実施できます。しかしながら、営業秘密には存続期間の概念がありません。そうすると、差し止めの状態が何時まで続くのか分かりません。
このような、営業秘密の流入リスクは、今後顕在化してくるでしょう。そうならないためにも、営業秘密の流出・流入には細心の注意を払う必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年3月21日火曜日

トヨタFCV特許開放を考察

トヨタ自動車のFCV(燃料電池自動車)に関する特許のオープン化について下記ブログに書いたように、2023年現在においても、FCVが普及しているようには思えません。

参考ブログ

このような特許の無償開放があってもFCVが普及しない理由は、そもそも水素ステーションの数が少ない、水素ビジネスの不透明性といったような環境要因が大きいかと思います。
しかしながら、トヨタによるFCV特許の無償開放にはもっと良いやり方があったのではないかと思います。

まず、トヨタによるFCV特許開放は、下記を参照すると以下のようなものです。

1.対象特許の数:5680件
2.期限:2015年~2020年(後に2030年までに延長)
3.提携先にはノウハウを提供
4.無償開放を受けるためにトヨタへ申し込みを行い契約書の締結が必要

まず、対象特許の数が5680件という点ですが、具体的にどのような特許(特許出願番号や特許番号等)が無償開放されるのかという情報は公開されていないと思われます。このため、特許の無償開放を受けたい企業は、トヨタに問い合わせて対象特許の情報を貰う必要があるようです。そのうえで、トヨタとの間で契約締結です。このため、無償開放を受けようと考える企業のハードルはある程度高くなっていると感じます。

さらに、当初は2020年までが無償開放の期限でした。これは、無償開放を受ける側としては、2020年以降はどうなるのか分からないというリスクがあります。一方で、トヨタとしては、無償ライセンスを受けた企業に対して、2020年以降は有償ライセンスへの切り替えや、当該企業が開発した新規技術とのクロスライセンスといった方向に誘導する思惑が有ったようにも思えます。ただ、2030年まで延長となっている現在は、無償開放する特許権の存続期限が切れるか残り僅かとなるので、このような思惑が当初有ったとしても実行することは難しいと思います。

では、FCVの普及を促進すると共に自社利益を得るための知財戦略(戦術)はどのようなものが考えられるでしょうか。以下に他社による過去のオープン・クローズ戦略を参考にして立案してみたいと思います。

まず、5680件という膨大な数の開放対象とされる特許の選定です。
実際には、日本だけでなく外国での権利及び出願も含んでいると思われるので、発明としてはこの数分の一の可能性がありますが、それでも1000件はあるでしょう。
これらの特許を基盤技術と差別化技術とに分けます。5680件という特許の全てが基盤技術(又は差別化技術)ではないと思え、これらの特許は基盤技術と差別化技術に分けることができるでしょう。

このような基盤技術と差別化技術とに分け、オープン・クローズ戦略を行った事例としてQRコードが挙げられます。QRコードでは、QRコードそのものを基盤技術と捉えて特許権を無償開放する一方、読取装置に関する技術を差別化技術と捉えて、特許権やノウハウをライセンスしています。

参考ブログ


ここで、FCVを開発した国内自動車メーカーはトヨタの他にホンダもあります。おそらく、トヨタとホンダは、各々の特許を回避した技術を用いた独自のFCVを開発しているかと思います。そこで、トヨタ式のFCVを製造できる最低限の技術を基盤技術と捉え、この基盤技術に係る特許(基盤特許)を選定します。

そして、基盤特許を無償開放の対象とします。無償開放を行うにあたって、対象となる基盤特許を少なくともリスト化し、契約を必要とせずに誰でも閲覧可能、かつ実施可能とします。これにより、トヨタ式FCVの普及を促進させます。

このような方法は、ダイキン工業が冷媒R32を用いた空調機を普及させるために用いた知財戦術とも同様です。なお、ダイキン工業も当初は、契約締結により特許の無償開放を行っていましたが、その後、契約不要として特許を無償開放して冷媒R32の普及促進を図りました。

参考ブログ

しかしながら、ダイキン工業は、完全に無条件で特許を無償開放したのではなく、他社がダイキン工業に対して特許権侵害を主張する一方で、当該他社がダイキン工業が無償開放した特許権を実施している場合には、当該他社に対して当該特許権の無償開放を取消すことも明言しています。すなわち、ダイキン工業は、無償開放した特許権を実施した当該他社に対して特許権侵害を主張するということです。
このように特許権を無償開放する場合に、防御的取消の規定を設けることは自社を守るためにも有効かと思います。

一方、基盤特許に選定されなかった特許が差別化技術の特許(差別化特許)となります。
差別化特許は、無償開放されたトヨタの基盤特許を用いたFCVを製造する企業が複数存在する場合に、これらの企業が他の企業が製造したFCVに対して競争力を得るための特許となります。なお、この複数の企業の中には、トヨタ自身も含まれます。

差別化特許に対しては、無償開放するのではなく、有償ライセンスとすることで、自社利益とできます。また、差別化特許の有償ライセンスと共にノウハウを有償で提供したり、有償とする代わりに共同研究等も可能かもしれません。
さらに、差別化特許は、他社のFCVとの差別化のために、有償ライセンスもせずに自社実施のみとしてもよいでしょう。

このように、特許を無償開放するというだけで、他社が飛びつくわけではないため、相応の準備が必要です。
仮に、無償開放した特許権に係る技術を実施する他社が現れなかったら、無償開放の意味がありません。それどころか、自社のみで普及が難しいにもかかわらず自社が特許権を保有していたら、他社は当該特許権に係る技術を実施できないので当該技術は普及することはありません。
このため、特許に係る技術の普及を目的とした無償開放は、可能な限り条件を付けずに、他社にとって無償ライセンスを受け易くする環境作りが必要でしょう。
無償開放を受けるための条件が多いと、結局、他社に特許権者の下心が見透かされ、無償開放した特許権に係る技術を誰も実施しないでしょう。このため、上述のように、基盤特許と差別化特許とを明確に切り分け、それぞれについて本来の目的を達成できるように戦略(戦術)を明確にするべきかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信