2025年2月13日木曜日

不競法2条1項7号では営業秘密の取得行為は違法ではない?

不正競争防止法2条1項7号は営業秘密侵害に対する民事的責任を定めた条文の一つであり、下記のように規定されています。
不正競争防止法2条1項7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
7号が適用される場合とは、例えば会社から正当な業務のためにアクセス権限を与えられた従業員が転職先に営業秘密を持ち出す場合等が想定されます。なお、転職先で開示等する目的は不正の利益を得る目的とされます。
7号には「営業秘密を使用し、又は開示する行為」とあり、不正行為として「取得」は含まれていません。この理由は、従業員が正当な業務のために当該営業秘密を既に取得しているためです。このため、従業員が転職先で使用する意図を持っていても、単に取得したのみで転職先で開示等しなければ民事的責任は問われないようにも思えます。

しかしながら、実際には民事的責任が問われる可能性があります。例えば、大阪地裁平成29年10月19日判決(事件番号:平27(ワ)4169号)では、被告である元従業員は転職先で開示や使用をしていないものの、裁判所は原告による差し止め請求を以下のように認めています。
本件電子データで特定される情報は,不正競争防止法上の営業秘密と認められ,また原告の開発課従業員としてYドライブのアクセス権を付与され本件電子データを示されていたといえる被告は,双和化成への転職を視野に入れ,原告に隠れて,これら本件電子データを本件USBメモリ及び本件外付けHDDに複製保存したものと認められるから,被告は,原告から示された本件電子データを原告の社外に持ち出した上,双和化成の業務において,同社に同データを開示し,そうでなくとも,同社において,原告在職時同様に日常業務の参考資料として同データを使用する目的があったものと認められる。
したがって,原告から本件電子データにより営業秘密を示された被告は,不正の利益を得る目的で,これを双和化成に開示し,あるいは使用するおそれがあるといえるから,不正競争防止法2条1項7号の不正競争該当を前提に,同法3条1項に基づく開示,使用差止めの請求には理由がある。
さらに本事件は、被告に対して弁護士費用相当額である500万円を原告に支払う等の判決となっています。なお、この事件は、被告によって控訴(大阪高裁平成30年5月11日判決、事件番号:平29(ネ)2772号)されましたが裁判所の判断が覆ることはありませんでした。
このように、たとえ会社から正当に取得した営業秘密であっても、転職を視野に入れて持ち出した場合には、持ち出しただけで民事的責任を負う可能性があります。


では、刑事的責任はどうでしょうか。不正競争防止法21条2項1号には以下のように規定されています。
不正競争防止法21条2項
次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の拘禁刑若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得したもの
イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
一般的に、会社から営業秘密を正当に開示されたとしても、それを持ち出す場合には当該営業秘密をそのまま持ち出すかコピー等するでしょう。そうした場合には、上記のイ又はロに当たるかと思います。すなわち、民事的責任とは異なり、転職先等へ開示や使用等を目的とした営業秘密の持ち出し(領得)は刑事的責任を負うことが不競法で規定されています。なお、不競法21条2項1号は「領得」としかないため、実際に転職先で使用又は開示しない場合でも刑事罰の対象となります。なお、「領得」した営業秘密を「使用又は開示」した場合の刑事罰は不正競争防止法21条2項2号に規定されています。

ここで、実際に不競法21条2項1項ロが適用された裁判例として最高裁まで争われたものとして、 最高裁第二小法廷平成30年12月3日判決(事件番号:平30(あ)582号)があります。なお、この事件は、令和6年の不競法改正前の判決なので適用条文が21条1項3号になっています。
被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。
本事件では、被告人は領得した営業秘密を転職先で開示等していないものの、上記のように判断され、懲役1年(執行猶予3年)となっています。なお、本事件では、第一審(横浜地裁平成28年10月31日判決、事件番号:平26(わ)1529号)及び控訴審(東京高裁平成30年3月20日判決、事件番号:平28(う)2154号)でも同じ判決となっています。

このように、転職と共に前職企業の営業秘密を持ち出すと、たとえ当該営業秘密を転職先に開示又は使用しなかったとしても、民事的責任、刑事的責任を負う可能性があります。

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2025年1月29日水曜日

判例紹介:ノウハウの特定について

営業秘密が法的保護を受けるためにはその内容が特定されなければなりませんが、ノウハウが法的保護を受ける場合にもその特定は必要でしょうか。これに関する判断をした裁判例が東京地裁平成26年5月16日判決(事件番号:平24(ワ)29634号)です。

本事件は、スイス連邦在住の原告が被告会社であるヌーヴェルヴァーグジャポンとの間で契約を締結し、被告会社はこれに基づき原告から本件契約中に記載されている「Aノウハウ」及び商標につき日本における独占的使用を許諾されて直営サロン及びフランチャイズサロンを経営していたというものです。そして、ライセンス契約が終了した後も、被告会社が商標と「Aノウハウ」の使用を継続しているとして、民法709条に基づき「Aノウハウ」の不正使用により被った損害の賠償等を原告が被告会社に求めました。
このように、本事件は、不正競争防止法でいうところの営業秘密の不正使用に基づく賠償請求ではなく、民法709条に基づくものであるから「ノウハウ」の不正使用にあたる訴訟であると考えられます。

ここで、原告は「Aノウハウ」について以下のように主張しています。
イ 被告ヌーヴェルヴァーグジャポンは,「Aノウハウ」の内容が特定されていないと主張するが,「Aノウハウ」は,(1)A美容サロンの運営管理ノウハウと(2)Aヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウから成るところ,このAノウハウは,特許ノウハウと全く性格を異にし,それらは特許化できないものであり,特許や特許ノウハウにいう特定は不可能である。原告がいかにこの「Aノウハウ」を被告ヌーヴェルヴァーグジャポンらに伝授してきたか,その成果としてAフランチャイジーが繁栄したか,は原告自身の陳述書(甲30)にあるとおりである。
「特許」と「特許ノウハウ」との違いが何であるのかは不明ですが、原告自身が「特許や特許ノウハウに言う特定は不可能」であると認めています。さらに、原告は「Aノウハウ」が営業秘密ではないと自認しているためか、下記のような主張も行っています。
 (2) 秘密管理性について
美容のヘアドレッシング・カットの技術ノウハウは発案者が自ら公表するものであり,秘密に管理する性質のものでない。特許及びそのノウハウとは全く異なるものである。世界的に著名な原告が創案したヘアドレッシング・カットのテクニックは世界中に公表され,全世界でAの創案したカットテクニックとして認知されている。特許の対象となる技術のノウハウは秘密管理が原則で,ライセンス契約に基づきその開示に対しロイヤルティが支払われるものであるが,特許の対象とならないヘアドレッシング・カットのテクニックのノウハウは,その性質を全く異にするものである。

上記のような原告の主張に対して、裁判所は「3 争点(2)(被告ヌーヴェルヴァーグジャポンによる「Aノウハウ」の使用の有無)について」として以下のように判断しています。
(1) 原告は,原告の「Aノウハウ」を被告ヌーヴェルヴァーグジャポンが不正に使用していると主張して,民法709条に基づき損害賠償請求をするので,以下,この点について検討する。
技術上ないし営業上有用であり,秘密として管理されている非公知の情報につき,一定の場合にノウハウとして法的保護に値するものとして,その不正使用について不法行為責任を問うことが可能な場合があるとしても,原告の主張する「Aノウハウ」については,まず,その内容自体が明らかでない。
原告の主張内容は,「Aノウハウ」はエフィラージュカットにより体現される,エフィラージュカットが「Aノウハウ」であることは周知の事実である,エフィラージュカットの使用の継続は,「Aノウハウ」の使用の継続であるなどと主張した(原告第3準備書面〔平成25年7月2日付け〕)ところ,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンがエフィラージュカットは美容業界において一般に使用されている用語である旨の書証を提出した後は,原告はエフィラージュカットのみが「Aノウハウ」であると主張しているのではない,「Aノウハウ」は,A美容サロンの運営管理ノウハウとAヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウから成るなどとする(原告第5準備書面〔平成25年9月30日付け〕)が,そこにおいても,A美容サロンの運営管理ノウハウとAヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウの具体的内容を明らかにしていない。原告は,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンから,「Aノウハウ」として主張する具体的内容を明らかにするよう釈明を求められたにもかかわらず,これを明確にせず,また,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンからの,原告の主張する「Aノウハウ」は,原告の感性のことであるから具体的内容が明らかにできないとする主張に対しても,有効な反論がされていない。
また,個々的に原告の主張する内容についてみても,まず,エフィラージュカットについては,前記1で認定したとおり,それ自体カット技法の一つとして一般に紹介されているものであり,公知の内容であるというほかない。さらに,A美容サロンの運営管理ノウハウ,Aヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウとする内容についても,具体的内容が明らかにされていない。
以上によれば,原告主張の「Aノウハウ」については,請求の前提となる具体的内容の特定を欠くものといわざるを得ない。
このように、裁判所は「ノウハウ」として法的保護を受ける場合であっても、その内容を特定しなければならない判断しています。これは、営業秘密として法的保護を受ける場合にその内容の特定が必要であることと同じと考えられます。その理由は「ノウハウ」の法的保護を受ける場合には、当該「ノウハウ」が非公知であるか否かを判断する必要があるためでしょう。非公知であるか否かは、公知の情報との比較が必要になりますが、そもそもその内容が特定されていなければ比較もできません。このことは営業秘密と同様です。

なお、本事件は「原告は,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンのいかなる行為が「Aノウハウ」の不正使用に当たるのかについても具体的な主張をせず,上記1認定事実記載の内容を含む原告の陳述書(甲30)のほかには,証拠も提出しない。」とのように裁判所は判断し、棄却されています。

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2025年1月19日日曜日

判例紹介:転職者が持ち込んだ営業秘密を自社が使用したと判断された事件

転職者から持ち込まれた他社営業秘密を自社で使用して民事的責任を負う場合は、不競法第2条第1項第8号にある「その営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得」という要件が満たされた場合です。
この要件の判断がなされた事件が大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)の事件です。

本事件は、家電小売り業の株式会社エディオンの元部長経験者であるP1がリフォーム事業に関する商品仕入れ原価や粗利のデータ等の営業秘密を転職先であり競合他社である上新電機株式会社へ持ち出したものです。P1は、転職先である上新電機においてスマートライフ推進部部長等として、リフォーム関連商品の販売企画等の業務に従事しました。そして、P1はエディオンによって刑事告訴されその結果、懲役2年(執行猶予3年)、罰金100万円の有罪判決が確定しています。

また、P1が転職した上新電機は、P1から開示されたエディオンの営業秘密をリフォーム事業のために使用しました。このため、エディオンは、上新電機及びP1に対して民事訴訟を提起し、当該営業秘密の使用差止及び損害賠償を求めました。この結果、上新電気社による不競法第2条第1項第8号違反が認められ、当該営業秘密の一部の使用差し止め及び1815万円の損害賠償等が認められました。

上新電機による営業秘密侵害が認められるためには、上記のように不競法第2条第1項第8号にあるように、「その営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得」という要件を満たす必要があります。なお,P1が持ち込んだエディオンの営業秘密(本件各情報)には㊙マーク等が直接的に付されていなかったようです。


上記要件に対して、裁判所は以下のように判断しています。
イ 被告P1による本件各情報の被告会社に対する開示と被告会社による取得
(ア) 被告P1による開示
被告会社の共有データサーバ内のネットワークフォルダ(以下「被告会社共有フォルダ」という。)には,本件各情報のデータが保存されていた。被告P1がP1HDDを被告会社貸与パソコンに接続していたこと,被告会社共有フォルダにデータが保存された資料が大量であることなどからうかがわれるように,被告P1は,被告会社に対し,P1HDDに保存された全てのデータを被告会社共有フォルダに移すことにより,本件各情報を開示した。・・・
(イ) 被告会社による本件各情報の取得
被告会社は,被告P1が原告においてリフォーム事業に従事していたことを十分認識した上で,被告会社自らリフォーム事業を広く展開するに当たり,被告P1のリフォーム事業における知識経験を利用しようとしてその採用を決定し,その採用から間もない平成26年2月に,リフォーム事業を担当する部署としてスマートライフ推進部を設置し,被告P1をその部長とした。
また,被告会社共有フォルダには,●●本件各情報が多数保存されていたところ,上記スマートライフ推進部に所属する被告P1以外の被告会社従業員もその存在を認識しており,実際に部内の会議で資料として使用されることもあった。また,被告会社共有フォルダ上の本件各情報は,これらの従業員のほか,被告会社本社で勤務する従業員は,他の部署の者でも閲覧可能な状態に置かれていた。
被告会社共有フォルダに保存された本件各情報に含まれる●●は,その性質上,社外への開示が一切許されない情報であって,原告と競業関係にある被告会社は,これらの情報を見た時点で,被告P1が原告に対する秘密保持義務等に違反してそれらを被告会社に開示していることを容易に理解できたものであり,現に,被告P1から本件各情報に含まれる情報等を開示された被告会社従業員は,そのように理解した。
以上のような事情から理解されるように,被告会社は,被告P1の開示によって本件各情報を取得したところ,その際,被告P1による本件各情報の不正取得行為が介在したこともしくは被告P1による本件各情報の開示が不正開示行為であることを知り,又は重大な過失によりこれを知らないで,本件各情報を取得したものである。
上記の裁判所の判断によると、上新電機内ではP1が持ち込んだエディオンの営業秘密を上新電気の従業員がエディオン社の営業秘密として認識し、使用していたとのことです。このことは、他社営業秘密の不正使用の法的責任が上新電機の従業員に対して問われる行為であり、場合によっては上新電機の従業員が刑事罰を受ける可能性があったということでしょう。

なお、エディオン社は上新電機も刑事告訴したようですが、理由は定かではないものの上新電機は起訴猶予処分となっています。ここで、エディオンがP1を刑事告訴した時期が2014年8月であることを鑑みると、それと同時期にエディオンは上新電機を刑事告訴したと考えられます。すなわち、起訴猶予処分は、現在から10年以上前における検察の判断であり、現在の感覚に比べて営業秘密侵害に対する検察の認識が甘かったのかもしれません。
仮に、カッパ社が有罪判決のような現在の感覚で検察が判断すれば、上新電機は起訴猶予処分とはならずに起訴されて有罪判決となった可能性もあります。さらに、エディオンが上新電機の従業員も刑事告訴した場合には、上新電機の従業員も有罪判決となった可能性もあったでしょう。

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2024年12月23日月曜日

判例紹介:営業秘密としての非公知性や秘密保持誓約書

営業秘密でいうところの非公知性について判断した裁判例(大阪地裁令和 6年10月31日判決 事件番号:令5(ワ)2681号 ・ 令6(ワ)585号)を紹介します。

本事件の原告は、自社サイトにおいて自動車の車載関連用品を販売し、原告の完全子会社を通じて、本件各ECサイトにおいて、車載関連用品やアウトドア用品などを販売しています。被告会社は、原告の従業員であった被告P2が取締役であり、被告P1は被告会社の代表取締役です。なお、被告P2は原告を令和4年6月13日に解雇されています。
そして原告は、「被告P2が本件PC内に保存されていた原告の営業に関する複数の有用な秘密情報(本件複製情報)のデータを複製して自己のUSBメモリーに保存し、原告の運営情報管理システム内のチャットで一部の従業員に共有されていたECサイト運営会社から提供を受けた商品売れ筋に関わる資料データ(本件資料データ)をダウンロードし、本件アプリを利用して被告P1に送った。」と主張しました。

そして、本件複製情報及び本件資料データの具体的な中身と被告P2の行為として、裁判所は以下のことを認定しています。なお、下記の同月3日とは、被告P2が原告を解雇された令和4年6月3日です。
(3) 被告P2による情報の取得、提供等
ア 被告P2は、原告の情報管理システム内に保存されていた情報を本件PCのデスクトップ上に複製して保存し、同月3日、上記保存データを自身のUSBメモリーに複製して保存した。被告P2の複製した本件複製情報には、検品資料、製品本体シール、製品販売写真、ソフトウェアUI画面、製品パッケージデザイン、取扱説明書、構成Htmlプログラム、製品車両適合表、受注担当業務マニュアル関係などに関するデータが含まれていた。(甲9、72ないし92)
イ 被告P2は、令和4年6月9日の就業時間中、原告の運営情報管理システム内で共有されていた本件資料データをダウンロードし、被告P1に送信した。本件資料データは、Yahoo!ショッピングの運営者が、出品者である原告の要請に応じて提供した資料であり、当該サイトで「毎月の流通しているジャンルの資料」(3枚もの)として、同運営者担当者により原告社内に公開された。(甲10)
また、原告による情報管理体制として、以下のことが裁判所によって認定されており、このシステムで本館複製情報及び本件資料データを管理していたようです。なお、原告の従業員数は10名に満たないようです。また、本事件において裁判所は、この情報管理体制による秘密管理措置の適否は判断していません。
(2) 原告在職中の被告P2の業務及び原告の情報管理体制
被告P2は、原告において商品の仕入れ業務を担当し、日常的に、我が国のECサイトの売れ筋の確認、中国のECサイトでの類似商品のリサーチ、売上げを見込める商品に関する中国の物品販売業者との間の見積もり取得等を行っていた。被告P2は、上記仕入れ業務にあたり、原告の販売管理システムや情報管理システムにログインし、原告の仕入先や価格等の情報にアクセスしていた。
少なくとも令和4年6月当時、同システム内のファイル情報にはパスワード等のアクセス制限措置は講じられておらず、秘密情報であるとの明示もされていなかった上、原告の従業員は、上記各システムのID及びパスワードを入力すれば、外部端末からも同システムにログインすることができた。

また、原告と被告P2は、被告P2の入社時に秘密保持誓約書を締結しており、本件秘密保持誓約書には以下のことが記載されています。
私は貴社に入社するに際して、以下の事項を遵守することを誓約いたします。
1.秘密情報の取扱い
次に掲げる情報(以下、「秘密情報」)について、貴社の許可なく、使用、
貴社内あるいは、社外において、開示もしくは漏洩しません。
①技術上の情報、知的財産権に関する情報
②製品開発等の企画、技術資料、製造原価、価格等に関する情報
③人事上、財務上等に関する情報
④他社との業務提携、技術提携等、貴社の企業戦略上重要な情報
⑤顧客データ、個人情報
⑥貴社が秘密保持すべき対象として指定した情報
このような事実のもと、裁判所は原告が主張する営業秘密(本件複製情報、本件資料データ)について以下のように判断しています。
(2) 秘密保持義務違反について
ア 前記前提事実認定事実によると、被告P2は、本件複製情報を取得し、かつ、本件資料データを被告P1に提供したが、本件複製情報は、商品の検品資料、製品本体シールのデザイン、商品説明写真、パッケージデザイン、取扱説明書等の雑多なデータで構成されるもので、公知情報か公知情報から容易に製作できるデータと認められる上、これを、例えば、被告会社や被告P1らへ開示するなど、被告P2が具体的に使用したことを認めるに足りる証拠はない。また、本件資料データは、その内容を見てもECサイト運営者がある月のサイト内の流通分野をまとめた資料であり、出品者の要請に応じて一律に提供するものといえるから(乙11参照)、本件秘密保持誓約書所定の「秘密情報」に該当しない。
そうすると、被告P2の本件複製情報の取得及び本件資料データの提供について、秘密保持義務違反の債務不履行があったとはいえない。
このように、裁判所は、本件複製情報に対して非公知ではないとしてその営業秘密性を認めませんでした。本件複製情報が「商品の検品資料、製品本体シールのデザイン、商品説明写真、パッケージデザイン、取扱説明書等」で構成されているのであれば、裁判所の判断は妥当であるとも思われます。

一方で、本件資料データは、非公知の情報であると思いますが、本件秘密保持誓約書所定の「秘密情報」に該当しないと裁判所は判断しています。確かに、「ECサイト運営者がある月のサイト内の流通分野をまとめた資料であり、出品者の要請に応じて一律に提供する」情報である本件資料データは、上記秘密保持誓約書の秘密情報の①~⑤には含まれないように思えます。また、本件資料データは、「⑥貴社が秘密保持すべき対象として指定した情報」であるといえるかというと、原告の情報管理体制からすると明確には「秘密保持すべき対象として指定」はされていません。

なお、本件資料データは、ID及びパスワードの入力を必要とするシステムで管理されているため、秘密管理されているとの主張もできるかもしれません。しかしながら、これに対する反論として、上記システムでは公知の情報である本件複製情報も管理されていることから、「本件資料データにアクセス制限措置等がなされていないため、被告P2が本件資料データが秘密であることを認識でなかった。」と主張される可能性があり、このような反論を原告が覆すことは難しいようにも思えます。
一方で、原告は従業員が10名未満という小規模であるため、他の従業員が「本件資料データ」は秘密であるとの共通認識を有していることが証明できれば、当然、被告P2も「本件資料データ」が秘密であることを認識できていたとのような原告の主張も可能かもしれません。しかしながら、「ECサイト運営者がある月のサイト内の流通分野をまとめた資料であり、出品者の要請に応じて一律に提供する」情報である本件資料データを従業員が秘密であると認識していたとは考えにくいので、これも難しいでしょう。

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2024年12月12日木曜日

有用性及び非公知性を有する情報の法的保護<ノウハウ、営業秘密、特許>

法的保護を受けることができる情報とは何でしょうか。
法的保護を受ける情報であるためには、少なくとも有用性及び非公知性を有している必要があると考えられるでしょう。

すなわち、一般的に、ノウハウといわれるような自社以外で知られていない非公知の情報は法的保護を受けられる可能性があります。
その法的根拠は民法709条であり、具体的には、有用性及び非公知性のある情報をその保有者の許可を得ずに使用した結果、保有者に損害を与えた場合等、保有者は使用者から損害賠償という形で保護を受けることができると考えられます。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
しかしながら、ノウハウの法的保護としては、営業秘密や特許等のように使用の差し止めは認められないため、ノウハウの法的な保護範囲は限定的だと考えられます。

一方で、有用性及び非公知性を有する情報であって、さらに秘密管理措置が取られることで秘密管理性も有することとなると、それは営業秘密となります。
営業秘密は、不正競争防止法によって差止請求権、損害賠償、損害の額の推定等が定められています。すなわち、営業秘密の保有者は自身の営業秘密を不正使用等した者に対して、損害賠償だけでなく、差し止め請求等を行うことができます。さらに、営業秘密の不正使用等には、刑事罰も定められています。
このように、有用性及び非公知性のある情報を秘密管理という手間を加えることで、より強い保護を受けることができる情報になるといえるでしょう。

しかしながら、自社で営業秘密として管理している情報であっても、この営業秘密を他者(他社)が独自に創出して使用している場合には、この他者に対して法的措置をとることができません。すなわち、自社開発した技術情報を営業秘密としても、当該技術を独占できるわけではありません。

これに対して、非公知性を有する技術情報であれば、所定のフォーマットで特許出願することで特許の権利化ができる可能性があります。技術情報を特許とするためには、新規性(非公知性)だけでなく進歩性の要件も必要です。有用性については、技術情報であるので当然に満たしています。
技術情報を特許化できれば、他社が同じ技術を独自に開発して実施した場合でも、それが特許請求の範囲に記載されている技術範囲に含まれているのであれば、当該他者に対して権利行使が可能となります。すなわち、特許権者は、特許として技術を独占することができます。また、特許法には刑事罰も規定されています。
このように、同じ技術情報であっても、特許出願という手間を加え、さらに、特許庁での審査により特許権となれば、独占権(絶対的独占権)というより強い保護を得ることができます。なお、特許のように、技術情報を独占する手法としては例えば意匠権や実用新案権もあります。

一方で、特許権を得るための代償として、特許に係る技術を公開する必要があります。仮に特許出願をしても特許権を取得できなかったり、出願人が望む形で特許権を取得できなかったりした場合には、他者に対して不必要な技術情報の公開を行うことになり、結果的に他者を利する可能性があります。さらに、特許権は出願から基本的に20年を過ぎると、その権利が失われます。その結果、特許に係る技術は誰もが自由に実施することができるようになります。これらは、特許権という強い保護を得るというメリットに対するデメリットとなります。
なお、特許出願することでその技術情報が開示されると、当然その技術情報は非公知性を失っています。すなわち、特許出願した技術情報は基本的には営業秘密等に戻すことはできず、不可逆的な行為となります。

以上のように、情報が有用性及び非公知性を満たしてさえいれば、当該情報の不正使用による損害賠償請求程度であれば可能かもしれません。そして、同じ情報でも、適切な秘密管理措置を行うことで営業秘密としての保護を受けることができます。さらに、同じ情報が技術情報であり特許化できれば、より強い独占権を得ることができます。
このように、同じ情報(技術情報)であっても、より手間をかけることで、より強い保護を受けることができるといえるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信