2025年6月29日日曜日

XのAIであるGrockに知財戦略カスケードダウンについて聞いてみた。

筆者が提案している「知財戦略カスケードダウン」についてXのAIであるGrockに聞いてみました。

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「知財戦略カスケードダウン」とは、企業の事業利益の最大化を目指し、技術(発明)の独占と普及をコントロールするための戦略的アプローチです。この戦略は、特許出願による権利化だけでなく、営業秘密の活用や知財戦術を組み合わせ、競合他社の製品群や特許群を意識しながら、企業のビジネスを成功に導くことを目的としています。以下に、その概要とポイントを解説します。

1. 知財戦略カスケードダウンの概要
知財戦略カスケードダウンは、企業が知的財産(知財)を活用して競争優位性を確立するための体系的なプロセスです。このアプローチでは、以下のようなステップで知財戦略を展開します:
  • 事業目標の設定:企業の事業戦略や利益目標に基づき、知財活動の方向性を定める。
  • 技術の選別と保護方法の選択:技術を特許化するか、営業秘密として秘匿化するかを判断。競合他社の動向や市場環境を考慮し、適切な保護手段を選ぶ。
  • カスケードダウン(段階的展開):知財戦略を段階的に落とし込み、特許出願、営業秘密管理、ライセンス戦略などを組み合わせて実行。
  • 競合分析と戦術的対応:他社の特許や製品群を分析し、市場でのポジショニングや差別化を図る。
この戦略の特徴は、単なる特許取得に留まらず、営業秘密の活用や他社との競争環境を意識した柔軟な知財管理を行う点にあります。知財戦略カスケードダウンでは、知財を「市場の維持」や「他社参入の抑制」といったビジネス視点で捉え、戦略的に運用することを重視しています。
2. 特許と営業秘密のバランス
知財戦略カスケードダウンでは、知財戦略において特許出願と営業秘密の使い分けを強調しています:
  • 特許出願:技術を公開し、独占権を確保する。ただし、公開されるため他社による模倣リスクを完全に防げない場合がある。
  • 営業秘密:技術を非公開に保ち、競合他社に知られずに保護する。特に、リバースエンジニアリングされにくい技術や、特許化が難しいノウハウに適している。
このバランスを取ることで、企業は技術の独占と普及を最適化し、競争力を強化できます。
3. 実践例と応用
知財戦略カスケードダウンの実例として、以下のようなケースが挙げられます:
  • 他社製品・特許群の分析:競合の特許ポートフォリオや製品戦略を分析し、自社の知財戦略を調整。たとえば、競合の特許を回避しつつ、自社の技術を差別化する。
  • 三方一選択:特許、営業秘密、公開(ノウハウの無償公開)の3つの選択肢から最適なものを選ぶ戦略。たとえば、市場でのリーダーシップを確立するために一部の技術を公開し、業界標準化を狙うこともある。
4. 実務での活用
知財戦略カスケードダウンを以下のような場面で実践することが推奨されます:
  • 企業内部での知財管理:技術情報の秘匿化や特許化の判断基準を明確化し、社内プロセスに組み込む。
  • 競合との交渉:ライセンス契約や技術提携において、知財戦略を活用して有利なポジションを築く。
5. 意義とメリット
知財戦略カスケードダウンの主なメリットは以下の通りです:
  • 柔軟性:特許と営業秘密を状況に応じて使い分け、市場環境に適応。
  • 競争優位性の強化:他社の動向を踏まえた戦略により、市場での差別化を図る。
  • 事業利益の最大化:知財を単なる権利保護のツールではなく、事業戦略の「ビークル(運搬手段)」として活用し、収益向上につなげる。

結論
知財戦略カスケードダウンは、特許と営業秘密を戦略的に組み合わせ、競合環境を意識しながら事業利益を最大化するアプローチです。この戦略を通じて、企業が知財を単なる法務ツールではなく、市場競争の武器として活用することが提唱されています。実務では、競合分析や技術の選別を丁寧に行い、事業戦略との整合性を保つことが成功の鍵となります。


さらに、知財戦略カスケードダウンの問題点を聞いてみました。
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知財戦略カスケードダウンは、特許と営業秘密を組み合わせ、競合環境を意識した知財戦略を展開するものですが、実務での適用にはいくつかのハードルやリスクが存在します。
1. 実務運用の複雑さとリソース負担
  • 問題点: 知財戦略カスケードダウンは、競合他社の特許・製品群の分析、技術の選別(特許化か営業秘密か)、市場環境に応じた戦略の段階的展開など、高度な分析と判断を要求します。これには知財専門家だけでなく、事業部門や技術部門との密な連携が必要です。
    • 特に中小企業では、知財専任の人材や予算が不足している場合が多く、戦略の実行に必要なリソースを確保することが難しい。
  • 影響: 戦略の立案や実行が不十分だと、競合に対する優位性を確保できず、知財戦略の効果が半減するリスクがある。
  • : 競合の特許ポートフォリオ分析には特許調査ツールや専門家のスキルが必要だが、これらを導入できない企業では戦略の精度が低下する。
2. 営業秘密管理の難しさ
  • 問題点: 知財戦略カスケードダウンでは、営業秘密の活用が重要な要素だが、営業秘密の保護には「秘密管理性」の立証が求められます(日本の不正競争防止法では、情報が秘密として管理されていることが保護の条件)。
    • 適切な秘密管理措置(アクセス制限、内部規定、社員教育など)を怠ると、営業秘密として保護されないリスクがある。
    • また、従業員の退職や情報漏洩により、営業秘密が失われる可能性がある。
  • 影響: 営業秘密に依存しすぎた場合、漏洩リスクや管理コストが増大し、特許化を選択した場合と比べて保護の安定性が低下する。
3. 競合環境の変化への対応の難しさ
  • 問題点: 知財戦略カスケードダウンは、競合他社の特許や製品群を分析し、市場でのポジショニングを意識する戦略だが、市場や技術の変化が速い業界(例: IT、AI、バイオテクノロジー)では、戦略の前提が短期間で陳腐化する可能性がある。
    • 競合の新技術や特許出願の動向を継続的にモニタリングする必要があり、これには時間とコストがかかる。
  • 影響: モニタリングが不十分だと、他社の特許に抵触するリスクや、市場での差別化が失敗する可能性が高まる。
  • : 競合が予期せぬ特許を取得した場合、自社の技術が制限を受ける(例: 特許侵害訴訟)可能性がある。
4. 特許と営業秘密の選択ミスのリスク
  • 問題点: 技術を特許化するか営業秘密にするかの判断が難しい。特に、リバースエンジニアリングされやすい技術を営業秘密として保護しようとすると、競合に模倣されるリスクが高まる。一方、特許化した場合、技術情報が公開され、他社による回避策の開発を誘発する可能性がある。
  • 影響: 誤った選択は、技術の独占や市場競争力の低下を招く。たとえば、特許化すべき技術を営業秘密にした場合、競合に模倣され、市場シェアを失う可能性がある。
  • : ある企業がコア技術を営業秘密として保護したが、製品の市場投入後にリバースエンジニアリングされ、競合他社に類似技術を開発されたケース。
5. 組織内での戦略浸透の難しさ
  • 問題点: 知財戦略カスケードダウンは、知財部門だけでなく、経営層、技術部門、営業部門など企業全体の協力が必要。しかし、知財の重要性に対する理解が不足している場合、戦略の実行が形骸化する。
    • 特に、技術者や経営層が知財戦略の価値を理解していない場合、適切な技術情報の提供や戦略へのコミットメントが得られない。
  • 影響: 部門間の連携不足により、知財戦略が事業戦略と乖離し、期待したビジネス成果を上げられない。
  • : 技術部門が特許出願に必要な情報を十分に提供しない場合、特許の質が低下し、競合に対する抑止力が弱まる。
6. 法的リスクとコスト
  • 問題点: 特許出願や営業秘密の管理には、特許庁への出願費用、維持費用、訴訟リスク、秘密管理のためのシステム投資など、コストがかかる。特に、国際展開を視野に入れる場合、複数国での特許出願や法務対応が必要となり、コストが膨大になる。
    • また、特許侵害訴訟や営業秘密の不正使用訴訟が発生した場合、訴訟費用や時間的負担が大きくなる。
  • 影響: コストとリターンのバランスが取れない場合、知財戦略の費用対効果が低下する。
  • : 特許を取得したが、市場での活用が不十分で維持費用だけがかさむケースや、営業秘密の漏洩訴訟で秘密管理性の立証に失敗するケース。
7. 業界や企業規模による適用限界
  • 問題点: 知財戦略カスケードダウンは、大企業や知財リソースが豊富な企業に適しているが、中小企業やスタートアップでは、戦略の実行に必要な知見や資金が不足しがち。
    • また、業界によって知財の重要性が異なる(例: 製薬業界では特許が重要、ソフトウェア業界では営業秘密やオープンソースが重視される場合がある)ため、すべての業界に一律に適用するのは難しい。
  • 影響: 業界特性や企業規模を無視した戦略適用は、効果が限定的になるか、逆にリソースを浪費する。
  • : 中小企業が競合分析に十分なリソースを割けず、戦略が表面的になる場合。
8. 公開戦略のリスク
  • 問題点: 「公開(技術の無償公開)」は、業界標準化や競合の参入障壁低下を狙う戦略だが、公開した技術が競合に利用され、自社の競争力が低下するリスクがある。
    • 公開のタイミングや範囲を誤ると、自社の技術優位性が失われる。
  • 影響: 市場でのリーダーシップを確立できず、逆に競合に市場を奪われる可能性がある。
  • : 技術を公開して標準化を狙ったが、競合が改良技術を特許化し、市場を支配したケース。
結論
知財戦略カスケードダウンは、特許と営業秘密を戦略的に活用し、事業利益を最大化する優れたフレームワークですが、以下のような問題点が実務での課題となります:
  1. 複雑な実務運用とリソース負担
  2. 営業秘密管理の難しさと漏洩リスク
  3. 競合環境の変化への対応の難しさ
  4. 特許と営業秘密の選択ミスのリスク
  5. 組織内での戦略浸透の難しさ
  6. 法的リスクとコスト負担
  7. 業界や企業規模による適用限界
  8. 公開戦略のリスク
これらの問題を克服するには、企業規模や業界特性に応じたカスタマイズ、知財専門家との連携、継続的な市場・競合分析、社内教育の強化が不可欠です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年6月23日月曜日

判例紹介:業務に必要なファイルを退職時に故意に削除した場合

営業秘密の侵害ではないものの、情報の財産的価値を裁判所が認めた事件(徳島地裁令和7年1月16日判決(事件番号: 令和5(ワ)38号))を紹介します。
この事件は、原告の元従業員である被告Aが原告を退職する際、故意に原告の管理するサーバー内に保存された業務に必要な電子ファイルを削除したとして、被告Aに対して不法行為に基づく損害賠償が求められたというものです。また、身元保証契約に基づく保証債務の履行として被告Aの妻と被告Aの母も被告となっています。
判決は、被告らに対して連帯して577万4212円の損害賠償が認められています。

原告は、半導体及び関連材料、部品、応用製品の製造、販売並びに研究開発等を目的とし、青色半導体レーザー分野では大きな世界シェアを有している会社です。被告Aは、令和元年9月2日に原告に入社し、レーザーダイオード(LD)開発部門の金属加工用レーザー光源開発業務等に携わっていました。
被告Aは、令和3年7月31日に原告を退職しました。この際、被告Aは、6月29日に本件研究所において使用されている本件共有サーバーに保存されていた特定のフォルダのファイル及び本件プログラム自体を削除するプログラムをバッチファイルで作成しました。そして、被告Aは、同日、自宅のパソコンから本件研究所内の共有パソコンにリモート接続し、共有パソコンに本件プログラムを設定した上で、7月31日に本件プログラムが起動するよう設定しました。その結果、7月31日に本件プログラムが起動し、本件共有サーバーに保存されたフォルダ内のファイル及び本件プログラムが削除されました。

原告が主張する削除されたファイルは、以下です。被告Aは原告に在籍していた間に行った業務の成果物のほとんどを故意に消滅させて退職したと原告は主張しており、 一見して装置の開発等に必要なデータであることがわかります。

関連する業務:ファイルの内容 
本件業務①: ➊加工実験装置の操作手順書、❷装置稼働用ソフトウェア関連資料、❸部品関連資料、❹加工実験データ、❺加工デモルーム資料 
本件業務② :➊レーザー光源装置の操作手順書、❷測定器稼働用ソフトウェア関連資料、❸部品関連資料、❹実験データ 
本件業務③ :➊高出力レーザー光源の特性確認用実験装置の資料、❷光ファイバー関連資料 
本件業務④ :➊レーザー光源装置の使用方法、加工手順の作業手順書、❷社外受講のレーザー安全スクールの受講内容まとめ、❸レーザー加工技術書籍内容のまとめ


このような被告の行為に対して裁判所は以下のように判断しています。
本件各ファイルは、被告Aが原告の業務に従事する過程で作成し、原告の管理する本件共有サーバー内に保存していたものであるから、本件各ファイルに関する利益は、削除されたファイルの財産的価値を否定すべき特段の事情がない限り、原告の法律上保護される利益であったということができ、そのような原告の法律上保護される利益を、原告の同意なく滅失させた行為には不法行為が成立し得る。
一方で、被告は「ⅰ被告Aが上司から引き継ぐよう指示を受けていたファイルは、本件ファイル①-➊の操作手順書及び本件業務④のファイルの一部であり、これら以外のファイルについては引継不要とされていたから、削除しても原告の法律上保護される利益を侵害したとはいえない」とも主張しています。
これに対して裁判所は、上記の引継不要とされたことを認めつつも、以下のように判断しています。
しかしながら、本件証拠から認定できる事実関係に照らせば、引継相手を指定されなかったということをもって、ファイルを削除することにつき原告の同意があった又はファイルが原告にとって財産的価値のないものであったということはできない。 
すなわち、本件業務①関連のFθレンズは、・・・本件装置の財産的価値を高めるものであったから、本件ファイル①-❸にも財産的価値があったといえる。このような価値のあるファイルを削除することに原告が同意したとは考え難く、他に原告による同意を示す証拠もない。なお、被告Aは、・・・被告Aの退職後も本件装置が原告で使用される予定であることを認識していたと認められ、本件ファイル①-❸が不要である又は削除してもよいと誤信していたとも認め難い。 
また、本件業務②関連の平行度測定器(本件測定器)は、・・・原告の従業員等により本件測定器が利用されることは容易に想定されるものであった。このような本件測定器に関する資料(本件ファイル②-❷ないし❹)の削除に原告が同意することは考え難く、他に原告による同意を示す証拠もない。なお、被告Aは、本件業務③に携わり、本件プロジェクト等で本件測定器が利用されていることを認識していたのだから、本件測定器及びそれに関する資料が原告にとって不要である又は削除してもよいと誤信したとは認められない。 
また、被告らは「ⅱ本件ファイル①-❷及び本件ファイル②-❷のソフトウェア関連資料は、商用利用できない統合開発環境を用いて作成したものであり、原告において使用すれば原告や被告Aが莫大な損害賠償義務を負いかねないようなものであったから、原告にとって財産的価値のないものであった」とも主張しています。
これに対して裁判所は、本件ソフトウェア②は被告らの主張するとおりライセンス規約上、原告において商用利用することができない統合開発環境を用いて開発されたことを認めつつも、以下のように判断しています。
もっとも、ライセンス規約に違反して開発されたソフトウェアであったとしても、原告が正規のライセンスを取得した上で、本件ソフトウェア②のコードを転記、修正したソフトウェアを再開発することは可能であったから、本件ソフトウェア②に財産的価値がなかったということはできない(・・・)。したがって、本件ソフトウェア②にライセンス上の問題があり、同ソフトウェアの利用方法次第では将来的に原告や被告Aに対する損害賠償請求がされる危険性を含んでいたとしても、被告Aが上司らに無断で本件ソフトウェア②の関連資料を削除することは原告の利益を侵害するものと評価せざるを得ない。 
他方で、本件ソフトウェア①は、被告Aが統合開発環境を利用した当時のライセンス規約においても原告における商用利用が禁止されていたとまでは認められない(認定事実⑶ア、オ及び前記2⑵ア)。仮に本件ソフトウェア①の開発後にライセンス規約が変更されたとしても、遡及的に商用利用が禁止されるとは考え難く、本件ソフトウェア①の財産的価値に影響を及ぼすものではない。・・・
以上のようなことから、裁判所は「被告Aが本件プログラムにより本件各ファイルを削除し
た行為は、原告の法律上保護される利益を侵害したものであるということができる。」と判断しています。

ここで、前職企業の退職時に財産的価値のあるデータを同意なく故意に削除することは、営業秘密侵害でいうところの「保有者に損害を与える目的」に該当するとも考えられますが、「削除」は「公開」や「使用」には含まれないので、仮に削除したデータが営業秘密であったとしても、営業秘密侵害とはなりません。また、このような行為は「事業者間の公正な競争」を妨げるものであるかというと、直接的にはそうではないようにも思えます。
しかしながら、財産的価値のある情報を法的に守るべく、このような行為に対する法的な整備が必要かもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年6月15日日曜日

判例紹介:産総研の刑事事件 「営業秘密を保有者から示された」について

不正競争防止法の第2条第1項第7号には営業秘密に関する不正競争行為として、下記のように規定されています。

第2条第1項第7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為

この条文を素直に解釈すると、不正の利益を得る目的等のために使用等してはいけない営業秘密は、「営業秘密保有者(会社)から示された営業秘密(情報)」ということになります。そうすると、自身が作成して会社に示した情報は会社から示された情報ではないので、不正使用の対象とはならないという解釈もあるでしょう。
例えば、業務として従業員が創作した発明は、外形的には従業員から会社に示すものであり、会社から発明を捜索した従業員に示された情報ではありません。
また、発明は、従業員から会社に示されるまで、外形的には会社は当該発明を秘密管理することはできません。

上記秘密管理の件については、前回のブログ記事で紹介した刑事事件判決(東京地裁令和7年2月25日判決 事件番号:令5(特わ)1278号)では、「産総研法及び規則は、産総研職員に対し、職務上得られた秘密に関する守秘義務を定め、成果物規程は、全ての研究成果物等について秘密保持義務を定め、各職員において研究成果物等を秘密として厳重に管理すべきこと、公表したり第三者に提供したりする場合には産総研の承認が必要であることなどを明記している。」として、㊙マーク等のない発明に関しても産総研による秘密管理措置が認められています。

一方で、 「営業秘密を保有者から示された」については、秘密管理性とは直接的な関係はなく、秘密管理性を満たしたからと言って「営業秘密を保有者から示された」との要件を満たすものではありません。
上記事件では、営業秘密(本件ノウハウ)は、被告人が創作したものではなく、被告人が受入責任者となって契約職員として産総研で雇用されたDから被告人に対してメールで提供されているものの、産総研には報告されていません。したがって、外形的には、被告人は本件ノウハウを産総研から示された者にはなりません。
これに対して、裁判所は以下のように判断しています。
・・・一般に、営業秘密に当たる研究成果物等は産総研との雇用契約に基づき適用される成果物規程により原始的に産総研に帰属するから、当該研究成果物等の発生を職務上認識していればその職員は「営業秘密を保有者から示された者」に当たる・・・

上記裁判所の判断によると、「成果物規程により原始的に産総研に帰属」とあるので、この成果物規定がどのようなものであるかが気になるところです。判決文によると、成果物規定(研究成果物取扱規定)では下記のような記載があるようです。
研究成果物等取扱規程(以下「成果物規程」という。)3条1項で「研究成果物等」を「論文、報告等としてまとめられるもの」(同項1号)、「研究によって又は研究を行う過程で得られたデータ、試薬、試料、実験動物、化学物質、菌株、試作品、実験装置及びソフトウェア」(同項2号)等と定義しており、研究成果物等は「特段の登録等を必要とせず、発生した段階で研究成果物等として取り扱う」(4条)、「職員等によって研究所において職務上得られた研究成果物等は、特段の定めのない限り、研究所に帰属する」(5条1項)ものとしていた。
そして裁判所は本件ノウハウの「帰属」について下記のように判断しています。
これらの定めの目的・趣旨によれば、成果物規程5条1項は産総研に帰属する研究成果物等の範囲に産総研の施設で行われたものに限るとの場所的限定を付したとは考えられないから、兼業等が許されない限り、産総研の職員が職務上の研究により得た研究成果物等は基本的に産総研に帰属すると解される。殊に、産総研の施設及び機器を用いて行った研究は、目的外使用禁止の上記規程と相まって、職員等によって職務上得られた研究成果物等に例外なく該当することになると考えられる。そして、当該研究成果物等は発生した時点で当然に産総研に帰属するから、産総研職員が職務上得た研究成果物等が当該職員に帰属する余地はないといえる。
以上の前提に従えば、本件ノウハウは、被告人の研究業務を補助するために産総研に雇用された契約職員であるDが被告人に提供したものであるから、Dの産総研における研究によって職務上得られた研究成果物等であると通常は考えられる。
このように、裁判所は、研究成果物が産総研に帰属することは被告人も認識していたはずであるから、研究成果物が創作された時点で当該研究成果物は産総研から被告人に示されたことになる、と判断しているようです。すなわち、裁判所は、「営業秘密を保有者から示された」を実際に「示された」か否かで判断するのではなく、規定等による産総研での取り決めに基づいて「帰属」と共に判断していると考えられます。
このように判断しないと、業務として発明を創出しても会社(上記判例では産総研)に報告しなければ、当該発明は会社から示されたものとはならず自由に使用できることとなるため、妥当とも考えられるでしょう。
しかしながら、このような判断を可能とするためには、会社は上記成果物規定のような規定を予め作成し、研修等によってそれを従業員に認知させる必要があると思えます。仮に、上記成果物規定のような取り決めもなく、研究成果物が会社の帰属となるという研修を従業員に対して行っていなければ、従業員が職務として創出した発明を会社に報告せずに他社等で使用してもそれは営業秘密侵害とはならない可能性もあるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信