2017年7月18日火曜日

営業秘密の3要件:有用性-特許との関係- その2 

営業秘密の3要件の一つである有用性について気になる判例をもう一つ。

なお、本記事は、私がパテントに寄稿した「営業秘密における有用性と非公知性について」(パテントvol.70 No.4,p112-p122(2017) を一部抜粋したものを含みます。

錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)を紹介します。
この判決において裁判所は、「原告ら代表者は、陳述書(甲20)において、本件合金の有用性を説明するが、本件合金がその説明に係る効果を有することは、客観的に確認されるべきものであり、関係者の陳述のみによって直ちにそれを認めることはできない。」と判断しています。
すなわち、この事例において、裁判所は、技術情報の有用性を示す効果は客観的に確認される必要があるとし、前回のブログで紹介した発熱セメント体事件ほど明確ではないものの、特許における進歩性の判断と同様の判断を行っているとも解されます。

なお、営業秘密管理指針において「「有用性」が認められるためには、その情報が客観的にみて、事業活動にとって有用であることが必要である。」とのように、有用性に対して客観性を求める記載があります。この点に関して、錫合金組成事件における裁判所の判断は、営業秘密管理指針における有用性の説明と一致していると考えられ、錫合金組成事件は、技術情報に係る営業秘密の有用性判断について重要な事例であるとも思われます。


ここからは私見ですが、営業秘密における有用性の判断は、このような判断でよいのでしょうか?

ここで、経営情報である顧客情報の有用性を判断するにあたり、営業秘密における有用性と非公知性について裁判所は、その顧客情報が非公知であれば、原告がその効果(例えば、その顧客情報を用いたことによる売り上げの増加等)を客観的に確認できる証拠の提出を求めることもなく、経済的に有用であると判断している割合が高いようです。

換言すると、顧客情報の有用性については原告の主観が認められ易いとも考えられます。
他方、錫合金組成事件における技術情報に係る裁判所の判断は、関係者の陳述のみによって有用性を認めることなく、その効果が客観的に確認される証拠の提出がなければ有用性を認めないとしており、顧客情報(経営情報)に対する有用性の判断との間で整合性が取れていないとも思えます。このように、技術情報の効果(効果)について、客観的に確認されるべきものとすることは、特許における進歩性の判断にも類するものと考えられ、技術情報を営業秘密と認めるにあたり、ハードルを高くすることとなり得るのではないでしょうか。

例えば、その効果を客観的に確認することが難しいために、拒絶される可能性を考慮して特許出願を選択せずに、敢えて営業秘密として管理する技術情報も当然あると考えられます。営業秘密として認められるために効果が客観的に確認される必要があるのならば、このような理由で秘密とされた技術情報は営業秘密として認められない可能性があります。

また、企業が営業秘密として管理する技術情報の中には、例えば、技術開発の途中であるために、技術者が主観的には効果がありそうだとしながらも、その効果を客観的に確認できる状態にまで至っていないものも当然あると考えられます。
すなわち、未完成の技術であって、さらなる研究開発によって顕著な効果が期待できるものの、未だその効果が明確に得られるものとなっていない技術情報も営業秘密として守られるべきではないでしょうか。しかしながら、効果が客観的に確認されるものを営業秘密として保護の対象とする技術情報であるとされると、上記のような技術情報も営業秘密として守られないこととなります。

さらに、経営情報との整合性を満たすのであれば、逆に、顧客情報についても、原告はその効果を客観的に確認できる証拠を提出するべきであろうし、そうであるならば被告は、原告から取得した顧客情報を用いても、新たな顧客の獲得や売り上げの増加を得られなかったとして、取得した顧客情報の有用性を争うことも可能になるとも考えられます。このように、顧客情報等の経営情報についてその効果の客観性を厳密に求めると、顧客情報が営業秘密として守られない場合が生じると考えられます。
このようなことから、技術情報に関しても経営情報と同様に、その有用性は客観性を厳密に求めることとせずに、その効果を明確に否定でき得るような証拠がない限り、その効果が関係者の陳述等の主観的なものであっても認めるべきではないでしょうか。

2017年7月16日日曜日

営業秘密の3要件:有用性 -特許との関係-

次は、営業秘密の3要件の一つである有用性についてです。

営業秘密は、3要件とは下記の通りです。
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
③公然と知られていないこと(非公知性)

なお、本記事は、私がパテントに寄稿した「営業秘密における有用性と非公知性について」(パテントvol.70 No.4,p112-p122(2017) を一部抜粋したものを含みます。

有用性について、営業秘密管理指針では「その情報が客観的にみて、事業活動にとって有用であることが必要である。」とされ、さらに「秘密管理性、非公知性要件を満たす情報は、有用性が認められることが通常であり、また、現に事業活動に使用・利用されていることを要するものではない。」とあるように、秘密管理性と非公知性を満たしていれば、比較的認められやすいと考えられます。

また、営業秘密管理指針では「当業者であれば、公知の情報を組み合わせることによって容易に当該営業秘密を作出することができる場合であっても、有用性が失われることはない(特許制度における「進歩性」概念とは無関係)。」とされています。このことは、技術情報を営業秘密として守る場合には、重要な知見でもあると考えられます。

しかしながら、実際の判例では有用性の判断として、特許における進歩性と同様の判断を行った事例があります。



平成20 年の判決であり、営業秘密管理指針の全部改訂よりも前の判決であるものの、発熱セメント体事件(大阪地裁平成20年11月4日判決)です。
この事例において裁判所は、原告が主張する技術情報に対して、証拠として挙げられた公開特許公報に記載の技術よりも「特段の優れた作用効果を奏する」ことを求めて「特段の優れた作用効果を奏すると認めるに足りる証拠はない。」と判断したり「当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。」と判断しています。この判断は、公開特許公報に基づいて、さながら、特許における進歩性の判断と同様の判断とも解されます。
このような裁判所の判断は、営業秘密管理指針で述べられている「当業者であれば、公知の情報を組み合わせることによって容易に当該営業秘密を作出することができる場合であっても、有用性が失われることはない(特許制度における「進歩性」概念とは無関係)。」とは相反するものであると考えられます。

発熱セメント体事件のように、技術情報に対して公知技術よりも特段の優れた作用効果を求めることは、技術情報を営業秘密とすることに対してハードルを高いものとする可能性があると考えます。
例えば、企業において特許出願をするにあたり、ある技術の上位概念を明細書に記載する一方で、公開により他社に使用されることを恐れてその技術に関する具体的な数値等はノウハウとして秘匿することが一般的に行われています。しかしながら、発熱セメント体事件のような有用性の判断がされると、自社の公開特許公報に記載された技術に対して特段の作用効果を示さない限り、上記ノウハウを営業秘密として守ることができない事態に陥る可能性があります。

そもそも、上記ノウハウとして秘匿する数値は、それを明細書に記載したところで単なる設計事項と判断され、進歩性を高める可能性が低いこともあり、不要な開示となるために明細書に記載しない場合が多いものです。そうであるならば、上記ノウハウは、公開された特許公報に記載の技術内容に対して、特段の作用効果を奏するものとはなり難いものです。
そして、当該ノウハウを秘密管理していたとしても、競合他社に転職した元従業員が持ち出して競合他社で使用されたとしても有用性が認められない場合には、ノウハウとして秘匿していた企業は営業秘密に基づく差止請求や損害賠償請求が行えないことになります。

すなわち、有用性に対して発熱セメント体事件のような判断が今後もなされるのであれば、上記のように明細書に記載しなかったノウハウを営業秘密として守れないこととになります。もしそうであれば、昨今の営業秘密に対する厳罰化等の流れに反することにもなります。
このようなことから、裁判所における有用性の判断においては、営業秘密管理指針にあるように「当業者であれば、公知の情報を組み合わせることによって容易に当該営業秘密を作出することができる場合であっても、有用性が失われることはない(特許制度における「進歩性」概念とは無関係)。」と同様の判断がなされるべきと考えます。

2017年7月13日木曜日

営業秘密の3要件 秘密管理性

営業秘密の3要件の一つである秘密管理性について書いてみようと思います。

なお、営業秘密は、3要件とは下記の通りです。
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
③公然と知られていないこと(非公知性)

裁判において営業秘密であるか否かは、営業秘密とする情報が特定できれば、まず、その情報が秘密管理されていたか否かが判断される場合が多いです。

営業秘密管理指針では秘密管理性の程度として「秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある。・・・従業員がそれを一般的に、かつ容易に認識できる程度のものである必要がある。」とされています。

さらに、営業秘密管理指針には「秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業が当該情報を秘密であると単に主観的に認識しているだけでは不十分である。すなわち、営業秘密保有企業の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって、従業員に明確に示され、結果として、従業員が当該秘密管理意思を容易に認識できる(換言すれば、認識可能性が確保される)必要がある。取引相手先に対する秘密管理意思の明示についても、基本的には、対従業員と同様に考えることができる。」とされています。




すなわち、秘密管理性が認められるためには、“従業員や取引相手先等がその情報が営業秘密であると認識できる態様で管理されていればよい。”とされ、例えば、アクセス制限がされることをもって秘密管理性を認めるといったような具体的な要件や客観的に秘密管理性を有していないといけないということは、営業秘密管理指針で規定されていません。
さらに、営業秘密管理指針では具体的に必要な秘密管理措置の内容・程度は、企業の規模、業態、従業員の職務、情報の性質その他の事情の如何によって異なるものであり」と記載されています。このことは、企業の規模等により、 様々な管理方法が認められると考えられます。

要するに、営業秘密管理指針では「秘密にすることを従業員や取引者が感じるように管理されている情報」が秘密管理されている情報であると私は理解しています。
これらの記載が27年に改正された営業秘密管理指針の大きな特徴であり、裁判所も同様の判断を行った場合には、これまでよりも営業秘密として認められる情報の裾野が広がる可能性があると私は思います。

 しかしながら、このことは秘密管理性を認めるための法的要件であり、法的に秘密管理性が認められる管理をしているからといって、営業秘密が漏えいしないわけではありません。
実際には、アクセス制限やパスワード管理、施錠管理等を行わないと、営業秘密の漏えい防止には至りません。
秘密管理性の法的要件と、営業秘密の漏えい防止とは当然リンクするものですが、「最低限の秘密管理性の法的要件=営業秘密の漏えい防止」ではないことを理解する必要があるかと思います。

なお、とても秘密管理するべきとは思えない情報まで、何でもかんでも秘密管理することは禁物です。
そのようなことをしてしまうと、秘密管理措置の形骸化をまねき、逆に従業員等が何を秘密管理されているのか認識できなくなり、秘密管理性が認められにくくなる可能性があります。
実際、機械的にどんな情報にでも㊙マークを付けたりする企業はあります。
そのような企業は要注意です。