2018年4月26日木曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その3

技術情報を営業秘密(不正競争防止法2条6項)とした場合において秘密管理性が認められた判例のうち、特徴的なものを紹介しています。

過去のブログ記事
ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その1
ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その2

今回は、顧客に納品済みのソフトウェアの秘密管理性を認めたFull Functionソフトウェア事件(大阪地裁平成25年7月16日判決)を紹介します。
なお、本判決では原告が営業秘密であると主張する本件ソースコードの秘密管理性を肯定しているものの「原告の、被告らが本件ソースコードを開示、使用して不正競争行為を行ったとする主張は、理由がない。」として原告の請求は全て棄却されています。

本判決では、裁判所が「原告は、原告ソフトウェアを顧客に納品する際、ソースコード、データベースともに非公開を原則とし、データベース領域のみ、秘密保持契約を前提に、開示に応じていた。また、原告ソフトウェアのバージョン8までは、客先で開発環境を起動する際のパスワード設定の扱いは区々であったが、バージョン9以降、原則として開発環境には顧客には開示しないパスワードによる起動の制御を行っていた。」とのようにまず事実認定をしました。


裁判所は、このように事実認定をしたうえで「一般に、商用ソフトウェアにおいては、コンパイルした実行形式のみを配布したり、ソースコードを顧客の稼働環境に納品しても、これを開示しない措置をとったりすることが多く、原告も、少なくとも原告ソフトウェアのバージョン9以降について、このような措置をとっていたものと認められる。そうして、このような販売形態を取っているソフトウェアの開発においては、通常、開発者にとって、ソースコードは営業秘密に該当すると認識されていると考えられる。前記1に認定したところによれば、本件ソースコードの管理は必ずしも厳密であったとはいえないが、このようなソフトウェア開発に携わる者の一般的理解として、本件ソースコードを正当な理由なく第三者に開示してはならないことは当然に認識していたものと考えられるから、本件ソースコードについて、その秘密管理性を一応肯定することができる。」(下線は筆者による)とのように、本件ソースコードの秘密管理性を認めました。

本判決では「原告は、原告ソフトウェアを顧客に納品する際、ソースコード、データベースともに非公開を原則とし、データベース領域のみ、秘密保持契約を前提に、開示に応じていた。」と認定しましたが、実際には原告と被告との間で秘密保持契約が結ばれていたようではなく、裁判所は、その業界における一般的理解によって、被告がソースコードを正当な理由なく第三者に開示してはならないことを認識していたと考えられることを重視し、本件ソースコードの秘密管理性を認めたと考えられます。

一方、本判決では「もっとも、肯定できる部分は、少なくともバージョン9以降のものであるところ、原告はそのような特定はしていないし、また、ソフトウェアのバージョンアップは、前のバージョンを前提にされることも多いから、厳密には、秘密管理性が維持されていなかった以前のバージョンの影響も本来考慮されなければならない。」とも述べています。

このことから、本判決では、過去に秘密管理されていないと認められるバージョンのソフトウェアに関する部分に対しては、バージョンアップしたソフトウェアに対して秘密管理措置を行ったとしても秘密管理性は認められないと考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年4月20日金曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その2

技術情報を営業秘密(不正競争防止法2条6項)とした場合において秘密管理性が認められた判例のうち、特徴的なものを紹介しています。

過去のブログ記事
ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その1

今回は、コエンザイムQ10である本件生産菌が営業秘密である原告が主張した生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決 平成18年(ワ)第29160号)です。

本事件では、被告は「コエンザイムQ10研究者以外の原告の従業員であっても、本件生産菌Aに容易に触れる機会があり、また、本件生産菌Aが保管されている冷凍庫に内容物が秘密であることの表示がないことなどから、それが秘密であることを認識できる状況にはなく、本件生産菌Aは秘密として管理されているとはいえない」と主張しました。

しかしながら、裁判所は「前記ア(オ)で認定した本件生産菌Aの管理状況からすれば、大仁医薬工場の従業員以外の者が、本件生産菌Aにアクセスすることは考え難く、他方、同工場の従業員であれば、上記のような表示の有無にかかわらず、本件生産菌Aが原告の秘密であることを認識し得たというべきである。」とのように本件生産菌Aに対する原告の秘密管理性を認めました。
この「ア(オ)で認定した本件生産菌Aの管理状況」とは以下に示すa~eのようなものです。


a 本件生産菌Aの種菌は、平成16年3月までは、大仁医薬工場の品質管理棟1階フリーザー室にある施錠可能な冷凍庫に保管され、同年4月以降は,同工場の共同第2ビル1階発酵研究室実験室奥の通路及び移植室内にあるいずれも施錠可能な2台の冷凍庫に保管されている。

b 平成16年3月までの保管場所であった品質管理棟1階フリーザー室は,無菌室内にあり、同室内に入るには,専用の白衣、履き物に着替えてエアーシャワーを浴びなければならないため、同室内に入室できるのは、原則として、大仁医薬工場に勤務するコエンザイムQ10研究者に限られていた。無菌室は、同室内にコエンザイムQ10研究者がいない場合には施錠されていた。品質管理棟の建物には、2か所の出入口があるが、いずれも夜間は施錠されていた。品質管理棟の建物がある区域は周囲が塀で囲まれており、同区域への出入口は1か所のみで、その門は常時施錠され、カードキーで解錠しなければ入場できない。また、当該出入口には監視カメラが設置され、守衛室において常時監視されている。

c 平成16年4月以降の保管場所である共同第2ビル1階発酵研究室実験室奥の通路及び移植室には、発酵研究室実験室の中を通らなければ行くことができず、そこに立ち入ることができるのは、原則として,コエンザイムQ10研究者に限られている。発酵研究室実験室の出入口は、コエンザイムQ10研究者が退出する際に施錠されている。共同第2ビルの建物には、2か所の出入口があるが、いずれも夜間は施錠されている。共同第2ビルの建物がある区域は周囲が塀で囲まれており、同区域への出入口は4か所あるが、このうち、正門を含む2か所は守衛が監視しており、関係者以外の者は目的と行き先をカードに記載しなければ入場できず、他の2か所の出入口は常時施錠されている。また、4か所の出入口には監視カメラが設置され、守衛室において常時監視されている。

d 本件生産菌Aの種菌が保管場所の冷凍庫から持ち出される場合の管理状況は,次のとおりである。コエンザイムQ10研究者が、本件生産菌Aの種菌を研究のために使用する場合は、コエンザイムQ10研究者自身が保管場所の冷凍庫から種菌を取り出して使用することとなるが、これらの研究が行われるのは、平成16年3月までは品質管理棟1階の研究課及びFCプラントのパイロット工場、それ以降はFCプラントのパイロット工場及び共同第2ビル1階の発酵研究室実験室であり、それ以外の場所に持ち出されることはない。コエンザイムQ10製造を行っている原告の延岡医薬工場及び白老工場に、製造に使用するための本件生産菌Aを運び込む場合には、コエンザイムQ10研究者自らが飛行機、電車等を利用して運搬している。また、大仁医薬工場からの種菌の持ち出し及び延岡医薬工場及び白老工場における種菌の受け入れに当たっては、チューブの本数がチェックされ、また、延岡医薬工場及び白老工場では、受け入れたコエンザイムQ10の製造用種菌を冷凍庫に入れて施錠し、チューブの本数管理が行われる。

e 大仁医薬工場では、常時、本件生産菌Aの培養研究が行われているが、この培養液に触れることができるのは、原則としてコエンザイムQ10研究者に限られている。研究に用いられた本件生産菌Aの培養液は、その後更に継続して研究に使用されるものを除き、殺菌して廃棄処分がされる。他方、研究のために継続して使用される培養液は、平成16年3月までは品質管理棟1階フリーザー室内の冷凍庫,研究課の冷蔵庫及びFCプラント2階のパイロット工場検査室内の冷蔵庫で保管され、同年4月以降は共同第2ビル1階の発酵研究室実験室内の冷凍庫及びFCプラント2階のパイロット工場検査室内の冷蔵庫で保管されている。FCプラントの建物には、2か所の出入口があるが,いずれも夜間施錠されている。また,FCプラントの建物がある区域の状況は、前記cの共同第2ビルの建物がある区域の状況と同様である。

このように、本判決では原告が営業秘密であると主張する本件生産菌に「秘密であることの表示がない」状態であっても、その管理状況から「本件生産菌Aが原告の秘密であることを認識し得たというべきである。」として秘密管理性を認めています。
一方で「秘密であることの表示がない」状態で管理されている情報に対して、その秘密管理性を裁判所に認めさせるために、原告は前回のブログ記事「ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密管理する場合における秘密管理性その1 」でも紹介したセラミックコンデンサー事件のように様々な管理体制を主張立証をしています。

そして「秘密であることの表示がない」状態において具体的にどのような管理をしていれば「秘密であることを認識し得た」状態となるかは、上記セラミックコンデンサー事件と同様に定かではありません。  
すなわち、秘密管理の表示がなくても「従業員が秘密であることを認識しえた」や「全員に認識されていたものと推認される」と認められるような管理体制は如何なるものかはケースバイケースであり、現状では定型化されていないと思われます。

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2018年4月16日月曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その1

技術情報を営業秘密とした場合において秘密管理性が認められた判例のうち、特徴的なものを今後幾つか紹介しようと思います。

まず、セラミックコンデンサー積層機及び印刷機の設計図の電子データを営業秘密であるとしてを争ったセラミックコンデンサー事件(大阪地裁平成15年2月27日判決)です。
本判決は、小規模の企業において秘密管理性が認められた例であり、営業秘密とする情報を秘密管理しているとの明示が無かった事例です。
なお、本判決は、全部改訂された営業秘密管理指針でも紹介されており、小規模の企業における秘密管理体制の判断に影響を及ぼした判例ではないかと思います。また、本判決はリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無についても判示しており、複数の重要な判断が行われた判決です。

本判決によると、裁判所は次のように認定し、秘密管理性を認めています。
「ところで,不正競争防止法2条4項所定の秘密管理性の要件を充足するためには,当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていること,当該情報にアクセスできる者が制限されていることなどが必要であり,要求される情報管理の程度や態様は,秘密として管理される情報の性質,保有形態,企業の規模等に応じて決せられるものというべきである。本件電子データについては,上記のとおり,設計担当の従業員のみがアクセスしており,設計業務には,社内だけで接続されたコンピュータが使用され,設計業務に必要な範囲内でのみ本件電子データにアクセスし,その時々に必要な電子データのみを取り出して設計業務が行われていた。また,本件電子データのバックアップ作業は,特定の責任者だけに許可されており,バックアップ作業には,特定のユーザーIDとパスワードが設定され,バックアップを取ったDATテープは,設計部門の総括責任者の机上にあるキャビネットの中に施錠して保管されていた。そして,原告の従業員は全部で10名であったから,これらの本件電子データの取扱いの態様は,従業員の全員に認識されていたものと推認される。このような事情に照らせば,本件電子データは,当該情報にアクセスできる者が制限され,アクセスした者は当該情報が営業秘密であることを認識できたということができる。そして,本件電子データが,原告の設計業務に使用されるものであり,設計担当者による日常的なアクセスを必要以上に制限することができない性質のものであること,本件電子データはコンピュータ内に保有されており,その内容を覚知するためには,原告社内のコンピュータを操作しなければならないこと,原告の規模等も考慮すると,本件電子データについては,不正競争防止法2条4項所定の秘密管理性の要件が充足されていたものというべきである。」(下線は筆者による。以下同じ。)


上記判決では、本件電子データが秘密管理されているデータであるということを従業員に対して明示していなくても、上記下線で示されるように,原告の従業員が10名であることを考慮して、その取扱い態様から当該データが秘密管理されているということを従業員全員が認識していた推認し、秘密管理性を認めています。

ここで、原告は本件電子データの秘密管理性を裁判所に認めさせるために、下記の如く多くの管理手法を実施していたことを主張立証しています。

・本件電子データがメインコンピュータのサーバーにおいて集中して保存されていた。
・従業員は、メインコンピュータと社内だけに限ってLAN接続されたコンピュータ端末機を使用し、設計業務に必要な範囲内でのみメインコンピュータのサーバーに保存されている本件電子データにアクセスし、その時々に必要な電子データのみを各コンピュータ端末機に取り出して設計業務を行っていた。
・原告は、本件電子データを始めとする技術情報が外部へ漏洩するのを防止するため、メインコンピュータのサーバー及び各コンピュータ端末機を外部に接続せず、インターネット、電子メールの交換など外部との接続は,別の外部接続用コンピュータ1台のみを用いて行っていた。
・原告においては、本件電子データのバックアップをDATテープによって行っていたが、このバックアップ作業は、設計部門の総括責任者と営業部門の総括責任者だけに許可されており、バックアップ作業を行うに当たっては、特定のユーザーIDとパスワードをメインコンピュータに入力することが必要であった。
・バックアップを取ったDATテープは、設計部門の総括責任者の机上にあるキャビネットの中に施錠して保管していた。

本件では、上述のように原告会社の従業員が全部で10名であったことが秘密管理性の認定に大きな影響を与えていると考えられます。そして、原告は、上記に示すように、複数の管理体制を実施していたことを主張立証しましたが、これらの管理体制のうち何れかが行われていなくても裁判所が秘密管理性を認めたのか、原告の従業員が20名であったら、さらには従業員が100名であっても、裁判所が秘密管理性を認めたか否かは不明です。

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