2018年5月28日月曜日

どの様な情報が秘匿化できるノウハウとなり得るのか?

企業が有する技術のうち、なにが秘匿化できるノウハウなのか?
「ノウハウとするべき情報とそうではない情報との切り分けが難しい」と考えている人もいるかと思います。
また、そもそも自社には秘匿化する情報はないと言い切ってしまう人も言います。
本来ノウハウを管理すべき人がそのように考えてしまうと、自社の情報を守るという思考に至らず当該企業においてノウハウ管理が全くできなくなってしまうかと思います。
そうなると、知らず知らずのうちに、自社のノウハウが外部に持ち出され、他社で使用されることになる可能性がありますし、既にそうなっているかもしれません。

なお、ここでは、特許出願した技術情報は秘匿化できるノウハウとは考えません。
特許出願は公開されるので、秘密にできないからです。しかしながら、特許出願してもそれが公開されるまでは当該情報はノウハウとなり得ます。

下記図は、従業員自身が有している情報のうち、ノウハウとノウハウでない情報とを、私の理解の元で図案化したものです。


そもそもノウハウとならない情報とは何でしょうか?
それは公知の情報、例えばインターネットや教科書、雑誌、論文等ですでに公知となっている一般的な知識であったり、自社だけでなく他社でも取得可能な技能や培うことができる一般的な技能であったりします。
一般的な技能とは、例えば、我々弁理士であれば明細書の作成技能、営業部員であれば営業を行ううえで一般的に取得可能な技能、溶接技術者であれば取得可能な一般的な溶接技能でしょうか。
このような従業員が有している一般的な知識や技能はノウハウとして秘匿することはできないでしょう。また、従業員の知識・技能が優れていたとしても、それが一般的な知識・技能の範囲内であれば、それに対して企業は秘匿可能なノウハウと主張することはできないでしょう。

一方、ノウハウとは、上記の裏返しであり、他社では取得できずに自社だけで取得可能な知識や技能となります。このような情報は企業として秘匿する価値のある情報となり得るでしょう。
すなわち、ノウハウとならない情報とノウハウとなる情報は、「自社のみで取得可能な知識や技能」か否かという基準で切り分けることができるかと思います。そして、ノウハウとなる情報の一部又は全部を必要に応じて企業は秘匿するべきでしょう。

さらに、ノウハウのうち、秘密管理性、有用性、非公知性を満たす情報が不正競争防止法で保護の対象となる営業秘密です。

つまり、ノウハウ>営業秘密であり、営業秘密と認められなくてもノウハウとはなり得ます。
例えば、公知の技術情報との差異が非常に小さく、営業秘密でいうところの有用性又は非公知性が認められない技術情報であっても、その情報を保有している企業がノウハウであると主張すばノウハウでしょう。そして、営業秘密と認められないノウハウであっても、従業員や取引会社との間で適正な秘密保持契約を結んでいれば、それに違反した者に対して契約不履行の民事責任を負わせることが可能になるかと思います。

換言すると、企業が自社のノウハウであると漠然と考えていても、営業秘密の要件も満たさず、持出しを禁止する規定や契約を従業員等と結ぶこともしていなければ、当該企業はノウハウの持ち出しは自由であると暗に認めていることになり、実際にノウハウを持ち出されても法的責任を負わせることはできません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年5月25日金曜日

不正競争防止法等の一部を改正する法律案が参議院で可決

不正競争防止法等の一部を改正する法律案が、5月23日に参議院本会議での審議で可決成立したとのことです。

過去ブログ記事:不正競争防止法等の一部を改正する法律案が衆議院で可決
弁理士会ホームページ:弁理士会会長の声明

これで予定通り法改正がなされることになります。
衆議院での可決が5月11日でしたので、2週間弱で参議院で可決されたのですね。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年5月24日木曜日

「当該業界の一般的な理解」というのは秘密管理性の主張となり得るのか?

どんな業界にも「暗黙の了解」というものはあるかと思います。
営業秘密でいうと「特に秘密保持契約はしないけど、この業界においてはこの情報は外部に漏らしたらいけないよ」というような感じでしょうか。
果たして、これは営業秘密でいうところの秘密管理措置として認められるのでしょうか?

ここで、2つの判例を挙げます。
一つは、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)です。
本事件は、被告企業A(被告には原告の元従業員含む)が原告から預かっていた婦人靴の木型(本件オリジナル木型)を持ち出し、不正に開示してものであり、原告は取締役二名、従業員三,四名の小規模な会社です。

本判決において裁判所は、木型の管理体制として以下の点を認定し、その秘密管理性を認めています。
〔1〕従業員から,原告に関する一切の「機密」について漏洩しない旨の誓約書を徴するとともに,就業規則で「会社の営業秘密その他の機密情報を本来の目的以外に利用し,又は他に漏らし,あるいは私的に利用しないこと」や「許可なく職務以外の目的で会社の情報等を使用しないこと」を定めていた。
〔2〕コンフォートシューズの木型を取り扱う業界においては,本件オリジナル木型及びそのマスター木型のような木型が生命線ともいうべき重要な価値を有することが認識されており,本件オリジナル木型と同様の設計情報が化体されたマスター木型については,中田靴木型に保管させて厳重に管理されていた 。
〔3〕原告においては,通常,マスター木型や本件オリジナル木型について従業員が取り扱えないようにされていた 。

ここで、上記〔2〕で「コンフォートシューズの木型を取り扱う業界においては,本件オリジナル木型及びそのマスター木型のような木型が生命線ともいうべき重要な価値を有することが認識されており」とのように認定しているように、裁判所は、当該業界の一般的な理解というようなものを、その秘密管理性の認定の中で認めているようです。


もう一つの判決は、金型技術情報事件(知財高裁平成27年5月27日判決)です。
本事件は、被告が原告に対して金型の発注をする意思がないのに、このことを秘して「タンクローリーの量産化に当たり,良い商品を作るための金型製作について相談したい。」と電話を掛け、打合せや電子メールによる質問、打ち合わせ報告書の提出を求めるなどして原告から技術情報を取得し、これを他の企業に開示したとして、原告が被告に対して不正競争防止法2条1項4号に基づき損害賠償の請求等を行ったものです。
上記のように原告が主張すると詐欺事件のようにも思えますが、単なる営業活動の失敗であり、営業先に対して不必要に技術情報を開示したらそれを使用されてしまったということでしょうか。

本判決において裁判所は、以下のような理由から原告が営業秘密であると主張する情報の秘密管理性を否定しています。
「控訴人は,他の顧客との間で秘密保持契約を締結しているとしてその契約書(甲15の1,2)を提出する。しかし,これらは,いずれも他の顧客との間のものであり,被控訴人との関係におけるものではないし,本件において控訴人が営業秘密に該当すると主張する技術情報に関する契約であるかどうかも判然としない・・・。また,控訴人代表者作成の陳述書(甲16)にも,控訴人の取引する業界では,お互いにそれぞれの有する技術ノウハウを尊重しており,契約の成約時に秘密保持契約を締結していること,成約までの過程で技術資料の交換を行うことはあるが,その際,いちいち秘密保持契約を締結するわけにはいかないため,成約時に契約すること,その間は当事者同士が互いに秘密を守ってきていることが記載されているにとどまっている。上記陳述書の記載は,本件において,控訴人が被控訴人に開示した技術情報について,これに接する者が営業秘密であることが認識できるような措置を講じていたとか,これに接する者を限定していたなど,上記情報が具体的に秘密として管理されている実体があることを裏付けるものではない。

上記下線部で示される部分から、原告(控訴人)は「原告の取引業界では技術情報の交換を行った場合には契約していなくても秘密保持するものである」と主張していると思われますが、裁判所は原告と被告(被控訴人)との間では秘密管理の実体が無いとして秘密管理性を認めませんでした。

この2つの判例における裁判所の判断は相違するとも思われます。しかしながら、原告の情報の開示先が従業員と取引先とで異なるためにこの相違する結果となったとも考えられます。
先の判例は情報の開示先が従業員であり、また従業員数も2,3名と少ないために共通認識を認め易かったのかもしれません。一方、後の判例は情報の開示先が取引先であるため、共通認識を認め難いとも考えられます。

では、営業先に自社の秘密情報を開示する場合にはどうするべきなのか?
やはり、秘密保持契約を締結することでしょう。
秘密保持契約が締結できない関係であるならば、情報の小出しではないでしょうか。
例えば、最初に当該技術情報の効果のみを伝え、興味を示したら当該技術の上位概念を伝え、受注の可能性が高くなれば秘密保持契約を締結したうえでの技術情報の開示でしょうか。
なお、これを行ってもらうためには、営業部の方々に技術情報の秘匿の重要性を十分に理解してもらう必要があるかと思います。

また、秘密保持契約の締結が相当に困難な営業先であるならば、特許出願を行うべきでしょう。
特許出願を行うことによって、開示した技術を使用された場合には特許権侵害による責任を負わせることができます。営業時には当然、特許出願又は特許権の取得を相手方に伝えるべきでしょう。


弁理士による営業秘密関連情報の発信